新暦75年3月4日。
ミッドチルダ・中央区画・湾岸地区。
車を駐車場に停めた後、オレは周りを見渡す。
「南駐屯地内A73区画か。良い所だけど、通勤とかだとちょっと大変だな」
『その代わりヘリが入りやすいって利点もあるけどな。早いとこ行かないと、機嫌を損ねるぞ?』
それもそうだ。
上官をあまり待たせる訳には行かない。
湾岸地区なだけあって、横には海があるし、敷地も広い。訓練に重点を置くなら良い環境かもしれない。
周囲を見ながらそんな事を考えてると、視界にコートを羽織った一人の女性が入ってくる。
「八神二佐!」
冗談でそう呼んでみると、はやてがオレの方を向いて苦笑した後、何かをつぶやいて、リインフォースを伴ってこちらに歩いてくる。
「今日の運転手でええか?」
はやてがいたずらっぽくそう聞いてくる。リインフォースが黙ってる所を見ると何か打ち合わせをしてのだろう。なので、オレもそれに乗っかる。
「はっ! 陸士110部隊所属のカイト・リアナード陸曹長であります! クラナガンまでの八神二佐の護衛も務めさせていただきます!」
「八神二佐。了解しました。今日はよろしく」
二人で真面目な顔で敬礼した後、ほぼ同時に吹き出す。
「あかん、あかん! おもろすぎる!」
「真面目にこういうやり取りする事ないしね。でも、部隊長になったら、なのはやテスタロッサ執務官とこういうやり取りしなきゃだろ?」
オレがそう言うと、腹を抱えて目に涙まで浮かべて笑っていたはやては、目元を拭った後に言う。
「なのはちゃんやフェイトちゃんは大丈夫やよ。和むだけや。カイト君はあかん。真面目な顔がおもろすぎる」
「それって褒めてないだろ? まぁいいけど。顔がおかしいのは今に始まった事じゃないし」
「堪忍、堪忍。そんないじけんといてぇなぁ。カイト君の真面目な顔なんて滅多に見んから面白かっただけやん。ギャップやギャップ」
「オレはいつだって真面目なんだけど?」
「それは嘘や」
笑顔で軽口をかわしつつ、オレとはやては駐車場に停めてある黒い車へ向かう。
車高は低く、スポーティーなスタイリングを醸し出してるその車を見たはやてが首を傾げながら呟く。
「誰の車なん? 高級車やんな?」
「雑誌で見た事があるですよ~」
「ローファス補佐官。部隊の車を使おうとしたら、こっちを使ってくださいって頼まれた。部隊の車で部隊長を本部に連れてくんだとさ」
はやてとリインフォースにそう言いつつ、遠隔操作でドアを開ける。
上へ開閉したドアの様子を見たはやては困惑したように言う。
「あの人がこれに乗るん? 全然、想像できひんわ」
「顔が良いから、似合うっちゃ似合うよ。イメージと違うけど」
「せやろうな。カイト君は……まぁ車に乗られてる感があるんなぁ」
運転席に座ったオレを外から見ながら呟いたはやてに対して、オレは無言でドアを閉めると言う抗議に出る。
「嘘や嘘!」
「私は何も言ってないですぅ!」
「やかましい。マイスターとユニゾンデバイスは一蓮托生だろ?」
窓を少し開けながらそう言うと、その隙間からあっさりリインフォースが入ってきてしまう。
しまった。リインフォースの小ささを見誤った。
一人残されたはやてはショックを受けたように立ち尽くしている。
「侵入成功ですぅ」
助手席のシートに座り、ご満悦なリインフォースを見つつ、オレは面白いので窓を閉めてみた。
「リイン!?」
「はっ!? 閉じ込められたですぅ!?」
「発車しまーす」
そう言って車を進ませる。
とりあえずこの駐車場の入口まで行ってみるか。
「はやてちゃぁぁん!!??」
「待って! 待って! 謝る! 謝るから置いてかんといて!」
割と本気で追いかけてきたはやての様子に笑いつつ、オレは駐車場の入口で車をとめて、ドアを開ける。
「はぁ、はぁ……あんまりや!」
「まぁまぁ、軽いジョークだろ?」
「はやてちゃぁぁん! リインは誘拐未遂にあったですぅ!」
「すげー誤解を生みそうな事を言うの止めてもらえるか?」
「なのはちゃんに言いつけたるから覚悟しいや!」
助手席に素早く乗り込んだ後にはやてはそう言う。
リインフォースははやての肩に乗って、はやてに縋り付いて、泣いた真似をしている。
中々イラつく事を言ってくれる。
「言いたきゃ言えば? オレ、なのはと模擬戦とかしないし」
「ふっふっふ。言うたな? 後悔しても遅いで!」
はやては運転中のオレが何も出来ない事を良い事にそう言って、空間モニターを展開させ。
なのはに繋いだ。
「おい!?」
「なのはちゃん! 聞いてや! カイト君がリインを誘拐しようとしたんや!」
『えっ!? 嘘!? カイト君ってそんな趣味があったの!?』
