オライオンで昼食を取った後、オレは八神捜査官のサポート要員として、あちこちについて回った。
おそらくクラナガンに来る前に事前に下調べとアポイントは取ってあったのだろう。驚くほどスムーズに情報を手に入れ、八神捜査官はレリックを追っていく。
レリックは扱いが難しい上に、下手に扱えばすぐに大規模な爆発に繋がる危険性も秘めている為、まだ、クラナガンから持ち出されてはいないと言うのが八神捜査官の見解だった。
「ま、正直な所。クラナガンから早う出て行って欲しいんやけどな」
「危険だからですか?」
「せや。まぁクラナガンに入ったのにわざわざ出て行く犯罪者もおらんとおもうけどなぁ」
八神捜査官はそう言うと、すっかり暗くなった空を見る。
驚く程手際よく情報を集めた八神捜査官でも、未だにレリックは特定出来ていない。それどころか、もしかしたらレリックではなく、別のロストロギアではないかと言う可能性も出てきた、
「八神捜査官。聞いてもいいですか?」
「ええよ。何が聞きたいん?」
空を見上げていた八神捜査官は、隣を歩くオレに視線を移す。
大きな瞳がオレの姿を捉えるのを感じながら、オレは兼ねてからの疑問を口にする。
「今回の事件……不自然ではないですか?」
「どこら辺がや?」
八神捜査官の目が僅かに細められる。
オレは言い知れぬ圧迫感を感じつつ、しかし、しっかりと言葉を発した。
「あなたが追っているレリックと言うロストロギアがクラナガンに持ち込まれたと言う事がです。一体どこからの情報ですか?」
「……案外、色々見えとるんやね」
驚きに目を見開き、そして八神捜査官は困ったような笑顔をオレに向けた。
その言葉を意味するのは。
「少々、都合が良すぎる気がしていますし、疑問もあります。クラナガンに持ち込まれたロストロギア、レリック……一ヶ月前の事件で混乱した際に持ち込まれたとされています。けれど、それはつまり一ヶ月間、わざわざクラナガンに入った犯罪者は何もしなかったと言う事です。それが第一の疑問」
オレはそう言って、八神捜査官を見る。
オレの言葉を聞いた八神捜査官はため息を吐いて、言う。
「せやね。規模で言えばかなりの少数か個人や。何の為にクラナガンに入ったんかなぁ。私は取引やないかと思っとるけど。第一の疑問は取引をするためってのはどうや?」
「では第二の疑問。そんな厄介なモノがあるはずなのに、オレ達現場の陸士部隊には何も通達は来てません」
「犯人を警戒させんために少数による調査が必要って上層部が決めたかもしれへん。次の疑問は?」
二つの疑問に最もらしい答えを提示した八神捜査官は、オレを試すようにそう聞いてくる。
見極めようとしているのか、はたまた違う意図か。
敢えて聞いてくる意味は分からなかったが、オレは八神捜査官に最大の疑問を言う。
「あなたの騎士達がついて来なかったのは、あなたの誕生日に予定を開けるためでしょう? そんな時期に見計らったかのようにマークしていたレリックの情報がもたらされた事。第三の疑問です」
「せやなぁ。それは偶然と言えるんちゃう? 敢えて理由をつけるなら、情報を貰ったのは私だけやない。ある程度フリーやった特別捜査官には全員、伝えられて、そして調査要請が掛かった」
八神捜査官はそう言うと、オレから目を離して、すこし先に見える自身が泊まる高級ホテルを見る。
管理局の上級職員や企業の重役が利用するホテルで、知り合いが手配してくれた。と言っていた八神捜査官の言葉を信じるならば、彼女の知り合いは、八神捜査官が通常のホテルや部隊の隊舎を使う事を良しとしなかった事になる。
「ここでええよ。リアナード陸曹」
「逆では?」
「陸曹?」
「最初の二つの疑問が偶然で、最後の疑問が意図的なのでは? あなたなら来る。そう予測できたなら、これはあなたを誘き出す罠として成立する」
オレはそう言うと、手に持っていた八神捜査官のバッグを手渡す。
八神捜査官は何も言わない。全てが憶測だからだ。そして、ここで何を話しても意味はない。
オレは八神捜査官に敬礼すると、彼女に背を向ける。
「リアナード陸曹。もしも私を誘き出す罠やとしたら……理由は何や?」
背中に掛けられた声は震えていた。
喋り過ぎた。
