新暦72年10月8日。
クラナガン・主街区
久々にはやてと休みが合った。これはかなり珍しい。
と言う訳で、はやてが少し前に三佐に昇進したので、そのお祝いも兼ねて、遊びに行く事になったのだが。
「また遅刻か」
『学習しろよ、相棒。遅れてくるもんだと思うべきだぜ?』
「いやいや。おかしいだろ。毎回毎回、二時間の遅刻って。朝弱いのかと疑うわ」
オレは既に十一時を示している時計を見ながら、そう呟く。今日はカフェではなく、自然公園だ。周りの視線は痛くないが、自然溢れる中、一人でいると、何だか虚しくなってくる。
今回は何があったんだろうか。
急な任務。ない。まず連絡が来る。
リインが迷子。ない。リインは本局に行くらしい。
小さな子が迷子。有り得るけど、これも連絡が来る筈。
誰かと遭遇。これが一番ありえそうだが、何故、連絡がないのか。
結局、連絡がないのが一番のネックだ。
一体、何をしてるのやら。そう思っていると、念話が飛んできた。
『カイト君! ちょっと、待ち合わせ場所変更や!』
『いきなりだな。どこにする?』
『オライオン!』
結構必死らしい。何が起こったのやら。まぁ大した事じゃないだろ。
とりあえずここからオライオンは結構離れているから、割と急がなきゃならない。
毎回、毎回、遊びに行く度に何かが起きるのはどうにかならないんだろうか。落ち着きがないにも程がある。
「ヴァリアント。交通状況は?」
『渋滞はない。普通に歩いてけば三十分くらいじゃないか?』
「じゃあのんびり行くか」
クラナガン・オライオン。
三十分ほどして、オライオンに到着し、ドアを開けたらナイフとフォークが数本飛んできた。
こうやって数本飛んでくる時は複数人を追い払う時だ。今回は顔面近くに二本刺さった。流石にヤバイ。動いてたら当たってた。
「何だ。クソガキか。またあいつらかと思ったじゃねぇか。馬鹿野郎!」
また何もしてないのに罵倒された。そろそろ泣くぞ。なんて理不尽な店だ。
店の中には客は二人。一人は濃い目のピンク色のパーカーに黒いスカートを着たはやてで、こちらが居るのは不思議ではない。問題はもう一人。
「テスタロッサ執務官? なぜここに?」
黒いシャツに白いフレアスカートと言う私服姿のテスタロッサ執務官に対して、オレはそう問いかける。
しかし、テスタロッサ執務官はすぐには答えない。まるで長距離走でもしてきたように荒い息を吐いている。隣に座っているはやてをみれば、はやても似たような状況だ。
一体、何があったのだろうか。オレは説明を求めるため、マスターに視線を移す。
マスターは肩を竦めながら答える。
「逃げてきたんだとよ」
「……オーバーSが二人揃って逃げるなんて、よほど恐ろしい相手だったんでしょうね」
「恐ろしいっちゃ恐ろしいわな」
マスターはカウンターの端にある雑誌を取ると、オレに向かって放り投げる。
胸元にしっかりコントロールされていたため、取るのには苦労はしない。流石はいつもナイフやフォークを投げている事はある。
オレはそれの表紙を見て、何となく察しがついた。
「月刊クラナガンの今月号だ。表紙は見ての通り、管理局若手三エース。特集も組まれてる」
「それでファンに追いかけられた、と」
オレの呟きにはやてとテスタロッサ執務官が同時に首を縦に振る。月刊クラナガンは基本的に政経の話がメインの固い雑誌だ。それに美人が三人も載ってれば、嫌でも目を引く。それに、これに載る前から時たま雑誌に載ったりして、三人は有名だ。まぁこれでファン層は広がっただろうが。
マスターが言った、あいつらとはファンの連中だろう。哀れな奴らだ。オライオンまで追いかけてくるなんて。
有名なのも困ったもんだ。
オレはそう思いつつ、はやての隣に座る。
「しかし、そうなると、クラナガンで出歩くのは厳しいか?」
「変装くらいして来いよ。嬢ちゃんたち」
マスターの言葉にはやてがコップの水を飲み干した後に答える。
「こないな事になる思ってなかったんです……」
オレはマスターが差し出したピッチャーを受け取り、はやてのコップに水を注ぐ。奥から、空のコップが差し出される。テスタロッサ執務官のコップだ。
どれほど追い回されたのやら。オレはコップに水を注ぎつつ、そんな事を考える。おそらくオレの待ち時間的に二時間は追い回されただろう。
笑えばキツイお説教を食らうので、笑わないが、そこまで追いかけっこが続くと、ギャグとしか思えない。
「ウィンドウショッピングの予定が……」
何とか喋れるようになったテスタロッサ執務官がそう言う。貴重な休みをファンに台無しにされたか。人にトラウマを植え付けてるから天罰が当たったんだな。
「カイト……今、不謹慎な事考えたでしょ?」
「いいえ。有名なのは有名なりに問題があるんだなぁと思っただけです」
