新暦72年5月20日。
本局・訓練室。
何故、こんな事になったんだろう。
オレは目の前に居る人を見ながらそう思う。場所は訓練室。ただ広いだけで、障害物は何もない。
なぜ、模擬戦なのか。オレは提督に呼ばれてわざわざ本局に来たのに。
クロノ提督がオレを呼んだ理由は警告だった。
レリックに関係する事件でアトスたちが関わっている可能性が強まってきたらしい。それをオレに伝える事。そしてはやてがもしも一人で行動しそうな時は止めて欲しいと頼まれた。
一応、頼みは受けたが、言葉を掛けて、それでもはやてが自分で考えた行動だと言うなら、それ以上は何もしないだろう。
大前提として、オレははやてが一人で行動すると言う無謀をするとは思っていない。勿論、はやてが危険なら助けるが、六月の事件の事をはやてが忘れるとは思えない。わざわざ自分から罠に飛び込む真似はしないとオレは思っている。
信じていると言うのは少々都合の良い気がするが、オレははやてを信頼している。
それにアトスたちが再度襲撃してくる可能性があるならば、オレがどうこうする前にヴォルケンリッターが止めるだろう。それでも敢えてはやてが飛び出したなら、オレじゃ止められない。止めるくらいならついて行くだろう。それはかなり高い確率で断言できる。
クロノ提督が心配するのは分かるが、過保護に近い。オレを心配していたはやて並みだ。あれはオレが悪かったが。
まぁともかく、それで用事は済んだ筈だ。オレはこのままミッドに帰れる筈だ。
なのに。
「なぜ、模擬戦なんですか?」
オレは目の前の相手にそう聞く。
それに対して、目の前の相手、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官は不思議そうに聞き返してくる。
「ダメかな?」
「ダメとかじゃなくて、何で模擬戦をやる必要があるんですか……?」
バリアジャケットとデバイスをスタンバイしてやる気満々なテスタロッサ執務官にオレは呆れたようにそう言う。全く流れが分からない。
会ってすぐに、カイト。模擬戦だよ。って言ってきた時は本気で頭がおかしいんじゃないかと思った。
「だって、カイトと友達になるには模擬戦しなきゃなんでしょ? なのはがカイトは友達になる為に模擬戦をやるって言ってたよ?」
「なんて勘違いだ……。覚えておけ高町なのはめ……」
理由は分かった。全てなのはのせいだ。なんて奴だ。自分の勘違いを親友に事実のように伝えるなんて。それをそのまま信じるテスタロッサ執務官もどうかと思うが。
ていうか、友達になるのに模擬戦って、とても変人じゃないか。止めてくれよ。オレは至って普通の人間なのに。
「でも本気でやって一撃を入れてから友達になるのがカイトの流儀なんだよね。私も本気でやるよ!」
デバイスを両手で持ち、胸の前まで持ってきて、やる気をアピールするテスタロッサ執務官に思わず、呆れを通りこして苛立ちを覚えてしまう。気づけ。オレが乗り気じゃない事に。
「いや、ちょっと待ってください。友達になるのに模擬戦は」
「なのはもはやても友達なのに、私だけ仲間はずれは酷いよ。でも、私が本気でやったらカイトじゃ攻撃が当たらないと思うし……そうなると私とカイトはずっと友達になれないのかな?」
天然なんだろうか。とても癇に障る事を言ってくれる。どれだけ下に見ているのか。確かに下だが、近接戦に持ち込めれば、例えオーバーSランクだろうと一撃入れるくらいはできる。
テスタロッサ執務官は確か高速近接戦が得意だった筈。上手くやればミーティアでスピードを上回り、勝ちにいくことだって出来る筈だ。
よし。
「ご心配なく。すぐに友達になれますよ。オレが一撃を入れて、模擬戦は終了です。手間は取らせないので」
「何だかいきなりやる気になったね。でも、私も負けないよ!」
やっぱり変だ。この人。いや、なのはもだが。
友達になりたいのに、何故、本気を出す。別に模擬戦で友達になる趣味はオレには無いが、そう勘違いしてるなら、ちょっと手を抜くなりすればいいだけなのに。
