新暦75年4月20日。
クラナガン・陸士110部隊本部隊舎。
車を駐車場に停めて、ドアを開けて外に出る。今日は部隊に配備されている白いパトロール車だ。
後ろからついてきた黒いスポーツカーから出てきた金髪の女性が笑顔でこちらに礼を言う。
「道案内ありがとう。カイト」
「いいえ。気になさらずテスタロッサ執務官」
後ろからついてきた車に乗っていたのはテスタロッサ執務官だ。これからある用事の前にここの捜査データを見たいと言う事なので、道案内がてら、パトロール中だったオレについてきたもらったのだ。
他人行儀な言い方にテスタロッサ執務官がシュンした様子で呟く。
「名前で読んでくれないんだね……」
「負けましたから。勝負で」
案の定というか、何と言うか。休日に無理矢理連れて行かれた孤児院で子供たちと遊び、どちらが好きか子供たちに聞くと言う勝負をして、満場一致でオレは負けた。
結構本気で子供の相手をしたつもりだったが、流石は多くの子供たちの後見人をしてるだけあって、テスタロッサ執務官は子供との接し方がとても上手かった。
結果に喜んだのも束の間、じゃあ、このままテスタロッサ執務官で、と言った時の顔は傑作だった。間違いなくそのことを忘れてた顔だった。
「うー、カイトのルールじゃ私は名前で呼ばせる事できないよ……」
そう言うテスタロッサ執務官には申し訳ないが、オレにテスタロッサ執務官を名前で呼ぶ気はない。
はやて、なのは、テスタロッサ執務官の中で、一番、男性に人気があるのはテスタロッサ執務官だ。はやては階級が高すぎるし、なのははまず近づき難い。だが、テスタロッサ執務官は捜査の指揮を取りつつも、現場にいる事が多いので、三人の中じゃ一番親しみやすい。物腰も柔らかだし、なにより美人だ。
だから名前で呼ぶなんて事は絶対に出来ない。特に今日、そう思った。
ターミナルでの視線の集まり方は尋常じゃなかった。はやてを名前で呼んでるだけでも先輩たちはかなり面倒なのに、それに加えて、そんな人気なテスタロッサ執務官を名前で呼んだら、とても生きては行けない。
救いと言えば、なのはを名前で呼んでも、まったく嫉妬を受けない事か。それどころか可哀想な生き物を見る目で見られる。
これは陸士110部隊の魔導師全員に共通する。それだけ普段受けない教導官の教導は衝撃的だったんだろう。しばらく後輩たちが女性恐怖症になった時は流石にビビったが、美人にコテンパンにやられればしょうがないとローファス補佐官が言った事にもビビった。
ある意味、伝説を作ったなのはだが、最近は友達ではなく後輩が増えて、前ほど鬱陶しさが減っている気がする。
「そう言えば、カイト。なのはから聞いたんだけど、その……カイトは小さな女の子が好きなの……?」
凄く距離を取られて聞かれた。忘れてた。あの一件を。
そういえば誤解をといてない。
「違います。断じて違います」
「でも……リインを力づくで車に乗せて、攫おうとしたって」
尾ひれが付いてる。しかも話が間違ってる。
リインフォースが入ってきて、車を発進させたが正解だ。それはそれで聞くだけならアウトな気がするけど、なのはの話はもっとヤバイ。
「なのはめ……!」
「凄く心配してたよ……? それでなんだけど……ロリコンにはどうやって接すればいいの? 私、わからなくて」
「オレはロリコンじゃない! そのなのはの話を鵜呑みにするのもう止めませんか!?」
そうやって話をしていると、ローファス補佐官と廊下で会う。
ちょうどいいので車のキーを返すと、もうはやてと部隊長は屋上らしい。
オレとテスタロッサ執務官は隊舎の階段を上って、ヘリポートである屋上へ向かう。
「いつもいつもすみません」
隊舎の屋上に出ると、はやてと部隊長が話しており、はやてが部隊長に本当に申し訳なさそうな顔をして、そう言っていた。
「気にしないでいいよ。協力は惜しまないし、これも余らせておくのは勿体無いしね」
部隊長がそう言って、屋上に着陸している白いヘリを見上げる。
