第一管理世界ミッドチルダ。首都クラナガン。
新暦71年5月30日。
臨海空港における大規模火災から一ヶ月が経ち、市民の警戒が幾分か緩んだ頃。
オレはと言えば、非番だった筈なのに絶賛部隊長室に呼び出されていた。
部隊長のデスクの前に立たされたオレは、直立不動で質問に答える。
「呼ばれた理由はわかるかね?」
「いいえ」
実際、呼ばれるような事をした覚えはない。
過去にいくつか管理局員としての品位を問われる行為に加担した覚えはあるが、それならば実行犯である二人の先輩が居ないのはおかしい。
オレはあれこれ考えつつ、最近頭が非常に寂しくなってきた部隊長を真っ直ぐ見る。
有能ではないが無能ではない。それが110部隊の部隊長の周りの部隊からの評判だ。
しかし、110部隊内ではその評判は少し違う。
本人は無能だが、部隊長としては有能。それが110部隊内での部隊長への評価だった。
基本的に個人の能力は平凡以下だ。
デスクワークは遅く、自分がやらなければいけない仕事は常にギリギリであり、交渉もあまり上手くないため、毎回貧乏クジを引かされる。
ただ、この部隊長は二つ長所がある。
一つは他人を使うのが上手い事。相手によって頼み方を変え、その後のアフターケアもしっかりする。そう言う気の使い方は滅法上手い。
もう一つは人材を見つける能力。訓練学校での成績は問わず、自分の目で見て、その人間が使えるかどうか判断する。そうやって部隊長が連れてきた人間に外れはここ十年無いらしい。
自分の能力が無いのは分かっている為、緊急時に指示は滅多に出さず、優秀な部隊幹部に任せるし、自分がやらなければならない仕事はキチンと全力で終わらせる。
個人として全力を出して何とか平均。部隊長としてはかなり優秀。それが今、オレの目の前に居る禿げかけた小太りの眼鏡を掛けたおっさん。ランディ三等陸佐だ。
ランディ部隊長は小さくため息を吐き、そしてオレを見て、また小さくため息を吐く。
その仕草は知っている。
頼みにくい事を頼む時の仕草だ。
オレは先手を打って聞く。
「面倒事ですか?」
「私は君の魔導師としての個人の力や分隊での連携能力も買ってはいる。けれど、私が一番君の能力の中で買っているのは」
「対人コミュニケーション能力だ。毎回同じ事を言って、オレを揉め事が起きた場所に放り込みますが、今度は一体どこですか?」
ランディ部隊長はオレにセリフを取られて口をパクパクと上下させた後、眼鏡を外して眼鏡拭きでレンズを拭く。
「今回は……接待だ」
「お断りします。自分でやってください」
「待ってくれ! 話を聞いてからでも良いだろう! 君以外にはとても頼めないんだ! 品行的に!」
デスクから身を乗り出して、踵を返そうとしたオレの制服を掴んだ部隊長は、オレが立ち止まった事にホッと息をつき、背もたれに体重を掛けて言う。
「ウチの隊に特別捜査官が来る」
「断ってください。ウチはそう言う大きな事件を担当する部隊じゃありません」
「……決まった事なんだ」
「また押し付けられたんですか……。特別捜査官に施設を貸すんですか?」
ここ最近の面倒事押し付けられ率は尋常じゃない。
とは言え、面倒事を押し付けられてもどうにか出来てしまってるのがそもそも部隊の保有戦力的に問題なんだが。
「それは勿論だ。特別捜査官へのバックアップは義務だからね。ただ、特別捜査官からの要望で、パートナーとして一人、魔導師を借りたいそうなんだ。できれば近接系の。それが他の部隊は嫌らしくてねぇ。ウチに回ってきたんだ」
「自分たちにも余裕はありませんってどうして断らないんですか?」
「一人ぐらいならどうにかなるかと思ってしまってねぇ」
顔に出してしまい、押し切られた。結局いつものパターンか。
オレはため息を吐いて諦める。
