「お弁当ねぇ~」
アウル先輩に睨みつけられたオレは視線を逸らす。
一番最初に反応したのはやっぱりアウル先輩だった。オレがはやてのサポートとして、一緒に行動してた時も、離れた所から色々言っていたようだし、この中では一番、オレがはやてと仲良くするのを良く思っていない。と言うか、この人には呼び捨てにしている事や、通信を良くする事は言っていない。
だから、弁解に困る。
そして、敵はこの人だけじゃない。
「手作りだよなぁ」
「手作りっすね」
最近彼女と別れた分隊長と、今日の強制招集でデートが台無しになったマッシュ先輩が呟く。二人には通信を良くする事は言ってある。はやてと呼び捨てにしている事は言っていない。この場で知っているのは部隊長だけだ。
そして、オレがはやてと親しくしているのを全く知らないローファス補佐官。いや、この人は敵にはならないか。
それでも拙い。敵ばかりだ。今は味方同士で争っている場合じゃないのに。
「そう言えば最近、やたら時間を気にして、定時で上がる事が多くなったなぁ? おい? 誰かと会ったり、通信してんのかと思ってたんだが、まさかとは思うけどよぉ」
アウル先輩が言葉を切る。恐る恐る見れば、いつの間にか横に立っている。身長がオレより低いから、自然とオレを見上げる形になっているが、その顔と言うか目が恐ろしい。多分、管理局の制服を着てなかったら、連行している目だ。目つきが悪すぎる。声にも凄味を効かせているから、どう見ても性質の悪いチンピラだ。
既にここが部隊長室で、規律に厳しいローファス補佐官の目の前だと忘れているのか、アウル先輩は更に一歩近づいて、オレに聞く。
「お相手は八神一尉じゃねぇだろうな?」
「どう見てもそうでしょう」
「!?」
予想外だ。ローファス補佐官が敵に回った。この人はあり得ないと思っていたのに。
ローファス補佐官が流れに乗った事に気を良くしたのか、分隊長とマッシュ先輩も嫌な笑顔を向けて聞いてくる。
「八神一尉は108部隊に所属してるのに、クラナガンに居るんだな。偶然だな? お前も今日休みだったなぁ」
「そう言えば、俺がオライオン行ったのも知ってたっす。どう言う事かなぁ?」
ダメだ。行動から全部ばれていく。
大体、何なんだこの人たちは。お弁当でこんなに変貌するなんて。ここは部隊長室で、さっきまで真剣な話をしてた筈なのに。
三人から一歩ずつ距離を取ったオレは遂に壁にぶつかってしまう。
さっきまで犯罪者を追い詰める案を探っていたのに、オレが追い詰められてるのはどうしてだろうか。
「そこまでに。いつまでふざけてるんだ? ローグ」
「分隊内のスキンシップって奴ですよ。ローファスさん」
「他でやる事をお勧めするよ」
「ローファスさんも乗ってたきたじゃないですか」
「事実を言っただけだよ。それに、僕は十も歳の離れた少女に興味はない」
分隊長とローファス補佐官が親しげに話す。二人は何でもできるせいか、周りの後始末に動く事が多く、よく一緒に行動する為、仲が良い。と言うか、ローファス補佐官が親しげに喋るのは分隊長だけだ。
そして、ローファス補佐官の言葉に分隊長も頷く。
「俺だってそうですよ。せめてあと、三年経たなきゃ射程範囲外です」
それもそうだろう。ローファス補佐官は二十六歳で十一歳差。分隊長は八月に誕生日を迎えたから二十三歳で八歳差。いくらはやてが可愛くても恋愛対象外なのは間違いない。二人からすれば子供だ。
問題は後の二人。
二十歳のアウル先輩と十九歳のマッシュ先輩。五歳と四歳差。なんとも微妙だ。
はやてが二十歳前後なら、問答無用でただの嫉妬なのだろうが、今のはやての年齢を考えると、本気にしか見えないこの二人も案外。
「俺は射程範囲内っす」
「俺もだ。あと四年したら十九歳と二十四歳。ぴったりだ。結婚したって良い!」
「そうっす! 後、数年すればお似合い間違いなしって所がミソっす!」
マジか。
この二人のおかしな言動の数々には十分、耐性を持っている筈なのに、ちょっと引いた。しかもお似合いなのは年齢だけで、はやてはあと数年後には間違いなく佐官だ。階級は全く釣り合わない。差は開くばかりだろう。オレたち下士官は士官学校を卒業していないから、准尉以上に上がる為には難関な試験を受ける必要がある。しかも、それを受けて尉官になっても、はやてと階級が並ぶ事はないだろう。それはオレも同じだが。
