新暦73年5月24日
ミッド南方・陸士399部隊管轄区域。
深夜。
長距離バスを使って、ようやくたどり着いたのに、誰も迎えに来てくれないのはどう言う事だろうか。日付を跨いだのが拙かったか。いや、これ以上、早くは着けなかった。一番早くて、一番高いルートを使ったんだ。おかげでオレの懐は目も当てられない状態に。
しかし、どうするべきか。399部隊は一つの街をまるまる管轄区域としている。隊舎の場所も分からないし、ここら辺に何があるかも全然わからない。はやてにも連絡つかないし、ここで待機だろうか。
『相棒。ちょっとおかしいぜ。八神三佐だけじゃない。陸士399部隊にも連絡が取れない』
部隊に連絡が取れないと言う事は、部隊に誰も居ないか、外部からの連絡に答えられる状況じゃないかのどちらかだ。
夜勤の人間が居ないなんて有り得ない。つまり、非常事態の可能性が高い。とは言え、出向を許可してもらわなければ、部隊の行動に参加できないし、現状を教えて貰わなければ動きも取れない。
どうにかはやてと連絡を取らないと。
そう思っていると、ちょうどいいタイミングで通信が来た。
相手はリインフォースだ。
「こちらリアナード陸曹」
『陸曹! リインですぅ!』
「状況は?」
『街全体に厳重警戒体勢が敷かれています。隊舎の位置を送るので、すぐに来てください!!』
オレは頷くとモニターを閉じる。
ヴァリアントがすぐに送られてきた地図を表示する。
「立ち入り禁止区域が多すぎるぞ!? 一体、何が起こってるんだ!?」
地図は立ち入り禁止を示す赤であちこちが塗りつぶされていた。合わせれば街の五分の一くらいは立ち入り禁止なんじゃないだろうか。
『それだけ非常事態で異常事態なんだろうさ。とりあえず回り道をして中央の隊舎まで行くしかないだろうよ』
「それしかないか……」
今、なにが起こっているのか分からない以上、隊舎に行って情報を得る事が最優先だ。ここでいちいち驚いたり、考えたりしている暇はない。
気合を入れてきたつもりだが、それだけじゃちょっと足りないようだ。はやての襲撃事件並みに気合を入れないと、拙いかもしれない。
◆◆◆
街一つを管轄するだけあって、399部隊の隊舎は110部隊より大きい。
当然、部隊が保有する魔導師も多いだろうに。何故、あそこまで立ち入り禁止区域が増えたのか。
とりあえず、説明を受けなければ。
隊舎内に入ろうとした時、隊舎の屋上にヘリが着陸した。399部隊のヘリだろうか。こんな深夜に本当に何があったのか。
「リアナード陸曹!」
舌足らずな声がオレを呼ぶ。
目を向ければ、リインフォースがこちらに飛んできている。随分、急いでいる。
「待ってたですよ!!」
「お前とはやてで手詰まりなら、オレには何もできないぞ?」
「いきなり酷いです~! 頼れるのはリアナード陸曹だけなんですよ!!」
「分かった分かった。とりあえず状況を説明してくれ」
とりあえず隊舎の中に入りながら、リインフォースに説明を促す。
時間が無いからわざわざリインフォースがここまで来たんだろう。それをわかってか、ヴァリアントもリインフォースをからかったりしない。
「この街の地下には複数の通路があるですよ。現在、二十四時間体勢で、通路に繋がる場所を封鎖中ですぅ」
「そこが立ち入り禁止区域か。理由は?」
「この街の近くに随分前に管理局の部隊に潰された違法研究施設があるです。その地下がその通路とつながっていたようで、地下で行われていた違法研究の産物が街に侵入してきているようなんです」
「違法研究の産物? 一体なんだ?」
違法研究施設の地下を放置とは、杜撰な事をする。どこの部隊がやったか知らないが、甘いにも程がある。
二十四時間で警戒体勢が敷かれる程の違法研究の産物。危険なモノなのは間違いないだろう。侵入と言う事は自立していなければならないし、複数の通路を封鎖しているのだからそれらも複数だろう。
「新型の傀儡兵ですよ」
なるほど。それなら確かに危険だ。けれど。オレの知っている傀儡兵は操作している魔導師がいなければ成り立たないものだ。操作している魔導師から魔力を供給されることで稼働するから傀儡兵と呼ばれる所以だ。自立稼働していてはもう傀儡ではない。
「自立稼働型か?」
「違うだろうってはやてちゃんが言ってたですぅ。おそらく何処かに大規模な魔力炉があって、そこから魔力を供給されていると考えているみたいです」
