新暦71年12月21日。
時空管理局本局・戦技教導隊本部・隊長室。
俺は目の前に提出された書類に目を通す。ある人間の教導メニューだ。
全く持って良くできている。良くできているが。
「あいつについては俺が預かると言った筈だが、高町……?」
「申し訳ありません。ただ、どうしても気になってしまって……」
「高町。無限書庫で調べて、どこまで分かった?」
俺は椅子の背もたれに体重を預けながら高町に聞く。
教導メニューを見る限り、あらかた分かっちまったみたいだが。
「リアナード陸曹が使う戦術がドレッドノートと呼ばれるモノと酷似している事。それがヨーゼフ・カーター二佐が得意としていた事。二佐が使用していたデバイスがヴァリアントと言うインテリジェントデバイスである事。分かった事はそれくらいです」
「予想するには充分だな。で? お前はあいつがどう言う人物だと思う?」
「ヨーゼフ・カーター二佐の血縁者、またはその教えを受けた人かと。ただ、それにしては中途半端ですが……」
俺はため息を吐くと、デスクの引き出しにしまってある一冊の本を取り出す。
それはカーターさんの魔法やドレッドノートについてまとめられた本。カーターさんから知らせが来た時点で無限書庫から内密に借りたモノだ。
「ドレッドノートに書かれたのはこれだけだと思ったんだがな」
「やはり、リアナード陸曹の戦い方がちゃんとした戦術だと分かっておられたんですね?」
「ああ。試作デバイスを作らせて、あいつを呼んだのも俺だ。ヨーゼフ・カーター二佐の頼みでな」
「それなら何故、デバイスを取り上げたんですか? ちゃんとした戦い方を教えてあげれば」
「それじゃあダメだ。それじゃあ何の解決にもならない。教導は認めんよ」
俺は高町の言葉を途中で遮って、そう言う。
あいつ自身、ドレッドノートをしっかり理解しなければ、力をつけても意味はない。むしろ死ぬ可能性を上げるだけだ。
「デバイスを没収して、誰とも会わせないで、一体、何がしたいんですか? これでは彼が可哀そうです! 彼の強くなりたいと言う意志を踏みにじっています!」
「おいおい。最初にあいつを否定したのはお前だろうよ。悪魔とか言われてたし」
「構いません。それが彼の為になるなら、彼が死ぬ確率を下げる事が出来て、周りの人が救われるなら、私は悪魔と言われてもかまいません。あの時、彼の戦い方を否定した以上、私には正しい戦い方を教える義務があります」
流石は不屈のエース。面倒なほど意志が強い。いつもは大したもんだと思うが、こうやって反対側に回られると厄介極まりない。
どうやって説得するべきか。今は自分一人で考えさせる時間にしたいんだが。
手を差し伸べるだけが教導じゃない。
それを分かっていて、それでも教導をさせろと言っているから性質が悪い。
「それでもダメだ。あいつの事は俺に任せろ。お前はこれ以上、勘違いしたガキに付き合うな」
「勘違い……? 一体、隊長は何を知ってるんですか!?」
しまった。口が滑った。誤魔化すか。いや、変に鋭いこいつにそう言うのは通じない。
俺は諦めて、高町に事情を説明して分かってもらう事に決めた。それでも教導したいと言うなら、他の部隊へ教導に行かせるだけだ。
「はぁ、あいつは五年前、カーターさんの弟子になった。そして一年ほど教えを受けた後、修行を放棄して管理局に入った。自分がすでに強いと勘違いしてな。そんでもって二カ月ほど前に思い改め、カーターさんの所に来た。強くなりたいと言って。色々あって、あいつの指導を俺が頼まれた。けれど、ここであいつに力を付けたさした所で、根本的な所を変えなきゃ変化はない。まずは理解させる事。というか考えさせる事。何事も考える事は重要だ。あいつは考え無さ過ぎる」
「教導をしながらではいけないんですか……?」
「普段だって考えないのに、教導を受けながら考えられるかよ。大体、普通の奴なら、自分が使う戦術や魔法を調べる。あいつはそれすらしてないから、ドレッドノートの本質を理解できないんだ」
「ドレッドノートの本質……?」
「ああ。ドレッドノートは元々」
高町に説明しようとした時、俺に通信が入ってくる。俺は話を中断して、通信に出る。
