オライオンのドアを開けたらナイフが飛んできた。ナイフと気づいたのはオレの頭の横、二センチほど離れた所に刺さった時だ。今日はフォークじゃないらしい。
全く見えなかった。毎回毎回、心臓に悪すぎる。オレが一体、何をした。
「何だ? クソガキか。マッシュの野郎かと思って投げちまったじゃねぇか。お前も含めて、ロクなのがいねぇな、第二分隊は」
また謝罪がない。そして罵倒された。オレは何もしてないのに。
二度目だから慣れたのか、はやては青ざめているリインフォースを肩に乗せながら店の中に入る。
「こんにちわ~」
「お! いつぞやの一尉じゃねぇか。今日はまた可愛らしい人形を持ってきたなぁ」
はやての登場で、マスターの機嫌がすぐに良くなった。
口元は笑っているし、声も弾んでいる。まぁそれでもサングラスとスキンヘッドのせいで威圧感は和らいでないが。
人形と言われたリインフォースは否定をしない。そして全く動かない。こいつなら人形じゃないと騒ぐ筈だが。いや、人形ならば攻撃されないと思っているのか。
だが、それもはやての一言で台無しになる。
「人形違いますよ~。なぁ? リイン」
「は、はやてちゃん!? リインの完璧な計画が……!」
「なんだ? 喋れるのか。一尉の使い魔か?」
「ち、違うですよ~。リインはユニゾンデバイスです~」
「ユニゾンデバイス? デバイスなのか? まぁ関係ねぇや。俺の店に来た以上は客だ。座んな。おい。クソガキ。お前もだ」
言われたオレは、マスターの前の席にはやてより先に座る。
「今日は任務じゃねぇのか?」
「違います。だから先に座っても大丈夫なんですよ」
からかうように言ってきたマスターは、オレの返しを聞くと、ニヤリと笑ってはやてへ視線を移す。
はやてに視線を移した為、はやての肩に座っていたリインフォースが体をビクつかせるが、マスターは気にせず話をする。
「この前、雑誌で一尉を見たぜ。管理局若手三エースって特集でな」
「あ~。あれめっちゃ恥ずかしかったわ~。時たま広報から来てまうんですよ。任務扱いで」
「それで、だ。クソガキ。どうしてお前はそんな有名人と任務でもないのにお出かけしてるんだ?」
オレはとっさになんと言えば被害が少ないかを考える。
はやてと友人となった事は先輩たちにも話してない。と言うか一番知られたら拙い。どうするべきか。
デートに誘われまして。冗談っぽく言えば行けるか。いや、はやての反応次第じゃめちゃめちゃ傷ついてしまうから止めよう。
この前、友達になったんです。ちょっとストレートすぎるか。
この前の任務の打ち上げです。これは間違いないだろ。嘘も言ってない。
オレは任務の打ち上げと言おうとして、しかし、はやてに先を越される。
「この前の任務で友達になったんです」
マスターの笑みが深まった。
拙い。からかわれる。いや、それぐらいなら良いが、同僚に知れ渡るのは拙い。何とかこの場で終わらせなければ。
「おい。クソガキ。それ。奴らは知ってんのか?」
声の調子が間違いなく面白がってる。
奴らと言えば、間違いなく第二分隊のメンバーだ。
知ってると言って、暴露されても困る。しょうがない。
「い、いえ。その……間違いなく制裁が来るので」
「間違いないだろうな。まぁ安心しろ。覚えてたら黙っておいてやる」
「しっかり覚えておいてください! はやてと友人って知られたら、間違いなく部隊内で広められるんですから!」
「なんや。ちょっと私と友達なのが嫌って聞こえるで?」
はやてまで参加してきた。拙い。どうしよう。
オレはマスターに向いてた体を横のはやてに向けると、真剣な表情で告げる。
「はやてと友達なのはすごく嬉しい。けど、はやては有名人なんだ。分かる? オレがその友達と知れたら、嫉妬やら不満で、オレはいろいろ大変になるんだ」
あまりの必死さにはやては大きく目を瞬かせる。
マスターはそんなオレをニヤニヤと見ながら茶化す。
「必死だな。クソガキ」
「当たり前でしょ!! あの部隊には常識人が少ないんです!」
「冗談やよ。そない本気で言わんでも……」
はやてが苦笑しながらオレに言う。
オレはそれを聞いて、疲れたとばかりにテーブルに突っ伏す。
マスターをオレとはやてにコップに入った水を差しだすと、注文を聞いてくる。
「今日はどうすんだ? クソガキはカルボナーラだが、一尉とそこのユニデバはどうすんだ?」
「ユニゾンデバイスを略す人、初めて見たかも」
オレはそう呟くが、すぐにユニゾンデバイスなんて見る事はないから当たり前かと思いなおす。
古代ベルカの希少なユニゾンデバイスはそれ自体も珍しいが、それ以上に使い手であるはやての方が珍しい。ユニゾンデバイスには融合事故と呼ばれる危険性があるからだ。
オレははやてを見る。
それだけでも珍しいが、はやては古代ベルカ式の使い手であり、レアスキル持ちであり、おまけに夜天の王でもある。私有戦力であるヴォルケンリッターには絶対の忠誠を誓われ、現存する僅かなベルカの王として、聖王教会からも、管理局からも特別視されている存在だ。
良くも悪くも有名。オレが知らないだけでいろいろと苦労もある筈だ。
オレなんかが気安く名前を呼んでいいのかと若干思い悩んでいると、はやてが料理を選んだ。どうやらリインフォースははやてと一緒に食べるようだ。
「お! 漁師風のパエリアか。見る目が違うねぇ。どうしていつもクソガキとマッシュで連れてくる女のレベルがここまで違うんだ?」