管理局地上部隊に多数配備されている軽輸送ヘリ・OH500だ。
運転席は一つで、最大運搬人数もパイロットを除けば四人と少ないが、静粛性や安全性は折り紙付きの機体だ。
信用性の欠けるTF503型ヘリコプターが使えない時の保険に用意された機体だが、任務外での使用頻度はかなり高い。
「失礼します。リアナード陸曹長。テスタロッサ・ハラオウン執務官をお連れしました」
「ああ。すまないね。パトロール中に呼び戻したりして」
「いえ、パトロールと言っても、最近はここら辺は平和なものですから」
オレが肩を竦めると、はやてがここから見える地上本部を見ながら言う。
「特別捜査一課やね。かなり成果を出しとるみたいやけど?」
「そうだね。けれど、ミッド各地から優秀な捜査官を集めれば、そうなるさ。おかげで各地の検挙率は一気に落ちてしまった」
「クラナガンへの捜査官集中。本局の方でも話題になってました。私たちへの対抗かとも思っていたんですけど」
テスタロッサ執務官の言葉に部隊長が首を振る。
地上本部をほとんど睨みつけながら呟く。
「違う。それとは別だよ。あの中で何かが起こってる。今の地上本部は灰色だ。誰が味方で、誰が敵なのかも僕も分からない。本部に近い者は疑うべきだろうね」
「探りは入れてますし、いざとなれば信用できる査察官と連携を取る事もできますし、今はそんな事より」
オレは右手でヘリを示す。
「そろそろ時間では?」
「せや!? リインの様子も見なあかんし、ごめんな! フェイトちゃん。先行くで!」
「う、うん!」
「ランディ部隊長、色々ありがとうございます。カイト君もな!」
はやてはそう言って、部隊長に頭を下げて、オレに手を小さく振る。それに手を上げて答えると、通信をヘリに繋ぐ。
「さて、頼むぞ。アスベル」
『任せてください! 八神二佐が美人なので、ちょっと手に汗かいてますけど』
「軽口が言えれば大丈夫だな。後は任せた」
『了解しました!』
そう言って通信を切ると、メインローターが回りだす。
はやても乗り込んだし、もう大丈夫だろう。
「すまないね。つい、本部の話をしてしまったよ」
「いえ。それで、これから本部に行かれるんですか?」
「そのつもりだよ。クライアンツ君を護衛で連れて行くから、第二分隊は君が指揮する事になってしまうけど……」
「大丈夫ですよ。ガイもロイルもしっかりもう戦力です。大抵の事には対処できます」
「君も成長したね。頼もしいよ」
部隊長にそう言われて、オレは照れ隠しに笑った。
部隊長に頼もしいと言われたのは初めてだった。
「ではテスタロッサ執務官。捜査主任を紹介します。それで、時間は大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。はやてはリインとの打ち合わせがあるからちょっと早めに行かなきゃだけど、私は見るだけだし。それに私の車、速いし」
車だけじゃなくて本人も速いけど。
ちょっとそんなことを思ってしまったが、敢えて口には出さない。間違いなく魔法で移動するテスタロッサ執務官の方が、車やヘリより数倍速い。
前に似たような事を言った時には何故か傷ついてしまったので、極力そういう事は言わないようにしている。
扱い難い人だ。
◆◆◆
クラナガン・陸士110部隊本部隊舎・深夜
『今日の試験を受けた二人は入隊はほぼ決定やね。残る二人も今日、合流したし、万事上手く行っとるよ』
「それは良い事だけどさ。この時期まで新人のフォワードが決まらないってどうなの?」
誰も居ない待機室で本部からの帰路についている部隊長と分隊長に渡す報告書を作成しつつ、そう言うと、空間モニター越しにいるはやては、傷ついたように肩を落とす。
『色々障害があったねん。私かて、こんなギリギリになると思わんかったんよ……』
「はいはい。お疲れ様。じゃあ今日はもう仕事はないの?」
『せや。もうやることは終わったし、後はみんなと合流して』
そうはやてが呟いた瞬間、陸士110部隊の隊舎内にアラートが鳴り響いた。
