新暦72年6月5日。
クラナガン・陸士110部隊本部隊舎。
はやての誕生日と言うビッグイベントがようやく終わった。
何とか休暇を取り、ミッドチルダへ正式に引っ越した八神家の新居で、ヴォルケンリッター、親友のなのはとテスタロッサ執務官が参加したパーティーに参加してきた。男性の少なさも相まって、とても居心地が悪かった。
ヴォルケンリッターの最後の一人は小さな女の子だった。知っているシャマル医務官とザフィーラに紹介されるまでは、ヴォルケンリッターだとは思わなかった。
一体、なんの冗談だと思ったが、小さな女の子、ヴィータさんの目がかなり怖かったので、それで信じる事ができた。
その後、烈火の将、シグナムさんと初めて言葉を交わした。最初ははやてに関する事だったが、最終的に模擬戦をしないかと言われた。丁寧に断ってきた。テスタロッサ執務官に新たなトラウマを植えつけられたオレは、もうはやての周りとは模擬戦はしないと決めたのだ。
しきりに謝ってくるテスタロッサ執務官と、そんなテスタロッサ執務官にノックダウンしない程度の倒し方がオレと友達になるコツだと、ドヤ顔で語るなのはをスルーして、はやてやヴォルケンリッターとパーティーを楽しんだ。
とても楽しかった。楽しかった分、今日は憂鬱だ。
「カイト先輩。今日って何があるんですか?」
会議室に集められた事に不思議と首を傾げる金髪の後輩、ガイ・バーボンドがオレの左隣に座りながら、そう聞いてくる。年齢は十三歳。人懐っこい笑みが特徴の小柄な少年だ。
今年から入った新人四名はつい最近、ようやく基礎訓練を終了し、正式に分隊に加えられる事になった。第二分隊の四名を二つに分け、その下に新人二名が付いている。
第二分隊はオレと分隊長が残留。第三分隊にはアウル先輩とマッシュ先輩。分隊長には、先月准尉に昇進したアウル先輩が、尉官への昇進試験をパスする事を前提に就いた。
このガイは第二分隊に配属された新人で、ポジションはフロントアタッカー。とはいえ、まだまだ使い物にならない為、フロントアタッカーは暫定的にオレがやっている。
配属されたガイともう一人は魔導師ランクがC-で、魔力量も低い。動きも鈍い。正直、任務に連れていくのは不安で仕方ないが、部隊長が行けると判断してしまった。まぁ、部隊長も不安だから、短期間でドーピングのような効果が得られる、今回の事を企画したんだろうが。
「聞いてなかったか? 教導官が来るんだよ」
「ああ! そう言えば補佐官が言ってました。でも、教導官を招くのに、全員集合してるんですか?」
こいつはイマイチ、教導官の凄さがわかってないらしい。わざわざ陸の部隊に来てくれるのは非常に珍しい。まぁ今回はオレと部隊長のコネだが。
コネだとわからないように、今回はなのは個人への依頼ではなく、教導隊への依頼と言う形にした。そうすると誰が来るかわからないのだが、わざわざなのはしか空いていない時を狙って依頼を出したのだから、なのは以外は来ない。
なのはの教導予定はかなり先まで埋まっていたのだが、丁度、キャンセルが入った為、今日から一週間は空いていた。
空いていたからなのはを呼んだ。そう言うのは簡単だが、教導官は本局、支局を合わせても百名ほどしか居ない。本局や支局に常駐し、それぞれの武装隊に教導をする教導官が居る事を思えば、各地へ派遣される教導官は更に少ない。
しかも今回は陸の部隊だ。航空戦技教導隊の教導官が、空戦適正のない魔導師を教えるのだから、ちょっと笑ってしまう。
それらの理由で、陸士110部隊では盛大な歓迎ムードが出来上がっている。クラナガンの陸士部隊でも教導官が来るのは数年に一度だ。それは歓迎したくもなる。教導を受けるオレとしてはあまり歓迎したくはないが。
「教導官はレアだぞ? 教育隊の教育官とは違う」
「そうなんですか? でもウチの訓練校の校長は教導隊出身だって言ってましたよ?」
「管理局の未来を担う陸士訓練生の育成に力を入れてる証拠だろ。教導官は基本的にはエース級の魔導師だ。この部隊の魔導師全員で戦っても全然勝てないくらいには強い。怒らせるなよ?」
ガイに釘を差す。頼むから怒らせるな。トラウマが刺激される。そして未来あるガイにもトラウマができてしまう。
オレがそんな事を言っていると、オレの右隣に分隊長が座る。
「新人を脅すなよ。副隊長」
「脅してませんよ。事実です。分隊長」
よほど、オレが副隊長になったのが面白いのか、分隊長はニヤニヤとオレを副隊長と呼ぶのを止めない。そろそろ飽きてもいい頃だと思うんだが。
「すみません。遅れました」
