新暦74年1月3日。
クラナガン近辺・上空。
複雑な軌道を描く機体の中で、オレは必死に平衡感覚を保とうと努力していた。あまり効果はないが。
よくもまぁ、こんなじゃじゃ馬を開発したものだ。
今、乗っているのはTF503型ヘリコプター。種別は多目的ヘリで、偵察から分隊の輸送までを行う。開発されたのは三十年前で、都市で使う事を前提に、加速力や旋回能力、小回りを重視したヘリだったが、運動性能の高さによる操縦性の悪化が原因で、僅か数年で現場から姿を消した機体だ。
都市で使う事を前提とした為、移動速度や航続距離などの機動性は平均よりやや下の能力で、魔導師の到着が遅れる事や移動に制限がついてしまうのも、現場から姿を消した理由の一つだ。
そんなヘリに何故、オレが乗っているかと言えば、理由は簡単。このヘリはもうじき陸士110部隊で使われる事になる為、安全に稼働するかどうかのテストだ。
陸士110部隊のヘリは耐久に問題が発生した為、すぐに新しいヘリが必要だった。そこに二つの要因が重なった為、この機体が陸士110部隊に来た。
一つ目の要因は定年間近になった陸士110部隊のヘリパイロットの後継者としてスカウトされた新しいパイロットが、この機体を所望した事。
もう一つは新型のへり開発の為に旧型機としては破格の性能を有しているこの機体がデータ取りの為に再設計されていた事だ。
そうなると話はとんとん拍子に進み、破棄される予定だったこの機体は陸士110部隊に引き取られる事になった。
問題はこの機体を新しいヘリパイロットが使いこなせるかどうかだったのだが。
「調子はどうだ? アスベル」
「最高ですよ! 流石は首都の部隊ですね。こんなにあっさり要望が通るなんて思いませんでしたよ」
「ちょっとした偶然だけどな……」
オレは急な加速に絞り出すようにそう呟く。
陸士399部隊のヘリパイロットだったアスベル・ダイヤを、オレは部隊長にスカウトするべきだと提案した。
若いヘリパイロットは必要であったし、何よりアスベルの腕は実戦でしっかり把握していた。こと、へりの細かい制御に関しては、間違いなくオレが会ったへりパイロットの中では一番だ。
そんなアスベルにとって、TF503型はベストパートナーだろう。もう少し、後ろに乗ってるオレに気を使って欲しいが。
最大で乗員二名の乗客八名を乗せられるTF503型だが、八人で乗れば、かなり窮屈だ。それで複雑な軌道などされたら堪ったもんじゃない。
「アスベル。実戦じゃ、後ろに気を使ってくれよ……?」
「わかってますよ! どんな敵が追いかけてこようと、振り切ってみせます!」
後ろの意味が違う。オレは後ろに乗ってる人間に気を使ってほしくて言ったのに、アスベルは後ろに迫る敵を想像したらしい。多目的ヘリだが、用途は輸送が主だ。後ろに敵がつく事がありはしないだろうに。
オレがそんな事を考えていると、ローファス補佐官からモニター通信が入る。
『リアナード曹長。状況を』
聞きなれない階級に反応が遅れる。しょうがない。昇進してからまだ一週間ほどだ。
去年の事件解決への功績が評価され、約半年後の十二月にオレは陸曹から陸曹長へと昇進した。これでリインフォースに敬語を使わずに済む。
そんな事を考えつつ、敬礼してオレは答える。
「機体、パイロットともに良好です。すぐにでも実戦に使えるかと」
『それは朗報です。申し訳ありませんが、これから緊急任務についてもらいます』
緊急任務と聞き、オレは思考を任務に切り替える。大抵、予想外な任務は激務だ。ここ最近の傾向がそれを証明している。
『ミッド北部の廃棄都市区画に向かってください。そこで捜査官がガジェットと遭遇しました。その救援が任務です』
「了解しました」
『ダイヤ二等陸士は廃棄都市区画の陸士部隊で補給及び待機です。以上。気をつけて』
オレが再度、了解と言うと、ローファス補佐官は一度頷き、通信を切る。
「聞いての通りだ。アスベル。廃棄都市区画に向かうぞ!」
「了解です!」
この機体の航続距離を考えると、往復は補給がなければキツイ。それ以前にテスト飛行で燃料を消費している。はなから補給無しじゃ往復は不可能だ。
