目を覚ますと、ベッドの上に居た。
自分が何で寝てたのか良く思い出せない。
オレは僅かに体を起こす。
すると、横から声が掛かる。
「おう。目が覚めたか。カイト・リアナード」
ベッドの横に見知らぬ男の人が居た。歳は三十くらい。燃えるような赤い髪に黒い目。身長はそこまで高くないと思うが、椅子に座ってる為、はっきりわからない。分かるのは言い知れぬ存在感があると言う事と、青と白の教導隊の制服を着ている為、教導官だと言う事だ。
教導隊。
それでオレは思い出した。確か高町二尉にやられたんだ。思いっきり砲撃で。
「あなたは……?」
「おいおい。顔も知らずに教わりに来たのか? 戦技教導隊隊長のアーガス・レイブラムだ。まぁ地上で言えば部隊長みたいなモンだ」
「部隊長!? し、失礼しました!」
オレはそれを聞いて、体をしっかり起して敬礼する。同時に、この人が師匠の言っていた後輩だと察する。師匠の後輩にしては若い気がするが。
オレがしっかりと体を起して敬礼したのを見て、アーガス隊長は感心したように頷く。
「流石だな」
「えっと……オレがですか?」
「お前じゃない。高町だ。どこも痛くないだろ?」
オレは言われて、体を見下ろす。外傷は全くない。動かしてみても痛みはない。
非殺傷設定であっても魔力は削られ、ある程度、体に影響が出る。ブラックアウトダメージで気絶すればなおさらだ。打撲や擦り傷くらいあっても良さそうだが。
「まぁヴァリアントが咄嗟にバリアジャケットの防御力を上げたからってのもあるけどな」
「あの……ヴァリアントは?」
「調整中だ。もうひとつのカーテナってのもな。とりあえず、お前はここで休んでろ。これからどうするか決める為に会議してくるから」
「これからどうするかって……試作デバイスのテストですか?」
オレがそう言うと、アーガス隊長は肩をすくめて、首を横に振る。
オレの質問に答えないまま、アーガス隊長は椅子から立ち上がる。
「えっと……」
「会議の内容はな」
オレが尚も聞こうとしたからか、アーガス隊長は部屋から出る前にこちらに振り向いて言う。
「お前からカーテナを没収するかどうかだ。もっと言えば、お前の戦い方を矯正するかどうかってのを決めてくる」
「はい……?」
「ここは教導隊だぞ? 危険な戦い方が容認される場所だと思ったか?」
アーガス隊長はそう言うと、部屋から出て行ってしまう。
残されたオレは口を開いたまま、アーガス隊長の言葉を上手く理解できずにいた。
◆◆◆
戦技教導隊本部・ミーティングルーム
ミーティングルームに入った俺を中に居た七名の教導官が、アーガス隊長。と呟き、敬礼で迎え入れる。
俺もそれに敬礼を返し、自分の席へと座る。
船員が着席した所で、俺は話を切りだす。
「で、どうだ? データは」
「全員意見は一致しました」
「どれ」
俺は資料を自分の方へ引き寄せる。
最初にカイト・リアナードのパーソナルデータがあり、その次に使用魔法やデバイスの機能が書かれている。
陸士110部隊から送られてきた情報と照らし合わせて、教導隊のスタッフがまとめた報告書だ。
しかし、これは何ともまぁ。
「バランスの悪い奴だな」
「本人もそうですが、使用魔法が問題です。旧暦の時代の魔法を再現するのに、専用のストレージデバイスを使って、さらにインテリジェントデバイスのサポートを受けるなんて、非効率すぎです」
ベテランの教導官がそう顔を顰めながら言う。
特化型魔導師の極みみたいなモノだからその反応は分からんでも無い。
「全員一致って事は、リアナード陸曹からデバイスを取り上げる方向でいいか?」
「それしかないでしょう。専用デバイスさえなければ、ここまで偏った戦い方はしないでしょうし、魔力値は平均ですから、普通のストレージデバイスを渡せば、加速魔法に優れた魔導師に育てられます」
「まぁ一瞬だけ発動させる事さえ教えれば、ミーティアに関しては問題ないか。ただ、この突撃癖が厄介だな……。? 高町。何かあるか?」
俺は思い悩むように椅子に座っている高町にそう聞く。
高町は小さく頷き、口を開く。
「デバイスの没収はしなくてもかまわないと思います」
「お前は否定しただろ? 陸曹の戦い方を」
「はい。彼の戦い方はとても危険です。全く防御や後の事を考えていませんから。ただ、それは彼に知識が不足しているだけだと感じました。とても偏っているんです。その、上手くは言えないんですが、彼の戦い方は完成されていない未完成なもので、それを理解できていないから危険なんじゃないかと思うんです」