オレは心の中で呟く。
闇の書の事件。それは一般職員では詳細を知る事はできない。
一般職員が知る事ができるのは噂話程度だ。
闇の書の主、八神はやては自分の命惜しさに魔力を蒐集した。
管理局の上級職員の間ではそう言う噂が流れているし、事実、そうなのだろうと言う雰囲気すらある。
それだってオレが知ってるのはおかしい。八神はやてや彼女の守護騎士についても、レアスキル保持者共通の措置として、特秘事項として扱われている。
わかるのは、闇の書の事件に関わったと言うだけだ。
総じて言えば、オレの態度はおかしい。
八神はやてを案じるのは、基本的に表に出ない闇の書の事件の詳細を知っている者だけだ。
「答えられへん? それとも答えたくないん……?」
確実に疑っている声でそう問いかけてくる。
オレが闇の書の事件の事を知っている理由を話した所で、別に問題はないが、今の状況で信じてくれるとは思えない。
なにせ、おそらく、八神捜査官は、オレの事を。
「闇の書の事件の被害者、または遺族……そう思っていますか?」
闇の書の事件の被害者や遺族の対応は大きく二つ。
現在の主であり、守護騎士達を存続させている八神はやてへ負の感情をぶつけるもの達。大部分はそう言う者たちだ。
そしてもう一つ。八神はやてに同情する者たち。
数は非常に少ないが、それでも八神はやても被害者だとして、過去と折り合いをつけている者たちは居る。
「違うん? そうやないなら……どうして君は私を心配するん……?」
オレはゆっくり振り向く。恐る恐ると言っても良いかもしれない。
視界に入ってきたのは不安げで、何かに怯えてるような表情だった。
この人でもこんな顔をするのか。
思わずそう思ってしまった。オレからすれば、オーバーSランクの魔導師が不安を感じるなど無いと思っていた。
強く、優秀なのだと思っていた。
それは間違いないが、だからと言って、怖いモノがないわけじゃない。どんな事も平気な訳じゃない。
「管理局に入る前、オレは魔導師としての基礎をある人から叩き込まれました。その人に聞いたんです。これではダメですか?」
「その人は誰や……? 教えてや! 君は一体、どこまで知っとるん……?」
オレは迷う。
この地上で名前を出すのはかなり問題のある人だからだ。
おそらく、その人物の弟子だと知れば、上層部の多くの人間はこぞってオレを潰しに来るだろう。
どこから洩れるかは分からない。管理局に居たいならば、例え目の前の少女にも言うべきではない。
けれど、言わなければ、目の前の少女は怯えた表情を消しはしないだろう。
「決して口外しないでください。そう約束してくれるなら」
「……する。誰にも言わへん」
「オレの師匠の名前はヨーゼフ・カーター。管理局地上の英雄にして裏切り者。ギル・グレアム氏の親友だった人です」
「グレアムおじさんの……親友……? その人に聞いたん……?」
オレは八神捜査官の言葉に頷く。
八神捜査官は小さく息を吐き、せやったんか。と安心したように呟く。
オレはそんな八神捜査官に釘を差す。
「他言無用でお願いしますね。あなたの事も、闇の書の事件の事も、かなり深い所まで知っています。ただ、特秘事項漏洩なので。バレると師匠と、おそらく、既に退役していた師匠に話したグレアム氏も罪に問われてしまいます。オレは辺境惑星に左遷されるかするんじゃないでしょうか」
実際はどうなるかはわからないが、オレが左遷されるのは間違いないだろう。特秘事項漏洩以上に、ヨーゼフ・カーターの弟子とバレるのが拙い。
人生を壊しかねない秘密を口にしたオレは、ゆっくり息を吐き、そして空を見上げる。
「本当は自慢したいんですけどね。師匠、海から陸に来て、最後は海に協力しちゃいましたから。陸の上層部からは嫌われてるんです」
「あ、そ、そんなつもりやなかったや! その……心配してくれる理由が知りたかっただけで……そんな秘密を聞き出そうとか、そんなつもりは!」
焦った口調で八神捜査官がそう言った。
まぁ慌ててもらわなければ困る。オレの人生が掛かっている秘密だ。
オレはそう思いつつ、泣き出しそうな八神捜査官に笑顔を見せる。
「気にせずに。オレも八神捜査官の秘密を知っていますから。お互い様です」
