新暦73年5月3日。
クラナガン・本局・教導隊本部・訓練室
教導隊の訓練室は全てシミュレーター装備の為、毎回、来るたびに対戦相手には困らない。バリアジャケットを装備した状態で、オレはそう思っていた。
対ガジェットドローン用の新装備の開発は今日で一通り終わった。師匠が設計図に書いた装備の数々は、実際に教導隊の技術部により制作され、オレをテスターとしてデータ収集が行われた。
今日はテスターのお礼としてプレゼントされたアームドデバイスのお試しだ。
プレゼントは最もオレとの相性がよかったアームドデバイスを完全チューンアップしたモノで、オレに渡す事で実践テストも兼ねているらしい。
とはいえ、実践テストはプレゼントする為の建前だろう。オレにプレゼントされたモノは癖が強く、操作性に難がある。わざわざ、それを実践テストする意味はない。他にいくつも汎用性や操作性に優れたモノはあるのだから。
『カイト。準備はいいか?』
アーガスさんがモニター越しに聞いてくる。それに頷くと、目の前に三体のガジェットドローンが出現する。
撃破されたガジェットドローンや戦闘データを元に、完全再現されたガジェットドローンだ。AMFはデバイスに介入する事で再現されるが、その再現率もかなり本物に近い。
『行くぞ? テスト開始!』
目の前でプカプカと浮かんでいたガジェットドローンが動き出す。
いつもならグラディウスを抜くところだが、今日の目的は新装備の使い心地を試す事なので、オレはガジェットドローンから距離を取る。
「ヴァリアント」
『どうした?』
「新しいのを試す」
その言葉でヴァリアントはオレの狙いを察した。
ミーティアは移動と動作の両方を加速する魔法だが、そのため使用魔力はムダを省いた今でも多い。
どうにかできないかと考えている時、テスタロッサ執務官の魔法のバリエーションを知る機会があった。彼女は移動の加速と動作の加速を別々の魔法で行なっていた。同時発動も可能なようで、移動加速魔法で相手の死角に回り込み、動作加速魔法で腕や足の動作を加速する戦法をテスタロッサ執務官は得意としている。
魔法を分離させると、選択が増えてしまう為、判断力が必要になり、僅かなタイムロスが発生する。とは言え、ミーティアの加速に追いつける人間などオレが知る限りではテスタロッサ執務官とアーガスさんしか居ない。多少のタイムロスには目を瞑り、魔力の消費を抑えるべきだと判断し、オレはミーティアから動作加速を分離させた。
『ミーティア・アクション』
ヴァリアントの自動詠唱でミーティア・アクションが発動する。これで、ミーティア発動中と同じレベルで手や足の動きが加速される。瞬時に相手の死角には回れないが、ガジェットドローンが相手ならば、こちらの方がちょうどいい。
「それにこいつとの相性は抜群だしな」
両手を左右へ向ける。
中距離の攻撃手段の無いオレの弱点を埋める新装備。オレはアームドデバイスの名前を叫ぶ。
「シュヴァンツ!」
手首につけている白いリングが光り、手首の下の部分から細長い白い鎖が飛び出る。鎖の長さは十メートルほど。
対AMF用アームドデバイス・シュヴァンツ。AMF圏外からの攻撃を想定しており、操作性に難があるものの、威力はテストとした新装備の中では一番高い。
最大の特徴は多重弾殻にヒントを得た多重構造で、外面と内面にそれぞれ魔力が流れる回路を持っている。例え、AMFが外面の魔力の結合を妨害しても、内面に走っている回路の結合は邪魔されない為、AMF下でも操作と鎖の強化が可能だ。
欠点としては、二つの回路に魔力を送る為、魔力の消費がやや多い事と、二つも回路に魔力を行き渡させる精密な魔力操作が必要な事だ。
魔力の消費が多いと言っても、攻撃時だけなので、総合的に見ればそこまで多い訳じゃない。精密な魔力操作については、オレだけでは不可能だが、二つの内、一つをヴァリアントに任せる事で容易にしている。
常にオレのミーティアやガラティーンの補助をしてきたヴァリアントだからできる芸当で、これが出来たのは教導隊でもなのはとレイジングハートのゴールデンコンビだけだ。
オレはミーティア・アクションで加速された両手をガジェットドローンに振る。
腕に僅かに遅れて、シュヴァンツが唸りながら1体のガジェットドローンを挟み込むように迫る。
AMFが発動するが、外面の結合が妨害されている間にシュヴァンツはガジェットドローンを高速で切り裂く。
まず一体。
残りの二体の倒す方法はすでに考えている。
「ヴァリアント! 駆け抜けるぞ!」
『試すか? 壁にぶつかるなよ?』
距離を稼ぐ為に訓練室の壁ギリギリまで下がる。
師匠の設計図に書かれていた魔法。おそらくシュヴァンツがオレに一番フィットするのが分かっていたのだろう。
狙うは二体のガジェットドローンの間。
「ミーティア・ムーヴ」
『ギア・セカンド』
移動加速のミーティア・ムーヴ。動作加速が無くなっただけで、使い方は基本的にミーティアと変わりはしない。ギア・セカンドは移動距離と加速持続時間のリミッターが緩和されており、速度のリミッターも幾分か和らいでいる。
