新暦75年4月29日。
ミッドチルダ・中央区画・機動六課本部隊舎。
部隊長から渡された部隊設立祝いを持っていくように言われたオレはたまたま目に入った演習にクギ付けになっていた。
わざわざサーチャーを飛ばして、しっかり見てしまうほどに。
「これが長くて入局一年程度の新人の動きか……?」
『よくもまぁこれだけの逸材を引っ張ってきたもんだな』
モニターの中で全員が良く動いている。
そして驚愕するべき点は。
「四人が四人とも考えて動いてる。ただがむしゃらなだけじゃない。次はどうすればいいか考えてる」
『あの射撃型魔導師。お互いにスキルも大して知らないだろうに、指示を出してるぜ』
「指揮官型か。あの青い髪の子はフロントアタッカーか? まだまだ荒いけど粘り強いな」
『小さいのが二人居るな。見覚えがないか?』
言われて気づく。
テスタロッサ執務官が写真で見せてくれた保護してる子供だ。入局してたのか。
それにしても、あの赤い髪の男の子。
「年は十くらいか? 速いし、似てる」
『テスタロッサ執務官にな。速さもそうだが、攻撃の性質も似てる』
「あのブーストしてる子の近くに居るのは竜か? とんでもないのを出してきたな」
『竜を使役する魔導師か。特殊だな。どいつもこいつも』
ヴァリアントの言葉に頷く。
この四人の内、誰か一人でも居れば、その年は当たり年と言えるかもしれない。
「我が主が見つけてきた新人だからな」
後ろから聞こえてきた声に振り向く。
狼形態のザフィーラが居た。
「それにしたって、飛び抜けすぎだ。新人の動きじゃないぞ?」
「今日が初めての教導だ。今、四人が見せているのは、今の時点で四人が持っている初期能力だ」
「初期能力って……」
モニターでは赤い髪の子がカートリッジをロードしている。
「あんな年でカートリッジまで使わせてるのか?」
「弾数制限を設けてだがな。すでにカートリッジは安全なシステムだ」
「体への負担はデカイし、魔力制御ができなければ、暴発の可能性もある。だから管理局地上の魔導師にとっては……使いたくても使えないシステムだ」
自分の限界魔力以上を短時間とは言え扱う事はリスクを伴う。カートリッジシステムは万能なシステムではない。
魔力の少ない者がその弱点を補う事ができるシステムではあるが、その分、コントロールが求められる。そして、残念ながらミッド地上の平均的魔導師にそこまでの魔力コントロールは出来ない。
「安定化したのはここ最近だからな。初めから慣れ親しんでいる新しい世代なのだ。新人たちはな」
「世代か。まだ二十にもなってないのに、次の世代を感じるなんて……嫌な時代だな」
青い髪の少女が力技でガジェットを破る。膨大な魔力と確かな格闘技術がなければできない事だ。
赤い髪の少年といい、この子といい、どう言う運動神経をしてるのか。初めて対峙するガジェットにこうまで対応するなんて。
「嫌な時代と言うのは認めよう。だが、それが現実だ。その現実を少しでも良くできるように、この部隊はある」
『小さな子供が戦わない世界を作る為に小さな子供を戦力とするか。矛盾だな』
「はやての前では言うなよ。ヴァリアント」
『わかっているさ』
竜を使役している少女が無機物召喚で、複数の鎖を召喚する。
確かにAMFは実体は無効化は出来ない。多彩な魔法を持っている子だ。補助に召喚に竜の使役か。この中じゃ一番特殊な子だな。
「射撃?」
『腕は悪くないが、魔力不足だな』
ヴァリアントの言葉に間違いはない。あの射撃型魔導師の女の子の射撃じゃAMFは抜けない。
女の子が足を止めて、カートリッジをロードする。
砲撃か。いや、これは。
「まさか多重弾殻射撃か!?」
『構成がバラバラだ! デバイスの補助もない! これは完全に今の思いつきでやってるぞ!?』
思いつきで多重弾殻射撃が出来てたまるか。マッシュ先輩がマンツーマンで教えて、ロイルが最近、ようやくデバイスの補助ありで使えるようになった技術だぞ。
ミッドの首都を任されている陸士110部隊の人間が数年掛かった事を、今、その場でやるのか。
「安定した!?」
完全に魔力弾が外殻に覆われた。なんてデタラメな。どう言う感覚をしてるんだ。
少女の放った多重弾殻魔力弾がガジェットを二体破壊する。生成だけでなくコントロールまでしてしまった。
二体を倒した所を見れば、精密誘導で二体目の時は外殻が残っている部分をAMFと接触させたんだろう。
「こんな子がミッドの地上部隊に居たのか……」
オレがそう呟くと、ザフィーラが誇らしげに言う。
「お前の部隊の部隊長は新人の素質を見抜くのに長けていると言われているらしいが……我が主もなかなかのモノだろう?」
「なかなかねぇ」
ザフィーラの自慢は最もだ。すでにこの新人たちは初期能力だけで地上局員の平均を上回ってる。そして、それに加えて伸び代がある。
「レリックを集めるにはガジェットと当たる回数が増える。生半可な人間じゃ確かに持たないのはわかるが、これだけの人間を集めて、何をする気なんだか」
「いずれ主はやてがご自身でお前に話す。その時まで待ってくれ」
「ん? ああ。分かってるよ。しかし、この面々をなのはが鍛えるとなると、オレもうかうかはしてられないな」
「冗談はよせ。今のお前のレベルに新人たちが追いつけるのなら苦労はしない」
ザフィーラが呆れたようにオレに言うが、正直、冗談でもなんでもない。
自分の実力は良く分かってる。
