新暦71年12月20日。
クラナガン・陸士110部隊・部隊長室。
「納得できません!!」
僕のデスクに半ば乗る形でベルファスト君がそう言ってくる。やっぱりこの子の顔は怖い。
「そうっす! 納得できないっす!!」
フェルニア君もそれに続く。最後の一人、クライアンツ君に目を向ければ、彼は肩を竦める。
「理由を教えてもらえませんか?」
「リアナード君の本局への出向の事かな?」
「そうです! どうしてあいつだけ本局なんですか!?」
「俺らも行きたいっす! 本局に行ってみたいっす!!」
僕は思わずため息を吐きそうになる。流石に部下に対してため息を吐く訳にもいかないので堪えたけれど。
そう言えば、行き先を言ってなかった。リアナード君も急な呼び出しで説明している時間が無かったようだし。
「そんなに行きたいのかい? リアナード君が行った場所に」
「行きたいですよ! 俺たち地上部隊所属の人間が本局に行く事なんて滅多にないですし」
「本局部隊に出向となれば、後々、本局へ転属も可能っす!」
「本局に行かないのは、お前らが資格とか取らないからだし、本局部隊から引き抜かれたら、今度は地上に戻ってこれないぞ……。はぁ、何でお前らは馬鹿なんだ?」
僕の気持ちをクライアンツ君が代弁してくれた。流石は分隊長。こう言う所が二人とは違う所だ。
さて、そろそろ出て行ってもらうとしようかな。まだ、今日の書類は片付いてないんだ。
「そこまで言うなら手配してあげてもいいけど、君たちはリアナード君が行った所を知ってるかい?」
「知りません!」
「知らないっす!」
「戦技教導隊だよ」
三人の顔が固まる。そして、徐々に青くなっていく。
教導隊と模擬戦をさせたのは間違いだったかな。トラウマしか残ってないみたいだ。
「試作デバイスのテスターだよ。だから、教導官との模擬戦もある。行くかい? なんなら今から」
「失礼しました!」
「お忙しとこごめんなさいっす!!」
二人が勢いよく部隊長室から出ていく。まぁ気持ちは分かるけどね。
「戦技教導隊ですか……。あいつにはレベルが高すぎる気がしますが……」
「色々あってねぇ。それに本人の希望でもある」
僕は一息入れると、デスクの書類にペンを走らせながらクライアンツ君に言う。
「死にはしないさ。多分、きっと、そうだと信じてる」
「自信はないんですね……」
◆◆◆
時空管理局本局・戦技教導隊本部・訓練室
「アクセル・シューター!」
またあれだ。
あの規格外な中距離誘導弾。
最大で何発撃てるのか分からないが、今の所は最大同時発動数は十発。
戦闘が始まってから、一歩も動かずにあの誘導弾だけでこちらを良いように翻弄している。
ミーティアを使えば切り抜けられない事もないけれど。
「避けた後に地獄が待ってそうなんだよな……」
『教導官と遮蔽物の無い空間で戦ってる事自体が地獄のような気がするがな』
全くその通りだ。
来て早々いきなり訓練室に連れてこられて、今から模擬戦をしてもらうと言われた時は、流石は教導隊。戦うのが仕事なだけある。と思ったが、それは間違いだったと、バリアジャケット姿の高町二尉が登場してから分かった。
この人たちの仕事は相手をとりあえず完膚なきまで相手を叩きのめす事だ。
一々言葉で説明したりしない。
部隊のモットーは徹底的に打ちのめせ。言葉で教える訳でもなく、見て学べと言う訳でもない。食らって、やられて覚えなさいの管理局最強の部隊だ。
今、何が目的で模擬戦が行われているのかは分からないが、間違いなく言えるのは、オレを勝たせる気はないと言う事。
この誘導弾を攻略すれば、今度は砲撃魔法が飛んでくるかもしれない。
今はオレに合わせて地面にいるが、おそらく近付けば飛ぶ。近づかせる気もないだろうが。
