最悪や。よりにもよって、こんなタイミングでカイト君が招集されるなんて。
私はオライオンの近くにある公園のベンチに腰掛けながら、後悔の嵐に襲われとった。
なによりも後悔してるのはオライオンでの態度。
まさか女の子を誘って、あのお店に行ってるなんて思わんかったから、面白うなくて、めちゃめちゃ面倒な態度を取ってもうた。
お店を出ても帰ろうだなんて、心にも無い事言うて、まさか本当にそうなる事になるなんて。
「口は災いの元や……」
ため息が出てまう。
リインはお出かけカバンで寝とるから、気にする相手は側には居らんけど、それはそれで寂しい。
久しぶりの休暇。家族の誰かと予定が会えばと思うたけど、シグナムのヴィータも部隊が忙しいから戻ってこれへんかったし、シャマルは災害が起きた世界へ派遣。ザフィーラはシャマルの護衛。
リインのんびりするのはええけど、遊びたい思うとったら、カイト君が。
「せや……わざわざ、予定合わせてくれんたやん……」
ため息がまた出る。おまけに後悔の度合いが強うなった。
せっかく休みを合わせてくれたのに、自分が楽しむ事しか考えとらんかった。
時間にはめっちゃ遅れるし。
「服もオシャレ言うてくれたんに……」
今日は気合を入れてた。フェイトちゃんとこの前、遊び行った時に買ったお気に入りの服や靴、アクセサリーで完全装備やった。
あの時、せやねん。とでも言うとれば、褒めてもくれたんやろうに。そうでもない。なんて言うから微妙な反応されてまうし。
あんまり楽しみにしてたのを表に出すのはよう無いって何かの本に書いてあったから実践してみたらこれや。全部、空回りや。一体、何がしたかったんやろ。
「せっかくの休み……潰してもうたな……」
私のやない。カイト君の休みや。
強制招集が掛かった時には代わりの休みが貰えるけども、それがいつになるかは事件の解決具合による。
地上の、特にクラナガンの部隊は完全休暇は滅多に取れへん。窮屈なそれを嫌って、他に転属する局員も居るくらいや。次のカイト君の休みは一体いつになるか。
そもそも、今回のカイト君の休みは、リハビリ明けからずっと休みが無いから言うて貰った休みや。当然、しっかり休むべき日を私に付き合ってくれたんに。
「もう~、あかん! 思考が悪い方へ行ってまう……」
ベンチで一人呟く。公園には誰も居らんからええけども、他の人から見たら、完全に可笑しな人や。
ここに来て、三度目のため息が出る。
リハビリ明けのカイト君にしっかり休んでもらうって何で考えれんかったんやろ。そもそも、何で私が楽しむ事が前提やねん。
いつも愚痴ばっか聞かせとるんに。今日はお礼くらいの気持ちでもええはずやったのに。
「何やっとるんやろか……」
大きな事件が起きた事は確実。またカイト君が無茶する可能性もある。
私の脳裏に血だらけのカイト君の姿が蘇る。頭を振っても消えへん。
あの時のお礼も十分にしとらん。任務だったからと言って、何も受け取ってくれへんかった。
また、無茶して入院するんやろうか。
「しそうや……」
強くなると約束したけど、それには時間が掛かる。
また、怪我をして、今度は目を覚まさなかったら。
最悪の事態が起きたら。
無いとは言えない。一度は死にかけてる。
そしたら。
「最後があれ……?」
カイト君との最後があんなモノなんて嫌や。
カイト君が最後に思い出す私があんな私なんて嫌や。
嫌やけど。
もう遅い。要請が無ければ事件には関われへん。今はカイト君が無事で事件が終わる事を願うしかない。
まだ、始まったばかりや。カイト君が前線に出ると決まった訳やない。そもそも、この前とは違う。あんな事が頻繁に起こるなんてありえへん。
「とりあえず……家、帰ろか……」
前向きとは言えないけれど、どうにか悪い方向の未来を否定した私はおでかけカバンを手に持って、近場にあるレールウェイ乗り場に向かった。
首都クラナガン、陸士110部隊隊舎。