やはり類は友を呼ぶんだろうが。なのはと同類なら、友達になった後に距離を置こう。
オレはそう決意し、ヴァリアントに声を掛ける。
「ヴァリアント、セットアップ」
『オーライ』
オレの体が光に包まれ、一瞬で陸士の茶色の制服から青いロングジャケットと黒色のズボンへと切り替わる。
前合わせのロングジャケットはひざ裏下まであり、腰の部分からは左右に流れている。両腰にはその上からフォルダーが付いていて、グラディウスが入っている。
新作のバリアジャケットははやてのデザインで、ミーティアを頻繁に使用するため、全体的な防御力が高めになっている。
オレはテスタロッサ執務官を見つつ、ヴァリアントと念話で会話する。
『すぐに決める』
『それは構わんけど、相手は本局有数のスピードスターだろ? 様子見のが良いんじゃないか? 相手も同じ事を考えてたら……速い方じゃなくて、上手いほうが勝つぜ?』
『ご忠告ありがとう。様子見に徹するよ』
ヴァリアントの忠告でオレは頭を冷やして、頭に描いていた作戦を白紙に戻す。
相手は閃光とまで言われる人だ。幾らミーティアがあっても、相手の得意なスピード勝負に持ち込むのは拙い。
『まぁ、別に相棒は負けても失うモノはねぇんだし、負けたらどうだ?』
『男の意地の問題だ』
『便利な言葉だな。男の意地。女と模擬戦する時はいつもそれだ』
『出会う同年代の女の子たちがことごとく飛びぬけてるから、いつだって意地を刺激されるんだ』
オレは少し不機嫌になりながら言う。どうして会う子、会う子、皆、オレより強いのか。男と女の差など魔法には関係ないが、それでも僅かに残っているオレの意地がしょうがないと思う事を許してくれない。
『準備はいいかい? リアナード陸曹』
管制室に居るクロノ提督がモニター越しに聞いてくる。管制室で落ち着いてないで、妹を止めるくらいはして欲しい。
オレが返事をすると、クロノ提督は真剣な顔で、それでは開始と行こう。と呟く。
開始の合図と同時に距離を取る。とりあえず様子見。
それが拙かった。
『模擬戦開始』
目視で確認できていたテスタロッサ執務官が消えた。文字通りだ。視界から消えた。何か黄色の魔力光が確認できたが、何かが光った程度にしか分からなかった。
後ろへミーティアを使わずに下がろうとしていたオレの後ろ。オレは咄嗟にグラディウスを引き抜き、交差させながら振り向く。
魔力刃と魔力刃が接触する。危なかった。勘に従って動いてなかったら一撃でやられてた。
テスタロッサ執務官はデバイスの先端から鎌ような形状の魔力刃を展開させている。
「見えてたの?」
「まさか……!」
テスタロッサ執務官の言葉にオレはそう答えつつ、グラディウスで押し返そうと両手に力を込める。
だが、グラディウスはビクともしない。それどころか。
「なっ!?」
テスタロッサ執務官の鎌がグラディウスの魔力刃に食い込んだ。圧縮率を下げたとはいえ、通常の魔力刃とは比べ物にならない圧縮率を誇っている。それに食い込むと言うことは、テスタロッサ執務官の魔力刃の圧縮率の方がかなり高いと言う事だ。
直接、テスタロッサ執務官の魔力刃と触れていた左手のグラディウスの魔力刃が完全に切り裂かれる。
「ミーティア!」
『ギア・ファスト』
オレの体が蒼い魔力光に包まれる。
ギア・ファースト。使い方としては通常加速魔法と変わらない。単発での短時間加速。
今までのミーティアは常時発動型だった為、オレでは長時間の発動は困難だった。それの解決策としてのギア・ファースト。加速スピードも今までよりは劣っているが、それを補ってあまりある魔力効率を誇っている。
完全に切り裂かれた左のグラディウスは再生成しなければいけないが、それは後だ。今はテスタロッサ執務官から離れる方が先決だ。
加速した状態でバックステップし、テスタロッサ執務官から離れる。
いや、離れたつもりだった。
引き離せない。移動した距離をしっかりついてこられる。しかも、後追いにも関わらず、遅れないと言う事は、ギア・ファーストより速い。
テスタロッサ執務官が鎌を振りかぶる。