「どうした?」
『隊長に対して長距離通信です。その……アースケを出せって言えばわかると』
「……分かった。ちょっと待ってろ」
俺は一度、通信を切ると、不思議そうにしてる高町へ言う。
「個人的な通信だから話はまた後でだ。お前の意見も考えといてやる」
「……わかりました。それでは失礼します」
高町は納得できない内心を押し殺して敬礼すると、隊長室から出て行く。
俺はため息を吐くと、さきほどの通信を再度繋ぎ、俺の方へ回せと伝える。
『遅いぞ。アースケ』
「……ロッテ。いい加減、その呼び方は止めろ」
肩口で薄茶色の髪を切りそろえた猫耳の女性に俺をそう言う。
俺をそんなあだ名で呼ぶのは世界広しと言えど、一人だけ。
カーターさんの部下として本局に協力する時に知り合った猫の使い魔。海の英雄、ギル・グレアムの使い魔にして近接戦のエキスパート。
リーゼロッテ。
『いいじゃないの。それに、この呼び名のおかげで繋がった訳だし』
「はぁ……要件はなんだ? まさかおしゃべりする為に俺に連絡した訳じゃないだろ?」
『うん。父様が会いたいって。今、あんたが預かってる子に』
まさかの言葉がまさかのタイミングで来た。
デバイスを取られて、不安定なあいつを会わせるのは危険だ。
俺はそう判断して首を横に振る。
「絶賛、教導中だ。不安定すぎて会わせたくない」
『うん。父様もそう言ってた。だから、会いたいって』
承知の上でか。と言うか何故、俺が預かっている事を知っている。そもそも、今まで一切、管理局に関わろうとしなかったのに、何故、あいつにだけ関心を示した。
疑問しか浮かばない。浮かばないが、グレアム提督ならもしかしたら、上手くあいつを導いてくれるかもしれない。
時間が無いと焦るあいつを無理やり立ち止らせて考えさせているが、ここでグレアム提督があいつを導けば、時間が短縮できる。
あまり他人の力には頼りたくないが、ここは妥協するか。
「あいつには色々と突き付けた。進む方向も分かってないだろう。それでも大丈夫か?」
『父様は話がしたいだけ。何かそれで掴むかはその子次第だろうけど、大丈夫。父様を信じて』
ロッテの答えを聞き、俺はしばし考える。
親友の弟子だと言う事は間違いなく理由の一つだろうが、グレアム提督の真意が見えない。見えないが、あの人が子供に何かする事はないか。
俺はロッテに頷き、今から三時間後に向かわせると伝える。ロッテは笑顔でそれに頷いた。
◆◆◆
部屋を暗くして、ベッドに横になりながらずっと考えていた。
何故、オレはドレッドノートを使ってたんだろうと。
教えられたから。それしか知らないから。理由はいくつも浮かんだけれど、どれも違う。
答えは分かっている。
オレは師匠に憧れていた。師匠の姿に近づきたかった。
オレは師匠の代わりなんだと思ってた。だから師匠になろうとしてた。
だから、オレはそれにばかり集中してた。
弱くても、負けそうでも逃げなかったのは師匠なら逃げないから。
オレに合わない魔法や戦術を使っていたのは師匠が使っていたから。
オレのすべては模倣。
「なら……オレは、誰だ……?」
「お前はお前だ」
いきなり電気を付けられたせいで目が眩しさにやられる。
オレは顔を天井から背けながら、薄く開いた目で電気を付けた人間を確かめる。
「アーガス隊長……?」
「ああ。ちょっと準備しろ。お前に会いたいって人が居る」
「オレに……? 誰ですか?」
「会えば分かる」
そう言うと、アーガス隊長は部屋にある椅子へ乱暴に座る。
オレは掛けてある陸士隊の制服に手を掛ける。
「ちょっとは考えれたか?」
「……分からないです。ただ、オレが……周りを見てなかった事は理解できました……」
「理解できただけ十分だ。そこから先の答えは……もしかしたら、これから会う人が教えてくれるかもしれない」
「えっ……?」
「早く準備しろ。あんまり時間はない」
着替えを終えたオレは本局の転移ポートに連れて来られていた。
誰に会うかくらい教えて貰いたいが、アーガス隊長は聞いても教えてくれない。
今はだれにも会いたくはないと言うのが本音だ。
けれど、この答えの出ない状況に答えをくれるなら、会ってみたいとも思っている。
