ミッド北部・陸士130部隊本部隊舎。
セシリアがお世話になっていると言う陸士130部隊に到着したオレは、反対側の部隊に居たアスベルを呼び寄せつつ、セシリアと少しだけ真面目な話をしていた。
「刑事部特別捜査一課?」
「そうよ。私の所属は今はそこ」
そこと言われても、クラナガンの犯罪捜査を担当する刑事部に特別捜査一課など無かったはずだが。
「作られたのよ。ミッドの捜査官を選抜してね」
「前に言ってた地上の本部を集めてるってのはそれか……!?」
オレの言葉にセシリアは頷く。大分前の事だが、セシリアから地上本部の動きを聞いていたが、ここに来て動き出したか。
「レジアス中将は本気よ。意地でも地上を地上戦力だけで守るつもりね」
「その為に特別捜査一課を?」
「犯罪が起こってからじゃ……悔しいけど、地上の戦力じゃ対応しきれない。だから」
「犯罪が起こる前に抑えるか……」
「犯罪者の潜伏先、拠点の発見して、先手を取る。それなら戦力を集中して事に当たれる。そうすれば……現場で血が流れる事も少なくなるしね……」
セシリアは悲しげに目を伏せる。
記憶が正しければ、セシリアは既に同僚を三人亡くしている。
だから現場で血が流れる事を極端に嫌うが。
「セシリアが抜けた部隊は大丈夫なのか? クラナガンから離れた所はここ最近、随分と荒れてるって言うけど……」
「補充要員をあててもらったわ。それに特別捜査一課に入るのに条件も付けたしね」
「条件? どんな?」
「クラナガンの治安が落ち着いたら、クラナガンの外にも目を向けろってレジアス中将に言ってやったわ。約束してくれた。まずはクラナガンだけれど、必ずミッド全体に目を向けて行動するって」
それはまた随分と恐ろしい事をやるな。
長年地上を守ってきた英雄にそんな事を言うなんて。オレなら無理だ。
「わかっては居るんだ……。クラナガンに優秀な人材を回すのはクラナガンの犯罪が凶悪だからって、レジアス中将は少ない戦力で頑張っているんだって、でも、クラナガンの外でもガジェットが出始めたりして、もう追いつかないんだ……」
地上の戦力は常にギリギリだ。クラナガンの犯罪は確かに凶悪だが、常に地上では優秀な部隊が担当しているから、そこまでの大事にはならない。それに、いざとなれば、レジアス中将の首都防衛隊航空魔導師が来る。
クラナガンには戦力が足りてはいる。首都だからだ。だが、ほかはそうはいかない。
「前に居た部隊の平均ランクは……?」
「私を入れないでCかな? 入れればBになるかもしれない」
「そうか……。やっぱりクラナガンは充実してるんだな……」
「でも、業務の激しさはクラナガンの方が上よ。ミッド辺境じゃ、起こる犯罪の規模も小さいしね」
セシリアは沈んだオレに対してそうやってフォローするが、オレが落ち込んだのはそれが原因じゃない。
同じ事が本局と地上にも言えるからだ。
クラナガンの外とクラナガンでは事件の規模が違う。
陸と海では事件の規模が違う。
だから規模が大きい方へ戦力は集中する。
地上が戦力を求めるのは間違っているのだろうか。規模を理由にクラナガン以外をないがしろにするなら、オレたちは本局の事を何も言えない。
「カイト? どうしたの?」
「いや……ちょっと、色々考えてた。どうやれば、全てを守れるんだろうって……」
「それを考えるのは私たちの仕事じゃないわよ? まぁそれをずっと考えてるんでしょうけど、レジアス中将は」
こんな答えの出ない事をずっと考えているのか。
オレなら考える事を放棄してしまいそうになるな。
ミッドの守護者は伊達じゃないか。
『相棒。アスベルが着いたぜ。後、帰還命令も来てる』
「そうか……。セシリア。今度、またオライオンに行かないか? あそこならゆっくり話せるし」
「そうね。久しぶりにマスターにも会いたいし、時間が出来たら連絡するわ」
セシリアとそう約束すると、オレはこの部隊の屋上に向かって歩き出した。