「待て待て! なのは! 冗談だからな? はやてのいつもの冗談だからまともに相手をしないでくれ!」
本当に連絡しやがった。何て事を。
オレは横から声を大きくして言うが、はやてがすぐに邪魔をする。
「今回は本当やねん! なぁリイン?」
「そうです! 車に閉じ込められたです!」
『カイト君!? 本当にどうしちゃったの!? 悩みかな? ストレス? 話相手にはなるよ!?』
本気で心配された。くそ。最悪だ。
何が楽しくてなのはに心配されなくちゃいけないのか。しかもこんな事で。
「マジでただの冗談だから! 大丈夫! 悩みもストレスもないから!」
『本当に? 隠したりしなくていいんだよ? 私、別に特殊な趣味を持ってても軽蔑しないよ? でも、そういう人と接する事って初めてだから、そっちに行くまでに周りに相談しておくね! カイト君。私、精一杯応援するよ!』
通信が切れた。
オレは思わずハンドルから手を離しそうになる。
周りって言うと、最初に耳にするのはテスタロッサ執務官かアーガスさんだろう。下手に信じているから、向こうも本当なのだろうかと勘違いしかねない。
「あはは……堪忍なぁ」
「なのはさん。信じちゃったですね……」
「……オレ、新部隊には顔出さないから」
「えー!? せっかく作った部隊なんよ!? 見に来てや!」
「なのはが居るから嫌だ! 絶対、広めるもん! あいつの誤解を解かなきゃいかない!」
はやてにそう言うと、オレは速度規制が緩い道を敢えて選択し、その道に入った瞬間、アクセルを踏み込んで車を加速させる。
「ちょっ!? 速い! 速い!」
「規制には引っかかりません」
「怖いです! 怖いです!」
急なカーブをスピードを緩めずに曲がったり、速度規制が無い所では、車の最高速度を出してみたりする。
加速魔法が得意なオレからすれば、この程度はなんて事ないが、滅多に速い動きをする事のないはやてからすれば、未知の領域だろう。
「あかん!? ぶつかる! ぶつかる!」
「ぶつかりませーん」
カーブをギリギリのところでハンドルを切って急激に曲がる。
結構、楽しいかもしれない。
そう思っていると、ヴァリアントから忠告が入る。
『そろそろお遊び区間は終わりだぜ? 首都だ』
「なんだ。もう終わりか?」
『あれだけ飛ばせばすぐに着くに決まってるだろ?』
確かに。最初はロリコン疑惑を流したはやてとリインフォースへの仕返しのつもりだったが、途中からは完全に楽しんでいた。
横の助手席を見れば、はやてがぐったりしてシートに体を預けている。
リインフォースははやての肩にしがみついていて、オレが速度を落とすと同時にずるずると落ちて行って、はやてのコートのポケットに入ってしまう。
「リアナード曹長の車は怖いです……」
「同感や……」
「忙しい二佐の為に急いでみました。感想は?」
オレがそうやって聞くとはやてはこちらを半目で睨みながら言う。
「後でヒドイで~」
「おあいこだろ? そっちが先にやってきたし」
「軽いお茶目やんか……。頭くらくらする。私、こういうの苦手やねん」
「それは良い弱点を見つけた。これでたまには仕返しができる。言葉でも実力でも敵わないからね」
オレがニヤリと笑うと、はやては体をできるだけオレから遠ざけて、華奢な体を縮めて言う。
「女の子をいじめて楽しいんか!?」
「常に主導権を握って、余裕な態度を崩さない女の子に仕返しするのは、楽しい」
いじめるとは心外だ。いつだって立場が弱いのはオレで、毎度毎度口で言い負かされて、酷い目を見るのもオレだ。
これは正当な仕返しだ。
「もう絶対、カイト君が運転する車には乗らへん! 車降りたら、覚えとれ!」
「怖い怖い。じゃあ、ここからは安全運転で行きますよ」
ここら辺が頃合と見て、オレは肩を竦めてそう言う。
あんまりやりすぎて、はやての恨みを買うと、本当に酷い目にあってしまう。真剣に拗ねる前に引いとけば、はやてもそこまで過激な仕返しはしてこない。
「最初からそうしてや……。不思議なもんやなぁ」
「何が?」
いきなりそう呟いたはやてに顔を向けずにオレは聞く。
既にクラナガンの市街地に入っている為、交通量が徐々に増えてきている。しっかり前を向いて運転しないと万が一があり得る。
「カイト君とここまで長い付き合いになったのがや。繋がりは色々あるけど、やっぱ不思議や」
「それはオレのセリフだけどね。管理局が誇る三エースの一角、八神はやてはオレにとっちゃ画像やら噂の中の人だった。あの時の任務がなきゃ、今もそれは変わらなかったよ」
「……なぁカイト君」
「ん?」
あの時の任務と聞いて、はやてが少し間を置いた後に呟く。
何が言いたいかは大体、わかる。
「アトスたちは……あの時も無理矢理、戦わされとったんかなぁ?
