首都クラナガン。廃倉庫。
オレと八神捜査官はクラナガンの廃棄された倉庫に来ていた。
ここまで来るのにオレは八神はやてと言う人間の能力が想像以上に高い事を見せつけられたのだが、ここで更に見せ付けられる。
「移動してから……二日ってとかやなぁ」
何も無い廃倉庫を見て、どうしてそんな具体的な日数が出てくるのか。
魔法を使った様子も無ければ、デバイスで調べた様子もない。
八神捜査官は、横に居るオレの困惑した表情をみると、説明し出す。
「ロストロギア、通称レリックは扱いの難しい高エネルギー結晶体や。せやから研究しよう思うたら大規模な装置や高濃度の魔力を発生させなあかん。倉庫には何も残っとらんけど、まだ魔力の残滓や幾つかの装置を移動させた痕跡がある。まぁその情報と私の経験を踏まえて、二日って思うたんよ。実際、そんなにズレも無いと思うで」
オレは隣に居る少女が特別捜査官などと言う大層な肩書きを背負っている理由がようやく分かった。
優秀なのだ。魔導師ランクや魔力量を抜きにしても。
オレは隣に居る八神捜査官から廃工場へと視線を移す。
確かに地面には重たい物を動かした痕跡はある。
しかし。
「全然分からん。ヴァリアント」
『微量だが濃い魔力を観測できる。ここで数日以内に何かがされていたのは間違いないな』
「サンキュー。それでどうしますか? 八神捜査官」
オレは自分の能力の無さを改めて思い知らされる形になった為、多少落ち込んだ口調で八神捜査官に聞く。
八神捜査官はそんなオレに苦笑しつつ、時計を見る。
「もう一時過ぎやね。リアナード陸曹はお昼食べたん?」
「いいえ。待ち合わせの一時間前には立ってましたから」
「やっぱり怒っとるやろう? それに三十分は私のせいやけど、時間前の一時間は私のせいとちゃうよ」
「だから怒ってないって言ってるじゃないです。事実を述べて、食べてませんと言っただけです。そう言う八神捜査官もまだですよね?」
「せや。ここら辺で美味しいお店知っとる?」
言われたオレはこの辺りの行きつけの店を脳内でリストアップし、すぐに消去する。どれも安くて量は多いが味の方は大した事の無い店ばかりだ。仮にも一尉を連れて行く店じゃない。
オレは頭の中で尉官を連れて行っても大丈夫そうな店を探す。
一つあった。けれど、連れて行くのはとても抵抗がある。
「何かご希望がありますか?」
「せやねぇ。お肉言う気分でもないし、麺系がええかな」
「えーと、パスタやサラダ、とりあえずメニューに書いてある料理の味は百パーセント保証しますが、そこのマスターが一癖も二癖もある店を知ってます。行きますか?」
「なんや? 面白そうなお店やね。陸曹がええなら、私もええよ」
はい、決まってしまった。
オレは心の中で盛大なため息を吐きつつ、美味しいモノを食べたくなったら必ず行く店のルートを頭の中で思い浮かべた。
二十分ほど掛けて移動したオレと八神捜査官は市街地の外れにある古い小さな店の前に来ていた。
店の名前はオライオン。
クラナガンの隠れた名店と言えば、三番目以内に必ず出てくる知る人ぞ知る名店だ。おそらく味以上にマスターが有名だが。
オレはそのオライオンの前で深呼吸をし、自分の身なりが変じゃないか確かめる。おかしいところが無い事を確認し、店のドアを開けようとして、一度手を放して、八神捜査官と共に横へズレる。
「どないしたん?」
「見てればわかります」
言った瞬間、店の中から一人の身なりの良い男が勢いよく駆け出してくる。
男は顔に恐怖を貼り付けたまま、店を振り返り、大きな声で言う。
「二度と来るか!!」
男はそれだけ言うと、全速力で走り去った。
オレとしては見慣れた光景だが、八神捜査官は目を丸くしている。
「やっぱり止めます?」
「注意事項とかあったら教えといてくれへん……」
