新暦75年5月14日。
ミッドチルダ・聖王医療院。
まさか本当に入院する羽目になるとは。
アトスに刺された腹の傷は骨と骨の間を見事に抜けて傷つけていた。臓器自体の傷は浅かったのはアトスがオレを殺すつもりがなかったからだろう。
とは言え、応急処置が優秀だった為、全治二週間の診断を受けた。今の二週間は精神的に痛いが。
暇はしてない。断続的に各方面から説教を受けているからだ。今日は部隊長とローファス補佐官のお叱りと半年の減給を告げられた。
そして。
『ちゃんと聞いとるん?』
「……はい。聞いてます……」
今ははやてから説教を受けている。
ベッドから体を起こしていると傷が痛むんだが、はやての目が怖すぎて言い出せない。
『全く、一体、何を考えとるんや? 事前の連絡無しで現場に現れたせいで現場は大いに混乱したんやで?』
「……すみません……。外部に連絡したら、受けた人間も命令違反とすると言われたので……」
『命令違反でこっちに来るなら、何でそれだけは律儀に守るんや? 成果で命令違反が帳消しになる思って来たんやろ?』
「その……。付け入る隙を与えたら拙いかと……」
オレの顔の前に浮かんでいる空間モニターの向こうに居るはやてが盛大に溜息を吐く。かなりイラついている。
『そんな隙と現場の危険、そしてアトスたちの確保を天秤に掛けるなんてどうかしとるで?』
「気が動転してて……」
『あの現場には新人が居った。新人だけでも退避出来れば、なのはちゃんとフェイトちゃんでアトス達をどうとでもできた。それにアトス達やなくても局員になりすました犯罪者を捕まえられた。カイト君の命令違反も、連絡を受けた六課もお咎めなしや』
全くその通りだ。あの時、自分だけで何かしようとしてたオレがどうかしてたんだ。
冷静さを失って、自分がやらなければならないなんて思う悪い癖が出てしまった。アトスに人はそんなに変われないと言ったが、その通りだ。オレは変わっていない。
「……全てオレの責任です……」
『私はカイト君の上司やないから、そう言われても罰なんて与えられへんよ。反省しいや。もうちょい周りを信用せな』
「……了解……」
全く覇気の感じられない落ち込んだ声がオレの口から発せられる。自分でも驚くくらい沈んだ声だ。
『まぁ、二週間は反省期間や。しっかり自分の行動を見直して、反省するんやで?』
「……うん。ありがとう。心配かけてごめん……」
『ええよ。それじゃあまた連絡するな』
はやてがそう言って通信を切る。空間モニターが消失したのを見て、オレは腹の傷に極力負担が掛からないようにベッドに横になる。
『色々大変だな』
「仕方ないさ。今回はオレの失態だ」
『相棒も成長してるんだな。昔なら、オレは周りの為を思ってやったのにって叫んでたぜ?』
「昔だ……」
こいつは。過去を引っ張り出しやがって。
ヴァリアントは現場ではオレの判断や行動を尊重し、アドバイスをくれて協力してくれるが、その結果が見えていながら協力している節がある。
例えオレが間違っていても、その間違い、失敗がオレを成長する事だと思うならヴァリアントはオレを止めない。おそらくそれは師匠の差金だ。
結局、まだまだ師匠の保護下からも抜け出せない半人前だということだろう。
少しだけ、成長して強くなっただけで、オレは満足しかけてた。失敗がなかったからだ。
自分の事とはいえ、中々厄介な性格だ。
うまく行っているときは調子に乗り、うまく行かないときは視野が縮まってしまう。難儀なことに治そうと努力はしてるのに治らない。抑えていても、ふとした時に出てしまう。
自分で自分に溜息を吐くと、通信の知らせが来る。
『高町の嬢ちゃんだな』
「また説教かぁ……。はい、こちらカイト」
空間モニターが開いてなのはの顔が映る。制服を着ている様子だからまだ勤務中か、小休止中だろう。
『あっ、カイト君。怪我は大丈夫?』
「全治二週間の診断を受けました」
『どうして敬語なの……?』
びっくりした様子のなのはに怪訝な表情を浮かべてしまうが、すぐにそれを引っ込めて、真面目な顔で答える。
「反省の色を示そうかと」
なのははそれを聞いて、不思議そうに首を傾げた後、顎に人差し指を当てて考え始める。
しばらくして答えが出たのか、笑いながら言う。
『あはは。大丈夫だよ。私は怒ったりしないよ』
「……何で……?」
『私もミスした側だもん』
今度はオレが考える番になった。
なのはがミスしたなんて聞いてない。オレが来る前だろうか、それともオレが意識を失った後だろうか。
「ミス? どんな?」
『気付けなかった。あれだけ近くにいたのに、私は幻術を見破れなかったんだよ』
それは。
確かにミスと言えなくもないが、アトスの幻術は今の所、だれも見破れていない。まるで反応がなく、あの時の幻術での変身も元となった人間を知っていたから見破れただけで、ただ見ただけじゃ見破れない。