オレは肩を竦めて誤魔化す。釈然としないテスタロッサ執務官を放っておいて、オレは再度、空になったはやてのコップに水を注ぐ。
「広報に文句言ったる……おかしいと思ったんや、月刊クラナガンの取材なのにやたら写真を撮られたし、質問の内容もちょっとズレとったし……絶対、広報が内容を考えたんや……」
はやての呟きを聞いて、オレは手の中にある月刊クラナガンを見る。三人がそれぞれの制服姿で並んでる。特集のタイトルは管理局のエースに迫る。安易だが、ちょっと気になったので開く。
一番、最初のページはなのはだから飛ばそう。いや、敢えて水でもこぼしておくべきか。教導で一週間、ボコボコにされた恨みを晴らさねば。
ダメだ。それをすれば、残りも読めなくなるから、それは後でだ。
なのはのページが数ページあり、次はテスタロッサ執務官。一ページがまるごと制服姿のテスタロッサ執務官の全身写真になってる。
本局所属の敏腕執務官。魔導師としても優秀だが、もっとも評価すべきはその真摯な態度。犯罪者でも更生のチャンスがあるよう取り計らい、公正な裁判になるよういつも心がけている心優しき執務官。
写真の横にあるコメント欄にはそう書かれており、オレは隣のページのQ&Aを見る。
好きな食べ物や趣味について聞かれており、それに対して無難な回答をしている。
しかし、オレは最後の質問に目を見開く。
スリーサイズについて質問してる。最後の質問だけはっちゃけてる。これまで無難だったのは伏線か。
オレはゆっくり答えを見る。
Qスリーサイズは?
A秘密です。
やっぱりね。期待はしてなかったよ。期待は。
そう思いつつ、オレはすぐさま次のページを開く。今度はテスタロッサ執務官の魔導師としての一面を載せている。そんなモノには興味はない。
もう一ページ開くと、はやての写真が載っていた。
コメント欄も写真もスルーして、最後の質問を見る。三人とも秘密ですは有り得ない。誰かが犠牲になっている筈。
Qお付き合いしている男性は?
A良い人が居ないので……。
ちくしょう。何だかダメージのデカイ質問と答えだった。
期待した分、ショックもデカイ。しょうがない。なのはのを見てみるか。
オレは数ページ戻って、なのはの写真があるページに行く。
最後の質問は。
Q今、一番欲しいモノは?
A友達です。
おいおい。これはクラナガンで一番売れてる雑誌の一つだぞ。それで私、友達居ません宣言は拙いだろ。他の二人は割と踏み込んだ質問だったけど、これは違う方向に踏み込んじゃってるよ。質問した人もビックリだよ。
オレは次のページを開く。砲撃の特集だった。
正確には魔導師としてのなのはの特集だが、全部、砲撃中の写真か、砲撃によって破壊された物の写真だ。これはなのはの友達は減る事はあっても増える事は無いな。
「なんや。恥ずかしいからあんま読まんといてぇな」
「いや、はやてとテスタロッサ執務官のはサラッと読んだだけにしといた……」
「ああ。なのはちゃんなぁ……止めるべきやったかな?」
「まぁ……もう時すでに遅しだけどね」
オレはそう言いつつ、これからどうしようか考える。はやての昇進祝いに何かを買ってあげようと思ったが、それはちょっと難しくなった。はやてはオレの何倍も給料を貰っているけれど、そこは気にしない。
「どうして変装して来なかったの?」
「私たちを何やと思うとるん? アイドルちゃうで?」
「似たようなもんでしょ。はやてたちは時空管理局の有名人だし。知名度の高さじゃ管理世界でもトップクラスでしょ」
「なんや……。喜んでええのか、悪いのかわからん言い方やな」
頬を膨らますはやてから視線を逸らす。このままだと、ちょっと面白くない展開になりかねない。
オレはどうするべきかと視線を彷徨わせ、はやての隣に居るテスタロッサ執務官が何やら考え込んでいる為、好都合と思い、声を掛ける。
「テスタロッサ執務官、どうかしました?」
「……ねぇ、はやて」
「どないしたん?」
「どうやって、カイトに負けたの?」
はやてが苦笑いを浮かべながら小首を傾げる。何を言ってるのか理解出来なかったらしい。
そんなはやての腕を両手で包んで、テスタロッサ執務官ははやてに必死に訴える。
「教えて! どうやったらカイトに一撃を貰う事ができるの!?」
「クソガキ。何だか知らんが、お前も苦労してるって事はわかった」
「察してくれて何よりです……」
マスターがなにやら料理を作りながら、オレにそう声を掛けてきた。いつもはオレを貶してくる人だが、今日はとても良い人に見える。
はやてが助けを求めるようにこちらに目を向けるが、オレにはどうする事も出来ない。
首を横に振ると、ジト目ではやてはオレを見る。すぐにそれは困惑したモノに変わり、テスタロッサ執務官に向けられる。