◆◆◆
新暦74年3月23日。
クラナガン・陸士110部隊本部隊舎。
隊舎を歩いていると、どこからともなく現れたマッシュ先輩とアウル先輩に拘束された。文字通り拘束だ。
首にはマッシュ先輩の腕が回され、左手はアウル先輩に決められた。
「ちょっ!? 痛い痛い!!」
「うるさいっす! カイトなんてこうっす! こう!」
「やかましい! お前なんてこうだ! こう!」
力が徐々に入れられていく為、痛みが増していく。目に涙が溢れてくる頃に救いの手が差し伸べられる。
「そのくらいにしとけよ。マッシュ、アウル」
分隊長が来て二人を注意する。しかし、二人は注意されてもオレを離さない。
「嫌っす! 今日という今日は許さないっす!!」
「そうだ! こいつだけは許しておけない!!」
「やめろって言ってんだろうがっ!」
分隊長が二人の頭をひっぱたいて無理矢理オレから引き剥がす。
酷い目にあった。
全く状況が理解できないが、どうせロクな理由じゃないだろう。
「おい、カイト。お前に客だ」
「誰ですか?」
「あの訓練校の同期の子だ」
なるほど。セシリアが来たのか。二人が暴走する訳だ。
昔とは違う。セシリアはとても魅力的な女性になった。二人じゃなくても嫉妬を受けてもおかしくないほどに。
「わかりました。どこに居ますか?」
「もう来てるわよ」
後ろから聞こえた声にオレは振り向く。
陸士部隊の茶色の制服を着たセシリアが居た。
セシリアはいつまで来なかったオレにご立腹のようで、腰に手を当てて眉を潜めてる。
「随分待ったわよ?」
「ごめん。それで用は何? それほど暇じゃないだろ?」
オレの言葉を聞いて、セシリアはオレの後ろに居る先輩たちをチラリと見る。
聞かれたくない話か聞かれたら拙い話か。
振り返って、小さく手を合わせる。
それだけで分隊長は察して、マッシュ先輩とアウル先輩を連れて、ここから離れる。オレたちが動けば良い話だが、セシリアを連れて動くと目立つ。幸い、ここら辺に人影はない。
「それで? どうしたよ?」
「カイト。あなた、本局に肩入れしてるって本当?」
セシリアの鋭い目が真っ直ぐオレに向けられる。
本局にはお世話になっているが、肩入れなんてした覚えはない。
「どういう意味だ? オレが本局に何か協力してると?」
「八神はやてと個人的に親しいって聞いたわ。しかも、彼女の地上部隊設立を黙認してるって話じゃない!」
「待てよ。はやてと個人的に親しいのは確かだけど、部隊設立の黙認って何だ? 親しいと止めなくちゃなのか?」
少しイラついた声で返す。
はやての部隊設立は完全に軌道に乗って、今は部隊設立の準備中だ。まだ噂すら広まって無いはずだが、だれから聞いたのか。
セシリアは少し温度の下がった声で答える。
「当たり前でしょ? 本局が地上に干渉する為に作る部隊よ?」
「本局主導で話が進んでるとは聞いてるけど、それは本局の戦力を地上が使えるって事にも繋がるだろ? 何が悪いんだ?」
「本局が地上に干渉する事よ! 今まで何もしてこなかった本局が今更、我が物顔で高ランク魔導師を送り込んでくるのよ!?」
確かに本局は再三に渡る地上への戦力配備を断ってきたが、それは本局も余裕がなかったからだ。別に地上が憎くてやってるわけじゃない。向こうにも守らなければならない人たちがたくさん居る。どちらが悪い話じゃない。
それに戦力を求めたのは地上だ。時期は遅れたが、自分たちが要請した戦力が降りてくるんだ。何を怒る必要があるのか。
「待ち望んだ援軍だろ?」
「本局の意向で動く部隊よ!? 私たちの味方じゃないわ!」
「本局は味方だ! 同じ管理局だぞ!?」
思わずセシリアの正気を疑ってしまう。どれだけいがみ合っていても、同じ管理局である事に変わりない。
それに、はやての話じゃ地上がAMF対策を断ったが為、本局が地上で動ける部隊を求めたと言う事だ。本局上層部と二佐に昇進したはやての夢が一致して、部隊設立は超加速した。