空に上がる全ての魔導師の憧れ。誰もが認める無敵のエース。航空戦技教導隊不屈のエース。
エース・オブ・エースの称号を持つ二等空尉、高町なのは。
はやての幼馴染にして命の恩人。
オレは誘導弾から逃げるのを止めて立ち止まる。
それは、誘導弾をちまちまと一発ずつ斬っていた消極的戦法を切り替える事を意味していた。
「逃げないの?」
高町二尉が誘導弾でオレを囲みながら聞いてくる。逃がす気もなかっただろうに。なかなか癖の強い人だ。
オレは両腰のフォルダーに仕舞っているカーテナに手を掛ける。
本当は、目先の勝負に拘っちゃいけない。それをしていたからオレは強くなれなかった。
けど。
「あなたから逃げても始まらない。オレは逃げない為にここに来た」
この人に今の時点で何もできないようなら、例え新しいデバイスを持っても、力をつけても変わらない。
オレは左右のカーテナを抜き放つ。
オレには重い魔力刃が形成される。
オレはここに強くなる為に来た。今のスタイルのままだ。だったら、目の前の相手から目を逸らしちゃいけない。
「ドレッドノートに最も大事な事は……相手に向かっていく勇気だ!」
『相棒、来るぞ!』
十の誘導弾が不規則な軌道でオレに向かってくる。
オレはゆっくり息を吸い込む。
全力は一分。
それでどこまでいけるか。試す。
「ミーティア!」
『無茶するなよ?』
「それこそ無茶だ!」
オレは誘導弾を振り払う為に右に走りだす。
ミーティアの加速に戸惑う素振りも見せずに高町二尉は平然と誘導弾で追撃してくる。
少しは面喰ってくれるかとも思ったけれど。
「そう言えばめちゃくちゃ速い幼馴染が居たんだっけか」
オレより速いのに慣れてればそりゃ驚かないか。
オレは右回りから高町二尉に近付くのを諦める。
誘導弾を振りきれないのは誘導弾がオレより速いからじゃない。オレの進路を予測して先回りをされているからだ。
それなら。
「予測できない事をするだけだ」
オレは右手にあるカーテナに出来るだけ魔力を込めて、ガラティーンが維持できるようにすると、最も高町二尉に近い誘導弾へ投げつける。
「デバイスを投げた……?」
カーテナは魔力刃を維持したまま誘導弾に向かうが、進路上から誘導弾が移動してしまう。
まぁ誘導弾に興味はないが。
「ワイヤー・バインド!」
オレの右手から飛び出した蒼いバインドがカーテナの柄に巻き付く。
「!?」
オレはそれを思いっきり横に振る。
カーテナの進路が変わり、高町二尉に向かう。
未だに誘導弾はオレに向かって来ている。
お互いに防御か攻撃かを迫られてる。オレとは違い、向こうは両方出来そうだが。
オレには攻めしかない。
オレは真っすぐ高町二尉に向かって加速する。
迫る誘導弾の追撃も追いつかない最高速度での加速だ。
既にバインドは切っている為、どれだけオレが動こうが投げたカーテナの軌道は変わらない。もう動かせないとも言えるが。
それでも構わない。長く戦うつもりはない。今、どれだけ通じるかを試すだけだ。
高町二尉の右からは投げたカーテナ。左前方からは加速したオレの突撃。
擬似的な挟み撃ち。
オレはおそらく張られるだろう防御魔法も切り裂くつもりで思いっきり魔力を左手のカーテナに込め、ガラティーンを強化する。
左下からの斬り上げ。
今できる最高の攻撃だ。
「レイジング・ハート」
『ラウンド・シールド』
高町二尉はオレの斬撃に対して、左手を前に出してシールドを張った。
だが、ガラティーンには魔力をありったけ込めた。左右に意識を散らしたシールドなら斬れる。
そう思ったオレの視界で高町二尉のデバイスが動く。投げたカーテナの方向へ。
「ショート・バスター」
デバイスの先端から桜色の砲撃が発射され、カーテナの魔力刃を消し飛ばす。
