陸士110部隊管轄区域。
午後23時11分。
隊舎から一番離れた場所を任されたオレは、バリアジャケット姿でビルの屋上に着地する。
到着し、準備が出来た事を空に居るリインフォースに通信する。
「ハンター04。準備完了」
『了解です。作戦開始まで後四分ほどですから、そのまま待機していてください』
「了解」
第二分隊で長らく使われているハンターのコールサインを使ったオレに対して、リインフォースはいつもの舌足らずな声ではあるが、真剣さが感じられる声で返す。
誰もが切り替えている。
突然の作戦にも混乱せずに、陸士110部隊は対応した。少なくとも、ここまでは上手く行っている。後は、前線メンバーが上手くやるだけだ。
あちこちに既に第一分隊のサーチャーがばらまかれている。これによる情報とリインフォースがオレたち第二分隊の目だ。
この管轄区域内ならば、どこに転移しようとすぐに分かる筈だ。それを如何に早く追い詰められるかが鍵だ。
オレが配置されたポイントは、捜査の結果、一番デイビスが居る可能性の高いポイントだ。そこにオレが配置されたのは、単純に一番速いからだ。
できれば見つけ次第、捕まえたいが、向こうも長年逃げ続けてきた男だ。簡単には行かないだろう。
「ヴァリアント。ミーティアはいつでも使えるな?」
『ああ。さっき解除したから問題ない。あんまり使うなよ? 相棒への負担は大きいからな』
「敵さんに言ってくれ。はやてに近づく前に捕まえる」
オレはそう言うと、目を閉じる。夜風がなかなかに気持ちいい。
作戦の開始まで後、僅か。開始と同時にリインフォースからデイビスの位置が知らされる。
僅かに頬が緩む。間違いなく、第二分隊の面々は同じ事を思っている筈だ。
「オレの所に居ろよ……」
同時に通信モニターが開く。
ローファス補佐官の顔が映し出される。作戦開始の合図を出す為だろう。
『作戦開始五秒前からカウントダウンをします。作戦は事前に説明した通りです。皆さんの奮闘に期待します。カウントダウン……五、四、三、二、一。作戦開始!』
ローファス補佐官の言葉と共に、上空で複数のスフィアが出現する。あれが妨害スフィアだろう。
同時に管轄区域を波のようなモノが走り抜ける。広域探査魔法だ。これでデイビス・バッツの固有情報と一致する人間を探し出す。魔力が無い人には全く気づかれない魔法だが、魔力のある人間は違和感を感じる。
そして、魔導師ならば探査魔法と気づく。これが発動した以上、デイビスもこちらの動きに気づくだろう。
『ハンター04! 三番地の廃墟ビルからデイビス・バッツが出てきました!』
瞬間。オレはビルの屋上から飛び降りていた。
三番地の廃墟ビルは一つしかない。
どうやって隠れていたのか。怪しげな場所は調査されただろうに。
まぁそれは後か。
今は奴を追い詰めるだけだ。
体に走らせた魔力で強化された身体能力で、夜の大通りを走り抜ける。
報告から既に五秒は経っているが、未だに連絡はないのは、デイビスが転移魔法を使っていないからだろう。
『デイビス。大通りに出ます!』
三番地の大通りと言えば、今、オレが走っている所しかない。
自分から来たか。
オレの視界の向こう。金髪の中年男性が大通りに走って出てくる。それはオレの姿を認めるや、すぐに来た道を戻り始める。奴がデイビスだ。
オレは視界からデイビスを外さないようにしつつ、しかし、無理をして追いつきもしない。
奴が中央部より外に行こうとする時は敢えて回り込んで、道を塞ぐ。
細い一本道にデイビスが入る。
オレはそれを追うが、走りながら、デイビスが魔法を発動させているのを見る。
「転移か!?」
『間に合わんね。リインフォースには伝えた。後は他の奴任せだ』
ヴァリアントの言葉の後、デイビスの姿が消える。
オレはそれに舌打ちした後、隊舎の司令室に指示を仰ぐ。リインフォースは追跡で手が離せない為、基本的に指示はローファス補佐官が居る司令室が出す事になっている。
「ハンター04より司令室。指示を」
『こちら司令室。ターゲットはハンター03と接触。ハンター04はポイント03へ移動せよ』
