色とりどりの魔力弾が飛び交う中、市街地のビルの屋上にオレは居た。
空戦適正が無い身としては、あまり高い所に長居したくはないが、下に居れば狙い撃ちされるので上に居るしかない。
「ヴァリアント。今の状況は?」
『相棒。聞かなくてもわかる事は聞くなよ。まぁ強いて言うならお前の班はお前以外全員天に召されてる』
「言い方を考えろよ……」
ネックレスの先にある菱形の赤い宝石、インテリジェスデバイスのヴァリアントがそうやって、オレのやる気を削ぐ。
オレが所属する陸士110部隊が最新型のシミュレーターのテストを受け持つ事を告げられたのは三日前。
当初は特別手当も出る上に、お偉いさんたちからありがたいお言葉を貰って有頂天になっていた俺たちだが、現場に来て、告げられた内容に全員が特別手当とありがたい言葉を掛けられた意味を理解した。
シミュレーターの耐久テストの為、教導隊との模擬戦。
エースクラスの魔導師以外所属していない教導隊との模擬戦だ。俺も含め、選ばれた八人、二個分隊は顔を青くさせて、おそらく他の部隊からこの役目を押し付けられた部隊長に呪いの言葉を一斉に送りつけた。
とは言え、こっちも現役の管理局員だ。仕事は仕事。
教導隊のエースたちが相手と言えど、簡単には負けはしないと意気込んで見たのだが。
「僅か一分半でほぼ全滅とは、嘆かわしいねぇ」
『現実逃避をしてる暇があったら逃げる事をオススメするぜ、相棒。残りは相棒一人で、向こうさんは……エース・オブ・エースだ』
瞬間。オレはビルの屋上から飛び降りる。
同時にヴァリアントをセットアップする。
「ヴァリアント。セットアップ!」
『オーライ』
オレの体が一瞬赤い光に包まれ、陸の制服である茶色の制服から、青を基調としジャケットと同色のズボン。そして黒いコートで構成されたオレのバリアジャケットに服装が切り替わる。
それから一瞬遅れて。
オレがさきほど居た屋上に桜色の砲撃が突き刺さった。
オレは見てしまった極太の砲撃に戦慄しつつ、絶賛落下中の身をどうにかする為に、近くのビルに向かって右手を向ける。
「ワイヤー・バインド!」
胸部に固定されたヴァリアントが煌めく。
オレの右手の先に円形の中に二つの四角形が存在する魔法陣。ミッドチルダ式の魔法陣が出現し、そこから魔力で出来た蒼い色のワイヤーが出現する。
隣のビルに巻き付いたワイヤーを支点に、オレは空中で進路を変える。
しかし、このままでは勢いよくビルに激突してしまうので、オレは右手のバインドへの魔力供給を切断し、バインドを切り離す。
そして、今度は左手からワイヤーを出すと、違うビルに巻きつけ、また空中で進路を変更する。
それを何度か繰り返し、十分速度が落ち、高度も低くなったのを確認し、オレは着地の体勢に入る。
着地するのは大通り。確実に良い的として狙い撃ちされるが、細い道に着地して逃げ場がないよりマシだ。
『ヤバイぞ! 誘導弾だ! それも四つや五つじゃない!』
胸にあるヴァリアントからの警告に、オレは着地と同時に基本的な強化魔法で身体能力を底上げし、大通りを走り始める。
ヴァリアントの警告通り、十個ほどの桜色の誘導弾が上空から迫ってくる。
「誘導弾!?」
オレはそんな叫びを上げながら、直射弾と間違いかねないスピードで迫ってきた一つを走るスピードを緩めずに横にステップして躱す。
オレの真横を通り過ぎた誘導弾がすぐさまオレを追いかけてくる。
屈辱的な事に、オレが走るスピードより僅かに誘導弾の方が早い。
左右と後ろの三つに挟み込まれる。残りの七つは前方や上で待機している。
おそらく考えられる回避方法の先に、それらは配置されている。
回避は不可能。かと言って防御して足を止めれば、全ての誘導弾が襲いかかってくる。
ならば。
オレは腰のフォルダーに付いている棒状のデバイスを右手で引き抜く。
それがアクショントリガーとなり、棒の先端部分が左右に分かれ、中央から蒼色の魔力の刃が出現する。
形成されたのは長さ一メートルほどの魔力の剣。
オレはそれを振るって自分に迫る誘導弾を叩き切る。
三つの誘導弾がほぼ同時に暴発した。
どれだけ魔力をこめれば誘導弾でこれだけの暴発が起きるのか。
そんな疑問が浮かぶほどの爆発で発生した爆風により、オレは吹き飛ばされる。
道路を転がり、瞬時に立ち上がる。
辺りは未だに煙に包まれている。
オレはチャンスと思い、この煙に乗じて逃げようとする。
だが。
「へっ?」
知らぬ間に体に桜色のバインドが巻きついている。
オレはそのバインドを破壊しようとしたが、しかし、異常な内部構造のせいで破壊できなかった。
オレは嫌な予感がしてバインドから視線を外して、上空を見る。
白いバリアジャケットを着たツインテールの少女がそこに居た。
年は確か十五歳でオレと同じ。