分隊長より僅かに遅れて、新生第二分隊、最後の一人、新人のロイル・バニングが来る。ロイルは黒髪の物静かな少年で、寮ではガイのルームメイトでもある。割と行動派のガイとは良いコンビで、訓練でも良いコンビネーションを見せる。ポジションはセンターガード。まだまだフォローが必要だが、センタガードの性質をよく理解している。頭のいい子だ。
「まだ、始まってない。気にすんな」
分隊長が謝罪したロイルにフォローを入れた後、オレに顔を近づけ、小声で質問する。
「教導官は誰だ?」
「知らないですよ」
「嘘つけ。お前が本局で教導隊とコネを作って、数ヶ月で教導官派遣だぞ? 今回はコネを使ったんだろ?」
「部隊長からの命令です。もうちょっと経てばわかりますから、楽しみにしててください」
分隊長はそれである程度予想はついたのか、それ以上、追求はしてこない。大体の人間はオレが関わっている事を察しているだろうから、ここで話しても問題はないだろうが、命令は命令だ。話す訳にはいかない。
まぁ分隊長は勘が良いから、誰が来るかまでも予想がついただろうが。
会議室の前にローファス補佐官と部隊長が姿を現す。会議室が静まり返る。
「知っての通り、今日から一週間。我が隊に教導官をお招きします。これからご紹介しますが、くれぐれも失礼のないように」
ローファス補佐官が敢えて釘を差す。なのはが有名人だからだろう。本人を知らなきゃ、オレもテンションが上がっていたと思う。今は下がる一方だが。
会議室の扉が開き、教導隊の制服を着たなのはが入ってくる。事前に釘を刺されていたにもかかわらず、部隊の人間たちはどよめく。エースオブエースが来たんだ。無理もないが。
右隣に座る分隊長がニヤリと笑う。予想通りだったんだろう。
反対をみれば、ガイが食い入るようになのはを見ている。その隣に居るロイルも表情は普通だが、やはり興奮しているようで、前のめりになってなのはを見ている。
「本日から一週間。前線部隊の教導を担当することになりました。高町なのは二等空尉です。ハードな訓練になると思いますが、どうかついて来てください」
なのはのその言葉に対して、部隊員全員が席から立ち上がり、敬礼と共に返事をする。
「了解!」
周りに合わせつつも、オレはこれから一週間、どうやって乗り切ろうかと考えを巡らせていた。
◆◆◆
新暦72年6月7日。
クラナガン・陸士総合訓練場。
首都であるクラナガンでは、陸士隊の隊舎には小さな訓練スペースしかない。基礎的な体力作りなら問題ないが、模擬戦や大規模な魔法を使うには狭い。
そのため、クラナガンにある全部隊共有の総合訓練場で、オレたち陸士110部隊は訓練を受けていた。
全部隊共有と言っても、屋外にある広い訓練場を使う部隊は居ない。大規模な訓練をしようにも、部隊の戦力を保つために、一個分隊、戦力によっては二個分隊は必ず隊舎にいなければならないからだ。
そう考えると、やはり陸士110部隊は戦力が充実している。第一分隊が隊舎に居れば、必ず残りの二個分隊はオフシフトに入れるのだから。今回はオフシフトではなく教導シフトだが。これほど仕事がしたいと思ったのは初めてだ。
初日は全体練習。昨日は第一分隊のみの教導。今日は第二、第三分隊の合同教導だ。朝から新人たちはテンションが高い。
「カイト先輩! あのエースオブエースの教導が受けれるなんて、俺、感激です!」
「落ち着け。ガイ。冷静さを失うな」
熱くなり始めたガイにオレはそう言いつつ、ロイルの様子を伺う。
「質の高い訓練に、しかもあの高町二尉の教導が受けられるなんて……。僕はこの部隊に入れて良かったです」
「そうか……」
分隊長がロイルの言葉に微妙な顔で答える。
分隊長にアウル先輩、マッシュ先輩は、シミュレーターのテストの時に、三人纏めてなのはの砲撃をくらっている。プロテクションを一瞬で破られた分隊長は一時期、自信喪失していた程だ。
第三分隊を見れば、アウル先輩とマッシュ先輩が微妙な表情を浮かべている。向こうも新人に事実を伝えていないんだろう。
「全員揃ってる?」
そう言いながら、空からなのはが降りてきた。スカートが短いから、アウル先輩とマッシュ先輩が食い入るように見ていたが、腕にある杖を見て、顔を伏せた。トラウマが再発したな。
「第二、第三分隊、両分隊、全員揃っております!」
分隊長がそう告げると、オレたちは敬礼する。切り替えなければならない。これから嫌でも教導を受けなければならないんだ。どれだけ被害を少なくできるかがポイントだ。
オレとしてはアウル先輩かマッシュ先輩に一撃を入れさせる事に全力を尽くしたい。良かったな。なのは。一撃入れられたから、晴れて友達じゃないか。と言えば、笑顔で二人に近づいていくだろう。
