新暦73年3月11日。
クラナガン・地上本部・大会議場。
胃が痛い。とてつもなく痛い。
緊張しすぎて死にそうだ。
大会議場にはクラナガンの陸士部隊や首都防衛隊の部隊長、補佐官、各部隊の隊長格が揃っている。
せめてもの救いはレジアス中将が居ない事だが、その代わりにオレの嫌いな人間がこの場を纏めている。
グライアン・コファード一佐。
役職はクラナガン凶悪犯罪対策課課長。。
彼がここに居る理由は簡単だ。彼がこのメンバーを招集したからだ。
コファード一佐は最近では、肩書きがもう一つ増えている。
ガジェット・ドローン対策本部本部長。それが最近加わった肩書きで、この会議もそれに関わっている。
ここ最近、あちこちで見かけられるようになったガジェット・ドローン。その対策を練る為にたち上げられたのがガジェット・ドローン対策本部だ。そして、オレがここに居る理由は、オレが直接の戦闘経験があり、撃破をしているからだ。
そのため、ここに居る人間たちの前に出て、ガジェット・ドローンの説明もしつつ、自分が行った対策を話さなければならない。胃が痛い。こういうのは分隊長の仕事の筈なのに。
会議はすでに始まっており、巨大なモニターの横。関係者席にオレは座っている。オレ以外は全員佐官だ。胃がもたない。
そう思っていると、進行を担当している男性からお呼びがかかる。
「では、このガジェットドローンの説明は、実際に対峙し、撃破もしている陸士110部隊のリアナード陸曹に行ってもらいます。リアナード陸曹」
「はっ!」
オレは立ち上がり、敬礼すると、席を離れる。近くの人にマイクを受け取り、モニターにガジェットドローンが映ったのを見て、説明を始める。
「陸士110部隊のカイト・リアナード陸曹であります。この機動兵器。通称・ガジェットドローンは、自立型、または半自立型の質量兵器であり、その行動目的は不明です。しかし、ロストロギア、通称レリックの情報がある所に現れており、レリックとの関係性は強いモノと思われます」
オレはそこで一息入れて、モニターの映像が切り替わるのを待つ。
モニターにガジェットドローンがAMFを発動しているシーンが映し出される。
「このガジェットドローン。最大の特徴はAAAランクの高位防御魔法・AMFを全ての機体が装備している事です。攻撃、防御、移動、全ての魔法の結合が妨害され、正常に発動する事ができなくなります。その効果範囲内で無理矢理発動させると、多くの魔力を消費する事になり、魔力の少ない者は戦闘の継続が困難になってしまいます。攻撃方法は熱線とアームによる打撃で、どちらもバリアジャケットがなければ、致命的な威力を秘めています」
モニターには、十機のガジェットドローンに追い詰められているオレの姿が映っている。あまり気持ちの良いものじゃない。さっさと次に行くとしよう。
「対策としては、魔力によって物体を加速させるか、魔力を魔力以外のエネルギーに変換させる事です」
モニターになのはとテスタロッサ執務官が映る。
テスタロッサ執務官は電気で、なのはは石を加速させて、ガジェットドローンを破壊している。
会場にいる人間たちの反応は芳しくない。当たり前か。本局のエースが使用する方法では参考にはなりはしない。
モニターの映像が切り替わる。
マッシュ先輩とアウル先輩だ。
「その他には、アームドデバイスでの打撃や殴打等の物理的攻撃手段。または、AMF範囲外から行う、射撃魔法の同一射線上連射、または多重弾殻射撃により、AMFをすり抜ける方法があります」
これも反応が芳しくない。アームドデバイスを使用する魔導師は少ないし、多数を占める典型的な杖を持つミッド式の魔導師は、射撃魔法の連射や多重弾殻射撃はできない。
そうは言っても、事実、対策がこれくらいしかない。後は。
「リアナード陸曹。君はどうやって撃破した? 君の資料を見る限り、君が口にした手段が使えるとは思えないが」
最前列に居た三佐がオレに質問する。オレは小さく頷き、モニターが切り替わると同時に話し始める。
