ミッド南方・陸士399部隊本部隊舎。
小さい頃の夢は家族を持つ事。
家族が出来た後は、友達を持つ事。
色々あって、家族と友達が出来たら、今度は歩いたり、学校に行ったりする事が夢になって。
最初は一人でなんでも出来て、一人で居られた。その時は家族が居てくれればそれでいいと思ってたのに、家族が出来たら、もっともっとと私の夢は広がった。
夢の広がりは管理局に入った後も続いて、周りの協力を得ながら、私は今、自分の部隊を持つ事を目指しとる。
一人の時は周りに迷惑をかけないようにする事だけが私が周りに、世界にできる事やった。けど、力を持った今は違う。
私のように一人になる子供を一人でも減らせるように、私の家族のように望まぬ戦いをする子を一人でも減らせるように、消えてしまったあの子のような子を一人でも減らせるように。
誰かの涙を少しでも減らせるようにする為に。私はその為に頑張ると決めた。
今は辛いけど、みんなが手伝ってくれとる。その思いを無駄にしない為にも、私は頑張る。みんなに迷惑を掛けとる以上、回り道も出来ん。夢への近道があるなら、どれだけ辛くても真っ直ぐ、その道を行くんや。
辛くても、悲しくても、今は支えてくれる家族が、一緒に笑える友達が居る。それならどんな事でも我慢できる。今がどんなに悲惨でも、いつかは笑える時が来る。夢の部隊が出来れば、そこでみんなと笑える日が来る。
だから、なんにも心配いらへん。
例え何があろうと、私は大丈夫。
目を覚ました時、自分が何で寝ているのか分からんかった。
今、何日の何時や。
最初にその疑問が出てきて、すぐに頭が覚醒する。
あかん。寝すぎてもうたかもしれへん。
ベッドから体を起こす。服がいつの間にかパジャマになってる。リインやろうか。気は利いとるんやけど、仮眠で一々着替える暇ないんやけど。
私がしっかりせなあかん。今の状況は最悪やけど、カイト君も来てくれた。打つ手はある。寝とる場合やない。傀儡兵が襲撃してくるのは夜だけや。今、頑張れば、昼間は少し休める。全体の指揮を取りつつ、カイト君とリインと協力すれば、街の防衛には苦労しないはずや。
考えを纏めた私はベッドから出て、違和感に気づく。
閉められとるカーテンから明るい光りが漏れとる。今は夜のはずじゃ。
私は急いでカーテンを開ける。眩しさで思わず手で光を遮る。間違いない。太陽の光や。
どういう事や。私、何時間寝たねん。
いや、そんな事よりも、襲撃はどうなったんや。まさか全く無かったんか。それなら昼間に来る可能性もあるし、大規模な攻勢の可能性も。
考えを巡らせとると、部屋のドアが開く。
この隊舎で私の部屋に無遠慮に入ってくるのは一人しかおらへん。まぁ寝とる思っとるからやろうけど。
「リイン!」
「はやてちゃん! 起きたですかぁ。おはようございますです」
「おはようさん。どうして私を起こさへんかったん? 襲撃はなかったんか?」
一度に質問をぶつけるが、リインは柔く笑ってその質問を受け止める。
リインは私の肩に乗ると、ゆっくり答える。
「襲撃はあったですよ」
「なんやて!? どうやって……」
「合計で七回。その全てをリアナード陸曹が撃退してくれたですぅ。はやてちゃんを起こさないようにと言ったのもリアナード陸曹ですよ。休ませなきゃいけないって」
「カイト君が!?」
リインは笑うけど、とても笑えへん。
私はそんな無理をさせる為にカイト君を呼んだわけやない。助けが欲しくて呼んだのは間違いないけれど、こんな形で助けて欲しかったわけやない。
「カイト君は今、どこに居るん?」
「さっきはカフェテリアに居たですよ?」
聞くと同時に私は走り出した。
肩に乗ってたリインがびっくりしたように私の服にしがみつく。