「ごめんなぁ……。そないな隠し事やと思わなかったんや……」
「大丈夫です。黙っていてくれれば、何の問題もありませんから」
オレはそう言うと、高級ホテルを指差しておどけた様に続ける。
「まぁこの話は二人だけの秘密と言う事で。早くホテルに行かないと、さっきからホテルの人らしき人が待ってますし」
八神捜査官はそう言われてホテルを見る。
ホテルの豪華の入口の前には、スーツ姿の男性がこちらをじっと見つめて立っていた。おそらく八神捜査官の出迎えだろう。
「せや……。ここ時間になると出迎えがあるんやった……」
「明日は九時に迎えに来ます。遅れないでくださいね?」
「あ、うん。了解や」
オレの言葉に慌てて答える八神捜査官を尻目に、オレは踵を返す。
そんなオレに八神捜査官は声を掛ける。
「えっと、ありがとうな! カイト君!」
初めて名前で、しかも階級を付けずに呼ばれた事にオレは結構驚いた。
同年代にカイトと呼ばれるのは久々だったのもあるし、なによりあの八神はやてがオレを名前で呼んだのだ。
一つ自慢が出来たと思いつつ、オレは顔だけ振り返り、別れの挨拶をする。
「どういたしまして。はやてさん。おやすみなさい」
よく親しみやすいと言われる笑顔を向け、オレはそう言って今度こそ、帰路についた。
一度、110部隊の隊舎に寄らなければいけなかったオレは、廊下で部隊長とばったり遭遇した。
オレは隊舎にまだ部隊長が残っていた事に驚愕する。
「部隊長!? ……まだノルマが終わらないんですか?」
「ああ、リアナード陸曹。お疲れ様。ノルマは終わった所だよ」
満足気に部隊長は片手に持っている束をオレに見せつけるが、オレから言わせれば、片手で持てる程度の書類に一体何時間掛かったんだという所だ。
憐れみを込めた視線を送っていると、部隊長がずり落ちた眼鏡を押し上げる。
「先ほど連絡があってねぇ。守護騎士は六月四日に地上に降りてくるそうだ」
「なるほど。じゃあオレの役目は六月四日までですね」
予想通り、守護騎士たちは八神捜査官の誕生日の為に動き回っていたらしい。
明日乗り切れば肩の荷が降りる。そう思ったオレに部隊長が冷たく言い放つ。
「わからないかい? 八神捜査官の周りが手薄になるのは明日しかないんだ」
言われた言葉の意味をオレは理解して、微かに顔を青ざめさせる。
どうして言われた時に気づかなかったのだろうか。
八神捜査官に罠だと言ったのはオレなのに。
「ですけど……本当に彼女に何かしようなんて奴が居るんですかね……?」
「さぁね。そこまではわからないよ。ただ、彼女の周りに守護騎士が誰も居ないなんて状況を、彼女を心良く思ってない人間が見逃すとは思えない」
「でも、彼女はオーバーSランクの魔導師ですよ?」
「魔導師ランクは直接的な強さには直結しない。誰にでも得て不得手がある。君自身、それを証明しているだろ?」
言われた言葉に何か返そうとして、けれど言葉が見当たらない。
言葉の一つ一つに、部隊長の確信が感じられる。
明日、襲撃が来る。
そう部隊長は確信している。
「本人に聞いてみましたが……はぐらかしていましたし、そこまで深刻には捉えていないようでしたが」
「彼女も気付いているさ。まぁ受けて立つと思っているだろうがね。それは彼女の問題だ。君を巻き込む気はないんだろう」
そう言われて思う。
何故、わざわざ近接系の魔導師をパートナーに要求したのか。
答えは簡単だ。前衛が必要だからだ。
なのに巻き込む気はないと言うのはおかしい。
「では、何の為にオレは彼女のパートナーに選ばれたんですか?」
「……君の事が気に入ったんだろう。極力危険に晒したくはないと思ったんじゃないかな。まぁ彼女がそう思ってくれるなら好都合だ。出来る限り逃げなさい。巻き込まれても、自分の事だけ考えなさい」
出来の悪い生徒に語りかけるように部隊長はそう言うと、オレの返事も聞かずに横を通り抜けて行ってしまう。
言っている事は正しい。
オレでは足でまといになる可能性すらある。
上手く逃げ、自分の身だけ守る事は、ひいては八神捜査官の為にもなる。
そうやって自分を納得させようとオレはそれからしばらくその場から動かなかった。