自分が今、何をすべきなのか。それが分からない。
強くなる事が必要だと思っていたけれど、そうじゃないと否定されてしまったし、オレもそれを認めつつあった。
「ほれ、早く中央に立て」
「……はい」
「ああ。失礼のないようにな。まぁそんな事はしないと思うが」
アーガス隊長はそう言うと一歩下がる。
てっきりアーガス隊長もついてくるかと思っていたオレは首をかしげる。
それに対して、アーガス隊長は腕を軽く振るだけで答えてはくれない。
同時に体が引っ張られる感覚がオレを襲う。
目に飛び込んできたのは木の家だった。
大きさは平均よりは大きいだろう。ただ、ミッドじゃなかなか見ない作りだ。全部が木で作られているのは珍しい。
オレがその家を眺めていると、一人の女性がこちらに近づいてくる。
頭に猫のような耳がある所を見ると、使い魔だろう。どこかで見た事があるような。ダメだ。思いだせない。
背中まである髪を揺らしながらオレの近くまで来た女性は、オレに喋りかけてくる。
「カイト・リアナード陸曹ね?」
「あ、はい。カイト・リアナード陸曹です」
「敬礼は入らないわ。もう私たちは管理局の関係者じゃないし」
オレが敬礼をすると、女性は手で制してそう言う。敬礼の制し方が随分様になっている。ある程度の地位に居たんだろう。
使い魔でそうだとすると、これから会う人はかなり高位の人だろう。
絶対にこの人を見た事がある。だけど、どこで見たのか思いだせない。
オレは女性に連れられて、木の家の裏側へ回る。
そこには二つの木の椅子が用意されており、一つには白髪の老人が座っている。老人の後ろにはオレを連れてきた女性と髪型以外そっくりな女性が居た。
老人がこちらを見る。髪と同じ色の髭を蓄え、メガネを掛けている。
オレはその人を知っていた。同時に先ほどの女性が誰であるか、そしてどこで見たのかを思い出した。
師匠が大切に持っていた一枚の写真に写っていた。
髪の長いほうがリーゼアリア。短い方がリーゼロッテ。
師匠がそう言っていた。そして。
「ギル・グレアム提督……」
「元、を忘れてるよ。今はただの老人さ。さぁ、立っていて話もできない。座りなさい」
優しげな声でそう言うと、グレアム提督は自分の隣にある椅子を勧める。
敬礼し掛けたオレはどうしていいか分からず、しかし、立ったままでいる訳にも行かず、少し悩んだ後、恐る恐るグレアム提督の横へ座る。
「アリア、ロッテ。飲み物を持って来てくれるかい?」
「はい。父様」
「分かりました。父様」
リーゼ姉妹は返事をして家へ向かっていく。
グレアム提督と二人にされてしまったオレはとても居心地の悪さを感じて、落ち着かずに居た。
「ヨーゼフは元気かい?」
「あ、はい。二か月前に会ったきりですけど、元気でした……」
「そこまで畏まらなくていい。君の師匠の友人だ。師匠と同じように接してくれて構わないよ」
「いえ、そんな……。提督にそんな師匠と同じ接し方なんてできません」
「まぁ無理強いはしないけれど。しかし、ヨーゼフの弟子と聞いていたから、もう少し性格的にヨーゼフに似ているかと思ったけれど」
意外そうにオレを見るグレアム提督にオレは苦笑しながら答える。
「オレは途中で弟子を止めてますし……素質があったから弟子になったわけでもないですから」
「素質? ヨーゼフは素質で弟子など取らないよ。ヨーゼフが見るのは意志だ」
「意志……ですか?」
「何かをしたい。こうでありたい。そういう意志が無ければ、素質などあっても無意味だ。それをヨーゼフは知っている。ヨーゼフは君に昔話をしないかい?」
オレは少し考える。オレが気づかなかっただけで、そう言う話を師匠はしていたかもしれない。
けれど、考えても、師匠がそんな話をしていた覚えはない。
オレは首を横に振って、ありません。と答える。
グレアム提督はそれに苦笑する。
「なるほど。君も厄介な師を持ったね。そうだな。私の昔話に付き合ってくれないかい?」
「聞かせてくださるんですか……?」
「聞いてくれるならね」
「お願いします!」
オレがそう言うと、グレアム提督は笑顔で頷く。
グレアム提督は背もたれに体重を預け、遠くを見ながら喋り始めた。