「自分は魔力の消費を度外時し、高威力の魔力斬撃でガジェットドローンを破壊しました。ただ、AMF内で発動したのは数機に囲まれ、完全にAMFから逃れられない状況だった一回だけで、それ以外は、AMF外で発動し、すれ違い様に破壊しました」
オレがガラティーンを発動させて、ガジェットドローンを破壊している様子がモニターに映し出される。一応、これでオレの仕事は終わりだが。
これで以上ですと言おうとした時、何かを叩く大きな音が響く。
視線を向ければ、コファード一佐が机に拳を乗っけている。思いっきり叩いたんだろう。
「リアナード陸曹。理解しているかね? 地上の魔導師のレベルを」
「存じています」
「なら、君たち陸士110部隊が特殊だと言う事はわかるだろう! 君たちのレベルで話されては困るのだよ」
言っている事はわかる。
説明した対策が一切、役に立たないのだから怒るのもわかる。けれど。
「お言葉ですが、自分たちも苦戦しました。そういうレベルの敵なんです」
敵は地上の魔導師の平均を大きく上回っている。それを認識させる為に、オレはここに居る。わかってもらわなければ困る。
「我々では対応しきれないと? 対応する為に会議をしているんだ! 無理だと言うだけなら子供でもできる! 君の陸曹の階級は飾りか!!」
「地上の戦力は把握しています。それを踏まえて、事実は事実として受け止めるべきです。対AMFの戦闘法や魔法を覚えるには時間がかかります。今、この時、地上に市民を守る力が無いならば、本局に応援を要請するべきです」
「言葉に気をつけたまえ。下士官の発言ではないぞ」
コファード一佐ではなく、他の佐官から注意を受ける。オレはすぐに敬礼して謝罪する。
「一佐。陸曹に言っても仕方のない事です。考えるのは我々の仕事。それに陸曹は自分の体験を言葉にしたに過ぎません。それは陸曹が感じた事実です」
コファード一佐の副官らしき人がそう言う。
それにコファード一佐は納得したのか、押し黙る。
副官から目線で座るように促され、オレは敬礼して着席する。
正直、危なかった。ちょっと言い過ぎた。あのままだったら、左遷されてもおかしくない。
オレは大きく息を吐いて、自分の行いを反省した。
◆◆◆
陸士110部隊本部隊舎・部隊長室。
「お前は馬鹿か」
分隊長の言葉にオレは肩を落とす。
「すみません……」
「一佐への反論でも拙いのに、本局に応援要請を提案するなんて、辺境の無人世界に飛ばされるぞ?」
「まぁ、本部には本局アレルギーの人が多いからね」
部隊長はそう言うと、以後気を付けるようにと、釘を指す。
オレはそれに敬礼で答えると、全身から力を抜く。ここに呼ばれた時は、左遷の辞令でも来たかと思っていたから、ひとまず安心だ。
「コファード一佐がいきなり怒り出すから、つい、反論してしまいました……」
「お前はコファード一佐嫌いだしな。まぁ今回は初めてのことばかりだったし、仕方ないか」
分隊長が呆れた様子でそう言う。
コファード一佐はあまり良い噂を聞かない。そして、オレが未だに陸士候補生だった頃に、とんでもない発言をしている。
「嫌うのは、四年くらい前の事件が原因かな?」
部隊長の言葉にオレは頷く。
四年前、首都航空隊に所属する航空魔導師が逃走していた違法魔導師追跡任務中に交戦し、殉死した事件が発生した。
その後、別の部隊によって、犯人は逮捕されたが、殉死したその魔導師に向かって上司が、犯人を捕縛できなかった無能と言ったことが大きく話題になった。
その上司がコファード一佐だ。
当時、陸士訓練校では退学する人間が出るほど影響があった事件で、それ以来、オレはコファード一佐に良い感情を抱いていない。
「はい。とても良心がある人間の言葉とは思えませんでした」
「確かにな。あれはかなりキツイ言葉だった。俺たちも色々考えさせられた」
オレと分隊長の言葉に部隊長がため息を吐く。
それはとても重たいモノだったが、問いかける前に部隊長が言葉を放つ。
「君たちなら構わないか……。よく聞くんだ。コファードは強硬派だし、あまり柔軟ではない。けれど、部下を大事にする男だよ」
