新暦72年3月18日。
クラナガン・陸士110部隊本部・部隊長室。
オレは黙々と目の前にある空間モニターに映る映像を見る作業にため息を吐き、隣に居るローファス補佐官を見る。
ローファス補佐官も似たような作業をしてるが、オレより真剣で、真面目だ。
「ローファス補佐官……」
「なんでしょう?」
「この作業に何の意味が……?」
空間モニターには模擬戦の様子が映し出されている。かなり練度が低いが。
それも当たり前。
これは未だに配属先が決まっていない陸士訓練校の生徒による模擬戦だ。
何故、こんな事をしてるかと言うと。
「急遽、新人を取る事になったのですから仕方ないでしょう」
「いや、有望株はもう部隊が決まっているかと」
「そう言えば、陸曹に手伝ってもらうのは初めてでしたね。あなたくらいですよ。早めに陸士110部隊に配属が決まったのは。あなたの先輩達は、こうやって所謂、売れ残りから見つけ出した人材です」
初耳だった。あの人たちが売れ残り組とは。記憶が正しければ、ある程度、魔法の実力があれば進路に困る事はない。どこの部隊もある程度以上の魔導師は欲しいからだ。
部隊で保有できる魔導師の数には限りがある。そもそも魔導師の数に限りがあるからだ。更に戦力の集中を避ける為のランク制限もあるため、それらと相談しつつ、どの部隊も新人を選ぶ際はかなり本腰を入れる。
なのにこの部隊はわざわざ売れ残り組に焦点を当てている。良く分からない話だ。
それが顔に出ていたのか、ローファス補佐官が説明する。
「今まで、陸士110部隊は保有魔導師数を通常の三個分隊から二個分隊に絞ってきました。ただ、今回、戦力を再編成して三個分隊に戻します。去年、クラナガンの部隊のランク上限が上がりましたから」
「それは部隊長から聞いています。ただ、わざわざ、他の部隊が目を付けなかった人材に焦点を絞る必要があるのかな? と思いまして」
「部隊の保有ランクに我々の部隊に余裕があっても、上限が上がった分だけです。二つの分隊の平均はB+。二分隊で他の部隊の三個分隊に相当します。だから、魔力が低い人材が必要なんで
す。新人に求められるのはランクの低さとやる気だけです。魔導師として使えるかどうかは問題ではありません」
それは拙いんじゃないだろうか。ただでさえ陸士110部隊は九月の事件ではやての助力を受けつつも、指名手配犯を捕まえ、優秀な部隊として色々と事件を押しつけられている。
新人とはいえ戦力として期待するべきでは。
「ローファス補佐官。二つ疑問が……」
「どうぞ」
「まず、戦力として期待できないのになぜ取るのか。もう一つは何故、去年、分隊を増設しなかったのか」
「一つ目はやる気さえあれば強くする事ができるからです。もう一つは、手の掛かる人間が居なくなったからです」
何となく視線が痛い。手の掛かる人間はオレの事だろう。
オレがいつまで経っても迷惑を掛けていたから部隊増設が出来なかったと。
何とも申し訳ない。
「すみません……」
「気になさらず。三年である程度、戦力にすることを目指していましたから、想定範囲内です。今回の新人もその予定です。さぁ、自分の後輩になる人たちです。真面目に探してください」
「はい!」
なんか上手く乗せられた気がするが、まぁいいだろう。
自分の後輩を探すと思うと、映像を見る目にも気合が入る。オレが色々と教えるかも知れない子たちだ。真剣に選ぼう。
◆◆◆
新暦72年4月7日。
クラナガン・陸士110部隊寮。
「と言う訳で、明日から先輩になる」
『良かったやん。これで最年少脱出やね』
「ようやくだよ……。ここ数年、新人を取るなんて無かったから、階級が上がっても周りは先輩だしさぁ」
『まだええやん。私なんて、知らん年上の人に命令せなあかん。これめっちゃやり辛いねん』
部屋に置かれている据え置き型モニターの画面に映っているはやては肩を落とす。
まぁ、この年で一尉ならそれも仕方ないだろう。出世した代償と言うものだ。
「やっぱはやてでも最初は苦労するの?」
『せやね。何だ、小娘か。みたいな態度は毎度の事や』
「そう言う時はどうすんの? ちょっと参考までに聞いてみたい」
『実力で認めさせる』
「うん。聞いたオレが間違ってた。はやてのじゃ参考になんない」