「ヨーゼフと出会ったのは君くらいの時だ。私は執務官で、あいつは武装隊の隊員だった。接近戦が得意な奴でね。良く一緒にコンビを組んでいた」
「その時は……お二人は」
「リーゼを使い魔にしたのはもう少し後だ。私は典型的な射撃型だったから、単独任務の時には前衛が必要でね。だからヨーゼフはよく貸してもらっていた。ヨーゼフの方も私との任務は前衛に集中できるから楽だと言っていたよ。出会ってから数年して、私は次元航行艦の艦長になってね。私とヨーゼフがコンビを組む機会はめっきり減った。その時くらいに、ヨーゼフがベルカ式を使う犯罪者に深手を負わされた」
それは、とても信じられない言葉だった。めちゃくちゃに強い師匠が深手を負わされるなんて。
オレの驚愕の表情を見て、グレアム提督は微笑み、補足を入れた。
「部下を庇って、傷を負ったのさ」
「あ、そうだったんですか……」
「その傷を癒した後、ヨーゼフはある戦術を考案した。高速接近戦に特化した戦術、名はドレッドノート。実戦レベルまでにするのに、私も協力したよ。ただ、危険だという事で、ヨーゼフ以外は使わなかったけれど」
危険。その言葉にオレは思わず反応する。
師匠ですら危険だった戦術。それをオレは使っていた。未熟なオレでは扱いきれないのは目に見えていたのに。
「ヨーゼフはドレッドノートを作る上で最重要視したのは速度。そして、その次に一撃の威力。加速魔法が得意だったヨーゼフは古い文献をあさって、旧暦末期の魔法を見つけた。加速魔法ミーティア。そして、それに付随形で斬撃魔法ガラティーンも発見した。ただ、文献に書かれていたのは完璧な特攻用の魔法でね。ミーティアは術者の体を一切考慮せず、ガラティーンも術者の魔力を自動的に吸い上げるモノだった。その二つを改良して、専用のデバイスを用意する事で、ヨーゼフが求めた戦術は完成した」
「ベルカの騎士を圧倒するだけの近接戦闘力ですか……?」
「いや、それは副産物だ。結果的にベルカの騎士に有効だっただけで、ヨーゼフは別に対ベルカの騎士を想定してドレッドノートを作った訳じゃない」
それは聞いた事がない。というか、師匠はオレに教える時に対ベルカの騎士戦術だと言っていた。
オレが驚いているのを見て、グレアム提督は笑いだす。
「全く。ヨーゼフは自分の弟子に肝心なことは全く喋っていないんだな」
「多分、オレが途中で修行を止めたからです。そうじゃなかったら、きっと」
「いや、私だったら最初に教える。ドレッドノートの本質をね。君に教えなかったのは、自分の昔話をしなければいけないからだろう。ヨーゼフは弱い頃の自分を話すのが嫌いだからね」
「師匠は弱かったんですか……?」
オレがそう聞くと、グレアム提督はしばし迷った後、ヨーゼフには内緒にしておいてくれ。とオレに念を押して、話し始めた。
「ヨーゼフが功績を残し始めたのはドレッドノートを完成させてからさ。それまでは本当にただの武装局員だった。けれど、ヨーゼフただの武装局員で、弱いと言う事を言い訳にはしなかった。傷を負わされた時、ヨーゼフは他の敵と戦っていて、危なくなった部下を庇った結果、傷を負った。相手が強敵だった。けれど、ヨーゼフは部下を危険な目に晒した事を悔んだ。ミッド式の魔法はチャージが必要。前線で敵を抑える事が出来れば、後ろに居る魔導師は危険に合わなくて済む。ヨーゼフはそう考え、前線で相手を抑えるのに、自分は何が出来るか考えた」
グレアム提督は懐かしげに微笑む。
小さく、苦労していた。と呟く。それは親友への賛辞なのだろう。
グレアム提督は視線を遠くのどこかからオレに移す。真っすぐ見られて、何となく背筋が伸びる。
「その結果がドレッドノート。仲間の窮地にすぐに駆け付けられるように加速を。仲間が離脱できる時間、仲間が攻撃できる時間を稼ぐために、相手を確実に自分に引き付ける攻撃力。そして、確実に自分も生き抜くために離脱する判断力と速度。ヨーゼフは仲間を、誰かを守る為にドレッドノートを開発した。そして、仲間や守るべき対象が居ない時は使わなかった。ヨーゼフにとって、ドレッドノートは自分じゃない誰かの為に使うモノだった。いつも言っていた。自分の為に命は張れない。と」