甘かった。
オレは良いようにやられた第三分隊の姿を見ながら、そう心で呟く。
息が続かないのか、苦しそうに地面に這いつくばってる。
なのはが課した教導は至って単純。一人五個の誘導弾から逃げる事。
回避の練習だろうが、なのはの誘導弾を初見で避けるのは厳しい。新人がすぐに脱落し、マッシュ先輩もその後に脱落。なのはが良しと言うまで残っていたアウル先輩も、体力が底を付いている。
基礎や基本を大事にしていると聞いていたが、一週間の短い教導ならひたすら模擬戦をやるだろう思っていたのに。
「次、第二分隊」
「はい!」
一定の距離を離れて、第二分隊が配置につく。
「リアナード陸曹は下がっていてください」
「? はい!」
オレは首をかしげてつつも、言われた通り、訓練に参加せずに下がる。
『ごめんね。カイト君は五個じゃ訓練にならないでしょ?』
『なるなる。めっちゃなる』
『カイト君はほかの人たちが休憩中に特別メニューだから』
そう言われて、念話が切れた。オレの顔が徐々に青ざめていく。
訓練から外されたオレを分隊長が羨ましそうに見ていたが、顔色で何かを察したのか、オレから視線を逸らす。
『相棒。いい機会だ。しっかり一撃入れてやったらどうだ?』
「むちゃくちゃ言うな。教導官が教導中に一撃入れられるヘマをするかよ」
『やってみなくちゃわからんだろ? それに先輩らしい所を見せるいい機会じゃないか? 副隊長』
オレはからかい混じりのヴァリアントの言葉をスルーする。なのはの事だ。オレだけ誘導弾二倍とかだろう。違う教導メニューをやらせるなんて事は。
「はい! 終了。五分休憩です。リアナード陸曹はその間、私と模擬戦です」
この女は。
オレだけ模擬戦だと言いやがった。五分間もなのはの相手をするなんて不可能だ。
『勘弁してくれ』
『駄目。私に一撃当てたらそこで終了だから。私も砲撃は使わないし』
『言ったな! 絶対、砲撃使うなよ!!』
オレは言質を取ると、バリアジャケットを着て、グラディウスを構える。
疲れて動けない第二分隊からかなり離れた位置まで来ると、なのはの合図で模擬戦が始まる。
ふっふっふ。砲撃が使えない魔導師高町なのはなど恐るに足りん。
望み通り、一撃を食らわしてやろう。今までの恨みも込めて。
「ミーティア!」
『ギア・ファースト』
オレはミーティアを使い、なのはの懐へ飛び込む。砲撃がないと言う事は、決め手に欠けると言う事だ。なら、接近戦で攻撃を受け止められようと怖くはない。
オレはグラディウスを左右から振りまくって、なのはのプロテクションを破壊しに掛かる。
いくらなのはのプロテクションとは言え、グラディウスの連撃を喰らえば、耐えられまい。
「レイジングハート」
『ディバインシューター』
なのはの周りにアクセルシューターではない魔力弾が生成される。なのはがバックステップをしながら動いているのを見れば、動きながらでも操作できるタイプだろう。
砲撃魔導師の癖に随分と回避が上手い。今までは動かないで要塞のような戦い方だったのに。流石はエースオブエース。色々と引き出しを持っていらっしゃる。
とは言え、ここはオレの間合いで地形の理もある。空なら三次元の軌道で加速魔法の使い手からも逃げられるだろうが、ここは地上。二次元でミーティアを使用したオレから逃げられるか。
「甘い!」
オレはプロテクションで受け止められた右手のグラディウスを手放し、瞬時になのはの後ろへ回り込む。
左手のグラディウスは完璧なタイミングでなのはの胴を横に薙ぎに入った。
もらった。そう思ったオレの目の前から、白が消えた。
馬鹿な。あのタイミングでどこに。
「飛ばないとは言ってないよ?」
上から聞こえた声に背中に嫌な汗が流れる。
同時に複数の誘導弾に囲まれた。動こうにもいつの間にかバインドが掛けられていて動けない。
「卑怯だぞ!?」
そう叫ぶと同時に誘導弾がオレを袋叩きにする。拙い。テスタロッサ執務官に植えつけられたトラウマが。
どうにか終わった後、オレは地面にうつ伏せで倒れこむ。
「卑怯じゃないよ。私は空の魔導師だもん」
「先に言え……」
「砲撃を使わないって事は、それ以外は使うって事だよ。カイト君。甘いよ」
笑顔でオレにそう告げると、なのはは休憩中のメンバーの所へ歩いていく。
おのれ、なのはめ。他の人間を使えないから、オレを倒して、自分の実力を示したな。そんな事ばかりしているから友達ができないんだ。
負け犬の遠吠えのようにそう心で呟くと、オレはフラフラと何とか立ち上がる。
知らず知らずにオレもたくましくなっているらしい。