本局・戦技教導隊本部
グレアム提督の所から本局に戻ってきたオレはアーガス隊長の所へ真っすぐ向かっていた。
オレを次元転送する時、グレアム提督は申し訳なさそうな顔で、はやての事を謝ってきた。自分のせいだ。そう言っていた。
それは師匠が時たま見せた苦悩の表情と似ていて、この人も闇の書の事件に深く関わり、深い傷を負った人なんだと、気づいた。
最後にありがとう。と言っていたのも、はやての事だろう。守れず、危うく更に重荷を背負わせる所だったオレに、それでもあの人はありがとうと言った。
今は、あの行動が正しいモノだとは信じられない。それでも、正しいから救われる訳じゃない。それが良く分かった。
多分、はやてを守った時、あの時、あの場面で使うのがドレッドノートの正しい使い方。
誰かを、何かを、自分以外を守る為の戦術。それをオレはオレの為に使ってきた。模擬戦ですら危険を犯し、命を掛けなくていい場所で命を掛けてきた。
本当は自分で気づかなきゃいけない事だった。アーガス隊長はその為に、オレに考える時間をくれた。けれど、見かねて、グレアム提督はオレに教えてくれた。どれほど周りに恵まれているのか。ようやく分かった。師匠繋がりの人、そうじゃない人も、オレの事を心配してくれたたくさんの人が居る。
その人たちに謝らなきゃいけない。約束しなきゃいけない。
命を粗末にはしないと。
オレは教導隊の隊長室の前に立つと、ゆっくり深呼吸をしてから、意を決してインターホンを押す。
中からどうぞ。と言う声が返ってくる。
オレは失礼します。と言って隊長室に入る。
デスクに左肘をつき、左手に頭を乗せた格好でオレを迎えたアーガス隊長は不敵な笑みを見せて、オレに問いかける。
「今、何をすべきかは分かったか?」
「はい」
オレは敬礼を解くと、アーガス隊長の前に立ち、勢いよく頭を下げた。
「ご心配をお掛けした事、多くの迷惑を掛けた事、本当に申し訳ないと思っています。申し訳ありませんでした!」
オレがそう言うと、アーガス隊長は呆れたようにため息を吐く。
オレには顔を見えないが、顔も呆れているだろう。
「顔をあげろ」
「はい。っつ!?」
いきなり本で頭を殴られた。しかも角で。
痛みで涙が出てくる。けれど、それに構わずオレを殴る為に立ちあがっていたアーガス隊長は立ったまま話し始める。
「俺はそこまで迷惑もかけられてないし、心配もしてない。当たり前だ。昨日、初めて会ったからな。お前にはもっと心配と迷惑を掛けた相手が居るだろ? まずはそっちに謝りに行くのが筋だろうが?」
「で、ですけど、みんなミッドの人達ですし……」
「そうだな。ランディさんやお前の分隊の仲間たち。それはミッドに戻ってからだ。けれど、同じくらい心配を掛けた相手が、今、本局に二名居る」
「えっと……高町二尉でしょうか?」
アーガス隊長は可哀そうなモノを見る目でオレをじっくり見た後、大きくため息を吐き、椅子に乱暴に座る。
「うぬぼれんな。ウチのエース・オブ・エースがそこまでお前に構うか。言わなきゃダメか? ん? 考えろ。まず、お前が一番心配を掛け、お世話になった奴が居るだろ?」
オレはそう言われて、考える。お世話になった人は一杯いる。一番、心配と迷惑を掛けた人。
人。いや、アーガス隊長はわざわざ二名と言った。人じゃない。
ああ。居た。一番お世話になってる奴が。
「ヴァリアント……」
「おう。あと一人いるぞ。これはちょっとわかんないかもしれんから、ヒントをやる」
「どんな人ですか……?」
「空だ」
そら。そらって空だろうけど、空。
名前か。それとも印象か。
空。空。
オレはゆっくり上を向く。白い天井しか見えない。大体、ここは次元の狭間だ。見上げた所で空は見えない。
空が関係してる人。青空。夕焼け。
夜空。
「はやて……?」
「今、本局に来てる。誰かさんが教導官にやられたって聞いてな」
オレはそれを聞いて敬礼もせずにドアへ向かって走り出した。
アーガス隊長は礼儀を欠いたオレの行動を諌めず、ドアから出ようとしてたオレに声を掛ける。
「途中でデバイスルームに寄ってけ。ヴァリアントのメンテナンスが済んでる。ヴァリアントならどこに居るかも分かるだろう」