「……オレに聞かないでください。ってか、マッシュ先輩がどうたらって言ってましたけど……?」
「ああ。あいつ。女を連れてきて、俺は常連だからなんて訳わかんない事を言いやがってなぁ。それは良いんだが、女の方が目も当てられないくらいセンスが無いんだ。言う事全部があんまりにも的外れだから怒る気にもなれなくてな。とりあえず最後に会計を済ませたマッシュにナイフを投げつけたんだよ。そのすぐ後、お前さんらが来た」
相変わらず女の趣味が悪い奴だ。とマスターは呟いた後、料理に取りかかる。
マスターは全く意図してないかもしれないが、さっきの言葉に爆弾が仕込まれていた。
いつも、連れてくる女。この二つは拙い。繋がるとヤバい。
どうか気づきませんように。そう思っていたオレにはやてが質問してくる。
「いつも女の人と来るん?」
目の前でマスターが一瞬硬直した。この人でもしまったと思う事はあるらしい。全く救いにはならないが。
こう言う時に嘘を言うのはいただけない。信用を失いかねない。なにより隠すほどの事でもない。
だから、正直に言う事にした。
「陸士訓練校で同期だった奴とたまに……」
「ふ~ん。そうなんや」
目を合わせてくれなかった。
そしてリインフォースと会話を始めてしまった。
オレはマスターを見る。マスターは口だけ動かす。
すまん。
悪いとは思ってるのか。
しかし、勘弁してくれ。ちょっとしたジョークであって欲しい。オレの慌てる様子を楽しんでるだけであって欲しい。
とてもじゃないが、この状況じゃ食事を楽しめない。
楽しめなかった。
大好きなカルボナーラも、一緒に食べる人の様子によっては味が分からなくなるという新発見があったが、知りたくはなかった。
店を出る際に、マスターがオレの首に腕を回して、アドバイスをしてきた。
「あの服やら付けてるアクセサリーやら、確実に今日は気合を入れてるぞ」
「オシャレって言ったら、そうでもないって言ってましたよ?」
「今日、気合入れてますって宣言する女がどこに居る。とりあえず、他の女が気に入らんのは、ある意味、脈ありと言える。とにかく今は機嫌を直す所から始めろ。機嫌が直ったら褒めろ。だが自然にだ。外見も内面も気づいたら自然に褒めろ」
「めちゃくちゃ難しいですよ……」
「いいからやれ。とにかく機嫌を直すんだ。それが最優先だ」
そう言ってマスターはオレの首から腕を離して、半ば追い出すように店の外へ追いやる。
オレとしてはまず、機嫌を直す方法を教えてほしかったが、仕方ない。
ここはオレの腕の見せ所か。
とりあえず、最初に用意してあったプランは崩れたから、これからどうするかだ。
「はやて。これからどうする?」
「どないしようかな? 家に帰ろうか。リイン」
「はいです~」
マジか。
とりつく島がないとはこの事か。いや、本気で帰ろうなんて思ってる筈はない。久しぶりの休暇で遊びたいとも言っていた。
さてどうするか。
そう思ったオレに予想外の声が掛かる。
『相棒。通信だ』
「なに!? 誰だよ……」
『すまないねぇ』
オレの顔の前に浮かび上がったモニターに部隊長の顔が映る。
申し訳なさそうな顔を見ると、呼び出しだろう。
「事件ですか?」
『詳細は来てからかな。とりあえず前線の実働要員には強制招集を掛けてる。意味がわかるね?』
強制招集は滅多に掛からない。それはつまり、休暇中、自由待機中の局員が必要になった。それだけの事件が起きたという訳だ。
タイミングは最悪だ。個人的にだが。
オレは了解。と敬礼して答えると、通信を切って、はやてへ告げる。
「悪いけど……家に帰るって案が採用かな」
「っ!?」
オレの言葉を聞いたはやては目を見開いて、動揺を見せるが、こればかりはどうしようもない。
オレも残念ではあるし、かなり驚いてはいる。正直、予定外だ。ただ、予想外ではない。
クラナガンは数年に一度、部隊配置が変わる事がある。
首都の犯罪を無くす為に、他の場所で優秀な結果を残した部隊が引っ張られてくるからだ。その為、首都に配備されている部隊の番号はバラバラだ。
その中にあって、110部隊は八年前にクラナガンに配備されてから、ずっとクラナガンの担当からは外れていない。
そんな部隊でも、相手が高ランク魔道士や大きな事件の時は部隊の総力を挙げなければいけない。それが地上の部隊の現状だ。
地上の戦力はいつだってギリギリだ。いや、管理局の戦力はいつだってギリギリと言うべきか。
組織がどうこう以前に、守るべきモノがありすぎる。
限られた魔道師を主戦力として、広大な次元世界とその地上を管理し、守る。それが管理局の在り方。
そして、その限られた魔道師である以上、文句もわがままも言えない。資質が無くて、前線で戦えない事を悔しく思っている奴らを何人も知っている。
できればはやてにも来てほしいが、ここはクラナガン。縄張り意識とエリート意識の高い部隊が多く存在している。
110部隊によその部隊に所属している高ランク魔道師が協力するのはさすがに拙い。なにより部隊長からの要請はなかった。
それは110部隊で対処するという事だ。
「オレは行く。悪いけど、今日はここまでだ。時間が空いたら連絡するから!」
オレは早口でそう言うと、走り出す。はやても管理局の人間だ。引きとめる事はしない。当たり前か。オレより管理局に居る年数は長い。
「カイト君! 気を付けてや!!」
後ろから聞こえてきたその言葉に、オレは右手を上げる事で答えた。