不可能なのだが、できれば首都以外の陸士部隊には行きたくない。陸士部隊はそれぞれの縄張り意識が強い。首都の部隊は、首都を一つの部隊として捉えている為、そうでもないが、他の部隊はよそ者を基本的に嫌う。
「なかなか厄介な事だなぁ」
そう呟きつつ、オレは廃棄都市の地図をヴァリアントに頼む。
後の事は後で考えよう。今は今だ。まずは捜査官への救援。それからだ。
◆◆◆
ミッド北部・廃棄都市区画。
廃棄都市区画に到着したものの、肝心の捜査官がどこにいるのかが分からないしガジェットも見当たらない。
信号も感知できず、どうしようか迷っていると、アスベルが申し訳なさそうに言ってくる。
「カイトさん……。すみません。そろそろ燃料が……」
「そう言えばそうだったな。オレは降下するから、近場の部隊に到着したら連絡してくれ」
「了解です。お気を付けて」
ヘリの横の部分がせり上がる。
オレは小さく頷くと、そこから廃棄都市区画へ飛び降りる。
空中でのバリアジャケット展開を終えると、オレは余裕を持って、ビルへと着地する。
「ヴァリアント。反応は?」
『ここら辺には無いな。まずもって、ガジェットは発見しづらい』
魔力反応が無いから、サーチャーか後方からの広域サーチ以外だと、見つけるには目視か音くらいしかない。
廃棄都市区画。その名称の通り、ここは廃棄された都市部だ。オレ一人で回るには大きすぎる。
ローファス補佐官が居場所の詳細なデータを送らなかったのは、行けばわかるからだと思っていたが、ローファス補佐官も詳細な位置を知らなかったのだろうか。
『相棒。地下に魔力反応だ。敵さんも下だろうさ』
「地下? そんなところにどうやって行ったんだよ……」
そう呟いたオレのすぐ近くで、真紅の砲撃が下から出てきた。文字通り、下からだ。
地面を破って出てきた魔力の塊を見て、冷や汗を感じつつ、なるほどと呟く。
「穴開けて潜ったのか……」
ここは廃棄されたとは言え、公共施設だ。それをあっさり砲撃で壊すとは。一体誰だ。
『相棒。懐かしい魔力じゃねぇか?』
「オレも今思ったところだ……」
魔力光を見てもしやと思ったが、近づいてくる魔力は懐かしい人物の魔力とそっくりだ。
「遅いわよ! 救援要請からどれだけ経ってると思ってるの!?」
「そりゃあ悪かったな。セシリア」
肩に掛かる程度の真っ赤な髪と灰色の瞳を持った少女が空いた穴から出てくる。
オレはこちらに文句を言ってきた懐かしき訓練校の同期にそう返した。
少女の名前はセシリア・バース。オレの代の訓練校の首席にして、最も強かった魔導師だ。そして、優秀な捜査官として地上じゃ割と有名な出世株だ。階級は確か准陸尉。
「カイト!? 救援ってカイトだったの!?」
「見たいだな。まぁ懐かしい話はいくらでもあるけど……」
オレは顎で空いた穴から出てきた十体のガジェットを差す。
「こいつらを片付けてからね」
「そういう事!」
オレはそう呟くと、二本のグラディウスをフォルダーから引き抜く。
セシリアも手に持っている杖型のデバイスを構える。
久々に一緒に戦うが、役割は訓練校と同じで良いだろう。
「オレが前をやる!」
「前しかできないの間違いじゃないかしら?」
セシリアはそう言いつつ、複数の魔力弾を一瞬で生成する。
セシリアの力量なら多重弾殻射撃はできるだろうが、それを敢えてしなかったのは、後方サポートに徹する事に決めたからだろう。
「ヴァリアント!」
『ミーティア・アクション』
宙空に浮かぶ二体のガジェットへオレは、グラディウスを左右に構えて駆け寄る。
オレの横を通って、セシリアの魔力弾がガジェットに向かう。当然のようにAMFにかき消されるが、その一瞬はオレには充分な時間だ。
動きを止めた二体のガジェットをすれ違い様にグラディウスで切り裂く。
後方で爆発が起きるが、気にせず、オレは右に居る三体のガジェットへ狙いを定める。
訓練校からの取り決めだ。複数の敵を相手にする時は狙う相手はオレが決める。そして、オレは毎回、近場の敵を狙う。
大量の魔力弾がガジェットを襲う。幾つもの魔力弾がAMFにかき消されるが、一発の魔力弾はAMFを通り抜けて、一体のガジェットを破壊する。三体の相手はキツイだろうとセシリアは判断したんだろう。正直、ありがたいが。
「舐めてくれるなっ」
『相変わらず気が利く嬢ちゃんだな』
「おかげで、オレのプライドはズタズタだ!」