「ハンター04。了解。移動する」
おそらくハンター03のマッシュ先輩が中央に誘導しつつ、かなり移動したんだろう。オレはその開いたポイントの穴埋めだ。
「ヴァリアント。地図を」
『はいよ。公園まで追い込むには後、もうちょっと掛かるな』
地図に表示されている赤い点はまだまだ公園と距離がある。
追い込むのが作戦だが、出来れば、追い込む前に蹴りをつけたい。オレだけじゃなくて、先輩たちもそう思っているだろう。
オレは地図に従い、ポイント03へ移動を始めた。
デイビス・バッツを発見してから十五分。
第二分隊の追い込みにより、デイビス・バッツは公園の近くまで移動していた。
「逃げ足だけは速い!」
『そろそろ最終ポイントだぜ? チャンスは後一回あれば良い方だ』
大きめの自然公園の外側を走りながら、オレはヴァリアントの言葉に頷く。
ここに転移してくれば、デイビスの視界にはやてが入ってしまう。ここまでデイビスを追い込んだのなら、オレたちはデイビスがはやてに気づくのを待つべきなのだが、オレはそれを良しとはしていない。転移直後ならまだ手はある。
チャンスは後一回。
『ハンター04! そちらに』
「見えてる!」
オレの視界の端、転移してきたデイビスの姿が映る。
これが最後だ。
まだ、デイビスはこちらに気づいていない筈。オレは自身の最高速を出す事に決める。
「ミーティア」
オレの体を蒼い魔力光が包み込む。
加速魔法ミーティアで加速されたオレはデイビスに一瞬で迫る。転移直後のデイビスでは、反応しきれまい。
オレは右腰のフォルダーに入っているカーテナを取り出そうとして、デイビスが全くこちらに反応しない事に気づく。
デイビスの視線は公園の中。
青い子犬を散歩している私服姿のはやてが視線の先に居る。
僅かな悪寒がオレの体に走る。デイビスがはやてを見つけた所で、もう遅い。オレの攻撃からは逃れられない筈なのに。
カーテナを抜き放ち、ガラティーンを展開させる。
それの圧縮率を調整し、怪我がしない程度にまで威力を抑えて、オレはデイビスに振り抜いた。
なのに。
手応えがなかった。
『相棒! 連続転移だ!』
ヴァリアントの言葉に、体が反応する。
公園の中へ走り出す。
今まで連続での転移をしなかったのは魔力の消費を抑えるためか。出来ないものだと油断してた。
はやてとの距離はまだある。オレじゃ間に合わない。公園の反対側にはアウル先輩が見えるが、遠い。
右にはマッシュ先輩、左側には分隊長がいる筈だが、姿が見えない。二人ならアウトレンジでの確保も可能だが、それは望みは薄い。
オレが突撃したせいで、全員に終わった。と言う一瞬の油断が生まれた。突撃せずに、はやてに食いつくのを待ってれば、備える事もできたのに。
デイビスの連続転移はとっさ過ぎて、だれもはやてに知らせる事が出来てない。このままじゃ不意打ちを食らう。
本来なら、デイビスが逃走ではなく、はやてに意識を向けた隙を突く筈だった。それが作戦だった。オレが台無しにした。
オレのせいで。
こちらに体を向けているはやての後ろにデイビスが転移した。右手にはナイフが握られている。はやてはまだ気づいてない。
間に合わない。そう思った時。はやての口が動いた。
「チェックメイトや」
同時に青い子犬が蒼い大型の狼へと変身する。
その狼が吠える同時に、はやての後ろに障壁が展開された。
狼の足元にはベルカ式の魔法陣。障壁はあの狼によるモノだろう。
デイビスはいきなり展開された堅牢な障壁に弾き飛ばされる。
「時空管理局や。観念しいや」
「くそっ!!」
はやての言葉を聞いて、デイビスが転移魔法での逃走を図ろうとする。
はやての傍にいる狼はその場を動かない。このままじゃ逃げられる。
オレは舌打ちと共にはやての横を通り過ぎて、デイビスに突撃する。
しかし、その突撃を思わず止めてしまう光景が目に入ってくる。
デイビスの体から細い手が突き出ていた。下手なホラー映画よりも生々しい。
デイビスも信じられないようで、目を見開いて、自分の体から突き出している手を見ている。
手には光り輝く小さな球体があり、デイビスから突き出ている手がそれを握り締めると、デイビスは苦しげに呻く。