「料理は美味しく食べる。料理に対して文句をいわない。したり顔で料理の批評をしない。マスターへのお礼を忘れない……それくらいですかね。普通にしてればあんな風になる事はないですよ。多分、おそらく、そうだといいなぁ」
「めっちゃ自信ないやん!」
「大丈夫です。基本的には優しい人ですから」
オレはそう言って、店のドアを軽く開いた。
何かがオレの顔の僅か数センチ横を掠めて、ドアの木の部分に突き刺さった。
恐る恐るみれば、フォークが突き刺さっていた。
「何だ? クソガキか。さっきの野郎がまた来たのかと思ったじゃねぇか。胸糞悪い事を思い出させるな。馬鹿野郎」
何故だろう。間違いなくオレは何もしてないのに責められた。
しかもフォークを投げつけられたのに謝罪も無い。
オライオンのマスター。身長は180センチ超の長身だが、体はスラリとしている。
黒いサングラスに頭にはバンダナ。シェフ服に黒いエプロンと言ういつもの格好で腕組みしながらマスターはオレを見続ける。とんでもない威圧感だ。
行動、言動、すべて法的にアウトな気もするが、誰も逮捕はしない。
気に入らない奴にはフォークを投げつけるが、本人曰く当てた事は無いらしい。毎回ギリギリだが。
「マスター……入ってもいいですか……?」
「あん? なに入口で立ち止まってんだ? 飯食いに来たんじゃねぇのか? それ以外なら帰れ」
「いえ、入ります。お邪魔します……」
声と体が震えるのを止められない。
全く反応出来なかったフォークがいつ飛んでくるか分からないのだ。致し方ない筈だ。
オレに続いて恐る恐る入ってきた八神捜査官を見て、マスターは口元を歪めながら言う。
「これか?」
「勘弁してください! 上官です!」
右手の小指を立てたマスターに向かってオレは全速力でそう言い返す。
やはりここを選んだのは失敗だったか。
「上官? お前この前、陸曹になっただろう? じゃあ曹長か? うん?」
「い、いえ」
マスターは八神捜査官が着ている緑の制服の肩口に付いている階級章を見て、口笛を吹く。
「一尉かよ。見たとこクソガキと変わらなそうなのに、大したモンだ。いや、お前が使えないって言う可能性もあんのか」
「比べる相手が酷すぎます! オレの年で陸曹なら十分でしょ!」
「はっ。何年管理局に居るんだ。魔導師の出世は早い。陸曹で満足してるようじゃ、上には行けないぜ」
「結構です。出世に興味はありませんから」
オレはそう言うと、マスターの前、カウンター席の木の椅子を引いて座る。
八神捜査官もそれにならって、オレの横の椅子を引く。
すっかりいつもの調子で座ったオレに対して、マスターは水を差し出しながら言う。
「おい。クソガキ。仮にも上官なら、お前が先に座るのは拙いんじゃねぇか?」
「失礼しました!」
「あ、ええよ。気にせんといて。直属の上官言う訳やないし、ご飯の時まで気を使わんでええよ」
顔を青くして立ち上がったオレに対して、八神捜査官はそう言い、苦笑しながら椅子に座る。
オレはホッと息を吐きながら、もう一度椅子に座り、素早くメニュー二つ取り、一つを八神捜査官に手渡す。
「メニューを開いて渡して、自分のオススメはこれです。ぐらい言えないのかクソガキ。気が微妙に利かないから使えないって言われんだよ」
「お、オレが言うよりマスターに聞いた方がいいかと思って。マスター。今日のオススメは?」
「ほう。珍しく上手い返しをしたじゃないか。お嬢さん。何か食べたいものあるかい?」
「そうですね。パスタに凄くそそられとるんですよ」
八神捜査官はメニューに書いてある幾つものパスタの名前を見た後に、マスターを見ながら言う。
マスターはニヤリと笑うと、オレの顔を一度見た後、八神捜査官に視線を移して言う。
「今日のオススメはスパゲッティのカルボナーラだ。まぁ勧めなくても横のクソガキはそれしか頼まないが」
