新暦72年1月20日。
時空管理局本局・航空戦技教導隊・特別訓練室。
大規模シミュレーターを搭載し、高層ビルが並ぶクラナガンの市街地を再現した特別訓練室にオレは居た。
アーガス隊長にこの一カ月間、マンツーマンで教導を受けてきたが、この不必要なほど広い特別訓練室を使った事は一度もなかった。
この特別訓練室はエースクラスの魔導師が本気で戦っても大丈夫なように作られた訓練室だからだ。もっと言えば、今、オレの目の前にいる少女が通常の訓練室を壊しまくった為、これから先の事を考えれば、多少予算が掛かっても堅牢な訓練室を作った方が良いと、アーガス隊長が判断し、作られた訓練室でもある。
それでも年々、砲撃の威力が上がっている為、目の前の少女は割と本気くらいの砲撃しか撃てないらしいが。
まぁつまり。
ここでは割と本気な高町なのは二等空尉と戦う事が出来ると言う訳だ。
何にも嬉しくないのは何故だろう。砲撃を食らった経験からだろうか。それとも資料として高町二尉の模擬戦の数々を見てしまったからだろうか。
オレは何とも言えずに高町二尉と向き合う。当然、バリアジャケットは装備済みだ。バリアジャケットも色々改良を加えたかったが、時間もないので、今は前のままだ。
高町二尉もバリアジャケットを装備し、杖の状態のレイジングハートを構えている。
オレがアーガス隊長の教導を受けている時、高町二尉は三週間の教導予定が入っていた為、教導隊本部には居なかった。
だから、オレの新装備や戦術の変化は知らない。高町二尉の頭には、一カ月前のオレの戦い方があるのだろう。できれば今すぐ消去して欲しい過去だ。
そう思っていると、オレと高町二尉の横に空間モニターが出現する。
『準備はいいか?』
特別訓練室の管制室に居るアーガス隊長がニヤリと笑いながら、オレと高町二尉に声を掛ける。
オレと高町二尉が頷くと、アーガス隊長はからかうような笑みを浮かべて言う。
『挨拶しなくて大丈夫か? 距離はしっかり測れよ。前見たいに頭ぶつけるぞ』
「それはもういいでしょう!」
「引きずりすぎです!」
オレと高町二尉は二人でアーガス隊長にそう言った。
このネタでどれほどいじられている事か。
はやてと話終えた後、オレは高町二尉に謝罪しに行った。
はやてとアーガス隊長が見守る中、オレがとりあえず頭を下げた時、何故か高町二尉も頭を下げて、二人の頭が激突した。
あまりの痛みに二人してしばらく動くことが出来なかったほどだ。
高町二尉曰く、理由はどうあれ大事な事を否定したからには謝らなきゃいけないと言う事だったが、それはオレが謝罪した後にするべき事で、間違っても同時にするべきことではなかった。そう考える。散々に弄られ続けた事も全て高町二尉のせいと言えなくもない。
「カイト君……目が怖いよ」
「気のせいです。高町二尉」
「なのはで良いって言ってるのに」
オレは首を横に振る。
これはオレのなけなしのプライド。
「せめてあなたに一撃入れられるくらいにならないと、名前で呼ぶには不適格でしょ?」
『それじゃあ始めるぞー』
「じゃあ、後数年は高町二尉だね」
「余裕ですね。でも、この模擬戦が終わったら、なのはって呼び捨てです!」
『模擬戦開始!』
オレは高町二尉から一気にバックステップの連続で距離を取る。
中距離射撃、遠距離砲撃に目が行きがちだが、高町二尉の一番厄介な所はその防御力と強烈なバインド。下手に近づき、攻撃を受け止められると、一気にバインドからの近距離砲撃でやられかねない。
高町二尉と戦うならば中距離。とはいえ、向こうには中距離でもかなエグイ魔法を持っているが。
「レイジングハート」
『アクセルシューター』
開始位置から一歩も動かず、高町二尉は中距離誘導射撃魔法・アクセルシューターを生成する。数は二十。
オレはいきなり一杯でてきた桃色の誘導弾に顔を引き攣らせる。
『挑発なんかするからだぜ? 相棒』
「やかましい! とりあえず逃げるぞ!」
オレはヴァリアントにそう返すと、高町二尉に背中を向けて、本格的な逃走に入る。そんなオレを逃がすまいと、誘導弾がオレ目がけて加速してくる。相変わらず誘導弾とは思えない弾速だ。
オレは曲がり角を曲がって、完全に高町二尉の視界から消える。これで少しは誘導弾の制御は落ちるだろう。直接視界に入っているモノを狙うのと、魔力反応を追うのでは後者の方が圧倒的に難しい。
オレは制御が甘くなるなる事を少しだけ期待したんだが。
「このぐらいの距離なら見えてても見えて無くても変わんないって訳か」
