ミッド南方・399部隊屋上ヘリポート。
「三佐の下が空曹長とは、部隊幹部は全員病院か?」
「いえ、三尉が二人と二尉が一人、現場に居るです。ただ、怪我をされていて、現場指揮のみに専念してますから、本部隊舎に居るはやてちゃんと私に全体の指揮は一任されているです」
なるほど。現場での指揮か。まぁ三尉と二尉じゃ全体指揮の経験もないだろうし、ちょうどいいのか。
「情報はヴァリアントに送るです。ヘリの中で見てくださいです」
「了解」
「リアナード陸曹。くれぐれも」
「無茶は禁物だろ? 無理なら下がる。その時は悪いがはやてを起こしてくれ」
オレの言葉にリインフォースが何度も頷く。
流石にリインフォースにまで心配されてるとへこむ。まぁそれも仕方ないか。ただ、この状況で無茶をするのは拙い。はやてが起きたらオレがやられてましたなんて事になったら、はやてにとんでもないトラウマを植え付けかねない。
「行ってくる」
「はいですぅ」
プロペラが回り始めたヘリに向かって歩き出す。
プロペラが起こした風に逆らいつつ、ヘリの中に入ると、アスベルに向かって声を掛ける。
「いいぞ! 上げろ!!」
「了解です!」
ヘリが浮上し始める。
ドアを閉めると、ヴァリアントにデータが送られてくるまでの間、パイロット席に顔を出して、アスベルに話しかける。
「アスベル」
「はい?」
「今、何歳だ?」
「十四です」
ウチの後輩たちと変わらないか。
まぁ新人なんてそんなもんだろうが。
「最初の襲撃の時、部隊の幹部がやられたと聞いたけど、部隊で一番強かった魔導師のランクは?」
「確かA-だったと思います。その方も入院中ですけど……」
「なるほどな。奮戦したけれどって所か」
「はい。周りを庇ってと聞きましたが……。陸曹。よろしいでしょうか?」
質問に答えたアスベルが逆にオレに対して質問していいか問いかけてくる。
頷くと、アスベルは沈んだ声で聞いてくる。
「応援の部隊はいつになったら来るんでしょうか……?」
「オレだけじゃ不満か?」
「い、いえ……」
「冗談だ。まぁもう少し掛かるだろうな。応援部隊の選考、そして、それの穴埋め。本部もギリギリだし、簡単じゃないだろうさ」
「そうですよね……。その、失礼かもしれませんが、陸曹のランクは……?」
「Bだ」
別になんにも失礼じゃないんだけど。
いや、期待していたからか。この場でBランクの魔導師が加わった所で大した変化はない。はやてが呼んだ人間だし、もうちょっと高いランクだと期待してたんだろう。
アスベルがやっぱりとでも言うような表情をする。
その表情はかなり失礼だ。けれど、アスベルからすれば、オレはようやく来た応援だ。期待していたのも分かる。
「安心しろ。オレは八神三佐がわざわざ呼び出した魔導師だぞ? ランク以上の働きはする」
「陸曹はどちらの部隊から来たんですか……?」
「クラナガン、陸士110部隊だ」
「クラナガン!? 首都の陸士部隊なんですか!?」
「一応な。何度か教導隊にもテスターとしても呼ばれてる。案外、頼もしいだろ?」
オレが不敵に笑うとアスベルが大きく頷く。
その顔にはさきほどまでの不安な様子はない。クラナガンの部隊に教導隊って言葉は大したモノだな。
不安も綺麗さっぱり片付けてしまった。この辺で良いだろう。あんまり期待させすぎて、落ち込まれても困る。
「ヴァリアント。情報を」
『はいよ。傀儡兵の実力はBランク相当で、通路から出てくるのは最大で八体。胸部にある結晶を破壊しないと、ほかを破壊しても動き続けるから注意が必要だ。後は、剣と盾を持った陸戦型しか今の所出てきてないらしいが、これからどうなるかはわからない。警戒していこうぜ』
「分かった。まぁどうにかなるだろう」
オレはヘリの後部に移動する。
そろそろ現場に到着する。やはりヘリだと早い。