「何だ!?」
『相棒! ガジェットだ!』
『こっちでも確認したで! 出現場所は二箇所。一箇所にはヴィータたちが向かった! そっちはもう一つや!』
「なるほどな!」
そう言った同時にローファス補佐官から通信が入る。
『リアナード曹長。状況は把握してますか?』
「ガジェットですよね? ガイとロイルを連れて出ます! 許可を!」
『三人で大丈夫ですか?』
「分隊長の到着は待ってられません。ガジェット数体なら問題ありませんし、ガイもロイルも使えます!」
ローファス補佐官はしばし悩んだ後、頷き、出撃を許可します。とオレに許可を出す。
同時にガイとロイルが待機室に入ってくる。
「遅れてすみません!」
「申し訳ありません!」
「出撃許可が出た。第二分隊、出るぞ!」
二人が了解と敬礼して答える。
ガジェットとの戦闘は二人とも初めてだが、シミュレーションで何度も対戦してる。実戦と訓練ではまた別物だが。
この二人なら問題はないだろう。
待機室の奥にある扉を開け、階段を上って、屋上へ出る。
既にアスベルがヘリを準備していた。
駆け足でTF503型に乗り込む。
「すぐ出れます!」
「日に何度も悪いな! 出してくれ!」
ドアが閉まり、TF503型特有の揺れがオレたち第二分隊を襲う。
「敵はガジェット。正確な数は不明だが、十は行かないだろう。お前たちはガジェットとの戦闘は初めてだが、行けるな?」
「問題ないです! 散々、訓練してきましたから!」
「シミュレーションで何度も対戦した相手です。足は引っ張りません」
二人の言葉にオレは頷く。ガイの調子の良い声が少し心配だが、ガチガチに緊張されるよりはいいか。
「もうすぐ現場です!」
「オレとガイは降下。ロイルはヘリから援護射撃だ。アスベル。情報整理を頼めるか?」
「任せてください!」
まだ陸士110部隊の司令室は完全稼働していない。おそらくローファス補佐官の指揮ですぐに稼働するだろうが、それまではアスベルに情報を集めて、整理してもらう必要がある。
オレがやっても大丈夫だが、現場での指揮があるし、ロイルにやらせると射撃の精度が落ちる。ガイはその手の事は論外だ。そうなるとアスベルしか居ない。
「状況に変化があれば逐一、アスベルに伝えろ。アスベルは司令室から連絡が来たら、その情報を送れ!」
「了解!」
大きく息を吐く。実力的には問題ないとは言え、二人の後輩の命を預かっている。
いつぞやの傀儡兵との戦いよりはマシだが、中々、プレッシャーだ。
しかし、それは顔には出さない。
「現場到着!」
「ヴァリアント! セットアップ!」
「オーライ」
オレの体に蒼いロングジャケットとジャケットと同色のズボンが装着される。
ガイとロイルもバリアジャケットを展開している。
二人とも細部は違えど、オレのバリアジャケットと似ているし、同じ色をしている。当たり前か。オレのを参考に作ったんだから。
「行くぞ! ガイ!」
「はい!」
オレの合図でほぼ同時にヘリから飛び降りる。
ビルに着地した同時に広範囲の結界が張られる。シャマルさんだろう。
出現場所は随分と離れていたが、こちらに誘導したのだろうか。どうであれ、この結界内なら民間人の被害は心配しなくて大丈夫だ。
「おもいっきり暴れていいぞ! ガイ!」
「了解です!」
オレの視界に三体のガジェットが入る。
ガイがその三体に突撃する。後ろにオレが居るからの判断だろう。悪くない。
ガイの特徴は防御魔法の硬さだ。硬さだけなら部隊一で、魔法のほとんどが防御魔法や移動系だ。
完全に個人戦を捨てているが、魔力も少なく、これといって特徴のないガイは、仲間を活かす事に自分のあり方を見出した。すくなくとも、オレよりは利口だ。
スタンダードな杖型のデバイスで発動させた防御魔法で三体のガジェットの熱線を防ぐ。
オレはガイの後ろにぴったりと張り付く。セシリアの時は完璧に近い援護が期待できたが、今は違う。突っ込んでいけば簡単に包囲される。