『流石はエース・オブ・エースだな。どうする相棒?』
「作戦変更は無しだ」
オレは短くそう言うと、左右からはさみこむように近づいてきた桜色の誘導弾を確認し、両腰のフォルダーにある新デバイスを引きぬく。
「グラディウス!」
棒状のデバイスの先端が左右に割れ、柄を形成し、中央部から、オレのコマンドと共に七十センチほどの蒼い魔力刃が出現する。
カーテナを参考にした単一魔法専用ストレージデバイス『グラディウス』。それと同時にガラティーンを参考にしつつ、圧縮率や魔法の構成を大幅に変えて、オレ用に合わせた斬撃魔法。これも『グラディウス』。
デバイスと魔法が表裏一体な時点で別々の魔法名を付ける必要はないとアーガス隊長に言われ、それで押しきられてしまった。
まぁオレしか使わないから良いんだが。
消費魔力の少なさと発動の早さ。そして簡略な魔法構成を重視されており、このグラディウスはヴァリアントの補助を必要とはしない。
その分、ガラティーンのような絶対的な攻撃力・破壊力は無くなっているが、使いやすさは断然こちらが上だ。
オレは迫ってきた誘導を左右のグラディウスを使って軌道を逸らして受け流す。
この数では斬った後の爆発でやられかねない。なにより一個や二個斬った程度じゃ変わりはしない。
「受け流しで防御に徹する。ヴァリアント、位置情報を」
『はいよ。高町二尉は動いてないが、これ以上距離を離すと、砲撃で一気に決めにくるんじゃねぇか?』
確かに開始位置より大分距離は離れている。これ以上離れると容赦ない砲撃が飛んでくるだろう。
オレは高町二尉の位置をしっかり頭に入れつつ、角を曲がって高町二尉の後ろへ回りこむ進路を取る。
微妙なラインだが、おそらくまだ誘導弾での追撃で対応してくるだろう。
オレは後ろから追ってくる誘導弾から付かず離れずの距離を維持する事が出来ていた。理由は魔力運用の上達のおかげだろう。単純な走るスピードが向上している。前は追いつかれた誘導弾に追いつかれずに済んでいる。高町二尉がセーブしている可能性もあるが。
誘導弾は加速すれば引き離せるが、この二十個の誘導弾の位置を同時に失うのは拙い。二十の誘導弾で不意打ちされたら対処しきれない。
そう考えていたオレの死角から誘導弾が一個飛び出してくる。
追ってきている誘導弾は二十から減っていない。と言う事は、新たに生成した誘導弾か。
同時に複数の誘導弾がスピードを上げてオレに迫る。
オレはスピードを上げて迫ってきた誘導弾に対処する為に、死角から飛び出て来た誘導弾を無視する。
向こうにレイジングハートが居るように、こっちにだって相棒がいる。
『フェンド』
迫りくる誘導弾に対して斜めに蒼い防壁が展開される。ヴァリアントの自動詠唱で発動した防御魔法・フェンドだ。受け流し専用のその場しのぎだが、一瞬でも時間が稼げるなら十分だ。
オレは誘導弾を斬り払う。
誘導弾が爆発し、オレは吹き飛ばされるが気にしない。今、大事なのはこの瞬間を逃さず攻めてくる高町二尉の攻撃をしのぎ切る事。
オレはグラディウスを左右に広げて、周囲から来る誘導弾に防御の姿勢を取った。
◆◆◆
「ホンマにカイト君なんやろうか。幻術で教導官が成りすましてるとちゃいます?」
カイトが加速魔法を使わずに防御の姿勢を取ったのを見て、八神一尉が俺に向かってそう言う。
管制室には通常、教導隊所属の通信スタッフや技術スタッフが入るのだが、教導隊のデータに残さない為に、俺の権限で、ここには俺と八神一尉しかいない。
「そんな事するか。大体、あいつはそこまで特攻思考じゃない」
「そうですか? 相手より速く攻撃すれば問題ないみたいな所ありません?」
「それしか手が無かったからな。戦闘中の思考はそこまで固くない。他に手があればそっちを使う。スタイルを変えない時点で馬鹿は馬鹿だが」
俺はそう言いつつ、周囲を囲まれた状態で二本の剣を巧みに操り、攻撃を凌いでいるカイトを見る。
自分に合った武器を与えられ、自分が思った通りに動けている為、今が本来の実力と言える。言えるが、普通の域は出ていない。なにせ高町はまるで本気じゃない。あくまで相手を教え導くレベルの戦い。教導官が教え子にやる戦い方だ。
だから、カイトが高町の誘導弾を防いだ所で驚きはしない。驚きはしないが、疑問が残る。