場所が分からないのと、魔力の消費を嫌ってヘリを使ったが、元々、ヘリを使うような距離じゃない。早く着いて当たり前か。
「陸曹! 後部ハッチ開きます!」
「了解。オレが降下したら離脱しろよ」
「はい! その……戦ってる同僚たちをお願いします……ストライカー」
思わず笑いがこみ上げる。まさかそんな風に呼ばれるとは思っていなかった。
まぁクラナガンの部隊に所属してるのはみんな優秀だと思っているようだし、その勘違いはわからんではないが。
「その呼び名はもうちょっと後に取っておけ。ストライカーは自分が信頼できる人間に使う言葉だ。まだ、オレの実力も見てないのに、使うのは間違ってる」
首だけ後ろを振り向きながら、苦笑いと共にそう言いつつ、オレは開いた後部ハッチのギリギリまで立つ。
「ヴァリアント。セットアップ」
『オーライ』
オレのいつもの蒼いバリジャケットが展開される。
下では今も局員が戦ってる。ゆっくりしてる暇はない。
「アスベル。上から観覧しててもいいぞ?」
「……そうですね。そうさせてもらいます」
軽口に乗ってきたアスベルに満足しつつ、オレはヘリから飛び降りた。
◆◆◆
眼下で行われているのは戦闘とは言えないモノだった。
局員が必死に防御魔法を展開し、赤い鎧の傀儡兵が剣でそれを破ろうとしている。一方的な攻めと受け。疲労や戦力の問題で、局員は攻める事が出来ていない。
『あれだけ部隊長に一人で戦うなって言われたのに、もう一人で来ちまったな』
「おいおい。今、それを言うか?」
『一応な。ま、今の相棒なら一人でも問題ない敵だ。さっさと終わらせて、八神三佐にモーニングコーヒーでもプレゼントしに行こうぜ』
「そりゃあいいな。それで行こう!」
オレは右手を大きく上に上げる。落下位置の真下に居る傀儡兵をとりあえず倒さなければならない。
『ミーティア・アクション』
オレの動作が加速される。腕を思い切り振り下ろす。
「シュヴァンツ!!」
白い鎖が右手から飛び出て、真下の傀儡兵に向かって伸びる。
対AMF用の多重回路を発動させている。当たれば、どれだけ頑強だろうと、損傷は免れない筈だ。
上から一直線に走った鎖が傀儡兵を貫く。結晶には当たらなかったようだが、動きを止めれただけ良しとするか。
オレは二メートル近いの傀儡兵の肩に着地すると、左腰のフォルダーから抜き放ったグラディウスで結晶を貫く。
爆発に巻き込まれる前に局員たちの方へ退避する。
「クラナガン、陸士110部隊から出向してきたリアナード陸曹です! 現場指揮官は!?」
「指揮を取っていた三尉の怪我が悪化した! 今は指揮できる人間が居ない!」
「分かりました! このまま防御魔法を維持していてください。傀儡兵はオレがやります!」
オレはそう言うと、傀儡兵の数をかぞえる。
見えるのは五体。最大八体らしいから、伏兵に気をつけなければならないな。
当面の脅威をオレと唱えたのか、傀儡兵がオレに向かって近寄ってくる。動きは人間と変わらない。しかし、それは人間以上ではないと言う事でもある。
「そんな遅い動きが……オレに通じるか!!」
左右からの薙ぎ払いを下にしゃがみこんで避けると、左側の傀儡兵の結晶をグラディウスで突く。結晶を破壊しないと動きが止まらないのは厄介だが、明確な弱点を持っているのはむしろ好都合だ。
この程度の動きなら、懐に潜り込むのに大した苦労はない。
「ミーティア・ムーヴ」
『ギア・ファースト』
爆発が起きる前に、先ほど、挟み撃ちを仕掛けてきた傀儡兵の後ろに回り込む。
右のフォルダーからもう一本のグラディウスを引きぬくと、後ろから胸部の結晶目掛けて、グラディウスを突き刺す。
「ちっ! 外したか!」
突きが結晶を外した為、傀儡兵が背後のオレに対して、腕を振りかぶってくる。流石は傀儡。人の形はしていても、構造は人より便利らしい。
『右に裂け!』
ヴァリアントの言葉に考えるより体が先に動く。