オレと分隊長が顔を見合わせる。それはとても繋がらない言葉だ。
コファード一佐は殉死した部下を侮辱した人間だ。部下を大事にする人間なら、そんなことは言わない筈だ。
「当時、逃走していた魔導師のランクはAA。追っていたランスター一等空尉はA+。しかもランスター一尉は射撃型で一対一は不利だった。そもそも、スクランブルの際には、最低二人で出ることが義務付けられているが、ランスター一尉は休暇中の部下に気を使い、自分ひとりで犯人逮捕に向かった。それが悲劇を生んだ。市民に気を取られた瞬間に、ランスター一尉はやられてしまった。当時、本部はこの事件に対して、慎重でね。英雄と祭り上げるのは簡単だが、スクランブルの際の決まり事を守らなかった一尉を英雄と祭り上げれば、それに他の人間が憧れることを危惧していた。師匠に憧れていた君のような人間が出る事は目に見えていた」
言われたオレは視線を逸らす。確かに、任務中に市民を守って殉職と言うのはまるで英雄のような行為だ。そして、それに憧れる人間は出てくるだろう。オレが師匠に憧れて、一人で戦っていたように。
「一人で行動することは別に英雄でもなんでもない。ただの無謀だ。それに、君たち魔導師は貴重だ。それがA+ランクとなれば尚更でね。君たちがこれから守るはずだった人間たちが守れなくなると言う事を考えれば、君たちがしなければいけない事はなんとしても生きて帰ってくる事だ」
陸士訓練校で口を酸っぱくして教えられる事だ。市民の命と秤に掛ける事は出来ないが、自分たちの命も大切なモノなのだと。生き残る事が、誰かを救う事にもなると教えられた。
「それらを考慮して、本部はランスター一尉に対して、淡白な対応を取る事に決めた。だが、上司だったコファードは、自分に対応を委ねるように要求して、そしてあの発言をした。言葉が辛辣だったのは感情の裏返しだ。部下を守れなかった自分への怒り、賞賛する事もできない怒り、それらを全て封じて、コファードはランスター一尉のような事が起きないようにするために、ことさら厳しく対応した。それは全ての局員への戒めで、彼なりのケジメだった。誹謗中傷されても、コファードは反論しない。自分の部下の事は全て、自分がケジメをつける。それが彼の生き方だ」
部隊長は大きく息を吐くと、机の上にあるお茶を飲む。
分隊長が驚いているのを見ると、多くの局員が知らない事実なのだろう。それをオレと分隊長に言った理由は。
「君たちも肝に銘じておきなさい。一人で行動してはいけない。特にリアナード君は一度、前例があるから要注意だ」
「は、はい!」
はやての襲撃事件の時に分隊から離れた事だろう。あれもはやてが居る事が前提だったとは言え、単独行動だ。
地上本部が例え、どれだけ高ランクの魔導師にも相棒をつける。それは、一人では局員の生存率を上げる為だと教わった。教わってはいたが。こうして実際の話を聞くと、重みが違う。
「僕に無能だなんて言わせないで欲しいね。君たちなら心配ないだろうけど」
それはつまり、オレたちが殉職した際は、無能と言うのだろうか。いや、命令に違反したりしない限り、それは言わないだろう。ただ、命令違反や、咎められる部分があれば、その可能性はある。
「ご心配なく。俺がカイトを抑えますし、新人たちはカイトが抑えます」
「信頼されてるんですか? 信頼されてないんですか?」
「新人は任せるって言ってんだ。前よりは信頼してるさ」
分隊長を軽くにらみつつ、オレは小さく息を吐く。
前よりは信頼されてる。その実感はあるけれど、いつまで経っても、この人は手の掛かる後輩扱いをやめてはくれない。それなりに強くなったつもりだが、まだまだなんだろう。
「さて、それじゃあ。お話はここまでだよ。新人たちに訓練をつける時間じゃないかい? あんまり話していると、ローファス君に怒られるしね」
確かに。そろそろお暇しないと、ローファス補佐官に捕まってしまう。
オレと分隊長は慌てて敬礼すると、部隊長室から退室した。