それをミスと言うなら観測や探知を行なっていた司令部もだし、あの場に居た全員がそうなる。
「しょうがない……って納得できる訳ないか……」
『うん。しょうがないって言葉は使いたくないんだ』
「そう言われてもなぁ。次は頑張ろうって切り替えるしかないだろう」
『うんうん。そうだよね。ならカイト君もそうやって切り替えてね』
笑顔でオレに言ってくるなのはを見て、オレはなのはが連絡してきた理由を察する。
励ましか。
かなり気を使わせたな。
「……そうするよ。それが狙い?」
『うーん、ちょっと違うかな? 誰も怒ってくれないし注意もしてくれないから、カイト君なら何か言ってくれるかなって』
「言えるかよ……。オレは大失敗したばかりなんだぞ……?」
『それでも、私に遠慮なく言ってくる人って少ないから。前はアーガス隊長だったんだけど、今は居ないし、なら弟子であるカイト君かなって』
「弟子で代用するなよ……。大体、そう言うのは上官の仕事だろ? オレは階級低いし、はやてに頼んだら?」
かなりシュールな絵になるだろうが。
私を怒ってくださいって。はやてがパニックになってもおかしくない。
『もう半年間の減給を願い出たよ。やっぱりケジメはつけなきゃだし』
「さようか……。それならそれで納得するしかないんじゃないか?」
『うん、そうなんだけど……。ちょっと切り替えができないんだ……。あの時、新人の子たちがもしも怪我とかしてたらって思ったら……怖いんだ』
「……新人を現場に出す時はどんな奴だってそうだ。特に、初めての経験だろ?」
なのはの居た教導隊はエースの集まりだ。
一緒に現場に出るのもエース、またはそれに準じる実力を持っている人間たちだ。他の部隊に応援に行く時だって、自分より弱い人間の命を預かる事はあっても。
長期間共に行動する人間の命を預かる事はない。
『そうだよ……。重いね。ちょっと押しつぶされそうだよ』
「エースオブエースがオレに泣き言言うなよ……。かなり自分がいたたまれなくなるし、オレは誰に言えばいいかわからなくなる」
『我慢してよ。はやてちゃんにもフェイトちゃんにも心配掛けるから言えないんだもん』
「勘弁してよ……。まずもって、新人をすぐに現場に出すなんて、オレも経験したことないし」
『そうやってわざわざ答えを考えなくもいいよ。答えは自分で探すから』
軽く笑みを浮かべてなのはがそう言う。
ようは話を聞いてくれれば良いという事なんだろうが、とても軽く見られた気がする。
「オレに答えが出せないと思ってるな?」
『違うよ。私の事だし、話も聞いてもらって、色々考えてもらうのは悪いと思ったの。どうしていつも穿った捉え方するかなぁ』
「それが侮ってるっていうんだ。ヴァリアント、レイジングハートにアトスとの戦闘データを全て送ってくれ」
アトスとの戦闘データは全て保管してある。いつか再戦の機会があれば、オレが意地でも捕まえるために何度も見た過去のデータと、昨日の戦闘データ。
できればアトスはオレの手で捕まえたい。いや、オレ一人の手で捕まえたい。でもそれはオレの自己満足だ。アトスだってポルトスとアラミスの二人に協力してもらっている。昨日の結果で分かった。オレ一人じゃ捕まえられない。そろそろ意地を捨てなければならない頃合だ。
『これは……?』
「昨日の最後の分析データを見てくれ」
『うん。えっと、幻術と結界?』
「ああ。アトスが逃走した時に使った魔法の波長を分析した結果だ。アトスは最後にその系統の魔法を使った」
『転移魔法か移動魔法だと思ったけど、そうじゃないんだね』
「魔力反応も微かだがあった。いきなり消えてる訳じゃない。何らかのトリックがあって、それで奴らは見事にこちらを出し抜いてる。それを調べれば、アトスの完璧に近い幻術も破れるかもしれない」
なのはは戦闘データを熱心に見ながら何度も頷く。どうやらこのデータはお気に召せたらしい。最後の足掻きとばかりにヴァリアントに指示して正解だな。
あの場に居た人間たち、そして機動六課の司令部も追跡に意識が行った筈。消えてしまう僅かな時間の記録では魔法の種類は特定出来ないはずだから、このオレのデータがあの逃走を見破る鍵になる。
『うんうん。すごいね。怪我しながらこんな事してたんだ』
「せめて次に繋げようと思ってな」
あの現場に居たなのはとレイジングハートならデータもしっかり取っているだろう。オレだけじゃ全く分からないが、なのはならあるいは。
『でもいいの? 私がこれを貰っちゃって』
「どういう意味だよ? 情報の共有は別に悪い事じゃないだろ?」
『うん。だから、このデータはカイト君が頑張って取ったある意味戦果でしょ? これであの幻術への対策を見つければ、今回の失敗は帳消しだよ?』