流石はエース・オブ・エースの称号を持つ高町なのは。あいつの戦闘スタイル、ドレッドノートが未完成だと気づいたか。まぁあいつが使っているから未完成なんだが。
まいったな。上手くあいつからデバイスを没収させる為に、高町と戦わせたのが間違いだったか。あの戦法の可能性に気づいちまったよ。
危険極まりない戦法だから、危険性を教えるのは賛成だが、高町がドレッドノートを知るのは頂けない。
「お前の意見が正しいとして、どうする?」
「確か何十年か前の資料で同じような戦法を見た事があります。無限書庫なら詳しい事も分かると思いますし、私がそれで集めた資料を元に教導メニューを考えます。なので、彼を任せて頂けませんか?」
仕事大好き人間め。厄介過ぎるな。無限書庫で探せばすぐに分かっちまうだろうし。そうすれば、こいつの事だ。上手く教導するだろう。
まぁ、それはそれでいいか。いや、そうすると教導隊の教導データにドレッドノートが残っちまう。教導隊のデータベースにあんな戦法を残す訳にはいかない。
無限書庫で眠らせておきたい戦法の一つだしな。どうするべきか。
俺はあれこれ悩んだ結果、とりあえず自分がこの案件を預かる事にして、会議を終わらせる。
「最終的判断は俺が下す。とりあえず解散だ。あと、高町は残れ」
「あ、はい」
俺がそう言うと、高町は大人しく椅子に座ったまま、全員が出て行くのを待っている。
ようやく全員が居なくなると、俺はもう一度資料を手に取る。
「陸曹の感想を聞きたい。率直なヤツな」
「……折れない。それが私の印象です」
「折れない、か。まぁずっとあのスタイルで我を通してきたんだ。多少やられたくらいじゃ折れないわな。だから感情に訴えてみたか?」
「はい……。ただ、失敗でした。はやてちゃんの……友人の名前を出すべきじゃありませんでした。もっと頑なになってしまった気がします。言葉で訴えるなら、私は私の言葉で訴えるべきでした……」
高町はそう言うと小さく肩を落とす。
教導は感情的に行うモノじゃない。けれど、感情的な言葉しか耳に入らない奴もときたま居る。そう言う奴の扱い方は数を重ねる以外に身に着かない。教導官になって数年で、しかもまだ十五の高町には難しい相手だ。
カーターさんも全くもって、厄介極まりないを頼んでくれたもんだ。俺にも立場があるんだがな。
俺は高町の頭を何度か叩く。
「気にするな。まぁどっちかにするべきだったな。完膚なきまでに叩きのめすか、話をするか。両方は厳しい。特にあいつは人の話を聞かないタイプだ。そうじゃなきゃ、今頃、スタイルは変えてるさ。それにいきなりすぎだ。まぁ、あんな危険な戦い方を見れば、気持ちはわかるが」
「すみません……。話に聞いてたよりずっと危険だったので。特に、逃げから攻めに転じた時、彼は自分の身を考慮してなかった。模擬戦だったからと言えばそれまでですけど。多分、あの戦い方をずっとしてるんです。私は教導官です……。墜ちない、やられない戦い方を教えるのが私の仕事です。けど、私は……危ないと言う事を伝えきれませんでした」
「相手に伝える筈の言葉にお前の本音が入ってたしな。感情を表に出し過ぎるとセーブできない時が必ずある。だから教導官はいつでも冷静に、熱意は表にだしても、感情は出さないのが基本だ。理論的に説明しようと、打ちのめされようと、意地になって聞かない奴に対してだけ、感情的な言葉を使っていい。自分はこんな風に思っているんだと、な。下手に親友の友人だから、お前は親友の名前を出して、あいつの戦い方を変えようとした。そして、その後の答えにお前は更に感情的になった。それは間違いだ。教導官が相手と同じ高さに立ったらお終いだ。次は気をつけろ。とりあえず、あいつは俺が預かる。いいな?」
俺がそう言うと、高町は小さく頷く。
俺は高町の頭から手を離すと、ミーティングルームを出て、あいつが寝てる部屋へ向かう。
高町はとりあえずは良しとするか。問題は、これからどうやってあいつに分からせるか。教えるべきか。
デバイスが無くても、それでもドレッドノートを使うのは目に見えてる。デバイスを手放させてる間にドレッドノートの危険性を教えないと、機会を失う。
危険性を知り、これまで自分がしてきた事を理解した上で、それでもドレッドノートを使いたいと言うなら、教えてやってくれ。そう言われたが、まさかこんなに教えるのが面倒そうな奴だとは思わなかった。
問題なのは憧れが強すぎて、完璧に自分の師匠と同じようになろうとしている事。多くの事が違うのだから、自分に合わせて改良するべきなのに、あいつは二年間も戦い方に手を加えていない。