「はやてちゃん!?」
「カイト君は一体、どう言うつもりなんや……! 一人で戦うなんて! 無茶せんって約束やんか!」
「リアナード陸曹は強くなってたですよ!? 傀儡兵相手なら、なんの問題もないくらいに!」
「強さの問題ちゃう!」
どれだけ強くても、一人じゃ不覚を取る時はある。魔導師も人間や。あのなのはちゃんやって、一度、墜ちとる。
私も一人じゃ拙い思うたから、カイト君を呼んだのに。
何で、一人で戦ったんや。
カフェテリアが見えてきた。暗めの金髪の男の子が一人、飲み物を飲んどる。カイト君や。
周りを見てもカイト君しかおらへん。ちょうどええ。わざわざ場所を変える手間が省けたわ。
「カイト君!」
名前を呼ぶと、カイト君は首をこちらに向けて、少し驚いたように私の名前を呼んだ。
「はやて? まだ寝てても大丈夫だけど……」
「何が大丈夫や! なんで起こさんかったん!? 何で一人で戦ったん!?」
私がそう言うとカイト君は目を丸くする。そして、その後にいつものように頼りなさげな笑顔を浮かべて、私に近くの椅子に座るように促す。
「とりあえず……座ったら?」
「はやてちゃん、落ち着いてですよぉ」
私は大きく息を吐いて、カイト君の前の椅子に座る。
カイト君はテーブルにあるポッドを手に取ると、コップに注ぐ。コーヒーやな。
「モーニングコーヒー、どう?」
「……飲む」
コーヒーはとても魅力やったからつい飲む言うてもうた。何か、ペースが崩されとる。いつもは逆やのに。
「さてと、一人で何で戦ったかだけど。理由ははやてを休ませる為だよ。はやてなら分かるだろ? このままじゃ何にも解決しない」
それは分かっとる。魔力炉を破壊しない限り、この事件は終わらへん。だけど、私とリインだけじゃ街を守るだけで手一杯だから、カイト君を呼んだんや。
「魔力がある内は私は休まんでも、どうにでもなる。カイト君の魔力量じゃ一人で戦ったら……」
「すっからかんだよ。もうヘトヘト」
「そうなるのはわかっとったやろ! 何で」
「魔力があっても、はやてがもう限界だったから、かな? 自分でも気づいてるでしょ?」
痛い所を突かれてもうた。気づいとる。寝ちゃいけない思うとったのに、朝まで寝てたのは疲労が限界近くまで溜まってたからや。
ほとんど休みなしで動いとったし、体も精神もまいっとった。せやけど。
「そうであっても、カイト君が一人で戦う理由にはならんやろ!」
「前から聞きたかったんだけど……オレが無茶、無理をするのは駄目って言うはやては無茶も無理もしていいの?」
カイト君の顔がちょっと怖い。笑っとるんやけど、いつもの笑い方とちゃう。なんやろ、もしかして怒っとるんやろうか。
私がたじろいだのを見て、カイト君は足を組んで、椅子の背もたれに背中を預ける。そうしつつも、私から視線を離したりはしない。
あかん、あかん。いつもと違いすぎてペースが握れへん。そもそも、言ってる事は向こうの方が正論や。私は無茶をして、それの帳尻合わせをカイト君がしてくれたんや。カイト君にあれこれ言う資格は私にはない。
けど。
「私やって、無茶も無理もしたくなんてない! けど、しょうがないやん! 無茶も無理もせんと、あかん時もあるやろ!!」
どうにもおかしい。やっぱりまだ万全やないんやろうか。こんな風に感情的に言葉をぶつける事なんて、滅多にないのに。
こんな事言うとる場合じゃあらへん。さっさと謝るなり、後回しにするなりして、魔力炉を探さなあかんのに。せっかくカイト君が頑張って作ってくれた時間やのに。