術者不要の傀儡兵か。厄介極まりないな。拠点があるだけで、基本的には自立してるのと変わらない。それに、その魔力炉を止めなきゃ、止まらないだろう。ある程度大型の魔力炉なら相当な魔力を生み出せる。持久戦になれば、先に息が切れるのは生身のこちらだ。
「魔力炉の場所は?」
「まだわからないですぅ。というかですねぇ……人手が足らなすぎて、はやてちゃんも私も街の防衛で手一杯なのが現状ですね」
「他の部隊からの応援は? もう一つの部隊で解決できる規模じゃないんだろ?」
はやてとリンフォースが居て、街の防衛だけ手一杯と言う事は、二人が居なければ防衛も厳しい状況だったと言う事だ。
この街には人が住んでいる。未だに退避が開始されないのは水際で防いでいるからだ。防げなければ、この街の住人が他の街へ退避し、重大な混乱が生まれるだろう。それはミッドチルダ全体に影響が出るかもしれない。
管理局の威信に掛けても、それを起こしてはいけない。防げている今、応援を呼ばなくては手遅れになる。
「それが……」
「応援はカイト君だけやよ……」
疲れた声が廊下の先から返ってくる。聞きなれた声で、聞きなれた独特のイントネーションだ。けれど、オレの知っている声と比べて力が無い。
「はやて……?」
「堪忍なぁ。いきなり呼び出してもうて……」
近くではやての見れば、その顔には色濃い疲労が映っている。化粧で誤魔化しているつもりだろうが、誤魔化しきれていない。
ある程度の余裕を持って、街を防衛出来ていると思っていたが、そうじゃない。はやてとリインフォースが頑張って、ようやく防衛ができているのが現状か。
「そんな事はいいよ。それよりはやて、しっかり休んでないだろ?」
「やっぱりバレてもうたか……。無茶しとるのは分かっとるんやけど、休めないねん……」
「はやてちゃんは昼間から防衛の作戦や人員配置を考えて、夜は防衛の前線指揮をしてるんですぅ……」
「そんな無茶な! ここの部隊長は!?」
「入院中やよ。主だった士官は全員、私が不在中の一週間前に起きた襲撃で負傷しとる……」
何なんだ一体。何をどうすればそんな状況になるんだ。
部隊長が不在な時点で大問題なのに、士官が全員負傷してるなんて。
代わりの応援がすぐに派遣されなければおかしい状況だ。はやての言葉どうりなら一週間、ずっとそんな状況だったと言う事になる。
一週間、全く連絡が来ないのは、誕生日に休みを取るのに忙しいからだと思っていたが、こんな状況だったからとは。
一週間ずっとこんな状態だったのだろうか。オレ一人、強くなった事に浮かれてた時に、ずっとはやてはこんな状態だったんだろうか。
「ここじゃあれやし、部屋で話そか……。この部隊に応援が来ない理由も話さなアカンしな……」
◆◆◆
はやてに案内された部屋は小ぢんまりとした部屋で、士官用の個人部屋ではあるが、佐官が使う部屋ではない。
はやてのおぼつかない足取りでお茶を準備しようとしたのを見て、オレはとりあえずはやてをベッドに座らせる。
とてもじゃないが、フラフラなはやてがこれ以上動くのは見ていられない。正直、心が痛むし、いつ倒れるんじゃないかと心臓に悪い。
「お茶は自分で準備するし、説明はリインフォースにしてもらうから、はやては休んで大丈夫だよ」
「でも……」
「でもじゃない。指揮を取れるのははやてだけなんだから、倒れられたら困る。せっかく来たのに、このまま退避は御免だよ」
はやてはオレの言葉にしばし考えてから、小さく頷く。
そして、糸の切れた人形のようにベッドに横になると、すぐに寝てしまった。
早いな。しかも制服のままだし、化粧も落としてない。そういうのが気にならないくらい疲れてたのか。それとも仮眠のつもりなのか。
「リアナード陸曹……」
「おっと、悪い。寝顔を見るつもりはなかったんだ……」
まじまじとはやての寝顔を見ている自分に気づいて、オレは視線をリインフォースへ向ける。
大事な主の寝顔を見た男に怒っているだろうと思っていたが、リインフォースは神妙な顔をして、こちらに頭を下げてきた。
「ありがとうですぅ……」
「どうした? いきなり」
「はやてちゃん……私が何度言っても休んでくれなくて……。リアナード陸曹が来てくれなかったら、はやてちゃんは倒れてたかもしれないですよ」
「大げさだぞ。それに、ここに来たのも出向でだ。一週間、連絡ないのに、全く気にしなかった……」
自嘲気味にオレは笑う。
さんざんはやてを守るなどと言っておいて、肝心な時にオレは何も出来ていない。出向の話がなければ、はやての苦境にすら気付かなかっただろう。