早撃ち。
マッシュ先輩が得意な技術だ。
それを砲撃でやってのけた。しかも片手間に。
驚いている場合じゃない。
左右の攻撃を受け止めるしか高町二尉には選択肢は無いと思っていた。防御が左右に割れれば、突破出来る。そう思ったからこその突撃だ。
それが覆された。
とはいえ、今更止まれない。
オレはカーテナを両手で持って、思いっきり振り上げる。
シールドと魔力刃が衝突する。
「くっ!」
シールドはビクともしない。
破れると思ったにも関わらず、ヒビすら入れられない。
なんて固さだ。
そう思ったオレに高町二尉が話しかけてくる。勿論、まだシールドと魔力刃はせめぎ合っている。
「すごいね。加速も斬撃も……予想以上だよ」
「それは……どうも!」
何とかシールドを斬ろうと魔力を込めて圧縮率を上げるが、全く歯が立たない。
これがエース・オブ・エース。
今、会話している間だって、デバイスをオレに向けて砲撃する事も出来るし、未だに浮遊している誘導弾で背後から攻撃する事も出来る。
教導官が戦闘中に喋るのは何かしらの意味がある。そう思い、オレは耳を傾け、そして耳に響いた冷たい声に背筋を凍らせる。
「なのに、どうして無謀な事するのかな……?」
「えっ……?」
ヤバい。オレの今まで培ってきた勘が、生存本能がそう言っていた。
ここに居るのは拙い。なんだか知らないが。
エース・オブ・エースがキレてる。
オレは全速力で動こうとして、自分の体が全く動かない事に気づく。
そう言えば前もあったな。こんな事。
見れば、両手と両足がバインドで空間に固定されている。空間固定型のバインドは高位魔法で発動にも時間が掛かる筈だが。
ヴァリアントに念話で解いてくれと頼む。
すぐに答えは念話で返ってきた。
『相棒、固すぎる。ちょっと時間くれ』
「少し、お話しよっか」
「えっと……」
「君はどうして突撃ばかりするの? そのスピードと斬撃魔法があれば、幾らでも戦法はあるでしょ?」
冷たい声だ。そして僅かに俯いている為、よく見えない表情がオレの恐怖をあおる。
怖い。師匠と対峙した時でもこんな恐怖を感じた事はない。
「それで今まで戦って来ました……。今更変えられません……」
何とか言い返す。ここで会話を止めたら何をされるか分からない。既に左手のカーテナに魔力供給はしていない。ヴァリアントをバインドの解除に集中させる為だ。
と言うか、誰か止めてくれ。この状態はどう考えてもオレの負けだろ。
そう思っていると、高町二尉の横に空間モニターが出現する。
オペレーターの女性が高町二尉の様子に若干ビビりながら言う。
『高町教導官……。データは取れました。模擬戦を終了してください』
「これは模擬戦じゃありません。教導です」
『えっ……? 高町二尉!?』
高町二尉はそう言うとモニターを切ってしまう。
やっべぇ。
心底そう思った。
この人、完全に暴走してるよ。オペレーターの言葉を信じるなら、これは来たばかりのオレのデータ取り。
それ以上の意味は無い。
それは独断で教導って。オレは確かに強くなりに来たが、高町二尉の教導を受けに来た訳じゃない。
『相棒。もうちょっとだ。もう少し話せ』
「高町二尉……? 拙くないですか?」
「いいよ。今は君の方が大事だから」
すごい発言だな。オレの方が大事って。
バインドで縛って、オレの方が大事って、どんなシチュエーションだよ。
もうちょっと違う状況だったら美少女からの愛の告白とも取れるが、そうじゃないし、思えない。これを告白と取れるヤツが居たら、よほどの高町二尉のファンか、脳がいかれてるかだ。
「どうしても変えないの……? その戦い方を」
「変えません。一から新しい戦い方をやってたら」
『相棒!』
「遅いんです!」