傀儡兵を貫いているグラディウスを右に裂く。
前が見えない為、結晶の位置は完全に勘だったが、案外、惜しい所まで行っていたらしい。僅かに動かすと、違う感触が手に伝わる。
結晶の破壊を確認せずに、オレは傀儡兵を蹴って、後ろへ跳躍する。残りは三体。
着地を狙って三体が僅かに時間差をつけて、攻撃を仕掛けてくる。
最初は右側、次は左側。動きを確認すると、オレは左右の傀儡兵に向かって両手のシュヴァンツを繰り出す。
今回は切り裂くのが目的ではなく、捕縛が目的な為、ヴァリアントにシュヴァンツの操作を任せる。
ぐるぐると巻き付き、シュヴァンツが二体の傀儡兵の動きを完璧に抑える。
眼前に最後の一体が剣を振りかぶるのが見える。
「ミーティア・ムーヴ」
『ギア・ファースト』
剣が振り下ろされる前にオレはミーティアで加速して、すれ違い様に傀儡兵の結晶を右手のグラディウスで破壊する。
五、六メートルを一瞬の加速で移動したため、シュヴァンツに縛られたままだった二体の傀儡兵が空中に浮かび上がる。
シュヴァンツを思いっきり引っ張ると、自然とこちらに二体の傀儡兵が向かってくる。抵抗できない二体の傀儡兵の結晶を左右のグラディウスで無造作に突き刺すと、オレはその場を離れて、周囲を警戒する。
最大で八体なら、後、二体出てくる可能性がある。オレだけならどうとでもなるが、疲弊した局の魔導師や負傷している者たちも居る。一瞬の遅れと気の緩みが最悪の事態を招きかねない。
「ヴァリアント」
『周囲に敵は居ないみたいだが、わからん。傀儡兵だからな。反応が掴めなくてもおかしくない』
「警戒はしといてくれ。リインフォース。聞こえるか?」
空間モニターを開いて、本部隊舎のリインフォースへ繋げる。
モニタ-に真剣な表情のリインフォースの顔が映る。手元で何かを操作しているのか、しきりに視線が動いている。
こちらに視線を向けないまま、リインフォースがオレが聞きたい事を答える。
『はいですぅ。今の所、他の場所にも敵影は見えません』
「ここで待機か? それとも一度戻るか?」
『戻ってください。街のあちこちに向かってもらわなきゃ駄目になるとおもいますから、中央の隊舎に居てもらいます』
「了解。さて、アスベルを呼び戻さなきゃか……」
オレが降りたら離脱しろなどとカッコつけたのに呼び戻すのは少し恥ずかしい。最後の軽口のとおり、上で待機していてくれると嬉しいんだけど。
「アスベル。今、どこだ?」
『上です。ちょっと離れた所に着陸しますから、移動して頂けますか?』
「了解だ。場所を送ってくれ」
『はい。それにしても流石ですね。本当にBランクですか? とてもそうは思えないんですけど』
「魔導師ランクは戦闘能力を表したモノじゃないから、戦闘の際には絶対的に信用できる情報じゃない」
『勉強になりました。データを送りました。近くの公園です』
オレはヴァリアントに送られてきた地図を展開して、着陸ポイントを確認する。
このまま走っていこうとしたが、呼び止められる。
「陸曹!」
「……何か?」
「助かりました。ありがとうございます」
一人の男性局員がそう言うと、その場に居た全員が感謝の言葉を向けてくる。よほど辛い状況だったんだろう。
その感謝が重い。いつか助けが来るはずと耐えていたんだ。オレはまさにようやく来た援軍。言葉に込められた期待がわかってしまう。
けれど、申し訳ないがオレではこの状況を終わらせる事は出来ない。あくまでオレができるのは現状維持だけだ。
「お気になさらず。また来ますね」
笑顔でそう言いつつ、オレはそこから走り去る。
現状を打破するにははやてを万全の状況に戻して、魔力炉を叩いて貰うしかない。そうなってくると、時間が必要だ。
はやて抜きで現状維持をどれだけ続けられるかが鍵か。
忍耐力の勝負になりそうだな。
オレは小さく強く息を吐いて、走る足に力を込めた。