ツインテールの栗色の綺麗な髪、大きな瞳やすっきり通った鼻筋などその可愛らしい容姿からは想像できないが。
「エース・オブ・エース……高町なのは……!」
管理局では知らぬ者がいない不屈のエース。
オレと同年代で既に英雄となりつつある三人の少女の一人だ。
「降参でいいかな?」
身動きの取れないオレの周りに誘導弾が集まる。
教導ではない為、降参を受け入れてくれるらしい。
オレは心底安堵しながら呟く。
「陸士110部隊第二分隊、カイト・リアナード陸曹。降参します」
同年代の少女に降参する事に一切躊躇いのない辺りどうなんだと思いつつ、けれど自分の身とちょっとしたプライドならプライドを捨てる事はしょうがないんだとオレは自分に言い訳する。
すぐ後。
魔力ダメージでノックダウンされている同僚を見て、オレはその判断が正しかった事を思い知った。
◆◆◆
新暦71年5月23日。
教導隊とのまさかの模擬戦から三日後。休憩中の陸士110部隊の第二分隊のメンバー四人が一つの丸テーブルに集まり、他愛ない話で盛り上がっていた。
「高町二尉の強さは異常だったな」
「ああ。あの砲撃を食らうなんて二度とゴメンだ」
先日の模擬戦で偶然戦う機会を得たエース・オブ・エースの砲撃を思い出し、オレも含めたその場に居る四人が身を固くする。
しかし、トラウマから抜け出した黒髪の分隊長が一言呟く。
「しかし、後二、三年後はめちゃくちゃ美人になるんだろうな。あの子」
第二分隊の隊長は二十二歳と若いがこの中では最年長だ。他のメンバーも十代後半から二十代で、最年少のオレも含めて、盛り上がる話は決まっている。
「そうっすね。でも、俺はテスタロッサ執務官の方が気になりますけどね」
そう言って、デバイスを操作したのは長身で茶色の長髪が特徴的なマッシュと言う優男だ。
年は十九で、何かとオレの世話を焼き、そして色々と教えなくても良い事を教えてくる先輩だ。
マッシュはデバイスから三枚の画像を映し出す。
一枚は高町なのはがデバイスである長い杖を構えている画像。
もう一枚は金髪紅眼の少女の写真。着ている服は黒い制服で、それが執務官の制服である事はこの場に居る全員が把握している。少女の名前はフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。高町なのはの親友で、同じくらいの有名人だ。
「来たよ! 分かってんな。マッシュ。やっぱりフェイトちゃんでしょ」
マッシュに同調したのはこの中で唯一オレよりも背が低いスキンヘッドのアウル。年はちょうど二十歳。
バリバリの武闘派で、総合訓練の後に更に自主訓練を行うストイックな先輩だが、女が絡むととそのストイックさが霞むほど痛いレベルまで下がってくる。
「お前らは本当に胸が好きだなぁ」
「この歳でこのボリュームはやばいでしょ! 将来は期待大っす」
「そうそう。間違いなく巨乳になるね」
分隊長の言葉にマッシュとアウルが答える。
そして三人が意地悪な笑みを浮かべてオレを見る。
「な、なんすか……?」
「お前は誰だ?」
代表して分隊長がオレに向かって聞いてくる。
オレは三人のニヤケ顔を見て、この話題から逃れられない事を悟る。
そうと決まれば話には乗るに限る。
「高町さんもテスタロッサさんも……確かに良いです。美人で強い! けれど、オレは最後の一人、八神さんを推させてもらいます!」
「ほほう。明確な理由があるんだろうな?」
分隊長が自信あり気なオレの言葉にテーブルに身を乗り出して聞いてくる。
左右の先輩たちも身を乗り出す。
オレもそれにならって、身を乗り出し、かなり近い距離で呟く。
「この人ならもしかすればハーレムの可能性も!」
「出た……妄想が先行する奴っすよ」
「自分の顔と相談してこいよ。フツメン」
オレの言葉にそう言った二人の先輩はテーブルから身を引き、呆れたように背もたれに寄りかかる。
オレは唯一テーブルに残っている分隊長にすがりつく。
「た、隊長なら分かってくれますよね!」
「カイト。お前には言っておかなければならないな……」
分隊長は大真面目な顔でそう断ると、次の瞬間キメ顔をオレに向けて言い放った。
「男足る者、愛する人は一人のみ!!」
「浮気ばっかで彼女に逃げられまくってる人が言うと、言い知れぬオーラがあるな」
「流石隊長っす。説得力が違いますねぇ」
オレは主にキメ顔にドン引きしつつ、テーブルの上に展開されている最後の一枚を見る。
肩の辺りで切りそろえられた茶色の髪の小柄な少女が写っている。
少女の名前は八神はやて。
一度も会った事はないが、管理局に入る前も、入った後も、色々な話を聞く少女だ。
話の大部分はいい話ではない。
けど、オレにはその話が嘘だと確信できた。
理由は彼女の笑顔だった。
これだけ優しげに笑える人が、悪い人な訳がない。そんな理由にもならない、一種の勘で、オレはこの人の事が気に入っていた。