「あ、はい! ありがとうございます!」
オレは形だけ敬礼すると、全速力で教導隊のデバイスルームへ向かった。
「若いなぁ。流石はカーターさんの弟子か。気質がそっくりだ」
デバイスルームに勢いよく駆けこんだオレは、近くに居た若い男性スタッフへ声を掛ける。
「あの……!」
「君は……高町二尉にぼこぼこにやられた陸曹……だよね? なんで平気で歩けてんの?」
「あ、まぁ色々ありまして……あのオレのデバイスは……?」
男性スタッフはちょっと待っててと言うと、部屋の奥に行ってしまう。
じれったい。早くして欲しい。
そう思ったオレは、そうやって勢いで行動するのが拙いと言うのがいけないと慌てて自制する。
男性スタッフが戻ってきたのは数分後で、手には紐がついた菱形の赤い宝石があった。
『よう。相棒。どうだい調子は?』
「悪くない! ありがとうございます!」
オレはヴァリアントを受け取り、首に掛けると、お礼を言ってデバイスルームから出ようとして、引きとめられる。
「あ、待って!」
「はい?」
「あのさ……どうやって高町二尉の砲撃を乗り切ったの……?」
オレは思わず苦笑する。なんて言えばいいんだろう。そもそも乗り切った訳じゃない。高町二尉が上手かっただけだ。
手加減してくれましたって言えばいいんだろうか。
「えっと……高町二尉が優しかったんです!」
「え……?」
オレはそれだけ言うと、デバイスルームから勢いよく出る。申し訳ないけど構っていられない。
「高町二尉に砲撃食らうと人格変わるって本当かなぁ。めちゃくちゃ容赦ない砲撃受けて、優しいって」
オレは後ろから微かに聞こえてきた呟きに思わず笑いそうになる。
高町二尉も結構苦労してんだな。
あの人にも謝ってお礼を言わなきゃいけない。
そう思いつつ、オレは身近な相棒にお礼を言う事にした。
「ヴァリアント。オレ、グレアム提督に会ったよ」
『ほう。感想はどうだい?』
「優しい人だった。もしかしたら、甘い人かもしれない」
『間違っちゃいない。まぁ前線から引いたってのもあるだろうが、理想を追い掛けて、理想を実現しちまう規格外な人間だ。困っている人間は放っておけない男だよ』
「色々教えてくれた。師匠の事。ドレッドノートの事。オレが自分で考えなきゃ、気づかなきゃいけない事を教えてくれた。だから感謝してる。少しでも早く気づかせてくれた事に、大きな過ちを犯す前に」
オレはそう言いながら、真っすぐな廊下を走り続ける。
はやてが来てくれたなら、オレが居た部屋に居る筈。そこに居ないならヴァリアントに聞く。
「ヴァリアント。心配と迷惑を掛けた。お前を無謀に付き合わせた。ごめん」
『気にすんな。相棒。お前さんが相棒になった時から無茶も無理も無謀も承知の上だ』
「オレは……もう自分の命を軽くは見ないよ」
『そりゃいい。周りはみんな一安心だ。八神一尉も過剰な心配をしなくて済むな』
「ああ。だからしっかり伝えないと」
『行く先は合ってる。相棒が居た部屋で待ってるって言ってたからな』
オレはそれに頷き、自分に与えられた部屋へ向かって、さらに走るスピードを上げた。
オレに与えられた部屋の前。オレはかなりスピードを出していた体に急ブレーキを掛ける。
止めた足が廊下を滑る。危うく転びかけるが、なんとかドアの前で止まる。
オレは荒れた息を急いで整えると、ドアを開けて中に入る。
小さな女性がベッドの横にある椅子に座っている姿が目に入る。
「はやて……」
オレはそう名前を呼ぶが、はやてはこちらを振り向かない。
まさかめちゃくちゃ怒っているか。
あり得る。もしかしたら、心配して来たのではなく、説教のために来たのではないだろうか。
どうしよう。
説教をされるのは構わない。それは自分が悪いのだから。
けれど、説教された後に、これからは自分の命を大切にしますと言うのは、なんか説教を受けたから仕方なく言っている印象を与えてしまう気がする。
とりあえず、オレはおずおずと、はやてに近付く。
一向にこちらを見ない。よほど腹が立っているのか、呆れているのか。
ここに来ている以上、見放された訳ではないだろうが、正直、今までの事を思えば、あいつはダメだと思われても不思議じゃない。