オレは確実に一体のガジェットを近づいて貫くと、もう一体へ視線を向ける。
もう一体が宙空で停止する。AMFの全開稼働の兆候だ。別にAMF下に置かれてもリリーナの援護があれば苦労せずに逃れられるだろうが、無駄な魔力の消費は趣味じゃない。
左手のグラディウスに魔力を込めて、停止したガジェットへ投げつける。
手から離れても魔力刃を維持し続けるグラディウスは容易にガジェットを貫く。
「シュヴァンツ!」
そのまま左手のシュヴァンツを起動させる。
シュヴァンツで投げたグラディウスの柄を絡め取ると、そのまま体を一回転させる。
オレを囲み、AMFによる包囲を完成させようとしていた三体のガジェットを、シュヴァンツの先にあるグラディウスが切り裂く。
「あの時ならいざ知らず、今のオレが簡単に包囲されるかよ」
爆発で視界が埋もれる。
残り二体のガジェットの位置は把握してるが、向かう必要はないだろう。
「どかないと巻き込むわよ!」
オレはそう言われて、セシリアの魔力反応を感知して、さきほど確認したガジェットの位置を思い出す。
今、射線上にオレは居る。
ヤバイ。
「そこらへんは考慮しろよ!!」
近場のビルまで走る。もしも予想通りの魔法なら、いくら何でもヤバイ。
ビルの壁を垂直に駆け上がる。三階建てのビルの屋上に上がり、オレは後ろを振り返る。既に煙は晴れ、セシリアの姿もガジェットの姿も見える。
セシリアの近くに大きな魔力の槍が二本生成されている。
「スタンバイ!」
二本の槍の前方に環状魔法陣が浮かび上がる。一つや二つじゃない。槍一つあたり十個の環状魔法陣。合計二十個の環状魔法陣が展開されている。まるで砲身だ。いや、正しく砲身か。あの槍はそこを弾のように通るのだから。
ガジェットはセシリアに注意を払っていない。ビルに上がったオレを警戒している。データでしか判断できない機械の悲しい所か。確かに複数のガジェットを倒したオレは脅威だろうが。
恐ろしさはあの魔法の方が数倍上だ。
あの環状魔法陣は全てが加速発射システムだ。それが十個。単純に十倍の速度じゃない。一度だけ受けた事があるが。
あれはミーティアの数倍速い。
「レール・ランサー……ファイア!!」
槍が一瞬で発射され、すぐにガジェットが爆発して、ガジェットの後ろにあった建物にも穴が空く。目視でどうにかできるスピードじゃない。デバイスによる計算と経験による予測がなければよけられない。
訓練学校に来た元教導隊の教官すら初見はよけられない初見殺しの魔法だ。機械ではよけられない。
前はもっと準備に時間がかかっていたが、随分と短縮されたもんだ。
ビルから飛び降り、何度か瓦礫を足場にジャンプを繰り返し、セシリアと同じ建物の上に着地する。
「いつから実戦レベルになったんだよ?」
「それは私のセリフ。いつからそんな省エネ戦闘ができるようになったの?」
セシリアの近くに歩いて近づきながら質問するが、質問を返されてしまう。
オレは肩を竦めて、素直に答える。
「二年半くらい前かな?」
「私がクラナガンを離れてすぐね。何があったか教えてくれる?」
「先に質問したのはオレだし、まだここは前線。話はもうちょっと違う所でしない?」
そう言うと、セシリアは、それもそうね。と呟き、歩き始める。
「私が今、お世話になってる部隊にいきましょう。ここら辺は半分はそこの部隊の管轄だし」
「半分ねぇ」
「嫌そうにしない。もう半分を管轄してる部隊との関係は良好だから、カイトが思ってるような面倒事にはならないわよ」
「それはいい事を聞いた。多分、どっちかにオレの後輩がヘリと一緒に待機してるんでね。ゴタゴタは避けたい」
セシリアは大きな目を何度か瞬かせてから、絞り出すようにオレに聞く。
「カイト……先輩やれてるの……?」
「どう言う意味だ!」
オレはそう叫ぶ。直接会うのは一年ぶりくらいだが、本当にこいつは変わってない。
同じ年なのにいつまで経っても姉のような態度を変えたりはしない。それは基本的なセシリアの性格ではあるけれど、オレ相手になるとより顕著になる。
まぁ迷惑を掛けていた事は事実だが、もうあの頃とは違うんだ。
そう思いつつ、オレは盛大にため息を吐く。多分、一生、この態度は変わらないだろうと何故か思えてしまったからだ。