えー。とはやてが唇を尖らせるが、実力で黙らせる事が出来ないから舐められるのであって、最初からそれが出来れば全く苦労しない。
オレはこの話題は流す事にし、部隊長から頼まれてた事を伝える。
「それで、悪いんだけどさ。なのはにウチの部隊長が教導をお願いしたいって言ってたって伝えてくれない?」
『教導? ああ。新人の為やね。ええよ。でも? アーガス一佐に頼んだ方が早いんちゃう?』
「アーガスさんは今、新人教導官を複数受け持ってて、それどころじゃないんだ。頼んだら、本人に言えってさ」
オレが渋い顔をして肩を竦めると、はやてはコロコロと笑い、それは大変やね。と呟く。
『でや。遂になのはちゃんに一撃入れたん? 名前で呼んでるみたいやけど』
「バリアジャケットに掠らせただけで、正確には一撃じゃないんだけど……めっちゃ喜びながら、これからなのはだね。って言われると断れなくて……」
『あはは。なのはちゃんって教導官やん。だから……名前で呼んでくれる人が殆どおらへんねん……』
はやてがめちゃくちゃ気まずそうにそう言った。
まぁ予想はついていた。何故かなのはと呼ばせる事に固執していたし、しかし手は抜かないので、対自分用の戦術を自分で開発してオレに教えると言う意味不明な事をしていた。それを使ったら、しっかりそれの対応も用意していたので、本当に何がしたいのか分からなかった。
教導官は教え子の同じ目線には立たない。圧倒的上位から技術を教える人間だ。任務を通して、親しくなる人間は少ないだろう。と言うか自分たちを徹底的に扱いたり、トラウマしか残らない砲撃を撃ったりする人間とは親しくなりようがない。
「エース・オブ・エースの高町なのはだしな。何より、あの砲撃を食らった後に仲良くなろうと思う人間は特殊だ」
『じゃあカイト君は特殊やね』
「いやいや。オレは別に仲良くなりたかった訳じゃないから。やられっぱなしは流石に男としてどうなんだって思ってさ」
『それはなのはちゃんに黙っといてな。なのはちゃん、私の事を名前で呼びたいから挑んでくるんだよね。って勘違いしとったから……』
「……訂正しといて」
『絶対、そうやよって言ってもうた』
画面の向こうではやてが両手を合わせてオレに頭を下げる。なんて事を。とんでもない勘違いだ。
まぁいい。特に困る事はない。これから近寄らないようにすればいいだけだ。色々と迷惑を掛けたり、良くしてもらったから感謝もしてるが、ディバインバスターを受けた時の恐怖は忘れてない。
体に寒気が走る。恐ろしや。今、思いだしても寒気が走るとは。
「わかった。これからはできるだけ接触しないようにする」
『完全に恐怖の対象なんやね。大体、教導の話を受けたら、なのはちゃんとは会わなきゃいかんやろ? カイト君はアーガス一佐に呼ばれる事もあるし、関わりを持たないのは不可能やで?』
「そうかぁ。どうしようかな。部隊の誰かを生贄に捧げれば、オレへの関心も薄れるか?」
『別にいいやん。友達になってあげるくらい。なのはちゃんは杖を持たなきゃ普通の女の子やで?』
「考えとく。やっぱり、ここはアウル先輩か? いや、マッシュ先輩か?」
『考える気ゼロやん』
はやてに突っ込まれつつ、オレはそう言えば。と呟き、話を切り替える。
これ以上、なのはの話をしていると、はやてに友達になる事を約束させられかねない。
はやてもオレが無理やり話を変えた事に気づいたようだが、何も言わない。そこまで積極的に友達にさせる気はないらしい。
「ちょっと真面目な話な。地上本部が実績のある捜査官をリストアップしてるみたいだ。本部所属だから、はやては欄外だろうけど」
『実績のある捜査官? 何する気なんやろか?』
「さぁ? オレも知り合いの捜査官がリストアップされたから知っただけだし。ただ、そいつが言うには、大きな事件を解決して、地上本部の力を示すつもりなんじゃないかって」
『それが一番妥当やね。本局はここ最近、地上への介入機会を伺ってるし、それを突っぱねるには地上本部の力を見せつけるのが一番やし』
オレははやての言葉を聞いて、ため息を吐きそうになる。介入したいならさせればいいだろうに。