さっきの事を考えれば、グラディウス一本じゃ抑えられない。かといって、相手の方が速いのだから躱すのも難しい。
速さを補う為に必要な様々な経験も向こうのほうが上だ。問題外な事に、オレは自分より速い相手と戦った事が無い。
ギアを上げれば速さで上回れるが、オレの負担が大きくなる。模擬戦で体に負担を掛ける訳にもいかない。
だから。
「グラディウス・モード2!」
グラディウスの圧縮率の限界を一段上げる。これで受け止められなきゃ、後は手は無い。
右手のグラディウスに魔力を送って、体の前で鎌を受け止める。
今度は切り裂かれる事は無かったが、一撃を受け止めただけだ。
距離を取ろうと足を動かしているのに、距離が開かない。
テスタロッサ執務官による連撃が始める。
受け止め、はじいた瞬間、違う方向から鎌が向かってくる。左手のグラディウスの魔力刃を再生成してる暇がない。暇がないが、この連撃を抑えるには二本なきゃキツイ。
一瞬だけでいい。時間があれば。
完全に受けに回って、テスタロッサ執務官を観察する余裕すら無かった。だから、何を狙っているのかがわからなかった。
連撃ではキリが無いと分かったテスタロッサ執務官がオレから距離を取る。
集中力をごっそり持っていかれたが、何とか耐え抜いた。左手のグラディウスの魔力刃を再生成し、オレは奇襲に備える。オレの攻め手はカウンターしかない。
あのスピードを追うのは不可能だ。軌道も読めない。何より予想とは逆に来る。オレの様子を見て判断し、変えているのだろう。
スピードに振り回されていない。基本に忠実だ。
鎌の扱いも速く、正確。そして鋭い。受け止めていた右腕が未だにしびれるほどの威力ももっている。
それでも接近戦ならまだやりようがある。
さぁ来いと思って、両手のグラディウスを構えていると、かなり距離が離れた所でテスタロッサ執務官が立ち止っている事に気づく。デバイスを杖型に戻し、回転させている。何か詠唱している気が。
『相棒。儀式を使った大規模魔法だ。諦めろ』
諦められるか。オーバーSランクの魔導師が儀式を使う魔法なんて避けられないし、防げない。受ければ、そこで終わりだ。オレはこれからミッドに戻って、色々やる事があるのに。
「ちょっ!! 卑怯ですよ!? テスタロッサ執務官!!」
「接近戦で倒せないならアウトレンジ!」
「待ってください! 無理だから!!」
もうちょっと手段にこだわれ。勝ちにこだわるな。思わず、そう叫びそうになった。そんな時間は無かった。
思っている間にテスタロッサ執務官の周りに複数の黄色のスフィアが浮かび上がる。
「フォトン!」
黄色のスフィアがバチバチと放電がはじまって行く。ヤバい。拙い。魔力変換だ。雷だ。変換を入れたにしては発動時間が速すぎる。変換資質か。
しびれるじゃ済まない気がする。けど、オレに防ぐ手立てはない。あるとしたら発動前に潰す事。発射させない事。しかし、もう遅い。もう発射間際だ。
「ランサー!!」
『ファランクス・シフト』
すごい速さで複数の射撃魔法が飛んできた。
左右のグラディウスで切り払うが、単体ですら追いつかないのに複数それも連射だ。とりあえず追いつかない。
逃げようにもオレに複数の射撃魔法が襲ってきている状況では逃げようがない。オレは飛べないし、何より速すぎる。
両手のグラディウスが追いつかず、一発、左肩に食らった。体勢が崩される。それが始まりだった。歯を食いしばる暇もなく連射された射撃魔法によって袋叩きにされる。
射撃魔法の勢いで壁まで追いやられるが、それから数秒間、射撃魔法は止まなかった。
終わった後、オレは受け身も取れず前のめりに倒れる。倒れる途中、視界にテスタロッサ執務官が茫然としている光景が映る。まさか避けるか防ぐと思ったのか。オレはBランクと先に言ったのに。
どうして、はやての知り合いは無意識にオレに対してトラウマばかりを植え付けていくのか。模擬戦はあくまで模擬なのに。
迫る床を見ながら、オレはそう考えつつ、二度とはやての知り合いとは模擬戦はしない事を心に決めた。