「……はやてにとって、自分の部隊を持つ夢や傀儡兵に襲われてるこの街が、無茶や無理をするに値するモノだったように、オレにとって、あの時、歩くのもおぼつかなかったはやてを休ませる事は、無茶や無理をするに値する事だったんだよ。それはオレ個人としての気持ちもそうだし、大局的に見てもそうだった。それに、一人で戦ってた訳じゃない。リインフォースはバックアップに回ってくれたし、現場の人たちも協力してくれた。だから決して、オレは一人じゃなかったよ」
そう言って、カイト君は笑った。笑ってくれた。まだ、言いたい事があるはずやのに、笑ってそれを飲み込んでくれた。
私はその笑みを見ていられなくて俯く。
私への文句が無い筈ない。無茶や無理をするなと言いながら、私はそれをやっとるんやから。
今だって、普通なら私は罵声を浴びせられても仕方ない。カイト君は私の為にしてくれたのに、私はそれを真っ先に否定した。ありがとうすら言うてない。
約束も破った。なんでも相談する言うたのに、結局、私は相談しとらん。
それは全部、カイト君を心の底から信頼してた訳やないからや。強くなった、成長したと感じたり、聞いたりしても、まだどこかで出会った頃のカイト君の人物像が私の中にあった。
私は一体、何しとるんやろ。
「はやて」
カイト君に名前を呼ばれて、私は恐る恐る顔を上げる。
「オレは心配を掛け続けたからね。すぐに信頼が手に入るなんて思ってないよ。はやてが心配するのはしょうがない。過去に死にかけた前例もあるしね。前はその心配が嫌だったけど、今は、そうじゃないんだ。オレを心配してくれてる事に感謝してる。ありがたい事だって思えるようになったよ。ありがとう、はやて。心配してくれたんだよね」
「……卑怯やで。そう言って、自分優位でこの場を丸くおさめるつもりやろ……?」
言いつつ、私はまた顔を伏せる。とても、今の顔は見せられへん。
私が顔を伏せた理由を察しているのか、カイト君が明るい口調で答える。
「バレた? こう言っとけば、色々と有耶無耶にできると思ったんだけどなぁ」
「……バレバレや……。カイト君が一人で戦ったいう事実は消えへんで……」
「はいはい。わかってるよ。けど、はやても無理した事実は消えないよ? ここは両成敗でいかない?」
カイト君の提案に私は小さく頷く。
そんな私にカイト君は優しい声色で言葉を投げかけてくる。
「ほら、泣いてないでコーヒー飲んだら? 冷めちゃうよ?」
「泣いとらんもん……」
「そう。なら、早くコーヒー飲んで、魔力炉探そう。オレとはやてとリインフォースの三人でね」
「はいですぅ!」
リインに続いて、私はその言葉に頷くと、顔を伏せたままコップを持って、少しぬるくなって、飲みやすくなったコーヒーを飲んだ。
◆◆◆
ミッドチルダのあちこちには、魔力観測機と呼ばれる小さな機器が設置されている。それは地上本部のサーバーから見る事ができるので、そのデータを陸士110部隊経由で見てみると、陸士399部隊が管轄している街から南へ少し行った所に微かな魔力反応が見つかった。
過去数日の観測データを見てみると、注意して見なければわからない程度の魔力反応が毎日、数回観測されていた。
微弱すぎて、大まかな場所しか特定出来なかったが、その場所から毎回毎回、魔力反応が観測されていると言う事は、十中八九、そこに魔力炉があるはずだ。
ただ、問題は正確な位置が分からない事だ。
あくまで観測機は魔力の反応を観測し記録するモノの為、正確な位置を求めるようには出来ていない。
その為、陸士399部隊が取る戦法は一つ。
「現場で魔力反応を探るしかあらへんな」
「昼間、攻めてこない理由が魔力炉でチャージしているからとするなら、魔力炉が稼働するのは傀儡兵の侵攻が終わった後。今の時間は午後五時だから、後、約十二時間後くらいか」