剣の腕は並み。勘がずば抜けてる訳じゃない。戦闘時の判断力もこれと言って、的確でも早い訳でもない。魔法の運用は得意不得意の偏りが激しく、制御も並み以下で、射撃魔法は見れたもんじゃない。魔法の技術も圧縮以外は全然駄目。魔力の展開スピードは速いが雑。構成がお粗末だから並み程度しかない魔力を無駄に使う羽目になる。
なのになぜここまで生き残ってこれたのか。運では済ませられない。分隊の仲間が幾ら優秀でもフォローしきれない部分があったはず。
あのカーターさんやランディさんが選んだ理由が何かある筈。そう思って、今日まで教導してきたが、才能も資質もとにかく無い。本人は魔導師ランク以上の実力はあると思っているようだが、ヴァリアントが居なければCランクだって受からないだろう。
カイト・リアナード。何が優れているのか。それを見る為に、高町と今、戦わせている。高町にもカイトにも何も伝えてない為、二人とも一応は本気だ。全力ではないだろうが。
俺は両手のグラディウスが追いつかなくなったカイトを見る。
あの状況ではもうミーティアを使うしかない。
俺の予想が正しければ、あいつが今まで生き残ってこれたのは。
「あっ! 上手い! ミーティアですり抜けおった!」
「やっぱりか……」
「何がです?」
八神一尉の問いかけに、俺は八神一尉に顔を向けながら説明する。
今日まで予感はあったが、それを証明する為に時間が割けなかった。
ようやく解決した俺の疑問。
「あいつのミーティアの使い方はカーターさんと全く違う。ミーティアは本来、特攻用に作られた使用者を考慮しない一直線での超加速魔法だ。その為、手を加えたとはいえ、カーターさんでもその性質上、一回の移動中に方向転換は一度か多くて二度しかできなかった。けれど、あいつはミーティアで誘導弾をすり抜けた。一体、何度方向転換したのやら」
「それって……完全に制御出来とる言う事ですか?」
「普通、流星が曲がるか? 殆ど方向転換が出来ないのがミーティア本来の姿だ。消費魔力を考えて、ミーティアに三段階のリミットを付けたから、最高加速ではないにしろ、それでも通常の加速魔法とは比較にならんスピードだ。それで小刻みな軌道が出来るのは尋常じゃない。だからあいつはこれまで無茶な戦い方をしても生き残ってこれたんだ」
俺は八神一尉から視線を外し、カイトへ視線を戻す。
誘導弾の包囲を抜けたカイトは高町の方へ向かっている。誘導弾を避けられる事を分かった高町が砲撃の準備を始めたからだ。
とはいえ、ミーティアで自在に動けても、経験不足で動きが単調なのと、ミーティアを常時発動はしていられない以上、ある一定のレベル以上には通用しない。
徹底的に防御と回避を叩き込んだ為、前よりは上手く立ちまわれてる。グラディウスやミーティアもそれぞれリミットを付けて扱いやすさと魔力効率が増しているから、前よりは行動時間も延びている。
ドレッドノートの本質である仲間の為に時間を稼ぐ事も出来るようになった。本人の努力もあって、高速機動戦と接近戦の腕も上がった。
それでもエースには遠く及ばない。
高町に向かってミーティアで小刻みなフェイントを掛けて近寄っていたカイトが設置型のバインドに捕まる。
終わった。
次の瞬間、高町の砲撃がカイトに炸裂した。
俺はため息を吐くと、隣に居る少女をチラリと見る。
苦笑をしているが、それは親友への信頼だろう。後は、ここ最近、ようやくまともになったカイトへの信頼か。
あいつがこの少女を守れるようになるのに一体、どれほどの時間が掛かるのやら。
本当は一番弟子の俺がしなくちゃいけない事だが、生憎、技術は受け継いでいても信念や諦めの悪さはあんまり受け継いでいないのでふさわしくない。なにより俺は今、自由に動ける立場じゃない。
教導隊の隊長と言えば聞こえはいいが、それは陸と海に挟まれた立場だ。誰かに加担するには少々動き辛い。おかげでカイトを鍛えるのはかなり極秘でやってる。窮屈な事この上ない。
ただ、見守り、時には助言する事くらいはできるだろう。あいつが一人前になるくらいまでは時折、鍛えてやってもいいかもしれない。
ありがたい事にあいつを呼び出す口実は幾らでもある。
カーターさんが送ってきた設計図には、対AMF用の新装備もあった。勿論、カイトに合わせてのものだが。
それをネタに呼び寄せれば鍛える事も出来る。なにより対AMF用の新装備は教導隊でもかなり優先度の高い任務だ。カイトも呼べて、新装備のデータも手に入る。
俺は立ちあがり、八神一尉と共に管制室を出る。目を回して高町に介抱されてるあいつを迎えに行かなくては。
鍛える楽しみ。成長を見る喜び。これだから教導官は止められないな。