ガイが防御魔法で熱線、そしてアームケーブルを防いだところで、オレは一番、近いところに居るガジェットに向かう。
『ミーティア・アクション』
ガイの後ろから突然飛び出したオレへの対応が遅れる。ガイに攻撃を集中していたのだから当然だ。アームケーブルを引き戻す前にすれ違い様に右のフォルダーから引き抜いたグラディウスで切り裂く。
「まず一体!」
『撃破確認!』
アスベルに報告したと同時に新手のガジェットがオレに向かってくる。数は二体。これで、この場には四体居る事になる。
四体に全力でAMFを発動させられるのは拙い。
そう思って、新手に対処しようとしたら、緑の誘導弾が三つ。新手のガジェットへ向かって飛んでいった。
ロイルだ。
だが、あいつは多重弾殻射撃に時間が掛かる。
どうするつもりかと、動きながら考えていると、すぐに狙いが分かった。
『誘導弾でガジェットの気を引いたな』
「AMFの範囲をギリギリで避けてるな。頭が良いあいつらしいな」
ガジェットの周りを飛ぶ誘導弾がガジェットの動きを妨害し、AMFの範囲が広がるとすかさず誘導弾は離れる。精密誘導が得意なロイルならではだが、長くは持たないだろう。
オレはガイが受け止めている二体に向かって両手を向ける。
「シュヴァンツ!」
両手首についている白いリングから白い鎖が飛び出し、勢いよくガジェットへ向かう。
二重構造を発動させているシュヴァンツはAMFを容易に抜けて二体のガジェットを貫く。
そのまま両手を下に振って、地面へとガジェットを叩きつける。
魔力がどんどん持っていかれるが、しょうがない。シュヴァンツが一番効果的な攻撃だ。分隊長が居ればまた違った戦い方もあるが、今は、唯一の決定打がオレだ。
「二体破壊! ガイ! 新手の二体を抑えろ! ロイル! 多重弾殻を準備!」
「了解!」
『了解』
ガイがロイルが抑えている二体に向かっていく。同時にロイルの誘導弾が消滅し、代わりに上空で魔力が増大する。
『相棒! 更に二体来るぞ! 左だ』
ヴァリアントの警告に左を振り向く。
このままじゃ囲まれる。重度のAMF下じゃガイは行動できない。
仕方ない。
「ミーティア・ムーヴ!」
『ギア・ファースト』
向かってきた二体の目の前に加速移動する。
突如現れたオレに二体が攻撃を仕掛けて来るが、ワンテンポ遅い。
ミーティア・アクションで加速された身体能力で、地面を蹴って、ガジェットの死角。上へ飛ぶ。
熱線が今までオレが居たところを焼くが、そんな事に一々、ビビってる場合じゃない。
左のフォルダーからのグラディウスを引き抜き、落下中に二体を切り裂く。
「二体破壊!」
『こっちも二体、破壊しました』
ロイルからの念話にホッと息を吐く。しかし、すぐに気を引き締める。十未満と言うのはあくまで予想で、もしかしたらそれ以上いるかもしれない。油断はできない。
『カイト君?』
長距離の念話がシャマルさんから届く。向こうは終わったか。
『はい』
『こっちは終わったわ。結界内に敵の反応はないわ。目視で何か確認できる?』
言われて、オレは高めにビルへ登って、辺りを見渡す。
見渡す限りではガジェットは見当たらない。
『確認できません』
『なら戦闘終了ね。お疲れ様』
『そっちもお疲れ様です。こちらは合計七体でした。そちらは?』
『二十体よ。ヴィータちゃんとザフィーラが頑張ってくれたわ』
二十ものガジェットをこの短時間で片付けるとは大したものだ。流石はヴォルケンリッターか。とは言え、部隊のランク規制でヴィータさんにはリミッターが掛かる。
それでも強いだろうが、ここまで圧倒的な力は見れなくなるか。
『了解です。オレたちは戻ります』
『ええ。ありがとう』
念話が途切れると、オレはアスベルに降下するよう要請する。司令室にも戦闘終了を告げる。
「機動六課か……」
『八神の嬢ちゃんが何か隠してるのは分かってるだろ? 聞かないのか?』
「はやてが話してくれるまで待つさ」
『根気強いな』
「信頼してるのさ」