「はやて……さん?」
オレは思わず禁止されているさん付けをして、はやての顔を軽く覗き込む。
目を閉じて、一定のリズムの呼吸をしている。
寝てる。
一気に体から力が抜けて、オレはうつぶせでベッドに倒れこむ。
「なんだよ……」
『良かったじゃねぇか。無視された訳じゃなくて。で? どうする?』
そう。それが問題。眠っているのを起こすのは悪い。多分、疲れも溜まっているんだろう。
聞けば、はやてや高町二尉は故郷である第97管理外世界ではまだ学生で、こっちと向こうの行ったり来たりらしい。
オレが退院した後、七月、八月とはやてがミッドに居た為、ここ最近、言われるまで知らなかった。
四月からは完全にミッドの家に引っ越すと言っていたが、今は十二月。まだ行ったり来たりの生活は続いているんだろう。
ただでさえきつい局員の仕事。そしてはやては指揮官研修中だ。仕事の量や覚えなければいけない事はオレでは想像もつかないくらい多いのだろう。
そんなはやてに心配を掛けていた。心労と言ってもいいだろう。
自分が情けなくなる。そんな事で良く、はやてを守りたいなどと言えたものだ。
オレはそこまで考えて、首を振る。
そのはやてを守りたいと言うのも、もしかしたら方便だったかもしれない。
オレは理想の師匠に一歩でも近づく為に、師匠なら守る筈と思っていた節がある。はやてを守りたいと思ったのは嘘ではないが、それが全てかと言うと嘘になる。オレは純粋にはやてを守りたいと言う気持ちで動いていたんじゃない。
もしも夜天の王がはやてじゃなくても、オレは夜天の王を守ろうとしていた筈だ。オレが守ろうとしていたのははやて個人じゃない。師匠が救えなかった夜天の王。闇の書の最大の加害者にして、最大の被害者だ。つまり、夜天の王ならだれでもよかった事になる。
恐ろしく最低な事だ。オレは人ではない何かを守る事に必死だった。しかも、それに気づかず、はやてを守りたいと言う気持ちだと勘違いしていた。
謝らなければならない。
そう思い、はやての方を見た時、はやてが薄らろ目を開けた。
「カイト……君……?」
「あー、ごめん、起こした……?」
オレははやてと向き合う形でベッドに座り直し、はやてを見る。
寝起きの顔を見るのも如何なモノかと思ったが、この場合はうたた寝だろうから、まぁそこまで失礼には値しないだろう。
はやては寝ぼけ目を擦りながら、ようやく頭が働き始めたのか、現状確認をし始める。
「あれ……? 私、いつ寝たんやっけ……? 何でカイト君が居るん……?」
「いや、一応、ここはオレの部屋だし」
「カイト君の部屋……? せや、私、本局来て……」
ようやく現状が繋がったのか、はやては不思議そうにオレを上から下まで何度も見る。
「何で……なのはちゃんの砲撃食らって無事なん?」
「教導だったから……かな? あと、高町二尉が傷つくよ?」
オレが苦笑しながらそう言うと、はやてはゆっくり椅子の背もたれに背中を預ける。
安心したのか、ホッと息を吐いている。
「ホンマ心配したんやで……? なのはちゃんは砲撃食らわしたやデバイスは没収されてる言うし、挙句の果てにはどっかの次元世界に飛ばされたって聞いて……ホンマに心配した……」
「ごめん……。ただ、砲撃を食らったのもデバイスを没収されたのもオレが原因なんだ。それと……地球に行ってたんだ」
「地球? 何しに行ったん……?」
「グレアム提督に会って、話をしてきたんだ」
オレはそう言うと、ゆっくり深呼吸をして、自分が伝えたい事、言わなければいけない事を整理する。
はやてはオレが口にした名前に驚いたようで、小さく呟く。
「グレアムおじさんに……会って、何を話したん……?」
「師匠の事を聞いてきた。それで気づいた事がある」
「何……?」
「オレがたくさんの人に心配と迷惑を掛けた事に気づいた。オレは多くの勘違いをしてた。それで……はやてに心配を掛けてた」
オレは背筋を伸ばして、しっかりはやてに頭を下げる。
「ごめん! オレの戦い方、間違ってた。オレの考え方、間違ってた。はやてがオレをずっと心配してくれてた理由がよく分かった。ごめん。ずっと負担を掛けた。気づかなくて……ごめんなさい。もう二度と、自分の命を軽く見るような戦い方はしない! だから……おこがましいかもしれないけど許して欲しい。もう一度……チャンスをください」