本気で地上の市民の事を考えるならばメンツは捨てて、過去を忘れて、本局と協力するべきだ。簡単な事ではないが、犯罪が増加するよりはマシだ。
上がメンツにこだわると、割をくうのはオレたち現場だ。
「ままならんなぁ」
『安心しいや。すぐに私が出世して、管理局を変えたる!』
「普通なら無理って言うけど、はやてだしなぁ。まぁ気長に待つよ。オレは現場で動くだけさ。出来るだけオレたち現場に優しい組織にしてくれ」
『そこは市民最優先やろ』
「同じくらい、オレたちを大事にしてくれ」
オレは冗談ぽくそう言うが、内心、かなり期待していた。
現場に優しい組織と言うのにじゃない。どうであれ、管理局が変わる事にだ。
今の管理局には有能な若手が続々と出てきている。いずれ、変革が訪れる。その時に、はやてがどれだけ出世しているかによって、はやてのその後も違ってくる。
一佐とは言わないが、二佐くらいになっていれば、上層部にある程度の影響力を持つ事も可能だろう。
口には出さない。それで今以上にやる気を出されて体を壊されても困る。
『考えとくわ。そうや。シグナムがカイト君と模擬戦をしたい言うとるんけど、予定空いてる日ある?』
「何で休暇を模擬戦で潰さなきゃ駄目なんだよ……。断っといてくれ。ヴォルケンリッターとやりあえる実力はオレにはないよ」
『うーん。納得するやろうか? それとな。あんまり言いたくないんやけど』
「じゃあ言わなくていい」
『そう言う訳にもいかんねん。クロノ君。クロノ・ハラオウン提督がカイト君に会いたい言うとるんよ。これはかなり強くお願いされとるから、出来れば会って欲しいんやけど……』
うわぁ。グレアム提督の最後の弟子かよ。絶対、グレアム提督繋がりでオレの事を調べたんだな。
クロノ・ハラオウン。本局最年少の提督。有事の際には複数の艦を率いる権限を持つ管理局の重要ポストに僅か二十歳で就いている男だ。本人もAAA+の魔導師ランクを持つ凄腕で、とにかく武勇伝を量産している管理局の若き英雄。
申し訳なさそうな顔をはやてが浮かべる。
会うのは構わないが、厄介事を押しつけられたり、ないとは思うが本局に転属させられたりするのは困る。
「お互い師匠繋がりだし、一度会うくらいなら別にいいけど……会うだけって伝えといて」
『うん。分かった。そう伝えとく。ありがとうな』
「いや、いつかは会う日が来るんじゃないかと思ってたし、ちょうどいいよ」
オレはそう言いつつ、本部が動き出したタイミングで会いたいと言い出したクロノ・ハラオウン提督に対して、僅かな警戒を巡らせた。
悪いが、本局の都合の良い駒になる気はない。オレは陸士だし。
はやて関連で協力は惜しまないが、オレは政争や権力争いは好きじゃない。人がやる分には問題ないが、自分が巻き込まれるのは看過できない。
力の無い陸曹を駒にして、向こうには何のメリットは無いと思う。けれど、相手はオレが知らない所でオレの存在に価値を見出すかもしれない。向こうは管理局のエリートが集まる本局の若手筆頭で、母親はランディ部隊長が関心するほどの手腕を発揮したリンディ・ハラオウン提督だ。気をつけていないと、良いように動かされてしまうかもしれない。
あのグレアム提督の弟子だ。それだけ信頼には値するし、はやても信頼しているみたいだが、警戒は必要だ。誰かに利用されるのは好きじゃないし、オレの仕事は市民を守る事。仲間を守る事。それ以外はもう少し上の立場の人がやる事だ。
現場でしか救えないモノを救い、守れないモノを守る。最近のオレの行動理念はそれだった。
それに反する事は。おそらく。
はやてが関わらない限りしないだろう。
『もうこんな時間!? ご飯作らな!』
「それじゃまた連絡する。そっちも何かあったら連絡して」
オレが笑顔でそう言うと、はやても笑顔で、そうする。と言う。はやてが通信を切るのを待ってから、オレは大きく息を吐く。
『クライドの息子だろ? そこまで警戒する事はねぇよ、絶対にお人よしだ』
「そのクライドって人を知らないから何とも言えないけど、まぁそうだな。あんまり気を張らないように努力するよ」
オレはベッドの上に置いてあるヴァリアントにそう言いつつ、アーガスさんから出されている課題レポートを終わらせるために、椅子から立ち上がった。