「……本当はここに来る前から、こうなる事は予想できてたですよ。ただ、はやてちゃんはリアナード陸曹には黙っているって聞かなくて……」
「予想できてた? それに黙ってるって……最初から説明できるか?」
オレの言葉にリインフォースは頷く。オレははやてを起こさないようにベッドから離れた場所に椅子を持ってきて、リインフォースに話すように促す。
「はやてちゃんが設立を目指してる部隊に反対する人は地上本部にも、本局にもいるですよ……地上本部をどうにかするにはまず、本局を味方に付けなきゃいけないって事で、はやてちゃんはあっちこっちを飛び回ってたです」
「ああ。それは分かってる。それで、どうしてこの部隊に異動になった?」
「本局のはやてちゃんを応援する人たちが頑張って、本局の反対する人たちから譲歩を引き出したですぅ。その譲歩内容ははやてちゃんの二佐への昇進だったですよ」
なんてむちゃくちゃな条件だ。はやては三佐になってまだ一年経ってないんだぞ。それを二佐だなんて、後、二、三年は不可能だ。
「それを受けたのか……?」
「はいですぅ。はやてちゃんはその為に、敢えて、地上本部からの嫌がらせのような任務を受けたですぅ」
「嫌がらせのような任務?」
「この街はミッドでも辺境ですぅ。はやてちゃんを助ける人たちの手が届かない場所に、地上本部の人たちははやてちゃんを追い込んだですよ……」
はやての襲撃事件から既に二年近く経っている。はやてに敷かれていた厳重な警護も弱まった。最初はクラナガン近郊に制限されていた移動範囲も、既に無くなっている。
だから、地上本部もはやてをクラナガンから遠ざける事が出来た。いや、この場合ははやてが敢えて、自分から遠ざかったと言うべきか。
「周りの助けのない任務か……最初の任務内容は?」
「この街の周辺に現れる謎の人型兵器の解明ですぅ。それだけでは済まないのは予想していたですけど、まさか街に侵入してくるなんて思わなかったですよ。だから、応援要請を地上本部に出したです」
「拒否されたのか!?」
リインフォースが首を横に振る。
オレはホッと息を吐く。流石に高官の政争のために街が犠牲になる事態にはならないか。
しかし、リインフォースの顔は曇ったままだ。応援要請が通ったなら応援は必ず来る筈だが。
「オーバーSランクの魔導師が居る部隊にすぐに応援は出せない。応援を送るのには時間が掛かるって返ってきたですぅ……!」
「そんな馬鹿な話が……人の命が掛かっているんだぞ?」
「はやてちゃんが言うには、はやてちゃんが街の防衛に失敗した時点で応援が送られる筈だって……全ての責任をはやてちゃんに押し付けて、はやてちゃんの未来を断つ気なんですよ!」
任務を受けた以上、失敗すれば確かにはやての責任だ。しかし、応援を遅らせるなんて。
一体、誰だ。レジアス中将は有り得ない。一人の佐官に構っているほど暇じゃないし、なにより一般市民の命を考える人だ。なら誰だ。誰が応援を遅らせている。いや、考えてもわかる筈はない。オレにわかるなら、ローファス補佐官はオレを急かしてまでこっちに向かわせたりしない。
状況が危険だったのもあるだろうが、妨害される可能性もあったからオレを急がしたんだ。もしかしたら、もうあったのかもしれない。それを部隊長が防いでいたのなら、あの場に部隊長が居ないのも頷ける。
人事部を通しての出向命令だったから、応援を遅らせているのは人事部の人間じゃない。ただ、それなり影響力を持っている人間だ。
オレ以外の応援は期待出来ないか。クラナガンの部隊長たちに期待するのは流石に夢見すぎだしな。はやての協力者なら応援を遅らせている人間を割り出せるだろうが、その大半が本局の人間だろう。ミッドの辺境にまで影響力は持っていない。誰が糸を引いているか分かったところで、どうにもできないなら意味はない。
「どうしてはやてはこんな任務を受けたんだ……?」
「みんなの夢の為だからですぅ……。現場で判断し、臨機応変に動ける部隊。夢の部隊。その為にはやてちゃんは回り道じゃなくて近道を選んだですよ。この案件を解決すれば、はやてちゃんの二佐昇進はグッと近づくです……」
「どうしてオレに相談しなかったんだ……。相談する約束だろ」
呆れたように呟くと、目の前で浮いていたリインフォースがオレの肩に座って、小さくため息を吐く。
「はやてちゃんは敢えて相談しなかったですよ。危ない任務ですし、何より、相談すればリアナード陸曹は止めるでしょう? それに止めて聞かないなら、一緒に来る筈です」