オレを両手のバインドと両足のバインドを同時に力任せに引きちぎる。
即時発動とオレ相手って事で、構成が甘かったのが幸いした。しっかりやらてたらいつまで経っても脱出できなかった。
オレは瞬時に高町二尉から離れる。砲撃を受けるにしても、せめて防御ができる距離を稼がないと。あの距離じゃ避ける事も防御もできない。
そう思い、障害物のない訓練室を走るオレに高町二尉は自然体のまま話しかける。
「遅い? はやてちゃんの為?」
「!? ……そうです! いつ、この前の奴らが来るか分からないから、オレは少しでも強くなりたいんです! 一から戦い方を変えてたんじゃ」
「君は何も分かってないんだね」
高町二尉はそう言うと、オレに向かってデバイスを向ける。
しかし、オレに照準を合わせ続けるだけで、何もしてこない。
そう思ったのは勘違いだった。
気づいたら誘導弾に進路を塞がれてた。
進路だけじゃない。全方位を囲まれている。数は間違いなく二十を超えている。
「なっ……!?」
「その戦い方を続けるから」
高町二尉のデバイスの先端に魔力がチャージされていく。
最初の時点でオレが知ってる高町二尉の砲撃魔法くらいの魔力がたまっていた筈なのに、それがどんどん高まっていく。
「ちょっ!」
「はやてちゃんがいつも泣きそうな顔をするの! 自分のせいだって自分を責めるの!」
高町二尉の表情は魔力光の輝きで見えない。それぐらい魔力がたまってる。けれど、声は届いた。
それは予想していた。
オレが無茶をするたびにはやては自分を責めるだろう。それは分かっていた。
オレに無茶をして欲しくないから、九月の時もヴォルケンリッターを連れてきた。
オレの無茶をはやては嫌ってる。
そんな事は言われなくても分かってる。だから強くなる為にここに来た。
無茶を無茶と言われないくらいに強くなれるように。
「あなたに……お前に言われなくても分かってる! それでも助けたい、守りたいと思って行動するのはオレの勝手だろ!!」
「その行動で……私の親友が泣いてるの!!」
『マスター。チャージ完了です』
オレの視界はすでに桃色の魔力光しか映っていない。完全にそれで埋め尽くされてる。
それでも、ここで言い負ける訳にはいかない。親友が心配で仕方ないんだろうが、その思いにオレが負けてやる道理はない。
オレだって同じくらい強い思いを持っている。そしてここに居る。
強くなると、安心して見ていられるようになると、他でもないはやてに約束した。
「それでも戦い方は変えない! オレはこのまま強くなる!」
「っ!? それなら、それでいいよ。教導官らしく、力で考え方を変えさせてあげる」
『マスター。彼の言葉には一理あります』
「分かってる。分かってるけど! 私はこれ以上、はやてちゃんの重荷を増やしたくない!! だから」
『分かりました。それでは』
「いくよ!! ディバイーン・バスタァァァー!!」
『相棒!!』
オレは真っすぐ向かってくる桜色の砲撃に対してカーテナを正眼に構えた。
それが無意味でも、抵抗くらいはしないと癪だ。
無難に防御魔法と行きたいが、オレ程度の防御魔法じゃあっても無くても変わらない。
「斬る!!」
『相棒!? 馬鹿はよせ!』
そう言っている間に砲撃がカーテナの魔力刃と衝突する。
体が思いっきり後ろに持って行かれるが、砲撃は何とか受け止めている。それも時間の問題だが。
師匠より重い攻撃を受けたのは初めてだ。上には上が居るってことか。それとも高町二尉が本気なのか、師匠が手加減してくれていたのか。
どれもあっている気がする。とりあえず分かった事がある。
やっぱりこの人は。
「悪魔めっ……!」
「悪魔でいいよ。私は親友の為なら悪魔で良い!!」
瞬間。砲撃の威力が増して、オレは桜色の砲撃に飲み込まれた。