「がっ! くっそ……!」
徐々に球体から光が薄れていく。
光が最初の何分の一ほどになった頃、手が引き抜かれる。
デイビスは暗い表情のまま、フラフラと数歩後ずさると、前のめりに倒れる。
オレは倒れたデイビスを咄嗟に受け止める。
受け止めたものの、何が起きたかわからない以上、対処が出来ない。
「リンカーコアから魔力を抜かれただけだ。何ら問題はない」
どうするべきか迷っていたオレに、後ろから低い声がそう教える。
後ろを振り返れば、先ほどの狼がそこに居た。この狼はおそらく、ヴォルケンリッターの一人。
「これは一体……?」
「シャマルの魔法だ。やりすぎだがな」
「ごめんなさい。やりすぎちゃいました」
上から緑を基調としたバリアジャケットを着た女性が降りてくる。広域探査と妨害スフィアの展開と言う離れ業をやってのけたはやての騎士であるシャマル医務官だ。
転移魔法以外には見る所の無いにしても、デイビスはAランク相当に位置づけられる魔導師だ。それを昏倒させたのが医務官だと言うのがオレには信じられなかった。
申し訳なさそうにしているシャマル医務官を見る限り、そんな芸当ができるとは思えないが。
オレは先ほどの光景を思い出して、デイビスを地面に寝かした後、自分の胸を撫でる。
離れた所から他人の体に手を入れる事ができる魔法。そんな魔法は聞いた事ないし、考えただけで恐ろしい。デイビスはリンカーコアだったが、リンカーコア以外でも取り出せるんだろうか。
オレの顔から血の気が引く。止めよう。精神に悪影響を及ぼす想像だ。
「カイト君、大丈夫か? 救護班を呼んだけど、カイト君も必要ちゃう?」
「いや、大丈夫! すげー元気だから!」
救護班も何も、ここで気分が悪いなどといえば、はやての横に居る本局の医務官が診察するに決まっている。
先ほどの光景を作り出した人間に、診察されるのはごめん被る。
「ホンマか? 顔色悪いけど……」
「ちょっと疲れただけ。はやてこそ大丈夫?」
「ザフィーラのおかげで大丈夫やよ。ありがとうな、ザフィーラ」
はやてはそう言うと、蒼い狼、ザフィーラに視線を向ける。
ザフィーラは首を微かに横に振って答える。
「主はやてを守る事が私の役目ですから」
「はやてちゃんを守るのはザフィーラだけの役目じゃないのよ? 分かってる?」
「そうだな。我々、ヴォルケンリッターの役目というべきか」
拗ねたような口調で言ったシャマル医務官に苦笑しつつ、ザフィーラはそう言い直す。
ヴォルケンリッター。烈火の将といい、この二人といい、一体、どれほどの力を秘めているのか。
ザフィーラが発動させた、デイビスの攻撃を受け止めた時の障壁。あの障壁はガラティーンでの斬れる気がしない。そんな障壁をほとんど時間を掛けずに発動させてみせた。
広域探査に妨害スフィア、リインフォースと共にデイビスのマークをしつつ、最後はデイビスを昏倒させたシャマル医務官。
どちらか一人でも居れば、間違いなく部隊が安定するエース級。
このレベルが四人。リインフォースを入れれば五人。
それがヴォルケンリッター。先ほど本人たちが言ったように、はやてを守る事を最優先する騎士たち。
そして、オレたちが手こずったデイビスをあっさり捕まえてしまった夜天の王たるはやて。
はやてとヴォルケンリッターが揃えば無敵。
はやて自身が言っていた言葉だが、こうしてヴォルケンリッターの実力を見せられると、嘘とは思えない。
不意に胸に寂しさがこみ上げてくる。
その寂しさの理由はよく知っている。
無力感だ。
はやてとヴォルケンリッターで無敵ならば、自分がいらない。そう思った時に湧いてきたどうしようもない無力感が、胸に寂しさとなってきたのだ。
遠い。はやても、ヴォルケンリッターも。
オレが目指す何もかもが遠く感じられた。
「カイト君。どないしたん?」
はやてが思考に沈んでいたオレに声を掛けてくる。
まさか力の違いに無力感を抱いてましたとは言えない。
「何でもないよ。終わったと思ったら気が抜けただけさ」
オレはそう言って取り繕うようにして笑った。