「わかりましたよ。やりますよ。で? 品行的にってどういう意味ですか?」
「ああ。特別捜査官は女性でね。君以外だと危険だ。主に不祥事の後の私の首が」
ウチの隊にいる近接系の魔導師を思い出し、ああ。確かに。と思わず小さな声で呟いてしまった。
だからと言って、オレが適役と言う訳でもない。
「自慢じゃないですが、女性のエスコートなんてしたことないです。まだ十四ですし」
「そうだね。それは全く自慢にならないよ。十四歳でも。まぁ安心したまえ。向こうも十四歳だから」
そこでオレは硬直する。
聞き間違いじゃなければ十五歳と言った。
十四歳の特別捜査官は、オレの知る限り一人しか居ない。
「まさか……!」
「うん。噂の八神一等陸尉なんだよ。なんでも臨海空港での火災の原因になったモノを追ってるらしくてねぇ。いつもは彼女の騎士たちが一緒なんだが、今回は一人らしい」
「あ、えっと。詳しいですね……?」
「私の元部下が教えてくれたよ。ご丁寧に、気をつけるようにって言う忠告付きでね」
「……護衛が居ない?」
「キナ臭いねぇ。多分、だから他の部隊長は嫌がったんだろうねぇ。私としてもできる限りバックアップするつもりだけど、まぁ責任は私が取るから、いざとなったら構わない。逃げなさい」
部下を心配しての言葉だろう事は分かったが、それはつまり、何か不測の事態が起きたら、八神はやてを見捨てろと言う事だ。
そんな事はお断りだ。
そう言ってやりたかったが、部隊長の気持ちも解らんでもない。何だかんだで部下を大切にする人だ。
オレは小さく頷き、言葉を続けます。
「オーバーSランクの魔導師がどうにも出来ない状況になったら、言われるまでもなく逃げさせていただきます」
「そんな事態が起きて欲しくはないけれどね」
◆◆◆
新暦71年6月2日。
部隊長からの指示で分隊を離れ、特別捜査官のサポートに付く事になったオレは、待ち合わせ場所である空港の入口でいつまで経ってもこない八神はやてを待っていた。
時刻はそろそろ昼頃。既に約束の時間を三十分ほど過ぎている。
空港に居る事は間違いないだろうが、空港内で何かしているのだろうか。
オレは暇つぶしがてら、ヴァリアントに話しかける。
「ヴァリアント」
『どうした相棒? 女のエスコートの仕方なんて聞くなよ? 前の相棒、つまり相棒の師匠も女にはモテなかった』
「オレもモテないみたいな言い方止めてくれる? フツメン以上だって自他共に認めてるんだから」
『でもイケメンとは言われないだろ? 女は普通には惹かれない。せめてブサイクだったらチャンスはあったのになぁ』
デバイスのくせに真理をついてきたヴァリアントに対して言い返す事も出来ず、オレは鏡に映る自分を見る。
身長は165センチ。体重は54キロ。
顔は童顔で、淡褐色の目は大きい二重の垂れ目。言われるのはいつも頼りなさそう。
その印象を払拭するために暗い金色の髪は常に短髪にして、男らしさを全面に出している。
のだけれど。
「ヤバイ。お前のせいで自分の顔が普通じゃない気がしてきた」
『良かったじゃないか。普通じゃないならチャンスはあるぞ』
全く良くない事を平気で言ったヴァリアントをどうしてくれようかと悩んでいると、オレは自分が視線を集めている事に気づく。
ここでイケメンだからと思えたら人生が楽しいんだろうが、そういうポジティブさは持ち合わせていない。
まだ臨海空港の火災から一ヶ月しか経っていない。
空港に管理局の制服を着た人間が立っていれば、皆が訝しげに見るのは当然だろう。
オレは深いため息を吐く。
現在の状況に対してじゃない。これからに対してだ。
オレはある意味、自分の役割をこなしていると言えなくもないが、それは師匠がオレに対して願った役割で、オレ自身が望んだ役割じゃない。