「……乗り気じゃなかったのは確かだよ。どうだろうね。もしかしたら、そうかもしれない」
「……どうにかできへんかなぁ?」
「自分から捕まるなんて言ったら……怒るよ?」
顔は見えないが、はやてが僅かに息を飲む音が聞こえた。
考えてたな。
まぁそう言う作戦もありと言えばありだが、管理局のメリットがなさすぎる。下手をすればはやてを、そしてヴォルケンリッターを失う事になる。
なにより、オレの心情がそれを容認できはしない。
「アカンよね……。けど、私の存在が関係ないだれかを巻き込んどるのは……しんどい……」
「アトスの言葉を信じて、レジアス中将を探るしかないさ。少し時間を頂戴。なるべく早めに成果を出すから」
オレがそう言うとはやては押し黙る。
この件に関しては、機動六課に関わってないオレにクロノさんが任せてくれた。流石にオレ一人でレジアス中将を探るのは厳しいから、部隊長やローファス補佐官にも手伝ってもらうが。
レジアス中将は九月の公開陳述会で忙しいから、狙い目は今だろう。
アトスはレジアス中将を調べれば、依頼主にたどり着くと言った。つまり、レジアス中将本人は依頼主ではないと言う事だ。
だが、関係はしてるんだろう。
最近増え始めた、不可解な噂も気になる。
「最近、レジアス中将にあまり好意的じゃなかった人間たちが続々とレジアス中将のシンパになっているって噂がある。実際、シンパになった人の中にオレの訓練校の同期もいる。アトスの言葉がなくてもレジアス中将については調べるつもりだった。今ははやてにとっても部隊にとっても大事な時期だし、部隊の事だけ考えるようにしたら?」
そう言ってはやてを横目で確認する。小さく頷いたのが見えた。
どうであれ頷いたなら問題ないだろう。今は部隊の事以外は考えさせないようして欲しいとクロノさんにも言われてる。
何でもかんでも自分の内に仕舞込んで考える癖があるはやてに、考えさせようにするというのはとても難しいんだが、本人の意識も部隊に向いているから、今はまだ大丈夫だろう。
問題は部隊が安定し始めた頃だ。その時は気を付けないと。はやてにも余裕が生まれて、色々考えてしまうだろう。
ベストはそれまでにケリをつけることだが。
目的地である陸士110部隊の隊舎が見えてくる。これからはやてはローファス補佐官と打ち合わせだ。
「はやて。打ち合わせの後は時間空いてる?」
「う~ん、空けようと思えば」
「オライオンに行かない? ちょっと昼ごはんには遅いけど」
「せやね! 私も何も食べとらんし、マスターに会いたいしな!」
はやてが笑顔を見せた事にほっとする。
話をするたびに顔を曇らされては堪らない。そんな顔がみたい訳じゃない。
できるならいつだって笑顔で居て欲しい。それは無理な事だけれど。ずっと笑顔でいられる幸せな人間など居ない。
でも、無理なら無理で、できるだけ笑顔を増やしてあげなければ。気を楽にさせてあげなければならない。
今はそれがオレにできる唯一の手助けなのだから。