「オレじゃ無理だから渡したの。いくらデータがあっても、アトスが次に現れる時に全く対策を立てられないなら宝の持ち腐れだ。なのはがそれで対策を立ててくれれば、オレのデータが役立ったってオレもお得だし」
そう言って肩を竦めるとなのはクスクスと笑い始める。
それは次第に大きくなり終いには腹を抱えて笑いだした。
「何がそんなにおかしいんだよ?」
『だって、カイト君がそんな事を私に言うなんておかしくて……』
「なんだよ。別に変な事は言ってないだろう? 戦技教導官にデータを渡して、対策を立てて貰う。やっぱり笑う所じゃないだろ?」
『いつもなら、もうちょっと偉そうに言ってくるよ。オレがアトスを倒すから、ちょっと対策考えろとか。それなのに今回は随分と丸くなった頼み方だなって』
「そんな事言わないし」
『言うよ』
「言わないって」
『絶対言う』
何だよ。まるでオレがダメな奴みたいじゃないか。似たようなもんだけど。
憮然としてると、ようやくなのはも笑いが収まったのか、笑顔を浮かべたまま言う。
『戦技教導官にとって新しい戦略や対策は本来の仕事の一つだからね。しっかり見つけるよ』
「頼む。正直、三度目はない」
『だよね。私も結構ショックだよ。フェイトちゃんやヴィータちゃん以来かも。二度も逃げられたの』
「今の発言は聞かなかった事にしとく。なのはの過去は知らないし、今の発言で知りたくもなくなった」
『えー? 話さなかったっけ? あのね』
「いいから! 聞きたくない!」
オレはそう言って両手でバツ印を作って、なのはの話を拒絶する。
なのはもそこまで本気で話す気はなかったようで、冗談だよ。と呟き笑う。
「はぁ……。しっかり対策見つけてくれよ? 頼りにしてるからな?」
『うーん。普段の私への対応の改善を要求しようかな?』
「データ渡したのになんでそっちが要求してくるんだよ!?」
『これも冗談。今のままでいいよ。気が楽だから。しっかり対策は見つけるから、カイト君は怪我を治してね』
なのはは最後に少しだけ真剣な顔を覗かした後、笑顔で通信を切った。
オレはまた腹の傷に負担を掛けないように横になる。起きたり寝たりしてるから結構キツイ。
『高町の嬢ちゃん。前から思ってたんだが、相棒とのやり取りでストレス発散してないか?』
「知ってる。オレもなのはとのやり取りでストレス発散してるからおあいこだけど」
『なるほどな。それで何だが』
「どうした?」
『最後の一人からも通信だ』
最後の一人。
ああ、テスタロッサ執務官か。これはさすがに説教か。
また体を起こす。腹筋を使うと痛みが走る為、腕の力だけでできるだけ起き上がる。
「はい。こちらカイトです」
『あっ、カイト。ごめんね。今、大丈夫?』
「大丈夫です」
『ちょっと話があるんだ』
真剣な表情のテスタロッサ執務官を見て、こちらも真剣な表情を作る。
そう言えばこの人と真面目な話をした覚えはないな。
怒らせたら一番怖いと言うのがなのはとはやての話だったが。
『さっきなのはが通信してるのを見たんだ。カイトの名前も出てたし、相手はカイトだよね?』
「は、はい」
『どんな話をしたの? 事件の話?』
なのはがどう言う感じの話をしたかによって注意する所を変えるつもりか。さて、怒られはいないし、どう答えるべきか。
とりあえず当たり障りのない答えでいってみるか。
「はい。それと切り替えが大事だと言う話をしました」
『うん。そっか。そんな話をしたんだ……。あのね、カイト』
来るか。そう思い、オレは体を緊張させる。腹に力が入って痛むが、そうも言っていられない。はやてが怒ったときはかなり怖くて萎縮しっぱなしだった、それより怖いんだ。腹に力を入れてないと。
『凄くなのはは楽しそうだったんだよ』
「……はい?」
『だからなのはは凄く楽しそうだったんだよ。切り替えは確かに大事だけど、そんな話であんなに楽しそうになるのかなって。通信切った後もなんか凄く充実した顔だったし、それでね、私、考えたんだ』
「……何をですか……?」
『やっぱり名前で呼びあってるから楽しんだよ!!』
「すみません。ちょっと頭が痛いんで、通信切りますね。また今度連絡します」
『頭!? どうしたの? 傷はお腹だよね?』
「色々あるんです。失礼します」
そう言ってオレは通信を切り、空間モニターが消失したのを確認して、ベッドにのろのろと横になる。
『本局きっての敏腕執務官ねぇ』
「言うな……」
『優秀なハズなんだが』
「言わないでくれ……」
『ズレてるというか天然というか。相棒も大変だな』
「言うなよ……。悲しくなるだろ」
オレはそう言って、盛大に溜息を吐いた。そのせいで腹の傷が痛んだ。テスタロッサ執務官はオレにゆっくり治させる気はないな。