捜査は開始された。開始はされたが、オレたち第二分隊にはやることがない。
通常の捜査ならいざ知らず、隠密捜査をするのに、オレたちを使う訳にはいかないからだ。
オレたちの仕事はデイビスが見つかってからだ。それまではやる事がない。
そんなオレたちとは打って変わって、やることばかりなのは第一分隊だ。
第二分隊は戦闘時の能力に重きを置いた編成なのに対して、第一分隊は捜査能力に重きを置いている。
第一分隊の隊長と副隊長は捜査官であるし、他の二名も捜査官の補佐だ。
敢えて、分隊の能力を偏らせる事で明確な役割分担をしているのが110部隊の特徴だが、第二分隊は捜査時には全く役に立たない。
分隊長なら手伝えるだろうが、分隊に隊長がいないと、今度は緊急時に困る。なにより副隊長のアウル先輩に指揮能力は期待できない。指示は出せるには出せるが、後ろに居られても役立たずと言うのが、マッシュ先輩の評価だ。
そう言う事情でオレたちに命じられたのは待機だった。
訓練をしたい所だが、もしもがある為、許可が下りず、常に緊急出動に備えて、隊舎に居なければならない。オレにとって、一番、つらい時だ。
先輩たちは経験から気の抜き方を知っているようだが、聞いても人それぞれとしか答えてはくれない。実際、その通りなのだろうが。
隊舎にある待機室には今はオレしかいない。当たり前と言えば当たり前で、捜査が始まって、まだ三時間しか経ってない。いきなり見つかる訳もないし、見つかってもすぐに逮捕するかは分からない。
できればAMFを使って追い込みたい所だが、AMFを展開出来る魔道師はなかなか居ない。あのガジェット・ドローンが欲しい所だ。
あれこれ考えてはいるが、結局の所、何か考えてないと落ち着かないのだ。
オレは座っている椅子の背もたれから背中を離し、両手を膝の上に置いて、ため息を吐いた。
『相棒。気を張っても仕方ないぜ?』
「分かってる。分かってるけど……」
気を抜くなんて、とてもじゃないが出来ない。
今も部隊の仲間が動いている。今も過去に殺人を犯した犯罪者がクラナガンに居る。
もしかしたら、すぐ後に出動命令が掛かるかもしれない。
もしかしたら、今、この時、誰かが被害に遭ってるかもしれない。
それを考えれば、どうしても気が抜けない。
『相棒。相棒の心理状態は理解出来てる。そんな状態で悪いんだが、八神一尉から連絡だ。出るか?』
待機中でも通信はしてもかまわない。だから、出れるには出れる。
だが、あまり出たくはない。こんな不安定な自分は見せたくないし、思っても無い事を言ってしまいそうで怖い。
『出た方がいいと思うぜ。八神一尉は相棒が心配なんだろうよ』
「だから嫌なんだ。心配してくれてるのに、感謝出来そうにない」
『まぁ、相棒に任せるがね』
通信モニターが浮かび上がり、コールが掛かっている事を知らせている。
通話を押すべきか押さないべきか。
先ほどまでの機嫌のあんまり良くないはやてだったら、間違いなく苛立ちをぶつける。それくらい神経質になっている。
できれば諦めて欲しいが、いつまで経っても切れない。
しょうがない。
はやての機嫌が直っていますように。
オレはそう祈りながら、通話を押した。
画面にはやての顔が映る。
『あ! よかったぁ。今、あかんのかと思った』
「まぁ待機中だから、そんなに長く喋るのは拙いけど。どうかした?」
はやては最初はビックリしたような顔をしたが、すぐに笑顔になる。
とりあえず、機嫌はそんなに悪くないようだ。
内心、ほっとしていると、はやてが気まずそうに話を切り出す。
『私な。明日の朝戻るんやけど……』
「うん。ごめん。休日潰しちゃって……」
『違うんよ! その……謝るのは私の方なんよ。せっかく予定合わせてくれたんに……変な態度取ってごめんなさい』
モニターの向こうではやてが頭を下げる。
この展開は予想外だ。
いや、考えれば当たり前か。はやては基本的に周りに迷惑を掛けるのを嫌ってる。
周りに気を遣い、嫌われないよう、良い人で居ようとするタイプの人間だ。愚痴を聞く度にそう思う。
「いや、そんな……・別に気にしてないし……」
『私が気にしとるんよ……。それでな? 今日良かったら、私の家で夕飯食べへん?』
オレはその提案に思わず頷きそうになり、途中で止める。
強制招集が掛かった以上、外出は出来ない。出動が無ければ、オレたち第二分隊はずっと隊舎で待機だ。