同年代で活躍している人間には憧れる。おまけに可愛い女の子なら尚更だ。けれど重すぎる。
自分とは関係ないなら幾らでも、何とでも言えるが、いざ自分が関わる立場になると、非常に重い。
なにせ八神はやては。
思考の海に潜っていたオレはヴァリアントに呼び戻される。
『相棒。あれじゃないか? 今、エスカレーターに乗ってる制服』
「どれどれ?」
オレはエスカレーターを見て、すぐに目当ての人間を見つける。
小柄だが、目立つ。
あれがオーバーSランクが纏う気かと思うくらい、言い知れぬ迫力を纏っている。そんな気がした。
そう思っているだけで、ちょっと魔力の大きさにビビっただけとも言えるが。
オレは気を取り直して、顔を引き締める。
今は仕事で、内容は接待も兼ねたサポートだ。
更に言えば、前から気になっていた女の子との初対面だ。
諸事情を全て考慮しなければ、オレ的にはとてもおいしい状況だ。
オレはできるだけ真剣な顔を作って、大きなバッグを持って周りをキョロキョロと見渡している八神はやてに近づく。
「八神特別捜査官」
そうオレが声を掛けると、八神はやてがオレを見る。
大きな目をきょとんとさせた後、何度か大きく瞬きをする。
反応が鈍い為、オレは不安に駆られてもう一度声を掛ける。
「八神特別捜査官……ですよね?」
「あっ! そうです。八神特別捜査官です」
ようやく返ってきた反応にオレはホッとしつつ、敬礼をして挨拶する。
「陸士110部隊のカイト・リアナード陸曹です。お迎えにあがりました」
「八神はやて特別捜査官です。お待たせして申し訳ありません」
返礼した後、八神捜査官はオレにそう言った。
基本的に上官が三十分程度遅れたくらいで謝罪するのは珍しい。少なくとも、今回のように階級が上の人間を迎えに行って、杜撰な対応をされた事は多々ある。
「いえ、お気になさらず。何かトラブルでも?」
「あ~、えーと、リアナード陸曹。リアナード陸曹は……温厚?」
「……上官に怒る事は滅多にありません。内容によりますが」
そう言いつつ、一体どんな事をしてたのか非常に気になった。
八神捜査官は気まずそうに一回目を逸らした後、軽く笑いながら話始める。
「いやなぁ。迷子に泣きつかれてもうて。一緒にお母さん探しとったんよぉ。本当は約束の三十分前には来てたんやけど……」
オレは唖然としたまま八神捜査官を見る。
目の前にいるのはオーバーSランクの魔導師で、つい最近も臨海空港の大火災で大活躍した英雄だ。
救った人命も捕まえた犯罪者も数知れないほど居る人間だ。
そんな人間が、迷子の母親を探すために貴重な時間を割くとは。
オレは思わず出そうになったため息を飲み込み、八神捜査官に聞く。
「職員に預けると言う案はどう言う理由で却下されたんですか……?」
「それは考えたんやけど……。服を掴んで離さへんし、私を頼ってくれたのに誰かに託すのもあれやし。まぁその皺寄せは陸曹にいったんやけど……」
恐る恐るこちらの様子を伺う姿に、先程まで感じていた迫力は無い。
オレは肩を竦めて答える。
「平気です。おかげであなたがお人好しだと言うのが分かりました。そろそろ移動しましょう。場所も場所ですし」
オレはそう言うと、八神捜査官が持っているバッグを持とうとして遮られる。
「ああ、ええよぉ。これから迷惑掛ける身やし、荷物くらい自分で持たなぁ」
「残念ながら、あなたのサポートがオレの仕事なんです。いやでも雑用はやらしていただきます」
遠慮する八神捜査官から笑顔でバッグを奪い取ると、オレはさっさと歩き出す。
置いてけぼりを食らった八神捜査官は慌ててオレの後をついてくる。
歩いていると自然と笑顔がこぼれてくる。
理由は簡単だ。会ってみたら、話してみたら、全然特別な感じがなかったからだ。
お人好しな女の子。それがオレの八神はやてへの第一印象だった。