それがいけないと言うのは簡単だが、何故いけない事なのかと理解させる必要がある。高町への返しを聞いた限りじゃ、自分の中で急いで強くなる必要性を見つけてしまってる。ただ、考えが足りない。
がむしゃらに行動する事が良い時もあれば悪い時もある。今、あいつに必要なのは考える事、知ろうとする事。何も考えずに行動してるだけでは強くはなれない。
真っすぐなのはいい事だが、視野が狭い。まずは自分の行動が周りにどういった影響を与えるのかを教えないといけない。
◆◆◆
時間にして三十分ほど。そのぐらいでアーガス隊長は戻ってきた。
三十分でどうにかオレはどうにか事態を自分なりに整理する事が出来ていた。
つまり、オレが使用しているドレッドノートと言う戦い方が危険だと言う判断を、教導官が下したと言う事。おそらくこれで間違ってないだろう。
アーガス隊長はさきほどと同じようにベッドの横にある椅子に座る。
「会議はどうなりましたか……?」
「俺が判断を下すことでまとまった」
それはアーガス隊長次第という事。
ちょっと安心した。師匠の後輩であるこの人なら、デバイスを没収したり、ドレッドノートを使うなとは言わないだろう。なにせ、オレを鍛えるように師匠から頼まれている人だ。
「それじゃあ……」
「お前のデバイスは没収だ。試作デバイスのテストもしなくていいから、この一カ月でまともな戦い方を覚えて帰れ」
「なっ!? どうしてですか!?」
アーガス隊長の言葉にオレは思わず理由を聞く。納得できる理由が無ければ到底、それを良しとはできない。
「どうしてって質問が出る辺りがダメな所だ。分かんないのか?」
「分かりません! ドレッドノートは確かに危険ですけど、それはオレ一人の問題ですし、それに強力な戦術です!」
オレがそう言うと、アーガス隊長はゆっくり息を吐く。その息の吐き方は知ってる。怒りを鎮めようとしている時の呼吸だ。師匠もときたましていた。
アーガス隊長は何度か呼吸を繰り返した後、オレを射抜くように見て言う。
「きっちり説明してやる。良く聞け。まず、ドレッドノートを使う事で危険が自分だけの問題だと思っている事が間違いだ。お前の最大行動時間は約三十分。三十分を過ぎれば、お前は役立たずだ。分隊から一人欠ける事の意味は分かるだろ? それに、力を使い果たしたお前はいつもどうしていた? 毎回、仲間が助けてくれただろ? そのたびに仲間が危険と無駄な手間を被っている。強力な戦術と言うのも間違っている。お前の仕事は敵を倒す事じゃない。犯人を捕まえる事だ。民間人を守る事だ。ガラティーンとミーティアを発動させたお前は防御魔法すら満足に使えない。それで民間人が守れるか? 敵を素早く倒す事でお前はそれを解決していたようだが、そのフォローにまた分隊の仲間が回るんだ。お前がドレッドノートを使えば、使うほど、お前の仲間は危険に晒されるんだ。そんな事も分からず使っていたのか?」
「それは……でも、周りからフォローを受ける代わりに、オレは何度も人を助けて、犯人を捕まえています!」
「高町の言葉を聞いてなかったか? それを続ける度に周りはお前を心配する。そして、お前の行動のせいで負担の掛かる仲間たちを心配する。いい加減、認めろ。ドレッドノートを使うお前は危険だ。お前自身も、お前の周りも」
アーガス隊長の静かな気迫に押されて、オレは僅かに下がる。
言われてる事は分かる。ただ、今まで全く考えなかった事だけに、頭がついていかない。
オレが混乱しているのを察したアーガス隊長は自分を落ちつけるように息を吐きだす。
「理由が欲しければ、幾らでもくれてやる。お前は視野が狭すぎて、周りの事を何にも見えてない。ゆっくり自分で考えてみろ。この部屋は自由に使っていい」
アーガス隊長はそう言うと、椅子から立ち上がり、足早に部屋を出て行ってしまう。また残されたオレは、少し乱れた息を整える。
整理しようとして、過去を振り返れば、確かに思い当たる節が幾つもある。
分隊長もそれとなくオレに戦い方を変えるように言った事がある。オレはそれを分隊の足手まといになりたくないからと断った。どれほど周りが見えてなかったのか。どれほど自分の事しか考えて無かったのか。
オレは唇をかみしめる。近くにヴァリアントが居ないのが苦しい。
いつも思い悩んだ時はヴァリアントが助言してくれたのに。
オレはベッドに横になると、深呼吸をして考えるのをひとまず止めた。このまま考え続けていると、最終的に自分を否定しかねない。
落ち着いてから考えよう。そう思い、オレはゆっくり瞼を下ろした。