「悪い。オレ、隊舎から出れないんだ」
『あ! せや……強制招集やもんな。前線のフォワードは四十八時間の待機やな……』
はやては肩を落として落ち込む。
思いつきだったのか、それともど忘れしていたのか。どちらにしてもはやてにしては珍しい。
はやては他の案を探しているのか、うーんと顎に指を当てて唸っている。
忙しいはやてにまた今度という訳にはいかない。今度はおそらく数カ月先になるだろう。はやてには休みを合わせる家族が大勢居る。優先順位としては、オレは下の方だ。
ここは気持ちだけ受け取る事にするべきか。
オレがそう言おうとした時、はやてが両手を叩く。顔を見る限り、何か思いついたようだ。
『私、お弁当持ってくで!』
「はやて。よく考えてくれ。オレに強制招集が掛かったって事は、ウチの隊の管轄区域でそれだけの事が起きたって事だ。って言うまでもないだろう!?」
『私の所には詳細はまだ来てないんやけど、まぁ大丈夫やろ。夜にはシャマルとザフィーラも帰ってくるし、巻き込まれた形なら捜査に協力しても問題あらへんし』
「それが狙いか……」
オレは呆れてそれ以外、何も言えなかった。
確かに守護騎士の護衛付きなら、よほどの事が無い限り安心だが。
だからと言って、自分から危険に飛び込むような事をさせる訳にはいかない。
「はやて」
『心配は嬉しいけど、心配し過ぎや。それに、私よりカイト君の方が心配やで? そんな張りつめた表情で待機しとったら持たないんちゃう?』
流石にばれるか。
オレなんかが心配していいレベルの相手じゃないのは分かっているし、向こうがオレを心配するのも分かる。
それは局員としての積み重ねた経験、魔道師としての明確な実力が示している。
そうは言っても気持ちは別だ。
「来るのも、弁当を届けるのも良い。ただし、帰る時はオレが送る。はやての護衛なら、部隊長も頷くと思うし。それが条件」
『なんや。保護者みたいやで。了解や。帰りは送ってもらう。それならええんやろ? じゃあ、張り切ってお弁当作るわ!』
はやてはそう言うと、こっちに小さく手を振って通信を切った。
通信が切れると、何故か疲れがどっと押し寄せてきた。理由は分かってる。はやてと喋ったせいで張りつめてた緊張の糸が切れたのだ。
『出てよかったろ? ここじゃ体も休まらない。どっかに行こうぜ』
「はぁ。気を使われたか……」
はやての苦笑がよみがえる。自分で一杯一杯な男が他人を心配する姿は、なかなかに無様だった筈だ。
何をやっているのか。強くなると約束したのに。
「先は長いか……」
今回の事件も、はやてに心配されないくらい強くなるのも。
オレはそう呟くと、椅子から立ち上がり、飲み物を買うために待機室から出た。
◆◆◆
その日の夜。
入念な捜査にも関わらず、デイビス・バッツの行方は未だに掴めていなかった。
第一の被害者が出る前に、デイビスを捕まえるのが方針なため、現在、他の部隊とも連動して、目撃情報や過去のデータをもう一度見直している。
ウチの部隊の管轄区域から出た可能性もあるが、転移魔法が発動された形跡は無い。徒歩で他の区域に行くのを見逃す訳もなく、未だに110部隊の管轄区域からは出ていないと言う前提で部隊は動いている。
そして問題となっているのは、デイビスが動かずに管理局の警戒が解けるのを待っている可能性がある。と言う事だ。
ばれないようにはしていたが、ばれている可能性がある。そして、この警戒態勢は長続きしない。
管理局の局員も人だ。
張りつめた緊張を永遠には続ける事は出来ない。休養が必要なのだ。
この警戒態勢は最大で四十八時間。それ以上は持たない。
この警戒態勢が解かれた隙を突かれかねない。それ故、意見を出し合う為に、第二分隊は部隊長室に呼ばれていた。
「いいか? 鳴らすぞ」
部隊長室の前で、分隊長がインターホンを鳴らす。中からどうぞ。と言う声が聞こえてくる。
ドアが開き、最初に分隊長が入って、後ろにアウル先輩、マッシュ先輩、オレが続く。
「ローグ・クライアンツ三等陸尉以下三名。入ります」
「御苦労さま、ローグ三尉。皆、楽にしていいよ」
部隊長の言葉に従って、オレたちは敬礼していた右手を下ろす。背筋は伸ばしたままだが。
「分かっていると思いますが、時間がありません。強制招集から始まった警戒態勢は二日間しか持ちません。十四時に招集され、今は二十一時。七時間が経過して、未だに成果はありません。局員の疲れを考えれば、早めに行動に出たい所です」