宿舎で急いで制服に着替えたオレは、隊舎の入口でマッシュ先輩とばったり合流し、二人並んで会議室へ走っていた。
「強制招集なんて珍しいですよね」
「それはそうっすよ。ウチの保有戦力は他の部隊と変わらないけど、それはランクの話だし。基本的に第一と第二のどっちかの分隊が居れば事足りるし」
「それで事足りないから、強制招集ですか?」
「そうとも言えないのが難しいとこっすね~。質より量が必要な事件もあるし」
オレとマッシュ先輩は全部隊員が入れる大会議室のドアの前に着くと、一度、服の乱れを整えて、ドアの横にあるインターホンを押す。
中から、どうぞ。と言う声が返ってくる。
オレとマッシュ先輩は、背筋を伸ばし、ドアが開くと、一歩前に出て、それぞれ敬礼する。
「マッシュ・フェルニア陸曹長。入ります」
「カイト・リアナード陸曹。入ります」
既に、後ろに行くにつれて高くなっている大会議室は人で埋まっていた。おそらく、オレとマッシュ先輩が最後だろう。
そう思いつつ、背筋を伸ばす。オレとマッシュ先輩はしっかり背筋を伸ばしてるのは、緊急事態と言うのもあるが、ある人物が居るのが原因だ。
部隊長の横。制服を見本のように着こなしており、背中まである長い青色の髪を後ろで束ねている長身の男性。ローファス・クライアン二等陸尉だ。
綺麗と形容される容姿とその冷たさすら感じる落ち着きで、女性局員に人気のある人で、実務能力が皆無な部隊長の補佐官であり、実質的な部隊のリーダーでもある。
年は今年で二十五。魔導師の才能を見抜くのが上手いとされていた部隊長が、新人の才能を見抜くのが上手いと呼ばれるようになったのは、このローファス補佐官が才能を発揮しだしてかららしい。
その実力は折り紙付きで、緊急時の後方からの部隊指揮、通常時の部隊運営、予算獲得、部隊長が本来やる筈の仕事など、基本的に何でもやってしまう。クラナガンの他の部隊長は、ローファス補佐官が部隊長になるのを心底恐れていると言う噂だが、おそらく本当だろう。
ローファス補佐官の青み掛かった黒い目が、オレとマッシュ先輩を見る。
この人の目は鋭すぎて、毎回、毎回、見られると必要以上に背筋が伸びてしまう。
「今から事件の詳細を話します。すぐに席についてください」
「二人とも休暇を潰してごめんね。来てくれてありがとう」
「重要事件が起きた時の強制招集に応えるのは局員の義務です。給料を貰い、管理局の制服を着ている以上、一般市民の為に苦労を厭わないのは、当たり前です」
「ローファス君は厳しいねぇ」
ローファス補佐官に言われても、全く頭に来ない。知っているからだ。この隊で一番、それを実践しているのがローファス補佐官だと。
部隊長不在時にはローファス補佐官は休みだろうが、療養中だろうが呼び出される。部隊長が居る時でも、部隊長の実務能力の無さをフォローしつつ、自分の仕事を終わらせ、尚且つプラスアルファ、部隊内の不満の解決や本部の講習に出たりしている。そして、それをする上で、特別手当は貰っていない。当たり前だ。部隊長がする筈の仕事しているのだから。
部隊長は当然、一般的な部隊長と同じ給料を貰っている。一方、ローファス補佐官は一般的な部隊長補佐では有り得ない責任を背負ったり、考えられない激務を毎日こなしているにも関わらず、給料は普通の補佐官と変わらない。
不条理とはこの事だ。だから、ローファス補佐官をみんな尊敬している。
不思議な事に、そんなローファス補佐官が部隊長を悪く言ってるのを聞いた事はない。仕事が終わってない時のスパルタぶりは半端ないが。
師弟愛と言うべきか。
そんな事を考えながら、第二分隊が座っている席につくと、分隊長が話しかけてくる。
「休暇中に災難だな」
「しょうがないですよ。運が悪かっただけです」
「そう思えない奴が一人居るけどな」
分隊長は顎で後ろに居るマッシュ先輩の方を示す。
後ろを見れば、隣に居るアウル先輩にマッシュ先輩が半泣きで愚痴をこぼしている。そう言えば、オライオンに女の人を連れてきたって言ってたな。マスターの口ぶりじゃ、また外見に惚れたんだろうけど。