「当たり前だ。なんの為に強くなったと思ってるんだ……」
「はやてちゃんも心配だったですよ。それに私と二人だけでやれる自信もあったです。結局、リアナード陸曹を呼ぶ事になってしまったですけど……」
「出来れば呼びたくなかったような言い方だな?」
リインフォースが当たり前と言わんばかりに大きく頷く。何だかちょっと傷ついたぞ。
「リアナード陸曹は分かってないですぅ。リアナード陸曹は唯一、ミッドではやてちゃんをいつでも助けに行ける人間なんですよ?」
「いやいや。なんだ? その評価は? シグナムさんも他のヴォルケンリッターだって、行けるだろ?」
「みんな警戒されてるです。それに……過去の事もありますから、下手に動けば、はやてちゃんや他の人に迷惑を掛けてしまいます。その点、リアナード陸曹はまだ下士官ですし、実力もあるです。だから、はやてちゃんの協力者の中では、リアナード陸曹は保険であり、最後の切り札だったですぅ……けど、今回の事で、リアナード陸曹とはやてちゃんの繋がりがバレたですよ……。多分、この事件が終わった後、リアナード陸曹は私たちの仲間として扱われるです……」
今まで仲間として扱われてなかったのか。誕生日に呼ばれたりしてれば親しい友人だとはわかる筈だが。まぁ今回のが決定的と言うのは間違いないか。
とは言え、出向命令だったのでと幾らでも言い訳はできるが。そこらへんははやてなりに考えてくれたんだろう。自分のことだけで手一杯だろうに。
「気にするなよ。まぁオレが警戒されたのは痛いかもしれないが、どうせいつかは交友関係からわかる。ここで失敗したら全部が終わりなら、今が切り札の使い時だって事だろうさ」
「それははやてちゃんに言ってください。喜ぶですよ……。みんなで考えてたです。どうやったら、リアナード陸曹に恩や借りを返せるかって……」
「ヴォルケンリッターでか? やめてくれ。助けられてるのはこっちだ」
オレがそう言うと、胸元のヴァリアントがそれに賛同する。
『そうだぜ。危ない所を助けられ、事件解決にも協力してもらった。八神三佐繋がりで、相棒の交友関係も広がったしな』
「確かに交友関係が広がったのはデカイよな。はやてもそうだけど、なのはもテスタロッサ執務官も雲の上の人だったし」
やはり、恩や借りがあるのはオレの方だ。
オレがはやてに何かしている以上にはやてはオレに何かしてくれているし、ヴォルケンリッターもそれは変わらない。
コツコツ返す事以外できないが、返せる時に返さなければ溜まっていくばかりだ。
さっきから外が騒がしい。何か起きたな。
「リインフォース。オレの出向許可ははやてはしたか?」
「許可ですか? はい。したですよ」
「なら、はやてを起こさずに済みそうだな」
オレは椅子から立ち上がり、ドアへ向かって歩き出す。ドアの向こうから人が走ってくる音が聞こえる。士官の部屋の割には薄い作りだ。
はやてを呼びに来たんだろうが、ここでインターホンを押されると、間違いなくはやては起きる。
ドアを開けると、走ってきた少年がびっくりしたように立ち止まる。そりゃあいきなり出れば驚くか。
「八神三佐はお休み中だ。報告か?」
「は、はい! どうやら、凍結していた通路が破られたようで……」
「凍結?」
「はやてちゃんと私で通路を凍結して封じているです。ただ、学習機能もあるようで、最初より短時間で破ってくるです……」
肩に乗っているリインフォースに説明を受けて、オレは現状を把握する。その対応をはやてに求めに来たか。
そう言えば、リインフォースはこの前、空曹長に昇進したって言ってたな。
「はやての次に階級が高いのは?」
「私ですぅ」
「なら、あの敵の相手を任してもらっても構わないか? 敵を見ておきたいし、睡眠の邪魔をしたくない」
「私は構わないですけど……。はやてちゃんが居ないなら、私は指揮に回るので、援護はできないですよ?」
「心配ご無用だ。ヘリは出せるか?」
オレは目の前の少年に聞く。
少年はオレが誰なのか分からずに困惑しているようだが、制服と階級章で、とりあえずは上官だと判断したようで、敬礼をして答える。
「ヘリパイロットのアスベル・ダイア二等陸士です! いつでも出れます」
「出向してきたカイト・リアナード陸曹だ。安全運転じゃなくていいから、送ってくれ。リインフォース。指示は頼んだぞ?」
階級が上になったリインフォースにタメ口を聞くのはどうかと思うが、どうにもリインフォースに敬語は使えない。これはさっさと曹長に昇進しなくちゃだな。