「好きなんだからいいじゃないですか」
「悪いとは言ってない。が、たまには違うのも良いもんだぞ」
「カルボナーラ。じゃあそれをお願いします」
独特のイントネーションで頼んだ八神捜査官の後、オレも同じものを頼む。
マスターが調理に掛かり始めると、暇な為、オレはどのような話題を振ろうか考え、しかし、先を越される。
「リアナード陸曹はよくこのお店に来るん?」
「あ、はい。美味しいモノを食べたくなったら来ます」
「普段は量さえ食えれば味なんてどうでもいい奴だからな。人生の半分を損してんだよ」
調理に掛かっていたマスターがそう言って横槍を入れてくる。
オレはそんなマスターの言葉に反論出来ず、明後日の方向へ視線を移す。
「それは確かに損しとるなぁ。美味しいモノを食べるんは大切やで?」
「いや、その……」
「こいつは基本的に同じ部隊のクソ野郎共と行動するから、味を楽しむより雰囲気を楽しむ事を覚えちまってんだよ」
「もう、一々余計です! オレが残念な奴みたいじゃないですか!」
「事実、残念だ」
マスターにそう返され、心の中で号泣しながら、オレは隣に居る八神捜査官が笑っている事に気づく。
オレはジト目で八神捜査官を見ながら言う。
「そんなに面白いですか?」
「ごめんなぁ。めっちゃおもろい。いやぁ助かったわぁ。リアナード陸曹がサポート役で。全然気を使わんで済むし、おもろいし」
「面白い事をした覚えはないですけどね。でも、何故、八神捜査官が気を使うんですか?」
オレは疑問に思った事を口にすると、八神捜査官は苦笑した。
そんなオレの質問に、八神捜査官の代わりにマスターが答える。
「年上の部下ってのはやりにくいんだろうよ。お前んトコの部隊長は気が利くからな。それもあっての人選だろ」
「ああ。なるほど。確かにやりにくいかもしれませんね。オレはそんな経験無いですけど」
「いつもは誰かを借りるなんてことせえへんのやけどな。今回は事情があって人手不足なんよ。ほんまにビックリしたわ。空港で声かけられた時」
オレはそう言えば、空港で反応が鈍かった事を思い出す。あれは驚いてたのか。
なるほど。と呟き、オレは言葉を続ける。
「同い年の人間が来て、予想を裏切られたと」
「そうそう。って同い年?」
「はい。オレも十四ですから」
「せやね。けど、私は後二日で誕生日やから、私の方がお姉さんや」
「えっ! 近いですね。ってかオレも九月が誕生日ですから、大して変わりませんよっ」
オレがそう言って八神捜査官との会話を弾ませていると、マスターが白い皿を二枚、オレと八神捜査官の前に差し出す。
「待たせたな。カルボナーラだ」
「待ってました!」
オレはそう言って、好物と言っても良いマスターのカルボナーラを食べようとして、思いとどまる。
先程の二の舞になるところだった。
オレは八神捜査官が食べ始めるのを待ってから、ようやくフォークに手をつける。
「美味しいです。卵とチーズはスパゲッティによく絡んどるし。この黒胡椒がアクセントになって」
オレは口の前まで持ってきたフォークをゆっくり下げて、鏡でみればドン引きするほど青いであろう表情でマスターを見る。
マスターは意外そうな顔をしていた。そんなマスターの様子をオレは意外そうに見る。
料理についてコメントされるのをマスターは嫌う。コメントが正しければ別だが。
「わかるか? その黒胡椒が大切でな。いや、クソガキが黒胡椒の良さがわかる客を連れてくるなんてな。クソガキには勿体無い」
「なんでいつもオレを貶めるんですか!?」
マスターはニヤリと笑ってオレを見た後、店を出るまで八神捜査官と料理について話を咲かせていた。オレには全く理解できない話で、何とかついて行こうとしたが、確実に専門用語が混じっていたので、途中で諦め、二人の話をただただ聞いている事しか出来なかった。