ヤバいな。そう思うと、オレはこの人たちと変わらないのか。いや、幾らなんでもそれはない。
「まぁ来てくれたのに待たせるのも拙いから、リアナード君は行きなさい」
「あ、はい」
「部隊長。提案があります」
「何かな?」
「八神一尉に助言を求めては如何でしょうか?」
ローファス補佐官の言葉を聞いた瞬間、部隊長の目が鋭くなった。間違いなく、部屋に流れる空気が重くなった。
今までふざけていた先輩たちも黙り込んでいる。
「君の考えはわかる。我々だけでは手詰まりだ。けれど、協力要請をしてしまえば、彼女は関わってくるだろう」
「はい。現場の最高責任者からの要請があれば、休暇中、他の部隊など関係なく、部隊行動に加われます。八神一尉はすぐに解決に乗り出すかと」
「それがダメなんだ。むやみに危険に晒す気はない」
「このままでは市民に犠牲が出るのは時間の問題です。管理局員としてご判断ください」
部隊長が押し黙る。
オレは部隊長がはやてを危険に巻き込まない為に協力要請を出さなかったのだと初めて気づいた。そして、今、押し黙っている理由にも。
「ローファス補佐官! 賛成できません!」
「八神一尉が十代で容姿の整った女性を犯人が好むと知れば、自分を囮にしてもおかしくはない。そう思うからですか?」
「そうです。それに彼女の安全も!」
「市民の安全が第一です。個人的に親交を深めるのは君の勝手ですが、それをここに持ち込まれては困る」
「そんな! 大体、囮だなんて、彼女の守護騎士たちが許可するわけがない!」
ローファス補佐官はオレの言葉を聞いて、静かに首を横に振る。
その目がオレを射抜くように見る。
「彼女が望めば別です。例えば、君が頼めば」
「ローファス補佐官!」
こんなに大きな声が出せたのかというほど、部隊長が声を出した。
ローファス補佐官はそれを当たり前のように受け止める。
「失礼しました。過ぎた言葉でした」
敬礼するローファス補佐官に対して、部隊長がこめかみを右手の指でほぐしながら言う。
「僕が頼む」
完全に置いてけぼりを食らったオレ達、第二分隊の目の前で陸士110部隊の首脳陣は、はやてへの協力要請を決めてしまった。
部隊長にローファス補佐官と共にロビーに向かったオレは、椅子に座りながら青い子犬と戯れ、笑顔を浮かべているはやてを見て、ため息を吐きそうになった。
よりにもよって、あのタイミングで来るとは。通信を入れるなり、念話するなりあっただろうに。
オレが部隊長たちと共に来たのを見たはやては座っていた椅子から立ち上がって敬礼する。
オレたちも敬礼を返し、この場で最上位の階級を持っている部隊長がはやての敬礼を制したのを見て、オレとローファス補佐官も敬礼を止める。
「個人的な要件なのにすまないね」
「いえ。何か問題でもありましたか?」
はやての質問に気まずそうにする部隊長は諦めたように小さく息を吐いて、話を切り出した。
「未だに犯人の居場所を特定できていない。申し訳ないが一尉の力をお借りしたい」
「それは緊急時における協力要請と受け取っても?」
「その通りだ」
はやてがオレをチラリと見る。オレは盛大に顔を顰める。というか、さきほどからこんな顔だ。
気に入らない。はやてを捜査に協力させるのは良い。けれど、ローファス補佐官は、はやての能力を買ってではなく、囮として条件を満たしているから協力要請を提案した。
それが無性に気に食わない。だが、従わない訳にはいかない。
前回、分隊から離れたのとは違う。今回は市民の命が掛かっている。ローファス補佐官の言っている事は正しい。それはオレも部隊長も分かっている。だから部隊長は自分で頼むと言ったし、オレも気に食わないなりに従っている。
これではやてが了承しなければ、オレがはやてに頼む事になるだろう。個人的な親交を利用してだ。
そうなって欲しくはないが、だからと言って、協力要請を受け入れても欲しくはない。大きな矛盾を抱えて、オレはこの場に居た。
数時間前のオレを殴りたい。こんな展開も読めないなんて。