その話が本当なら、オレがしてきた事は何だったのだろう。師匠を真似していた筈なのに。そうじゃない。
いや、気づくべきだった。師匠がそこまで無謀な事ばかりしていた筈がない。強いからこそ、引き際は心得ていた筈。
何故、考えなかったんだろう。何故、オレはこのやり方が正しいと思っていたんだろう。何故、周りに聞かなかったんだろう。何故、自分で調べなかったんだろう。
自分の中の理想像に憧れ、それを追い求める事を師匠の背中を追う事と勘違いしていた。勘違い。そうだ。オレは勘違いしていた。
グレアム提督は柔らかな笑みを浮かべて、右手でオレの頭を撫でた。
自然とオレはうつむく。なぜだろう。とても安心した。
「君の師匠はそう言う男だ。本人はそうじゃないようにはちゃめちゃに振舞っているが、実際は仲間思いで、自分の命が大事な男だ。だから君も引いてもいいんだ。ヨーゼフだってそうだったのだから」
目から涙がこぼれてくる。
今まで抑えていたモノがあふれてきた。
「知らなかったんです……! ずっと……師匠は引かない人だと思ってたんです……! だから!」
「弟子である自分も引いちゃいけないと思っていた。分かるよ。君はヨーゼフが好きなんだね。ヨーゼフの代わりになろうと必死だった」
「けど、オレは勘違いしてた! オレはあの人を見ていなかった! 弱い自分に都合のいい偶像を見てた! だからオレはあの人の弟子にはふさわしくない! オレはあの人のように強くない!!」
涙で顔がぐちゃぐちゃになる。とても見れた顔じゃないだろう。
感情が高まりすぎて、恥ずかしいと言う感覚が麻痺してしまった。
恥も外聞もなく泣くオレにグレアム提督は優しげな声で言う。
「大丈夫だ。こうやって泣ける内は君はまだまだ強くなれる。ヨーゼフも泣いていた。悔しくてね。だから強くなれた」
「……なら、オレは……強くなれますか……?」
はやてを守れなかった時、まだ、何も知らなかった時に部隊長に聞いた事だ。あのときは分からないと言われた。
今のオレはグレアム提督にはどう映っているんだろうか。
「なれるさ。君はヨーゼフの意志をしっかり継いでいる。今は少し壁にぶつかっただけ。誰にだってあるものだよ。その壁を超える意志を持っている。それがヨーゼフの意志。君は諦めない事をヨーゼフから学んでる。技術なんかよりよほど大切なことだ」
「けど……オレは……何も理解してなくて……。馬鹿だから、一つの事しか考えられなくて、そのせいで周りに迷惑を掛けて……」
「だれだってそうさ。迷惑を掛けない人間なんていない。謝りに行きなさい。君を心配してくれた人に。大丈夫。君はまだ真っすぐだ。その気持ちは必ず届く」
グレアム提督はそう言うと、二コリと笑ってオレの頭から手を退けた。
気づけば、リーゼ姉妹が飲み物を持ってきていた。今更ながらに人前で泣いた恥ずかしさがこみ上げてくる。
髪の長いアリアが飲み物をオレに渡す。
「泣いているのを見ると、アーガスを思い出すわね」
「そうそう。アースケはいつも泣いてばかりで、カーターさんからいつもそれでも男かって怒られてた」
「こら。アーガス君も立場があるんだ。あまり恥ずかしい話を弟弟子にするのは止めなさい」
オレはグレアム提督の言葉に首を捻る。今、確かに弟弟子と言った気がした。
「弟弟子……ですか?」
「知らないかい? アーガスはヨーゼフが引退する直前まで副官として彼に鍛えられていたんだ。ドレッドノートは適正的に無理があったけれど、アーガスは君の兄弟子だ」
「アーガス隊長が……!?」
オレは今日何度目かの驚愕の表情を浮かべる。
まさかアーガス隊長が兄弟子だなんて。まったく想像できなかった。
思えば、随分と気に掛けてくれていた気がする。まずもって、教導隊の隊長が頼まれたからと言って、オレに構う事がおかしい。なぜ、そこに違和感を感じなかったのか。
「まぁ、だから安心しなさい。君に多くの事を気づいてほしいから、君から戦う力を取ったんだ。考えがあっての事だ。君がもしも、これからもドレッドノートを使いたいと考えるなら、教導官として、兄弟子として、しっかり面倒を見てくれるさ」
グレアム提督はそう言ってまた優しげな笑みを浮かべた。