まだ一対一なら負けないだろうが、あの中の二人が相手なら負けるかもしれない。オレの実力はその程度だ。
「オレのレベルならあっという間だろうさ。なのはが教えるんだ。それは間違いない」
◆◆◆
新人たちの訓練を終えたなのはに部隊長からのお祝い品を渡す。
「お疲れ様」
「うん。ありがとう。サーチャーまで飛ばして見た感想は?」
「自信を無くしました」
「あはは」
並んで歩きつつ素直な感想を口にすると、なのはそうやって笑う。
どうぞ笑ってくれ。昔ならいざ知らず、今は元々の素質が違いすぎる相手には、張り合う気すら起きない。
「青い髪の子はフロントアタッカーだろ? 赤い髪の子はガードウィングで、竜使いの子はフルバック。そんで」
「ティアナはセンターガード。視野も広いし、判断力もある。魔力の操作も的確だし、技術は今のままでも十分あるよね! みんなそうだけど、基礎的な部分をしっかり鍛えて上げれば強くなれる!」
興奮した様子で話すなのはに苦笑いを浮かべる。
随分と気に入ったみたいだな。可哀想に。シゴかれるぞ。怪我しない程度に絶妙にコントロールされた教導メニューで。
まぁ気持ちが入って当然か。今までは教導と言えば短期間で、いつも不完全燃焼状態だったしな。
「大事に育てるつもり?」
「うん。私の大事な教え子だもん。大事に、それでもって、それぞれに力を渡してあげるつもり」
「大事にし過ぎは禁物だぞ?」
「分かってるよ。でも当分は基礎的な練習かな。あんまりいきなり強い力や応用に入るとカイト君みたいになっちゃうし」
痛い所をついてきたな。過去をそうやって出されると何とも言えない。
消し去りたい過去だが、消す訳にはいかない過去だ。一生、付き合っていくしかない。
「はいはい。その節はご迷惑をおかけしました」
「うん。私が担当した人じゃ五本の指に入るくらい厄介だったよ」
「オレの担当はアーガスさんだろ?」
「私も担当したようなものだよ。だから私は第三の師匠?」
「やめろよ。絶対、やだ」
オレはそう言って心底嫌そうに顔をしかめるが、なのははどこ吹く風の様子で気にはしない。
「教えた事実は変わらないよ? カイト君は私のお弟子さん!」
「勘弁してくれ……。オレに構わなくても、今は新しい弟子が四人も居るだろ!?」
「それはそれ、これはこれだよ。もうちょっとしたら兄弟子として教導を手伝ってね」
「オレを成長の度合いを確かめる測りにするつもりだな!? 絶対嫌だ!!」
「師匠命令だよ!」
「い・や・だ!」
「あ~あ、悪魔って言われて傷ついたなぁ」
らしくもなく落ち込んだ様子でなのはが言う。
しまった。そういう弱みも握られてた。
「女の子に悪魔って言う人ってどう思うって、みんなに聞いちゃおうかなー」
「話し合いの余地はあるぞ?」
「うん。じゃあ決定ね」
「待て! 話し合いは!?」
「決定は決定! 頑張れ兄弟子! 負けるな兄弟子! だよ」
スキップでもしそうな勢いなのはが固まったオレを置いていく。最悪だ。なのはが鍛えたあの新人たちと模擬戦をしてやられるなんて絶対に嫌だ。
「置いてくよー?」
「いや、もうオレは帰る」
「隊舎にはリインも居るよ? 会ってかないの?」
このままここを離れて、話を有耶無耶にしようとしたのだが、なのはの一言で、オレは思い出す。
そうだ。
誤解をとかなければならない。
「なのは。一つ言っておく事がある」
「なにー?」
「はやての話を信じるな」
「ロリコンさんの話は信じていいの?」
こいつめ。分かってやってるな。
流石にはやての話は嘘だとわかったか。いや、そうすると。
「わざとテスタロッサ執務官に言いやがったな……?」
「何の事かなぁ?」
「おい! 幾らなんでもあんまりだぞ!?」
「カイト君が悪いんだよ! 私が遊ぼうって言っても遊んでくれないし! はやてちゃんと休みがあってもはやてちゃんはカイト君と遊んじゃうし!」
逆恨みだ。
そんなしょうもない理由でオレがロリコンだと広めたのか。なんて器の狭いエースだ。エースオブエースと聞いて呆れる。
「そんなん知るか!? 他の奴と遊んでればいいだろう!?」
「教導隊の後輩とは遊び難いの! イメージが壊れちゃうから!」
「教導隊以外の友人居ないのか!?」
「接点がないんだもん! 本局の知り合いは大体、次元航行部隊だし、地上の人だとカイト君くらいしか接点ないもん!」
「友達作るの下手くそか!?」
オレがそういうと露骨にショックを受けたようになのはが一歩下がる。
そんなにショックを受けられても。事実だし。
「わ、私……地球だったら友達いっぱいいるもん!」
「ここはミッドです」
「はやてちゃんとフェイトちゃんって言う代え難い親友が二人もいるもん! フェイトちゃんとは一つのベッドで一緒に寝るんだから!」
どん引きとはこの事だろうか。
一つのベッドで一緒に寝るって何事だよ。ルームメイトで、同じ部屋ならまだしも、同じベッドって。
これはどう対応すればいいんだろうか。オレ、そっちの趣味の人への対応はわからないんだけど。
「そ、そっか……。応援してるよ……」
「うん!」
「じゃ、じゃあ……オレ帰るわ」
「もう帰るの? はやてちゃんもフェイトちゃんももうすぐ帰ってくると思うよ?」
「いや、部隊に仕事残してきてるし、正常な対応ができるか不安だし、帰る」
「う、うん? じゃあまたね」
「ああ」
オレは急いでその場を離れる。
とりあえず先輩たちに対応を聞かなくては。
流石は高町なのは。恐ろしや。