本局側のはやての言葉だけ聞くのは間違ってるかもしれない。だが、オレからすれば、本局のAMF対策を棄却したレジアス中将を信じる事はできないと言うのが本音だ。
総合戦力の底上げを求めたらしいが、それが出来ないからこその部分的強化の筈だって事はオレだってわかる。
AMFの対策は急務だ。今、最もミッドで危険な兵器であるガジェットへの対応を疎かにするなんて、とてもじゃないが正気とは思えない。ここは長年の不仲を水に流して協力するべき時の筈なのに。
「敵も一緒でしょ! 戦力は渡さない! こちらの救援要請には応えない! 地上を蔑ろにしてるのよ!?」
「セシリア……守りたいのは地上の誇りか?」
「そうよ! 私たちには私たちだけで地上を守ってきた誇りがあるの!」
「……帰れ。少し頭を冷やしてこいよ」
オレはそう言うとセシリアに背を向ける。
しかし、セシリアに肩を掴まれる。
「まだ話は終わってないわよ!」
「終わりだ! 守るべきが誇りだって? 守るべきは一般市民だろ!? そのためなら誇りなんて捨てろよ! 自分達だけで守ってきたって言う誇りにこだわって、誰かが傷ついてしまったら、本末転倒だろうがっ!!」
「カイト……本当に本局側の人間なのね……?」
「オレは時空管理局の人間だ! 本局だとか地上だとか、勝手に分けるな!!」
そう言うとオレはセシリアの手を払う。
一体、セシリアに何があったのか。こんな奴じゃなかった。少なくとも、本局が敵だなんて言う奴じゃなかった。
「カイト……利用されてるだけよ」
「言ってろ。それはオレが判断する」
「どうして……? カイトだって地上の厳しさを知ってるでしょ……? 知らない筈ないわよね!?」
「知っているさ! いつだって厳しい状況だ! それを何とかしようと、はやては動いてくれてる! オレたち現場の人間が動きやすいように、オレたち低ランク魔導師が危ない時に、すぐに高ランクの魔導師が助けに行けるように! 色々なモノと戦ってるんだ!」
その言葉が決定的だった。
セシリアの目がぞっとするほど冷たくなった。このまま襲われてもおかしくないほどだ。
身の危険を感じたオレはセシリアから距離を取る。
その行動にショックを受けたのか、セシリアの目が大きく見開かれる。
「そう……カイト。なら教えて上げるわ。レジアス中将がどれだけ地上の事を」
「セシリア・バース准陸尉」
セシリアの言葉を遮る形でオレの後ろから部隊長が現れて、セシリアの名前と階級を呼ぶ。
「部隊長?」
「オーリス三佐から連絡が来たよ。すぐに地上本部に戻るようにと言う命令だ」
「オーリス三佐が? カイト。覚えておきなさい。本局に組みしても良い事なんてないわよ」
そう言うとセシリアは踵を返して、隊舎の出口へ向かう。
「部隊長。彼女を追跡しますか?」
「いいよ。下手に動いてレジアス中将に睨まれるのも拙いからね」
部隊長の後ろに控えていたローファス補佐官の提案を部隊長はそう言って、却下する。
「セシリアはあんなんじゃなかったんです……」
「知ってるよ。何かあったんだろうね。もしくは何かされたか……いや、考え過ぎかな?」
とぼけたように部隊長がそう言うが、それがオレへの気遣いだと分かった。この人は何かを感づいている。もしかしたら確信してるのかもしれない。
オレは何も言わずに敬礼して、その場を後にする。
レジアス・ゲイズ中将には黒い噂が絶えない。その噂を調べる必要があるかもしれない。
「ヴァリアント。何かデータを取ってたか?」
『色々あるぜ? ちょっと洗ってみるか?』
「そうしてくれ。オレははやてに連絡する」
隊舎の窓から超高層ビルが見えた。地上本部だ。
あの上の方にレジアス中将がいるだろう。
「ミッドの守護者がまさか犯罪に手を染めてないですよね……?」
オレはそうつぶやいて、地上本部から目を逸らした。