そう思ったオレの耳に、はやての声が届く。
「わかりました。八神一尉。協力要請によりこれ以降、陸士110部隊の指揮下に入ります」
私服で敬礼するはやてを見ながら、オレは思わず天を仰ぎたくなった。仰いだ所で天井しか見えないが。
分かっていた。と言うか本人が言っていた。巻き込まれれば捜査に加われると。そう思っていたのなら、願ったり叶ったりだろう。オレの気分は最悪だが。
部隊長ははやての敬礼に対して、敬礼を返すと、オレの方を見て言う。
「リアナード陸曹。八神一尉へ捜査状況や犯人の情報の説明を」
「了解」
オレが敬礼と共に了承すると部隊長は小さく頷く。
「説明が終わった後、部隊長室へ来て欲しい」
「了解しました」
はやてへそう告げた部隊長は、ローファス補佐官を伴って、先ほど来た通路を戻る。ローファス補佐官が何か言う前にこの場を去りたかったんだろう。ローファス補佐官の言葉は正論だが、それは感情を抜きにした事だ。あまり気持ちの良いモノじゃない。
部隊長とローファス補佐官が見えなくなったのを見て、オレは盛大にため息を吐いた。
「ため息を吐くと幸せが逃げるで~」
「誰のせいでため息を吐いてると思ってるんだ……!」
オレはきつめの口調でそう言うがはやてはそれを笑顔で受け流す。どうやら、反省はしてないらしい。
はやては椅子に置いてある二つのカバンと子犬のリードを持って、移動する準備を整える。緊張感が全くない。
「はやて。はやてが強いのは知ってる。はやてが優秀なのも知ってる。けど、だからって危険に飛び込んでいい訳じゃないだろ?」
「私より弱いのに、危険に飛び込む人を私は知っとるけど?」
笑顔でそう返されて、オレは言葉に詰まる。オレが良くてはやてがダメなんて言える訳もないし、なによりそれは強い奴が弱い奴に言う事だ。はやては強い。正面から戦えば、一対一でも敵わないだろう。
けど。
「今回は……参加して欲しくなかった」
「勘忍なぁ。でも、必要なんよ。地上の、それもクラナガンの部隊に借りを作っておく必要が」
「はやて……」
はやてが自分の部隊を持つ事を目指している事は聞いている。ただ、本局出身のはやてが地上で部隊を持つのは容易な事じゃない。それもはやてが持ちたい部隊は、どのような事態にも素早く臨機応変に対処できる部隊。それは今の地上には無い部隊だ。つまり、新設するしかない。
だからコネが必要。それは分かる。夢の為に出来る事をすると言うのも。
「心配し過ぎや。とりあえず、説明してくれへん? 多分、カイト君が心配してくれる理由は、事件の性質が問題やろ?」
「まぁ。そうだけど……」
『説明は任せな。相棒は八神一尉の弁当食ったらどうだ? 何にも食べてないだろ?』
平行線の会話にヴァリアントが入ってくる。デバイスの癖に、下手な人より気がきくのはなんでだろうか。
ヴァリアントの言葉を聞いて、はやてが笑顔で持っていた二つのカバンの内、一つからピンク色の包みを取り出す。もう一個はお出かけカバンか。
「説明はヴァリアントに任せて、カイト君はお食事タイムや」
「……弁当で流される自分が情けない」
「誰しも空腹には勝てへんよ」
はやてはそう言うと、周りを見渡す。ここの隊舎のロビーにテーブルは無い。
待合用の椅子なら数脚あるが、そもそも、陸士110部隊には滅多に部外者が来ない。来ても来賓室がある為、ロビーにテーブルや多くの椅子を置く必要がないのだ。
「向こうにカフェテリアがある。そこの方が会話もしやすいだろ」
「ホンマ? やっぱりご飯は落ち着いて食べな美味しくないからなぁ」
そう言って、はやてはオレが示した方へ子犬と共に笑顔で歩いて行く。流石は経験豊富な管理局員と言うべきか、オーバーSランク魔導師と言うべきか。はやてには先ほどから緊張が見えない。集中をするべき時とするべきでない時を分かっているんだろう。
それは確かにすごい事なのだが、オレから見ると、能天気と言うか、マイペースと言うか。はやてのペースに巻き込まれると、すぐに緊張が切れる。さっきまで割と怒っていた筈なのに。
結局、そのペースに乗せられ、話を流されてしまったオレは、もう一回ため息を吐くと、どんどん歩いて行ってしまうはやてを小走りで追った。