オレがそう言うと、膨大な観測データをまとめていたリインフォースが手を止めずに自分の考えを言う。
「確かに破壊出来なかった傀儡兵は撤退していくですから、その考えは間違ってないでしょうけど、でも、リアナード陸曹。街からの距離を考えると、あの傀儡兵では相当、時間が掛かる気がするですよ」
「それもそうだな。移動時間も考えれば、魔力炉が稼働するのにはもう少し時間が掛かるか」
「せやけど、侵攻した傀儡兵が戻るのと、凍結しとる通路を通れずに戻る傀儡兵じゃ時間はかなりずれ込むで?」
そうか。そう言えば最初は多くの通路から大量に傀儡兵が出てきたって言ってたな。凍結してあるから数が減っていると考えるなら、他の通路に向かった傀儡兵は諦めて、撤退してると考えられるか。
「やっぱりはやてとリインフォースは街の防衛には参加させられないな。魔力炉がどれだけの時間、稼働するのかわからない以上、稼働する瞬間からその場にいて、探知魔法で特定する必要があるし」
「そうなってまうか。街の防衛に参加したら、タイミングを逃すかもしれへんしな……」
「でもですよ? リアナード陸曹は結局寝てないですよね? 魔力は回復してるようですけど、大丈夫なんですかぁ?」
リインフォースがそう言うと、はやては視線で問いかけてくる。それについては心配ご無用なんだがな。
「クラナガンの陸士部隊は人手不足でな。一回や二回の徹夜なんて当たり前だ。もう慣れた。流石にもう一回はキツいけど、今日の防衛には問題は出ないだろうさ。だから、一回で決めてくれ」
陸士110部隊は今は三分隊で回っているが、前は二分隊だった。一人一人の力は周りの部隊の魔導師より上だが、所詮は人間。疲労には勝てない。勝てないが、そうも言ってられず、任務をこなしているうちに、短い睡眠で長時間動ける体質になっていた。
今日の深夜は来たばかりだった為、体調もバッチリだった。それには及ばないが、今も似たような動きはこなせる。それも今日までだ。明日になれば睡眠が必要だし、疲れも溜まる。せっかくはやてが休息したのに、今度はオレが休む番になってしまう。
だから明日の朝、魔力炉をはやてが発見して、破壊する事に賭けるしか、今はない。
「せやね。399部隊のみんなももう限界や。街の人たちも不安がってるし、一回で終わらせなあかん」
「そうですね。ただ、全体で指揮が取れる人間が居なくなるですよ? 途中まで私たちが指揮しますか? 飛んでいく私たちの方が間違いなく速いですし」
「いや、途中で指揮が交代すると混乱が生まれる。今回は現場にいる尉官たちに協力してやってもらうしかない」
リインフォースのバックアップとはやての指揮が無いのは痛いが、そこはどうにかするしかない。
どうにかなるとは思うが、かなりキツイだろう。言葉にはしないが。
二人には極力、無駄な力を使わせずに、魔力炉を探す事だけに集中してもらわなければならない。ここは虚勢でも何でも張るしかない。
「作戦言うには簡単やけど、カイト君が中心となって街の防衛。その間に稼働するだろう魔力炉を私とリインで搜索して、見つけ次第破壊。これまで見つけられなかった事からも、魔力炉は容易には見つからへんし、簡単に破壊できる場所にもないだろうけど、確実に見つけて破壊するで。せやから、カイト君は街を頼んだで」
「頼まれた。オレたちの邪魔をしてる誰かさんに目にもの見せてやるとするか」
オレの言葉にはやてとリインフォースが頷く。
はやてとリインフォースなら魔力炉を必ず見つけて破壊するだろう。鍵は、オレと陸士399部隊が街を守りきれるかどうかだ。
傀儡兵が現れるのは十一時過ぎ。このあと、ミーティングをしたりすれば、あっという間だろう。
気合を入れなくては。