アウル先輩も適当にあしらっているし、気にしたら負けだ。
オレは気持ちを切り替えて、ローファス補佐官の説明に集中した。
「先ほども言いましたが、今回の強制招集はミッドチルダ指名手配犯・デイビス・バッツがクラナガンの、我々の管轄区域で目撃された為、発動されました」
「デイビス・バッツ? 指名手配犯なら頭に入ってる筈なのに……」
オレは覚えのない名前に首を捻る。それを聞いて、横の分隊長が小声で教えてくれた。
「お前が知らなくても無理はないさ。十二年前を最後に目撃情報はない」
「なるほど。リストの下の方ですね。そこまでは把握してないです」
「死んだんじゃないかとまで言われてた奴だ。指名手配を受けたのも十二年前。俺が陸士訓練校に入る前だ」
随分、昔の奴が出てきたものだ。一体、どんな事件を起こしたのか。
十年以上前の指名手配犯が現れただけでは、強制招集はかからない。せいぜい、警戒レベルが上がるだけだ。
「デイビスはAランク相当の魔導師ですが、特別、戦闘技能が高い訳ではありません。彼は転移魔法に特化した魔導師で、魔力量の関係で回数は限られてきますが、おそらく範囲はミッドチルダ全体。そして厄介なのはその発動の速さです」
Aランク魔導師で転移魔法が得意ならば、ミッドチルダ全体はそこまで広い訳じゃない。ただ、その早さが問題なんだろう。
「彼が最も速く転移魔法を使ったのは十二年前。AAランクの管理局員に発見された時です。時間にしておよそ五秒。それだけの時間で、彼はクラナガンからミッドチルダ北部まで転移しました」
僅か五秒での転移魔法発動。しかも長距離だ。
無限書庫の司書長もかなり速いらしいが、それにしたって長距離転移を五秒じゃ行えないだろう。いや、可能かも。はやてが幼馴染みたいなモノって言ってたし。ってことはエース級三人の幼馴染と言うことだ。それくらいやりかねない。
とは言え、その逃げ足の速さは厄介だが、一体、何をしたかだ。
高度な転移魔法が使えるから犯罪なわけじゃない。何かをしたのだ。
「デイビスの罪状は殺人。十二年前、彼はこのクラナガンで十八人もの人間は殺害しました。その内、十六人が十代の女性。残りの二人は彼を捕まえようとした男性局員です。管理局地上本部の威信に掛けて行われた捜査と追跡により後一歩と言う所まで追い詰めましたが、転移により逃げられました」
重苦しい空気が大会議室に流れる。
事件を知らなかった若手は事件の重さに、事件を知っているベテランは当時を思い出して、黙り込む。
説明を終えたローファス補佐官が一歩下がる。
重苦しい空気の中、部隊長が口を開いた。
「これから捜査を始めるけど、相手は転移のエキスパートだ。慎重に行かなければならないし、厄介な事に、管理局地上本部は逃がさないために市民への警告をしないようだ。犠牲を出さずに捕まえろ。それが僕らに来た命令だ」
明らかに士気が下がる事を言ってくれる。
この場の全員の顔が暗くなる。
ただ、ローファス補佐官は顔色を変えない。いつもクールで顔色なんて変えないが、部隊長が拙い事を僅かに顔に険を見せるし、何よりさりげなく止める。それがないと言う事は。
「本部は十二年前に傷つけられた威信を取り戻したいようだ。けれど、それは僕らには関係ないことだ。僕らがするべきことは市民の安全を守る事。法を犯した者を捕まえる事だ」
そこで部隊長が言葉を切り、立ち上がる。当然ながら、この場に居る全員の視線は部隊長に集まっている。
「本部に言われるまでもない。当然、犠牲を出さずに捕まえる。被害者の無念を晴らす。各員、肝に命じるように。これは管理局の威信の為の捜査ではない。被害者の無念を晴らす為、これから起きるかも知れない悲劇を止める為の捜査だ。捜査開始!」
その場に居る全員が立ち上がって敬礼した。
勿論、オレもだ。
「了解!」
こうして陸士110部隊の捜査が開始された。