これから使う魔法にはギア・セカンドが必須な為、そろそろギア・セカンドにもなれなければいけない。
「さて、行くか」
『テール・オブ・コメット』
ギア・セカンドの加速により、オレは瞬時にAMFの範囲に入ってしまうが、大きな影響が出る前にガジェットドローンの横を通り抜ける。ガジェットドローンの注意がオレへと向く。それが命取りだが。
オレに遅れてきたシュヴァンツが二体のガジェットドローンを容易に切り裂く。
テール・オブ・コメット。シュヴァンツとミーティアの加速があって初めて成立する魔法で、シュヴァンツによる時間差攻撃が決めてだが、両手にグラディウスを持って、オレへの注意を更に高めれば、ガジェット・ドローン以外にも使えるだろう。
反対側の壁にぶつかりそうになりながら、オレはそう考えつつ、アーガスさんに通信で良好です。と伝えた。
◆◆◆
新暦73年5月23日。
クラナガン・陸士110部隊本部隊舎。
教導隊の技術部からプレゼントされた新装備・シュヴァンツを使いはじめてから、ようやく先輩たちとの模擬戦での勝率が五分五分になり始めた。
中距離での攻撃手段が増えた事でかなり戦術の幅を広げたのが一つの要因だ。それと、今まで気付かなかったが、中距離の攻撃手段があるだけで、相手にプレッシャを与えられ、動きを制限できるらしい。
ならば遠距離攻撃手段も一つ持っておくべきかと考えていると、いきなりローファス補佐官に部隊長室に呼ばれた。
要件は一体、なんだろうか。後輩たちの面倒もしっかり見ているし、教導隊の技術部から頼まれているレポートもしっかり出している筈だが。
最近、注意されるような事をしただろうか。マッシュ先輩とアウル先輩も後輩たちの手前、前ほどはっちゃけないし、後輩たちも最近では分隊の連携も覚えて、通常任務なら問題はなくなってきている。
個人でも部隊でも、問題らしい問題はない。そうなると呼ばれる理由は限られてくる。厄介事か良い話かだ。
厄介事は他の部隊が関連しているだろう。良い話があるとすれば昇進だろう。そろそろ昇進の話が来てもおかしくない。そもそも分隊の副隊長が陸曹では締まらない。やはり曹長くらいでなくては。
顔が思わずニヤける。拙い拙い。まだ昇進とは決まっていない。けど、昇進すれば給料アップの待遇アップだ。
来月から給料がアップするのは嬉しい。はやてへのプレゼントを買ってしまった為、今、懐がかなり厳しい。
「失礼します。カイト・リアナード陸曹。入ります」
部隊長室に入ると、ローファス補佐官しか居なかった。珍しい事もあるものだ。部隊長は離れたくても仕事が終わらないから部隊長室から離れられないのに。
そんな事を考えていると、いきなりローファス補佐官が紙を両手で持つ。
「部隊長が不在な為、私が通達します」
通達というからには、上からだろう。
やはり昇進か。わざわざ、紙を送ってきたと言う事は期待できる。地上本部もたまに粋な事をする。
オレは直立不動で構える。
流石に失礼だから、どんだけ嬉しくてもガッツポーズは控えよう。
前回の会議でのガジェット・ドローンについての報告、説明が評価されたか。それともこれまでの総合評価だろうか。
「カイト・リアナード陸曹へ通達。今日より、ミッド南方を管轄とする陸士399部隊へ出向せよ。以上です」
ローファス補佐官の冷たい表情を見ながらオレは固まった。
昇進じゃないだと。
いや、それだけじゃない。出向だ。しかもミッド南方。かなり遠い。そして今日から。
理由は一体何なんだ。こんな急な出向の話は聞いた事がない。
「了解しました。ただ、理由を聞かせてください」
「向こうで話してくれます。早く出発してください」
いやいや。それじゃあ納得できませんよ。
なんかキナ臭いな。ここで粘らないと拙い気がする。
「ちょっと、待ってく」
「待ちません」
「……枕が変わると」
「寝れないなら徹夜をしてください」
「ルームメイトが変わると」
「フェルニア君で大丈夫なら誰でも大丈夫です」
ダメだ。全く話を聞いてくれない。こう言う時、部隊長なら楽なのに。
どうするべきか。
『なぁ相棒。陸士399部隊って、八神三佐が居るところじゃないか?』
そう言えば、先月、異動になったと言っていた。確かに、陸士399部隊が異動先だった。
ということは、はやてがオレを呼んだんだろうか。それならそれで連絡があるはずだが。
ローファス補佐官に目を向けるが、軽く首を横に振られる。
「向こうで説明があります」
「言えないと……。了解です。すぐに出発します」
オレはそう言って敬礼すると、部隊長室から出て、寮の自分の部屋へ向かい、出向の準備を始める。
肩に下げるタイプのバッグに必要なものだけ入れる。必要なら服とかは送ってもらえばいい。一体、いつまでの出向かも分からないわけだし。
しかし、はやてもオレに連絡無しとは、なかなか厄介な事かもしれない。ちょっと気合を入れ直さないとだな。
バッグを肩に背負い、忘れないように机の上にある財布を手に取った時。オレは気づいてしまった。
ミッド南方までの移動費は経費で落ちるんだろうか。今月ピンチなのに。