意見はありませんか。と部隊長の横に居るローファス補佐官が聞いてくる。一番暇だから呼ばれたんだろうけど、能力が無いから暇なんだと言うのを、この人は忘れてるんじゃないだろうか。
アウル先輩もマッシュ先輩も考えるそぶりは見せているが、良い案は思いついていないようだ。いや、もしかしたら考えてるふり、全く考えていないかもしれない。
基本的にオレたちは肉体労働派だ。この分隊で頭脳労働をするのは。
「我々の担当区域に居ると言う前提で、決め打ちするならば、局員による囮作戦が有効かと思いますが」
流石は我らが分隊長。あっさり意見を出す辺りが出来る男と言う感じだ。まぁその意見が採用される事はないだろうと言うのも分かっているだろう。言っちゃ悪いが、オレも考えた。けれど。
「デイビスが狙う女性は十代の、容姿が整っている人ばかりです。囮役に適した人が我が部隊にはいません」
この部隊の女性陣はみんな二十代ばかりだ。童顔の人もいるから、誤魔化せる気もしなくもないが、囮捜査に失敗は許されない。囮に被害が出るのもそうだし、囮だとばれるのもそうだ。
その為、徹底的にリスクは排除される。何より、部隊長はこの手の作戦には慎重だ。
「そうだね。なにより、デイビスは転移魔法の使い手だ。後ろに転移してきた時に反応できないのでは、みすみす殺されにいくようなものだ」
部隊長の言葉にオレは小さく頷く。
デイビスの殺人方法は二つ。普通に歩いて近寄り、ナイフで刺すか、転移魔法で後ろに現れてナイフで殺すかだ。
どちらも犯行後、管理局が来るまではその場に留まり、刺した女性を観察し、管理局が来ると転移魔法で逃げる。
普通に歩いて近づいてくるならば警戒できるが、転移魔法ではいきなり過ぎて警戒も何もあったもんじゃない。
魔導師じゃない局員に囮をやらせるのは無謀だ。
そんな事は分隊長も百も承知だろう。それでも言ったのは、それがこちらから仕掛けられる数少ない手だからだ。
オレたちから打てる手は本当に少ない。既に管轄区域は隈なく探している。それで見つからない以上、こちらの捜索よりも巧妙に隠れているのだろう。向こうがボロを出さない限り、こちらから今の捜索では見つけられないだろう。
本部の意向を無視して、大々的に捜索するというのもありだが、それは最後の手段だし、なにより転移魔法を使われれば終わりだ。魔法の残滓を辿って行っても、見つける頃には他の所で言っているだろう。
やはりデイビスが動くように仕向けないと解決しない。なにより、警戒態勢が解除されてしまえば、対応しきれない。あちこちに監視の目を向けているからこそ、まだ、事件は起こっていないだけなのだから。
問題はデイビスがどの程度、こちらの動きに気づいているか。
管理局が自分を探しているのは気付いているだろう。そうでなければ、ここまで見つからないのはおかしい。110部隊が総力を挙げた捜査を、警戒もせずに掻い潜れる奴ならば、それはもうオレたちの手には負えない。本局の執務官に来てもらうしかない。まぁ手配書で警戒していたと言う線もあり得るが、どっちにしたって警戒している事には変わりはない。
この警戒しているデイビスを動かすにはどうするべきか。
探し出せないなら出てきてもらうしかない。それは分かっているのだが方法がない。
結局、良い案が思いつかず、微妙な空気になった時に、部隊長へ通信が入る。部隊長に用がある時は基本的に補佐官に通信を入れるのだが、間違いなくローファス補佐官より部隊長の方が暇だから、皆、部隊長にそのまま通信するのが普通になってしまっている。
通信してきたのは施設の警備を担当している男性局員。
待てよ。それは。
「どうかしたかい?」
『お忙しい中失礼します。その、休暇中の八神一尉がリアナード陸曹に会いたいと、隊舎の入口にいらしてます』
しまった。思わずそう呟きそうになる。
時間を聞いていなかったから、何も部隊長には伝えてない。何より、このメンバーにはやてがオレに会いに来た事を知られたのは拙い。
とにかく、適当に理由付けをしないと、お弁当を作ってもらったなんて知られたら。
「要件は?」
『あ~、お弁当を持ってきたと言っておられるんですが……何かの間違いですよね?』
終わった。この場の全員の視線がオレに向けられるのを感じながら、オレはそう心の中で呟いた。