「カイト君……」
オレは顔を上げない。はやてはまだ答えを口にしていない。ここで頭を上げる事はできない。
はやては何も言わない。どんな表情をしてるかも分からない。
怒っているのか。それとも戸惑っているのか。どんな対応をされても良いように、オレは気持ちを引き締める。
そうやって時間が過ぎた。
何秒かもしれないし、何分かもしれない。もしかしたらもっと長かったかもしれない。
そうして時間が過ぎた後、はやての右手がオレの頬に触れた。
「顔、上げてや」
オレは言われた通りに顔を上げる。はやての手は顔を上げても頬からは離れない。
「そない張りつめた顔せんでもええよ。許すも何も、悪い事はしとらんやろ。ちょっと頑張ろう言う気持ちが空回りしただけや。その気持ちも私の為やったんやし、私はカイト君には何にも言えへんよ」
「はやて……。オレは……師匠に憧れてた。だから……師匠が関わった夜天の王を守ろうしていたんだ……。だから、オレは……はやてを守ろうとしたんじゃないんだ!」
はやてはオレの言葉に驚いたように軽く目を開き、しかし、すぐに微笑む。
はやての両手がオレの両頬を挟んだ。
「ちゃうよ。カイト君がそう思うとるだけや。カイト君のこれまでは知らへん。何があって、師匠さんに憧れたのかも、師匠さんになろう思うたのかも、分からへんよ。けどな。私でも分かる事がある。あの時、六月の事件の時。カイト君は私を守ってくれた。夜天の王やからやない。だって薄らと覚えとるもん。カイト君は私をあの時、夜天の王なんて呼ばんかった。はやてさん。言うてくれとった。私の名前、呼んでたのは……私を夜天の王やのうて八神はやてと思ってくれとったからやろ?」
はやてはそう言うと、笑みを深めて、オレの目から流れた涙を拭った。
それでようやく涙を流している事に気づいたオレは慌ててはやての両手を頬から離して、腕で涙を拭う。
「カイト君、泣き虫やね」
「今のは無しだ! ちょっと気分が乗っただけ!」
「そういう事にしとこか」
はやては笑顔でそう言うと、一旦、目を伏せて、すぐにオレの目を真っすぐ見つめてくる。
「なぁカイト君。ちょっとずるいかもしれんけど……約束してくれへん?」
「どんな……約束?」
「カイト君はもう大丈夫やろうから、私も過剰な心配はせえへん。けど……もしも悩みや辛い事があったら、まずは私に話すって約束してや」
それは何とも答えにくい約束だ。それを約束してしまうと、何でもあなたに話しますよと言うようなものだ。
オレが答えあぐねていると、はやてが再度聞く。
「駄目なん……?」
そうやって上目遣いで見られてもかなり駄目だ。駄目だけど。ここで断るのはもっと駄目な気がする。
この約束ってどうなんだろう。一生、友達で居ますよって事なのか。っていうか、はやてともし喧嘩した場合はどうなんだろう。
この一方的な約束は拙い。
「じゃあ、はやても何かあったら、オレに一番に相談するって言うなら……」
オレの案。どうだろうか。これは流石にはやて的に嫌なんじゃないだろうか。
それはちょっとと言う流れになれば、かなり断りやすくなる。
はやてはしばし悩む。
そして、一回頷いてから言う。
「やっぱり家族が一番は譲れへん。けど、家族絡みの事とか、心配を掛けたくない時とか……そう言う時の相談相手として一番言うんやったらええよ」
マジか。
かなり予想外だ。てかそれは二人の幼馴染を差し置いてと言う事だろうか。
オレは開いた口を閉じれないまま、固まる。
そんなオレの手を取って、はやては言う。
「交渉成立やね。じゃあ、約束や」
はやては自分の小指とオレの小指を絡める。
「これは?」
「約束のおまじないや。指きりげんまん嘘ついたら、針千本のーます。指きった!!」
はやてはオレと繋いだ小指を離す。
訳が分からずオレは困惑するが、とりあえず、はやての中ではもう決まってしまったらしい。
まぁいいか。これからも傍に居られるなら、それはそれでいい。
オレはそう思い、はやてに釣られて、ここ最近全く浮かべてなかった心からの笑顔を浮かべた。