「フェイトちゃん。どう言うことなん? 説明してくれへん?」
「えっと……はやてはカイトに一撃もらったから名前で呼ばれてるんじゃないの?」
「一撃入れた相手しか名前呼ばないん? 奇特なルールやな……?」
「そんなルールは持ってない……」
ちょっと引き気味なはやてにそう言った後、オレは気づいてしまった。これからどう誤魔化すべきか。
ここで違うと言って、なのはに伝わるのは拙い。こんな事なら、テスタロッサ執務官と模擬戦をした理由をはやてに伝えておけばよかった。
「えっ……? でも、なのははカイトは友達になる為に模擬戦をして、名前を呼ぶのに一撃を入れるって言ってたよ……?」
「ああ……誕生日の時の発言はそう言うことやったんね……。なのはちゃんが新しい趣味に目覚めたかと思ってたわ……」
オレと友達になるにはノックダウンしない程度で倒すのがコツって言う発言か。確かに危ない発言だが、そう思ってたって事はオレも変な人だと思われてたって事か。
最悪だ。
「はやて……ちょっと、聞きたい事があるんだが……?」
「い、今は誤解を解く事が先決やろ……!?」
はやてにテスタロッサ執務官に聞こえない程度の声でそう言うと、同じくらいの声ではやてはそう返す。
「誤解を解くのは賛成だけど、なのはの誤解を解くのは拙い。口止めとか信用できないから、なのはの誤解を解かずにテスタロッサ執務官の誤解をどうにかしてくれ」
「無茶や! なんやねん!? 人を便利屋みたいに!」
「親友だろ! このままだと、一生、模擬戦、模擬戦って付きまとわれる!」
はやては上手い案が考えつかないのか、表情をコロコロと変える。しかし、それが拙かった。案がまだ決まっていないのに、テスタロッサ執務官が待ちきれずに声をはやてに掛けてしまう。
「ねぇ。はやて? もしかして、私、勘違いしてる?」
ええ。とても。
そう言えたら、どれだけ楽か。
「実はそうやねん」
おい。待て。まさか真実を話して、なのはをオレに押し付ける気か。
オレははやての意図が分からなかったが、いざとなったら、妨害の為にこの月刊クラナガンを音読してやろうと心に決める。
「やっぱり……。ちょっと変だと思ったんだ……」
「そうやねん。カイト君は別に模擬戦で友達になるルールを持ってる訳ちゃうねん」
オレはゆっくり膝の上で月刊クラナガンのはやてのページを開く。せめてはやても道連れにしなければ。最後の質問ではインパクトに欠ける。どこかにはやてがダメージを受けそうなモノは。
「フェイトちゃん。カイト君は自分が負けた相手を対等に見るのは駄目だと師匠から教わっとってな。でも、それじゃあみんなと対等になれへんから、妥協案として、その人が一番得意な事で一矢報いれたら、その人と友達になって、名前で呼ぼうと決めた訳や。だからなのはちゃんは模擬戦やった。でも、フェイトちゃんが一番、得意な事はちゃうやろ? だから模擬戦にこだわる必要はないねん」
流石は佐官。かなり無理があるし、オレが面倒な人間に聞こえるが、即興の割にはいい出来だ。月刊クラナガンは閉じさせてもらおう。
はやてがドヤ顔をオレに向けてくる。オレはそれに親指を立てて答える。
これで模擬戦に誘われる心配はなくなった。模擬戦以外の勝負事なら幾らでも受けて立とう。結局、勝負する事になるが、模擬戦でトラウマが増えるよりマシだ。
「私、子供と遊んだりするのは自信あるよ!」
流石は天然。特殊な思考回路をしていらっしゃる。はやてもマスターも黙ってしまった。これは子守勝負をする羽目になるのか。別にいいが、それは子供次第で勝敗が変わるモノだが。いや、テスタロッサ執務官は別に負けてもいいのか。それを言うならオレも負けても構わないんだが。
あれこれ考えていると、テスタロッサ執務官がいきなり立ち上がる。唐突な人だ。
「私、負けないよ!」
テスタロッサ執務官はそう言うと、マスターに頭を下げて、店から出ようとする。
「ふぇ、フェイトちゃん……どこ行くん……?」
「保護してる子に会いに行ってくるよ! 私、ウィンドウショッピングしてる暇なんかないって気づいた!」
さようか。
思わず、心の中でそう呟いてしまった。
「そうなん……? 気をつけてな……」
「うん。ありがとう、はやて。またね!」
テスタロッサ執務官はそう言うと、一気に走り去ってしまう。
「ツッコミ所満載だな。まず負けたかったんじゃないのか?」
「それより、休日を子供の為に使うって……自分の休日はいつ取るつもりなんやろか……」
「いや、まずもって、子供と遊ぶ事に自信あるってなんだよ……」
三人で三者三様のツッコミを入れた後、オライオンに何とも言えない沈黙が流れた。
もうはやての知り合いと関わる事がトラウマになりそうだ。