新暦75年5月28日
クラナガン・陸士110部隊本部隊舎・屋上。
夜。
はやてから通信が来たため、オレは部屋を抜け出して、隊舎の屋上に来ていた。安眠を妨げられ、その理由が女性、しかもはやてとの会話だと知れば、マッシュ先輩がキレる事は目に見えていたからだ。
「その様子じゃどうにかなったみたいだね」
『うん。ティアナもなのはちゃんの事を分かったみたいやし、なのはちゃんも上手くティアナの信頼を勝ち取ったみたいや。まぁ、部隊の世話焼きの子がちょいお節介したみたいやけど』
もう流石に仕事中じゃないのか、ラフな服装になって、ベッドに座っているはやてが柔らかい笑みを浮かべながら、オレへそう報告してきた。
「お節介?」
ちょっと気になる事をはやてが言ったので、聞き返すと、はやてはニヤリと笑う。そう言う笑みを浮かべる時はこちらをからかう時だ。
『せや。誰かさんと違って、上手く事態を好転させたで?』
「はいはい。凄い凄い」
そうやってあしらうと、はやては頬を膨らませる。
『なんやねん。反応おもろないで』
「悔しがって欲しかった? 悪いけど、今回はかなり他人事だからそんなに反応できないよ」
『ええ格好しぃやのに珍しいやん?』
「どう言う意味だよ……」
オレが半眼で睨むと、ようやくこちらの反応が得られたはやては笑みを深めて答えを返す。
『まんまやよ。いつもなら、首を突っ込んでくるんに、今回は珍しいやん』
「そんなに首を突っ込みたがりじゃないつもりだけどね。まぁなのは相手に力を貸そうとかは思うのは流石に恐れ多いって事かな」
『信頼? 恐怖?』
「信頼」
即答すると、はやては一瞬驚いた顔を見せるが、すぐにイタズラを思いついた子供のように笑う。
『なら、本人に言うなら?』
「恐怖」
これにも即答すると、はやてがモニターで腹を抱えて大笑いする。
これは収まるまでちょっと時間が掛かるかもな。
モニターの向こうではやてがベッドの上で足をばたつかせているのが映る。
何がそんなに面白いんだか。はやての笑いのツボは未だに理解できない。
「そろそろ収まりましたかー?」
『もうちょい待って……腹筋が……』
笑いすぎて力尽きつつあるのか、足は動きを止めて、ピクピクと震えてる。
追い打ちでも掛けてみるか。
「ねぇはやて」
『もうちょい待って……』
「最近、ローファス補佐官の車の助手席にさー」
『ちょっ!? 待って、待って! 後で聞く』
「この人が乗ってるんだよねー」
はやての方に画像データを送る。隊舎の近くでバーを開いているニューハーフのママの顔写真だ。どうにもローファス補佐官が気に入ったらしく、ローファス補佐官の帰り道である道路に三日に一度のペースで、倒れてるらしい。
放ってもおけないので車の助手席に乗せて送って行くらしいからまた凄い。
それを聞いて分隊長や先輩たちと爆笑したのはつい最近の事だ。
『っっっ!!!!????』
見た瞬間、はやてが声にならない声を上げて、腹を抱える。笑いのラインが下がっている状況で、ニューハーフのママを見て、ローファス補佐官とのツーショットを想像するのはヤバイだろう。
完全にノックアウトしてしまった。
ベッドでぐったりしてるはやてを見ながら、そんなどうでも良い事を思う。まぁ笑いが大好きな人間だ。幸せだろう。
「ねぇはやて、今、幸せ?」
それだけでまたはやては笑い出す。もう何を言っても笑うだろうな。しばらく放っておこう。これではいつまで経ってもオレが寝れない。
しばらくすると、ベッドで横になってたはやてがむくりと体を起こす。
「復活した?」
『一応。やるやんか』
「はやてが自滅しただけでしょ。それで? 何か用があったんじゃないの?」
『用ってほどやないよ。ただ、ちょっと聞きたい事があったんよ』
はやてが近くにあった枕を引き寄せて抱えながらそう言う。
聞きたい事ねぇ。ティアナがあんな状況だったんだ。それ繋がりで聞きたい事となれば、限られてくる。
「オレはどうだったかって事?」
『……うん。相談できなくて辛かったって言ってたやん? どうやったん?』
珍しく踏み込んで聞いてくるな。話しても楽しい事なんて何もない話なんだけど。辛かったのも結局は自業自得だし。
まぁたまにはいいか。
「……師匠から離れたオレは強くなる事にこだわっていた。訓練校じゃ、ミーティアとガラティーンのおかげで成績も良かったし、周りと合わせるのは別に苦労しなかったから対人関係に困る事はなかった。勝ち越せなかったのも一人だけだったしね。けど、陸士110部隊に入ったら違った。訓練はキツくて、周りはオレより格上ばかりで、どうして周りに勝てないのか、どうしてオレは強くなれないのかって思いながら過ごしてた」
『新人の頃からそんな事思ってたん?』
「新人は関係ないよ。誰よりも強くなりたいって思ってた。周りの……自分より強い人は全てライバル。周りと自分を比べてばかりいた。師匠の弟子であるオレが他人に劣る事は許されない事だと思ってたんだ」
周りの助けは借りたくなくて、周りより強い事を証明したくて、何度言われてもオレはオレのスタイルを崩さなかった。まぁミーティアとガラティーンを使っていた以上、あのスタイル以外に方法は無かったんだけど。ミーティアとガラティーンは手放せなかった。それが強みだったから。
地上の部隊に所属する魔導師になんて負けてちゃいけない。オレはヨーゼフ・カーターの弟子なのだから。毎回毎回、そう心の中で呟き、周りからの指摘を力任せに結果を出して跳ね返してた。それが強さとは遠いものだと気付かなかった。
『プレッシャーやったんやな。カーターさんの弟子っていうんが』
「うん。大きかったよ。けど、オレの性格も結構あったかな。周りと比べて、周りに嫉妬して、結局、他人を容認できない小ささが招いたことだよ」
『自己分析できる程度にはマシになったん? 今は?』
聞いてくるはやてにオレは苦笑する。即答はできない。これに関しては元々の性格だから、一生治らないだろう。
「今は方向性を変えた……かな?」
『どういうこと?』
「嫉妬や周りとの比較を向上心に変えるように努力してる。嫉妬するのも周りと比較するのも治らないなら、それを抱いて、よし、頑張ろって思えるようになれるようにしようって思ってる」
『そないなこと思ってたん?……聞いとらんで?』
「話す事のほどじゃないし、考え方が変わっただけでいちいち報告する?」
オレが逆に聞き返すとはやてはうーんと考え始める。
まぁこういう考え方になったのは大分前だけど。口に出したら薄っぺらいものになってしまいそうでずっと言わなかった。
何より、はやてにすら嫉妬した自分が嫌で、考えて、そこから発生した考え方だ。はやてに話したら、そう思った理由も聞かれてしまうから、話したくなかった。
『私は言わへんけど、カイト君からしたら、これってかなり重要な事と違う?』
重要な事だろう。かなり大規模な進路変更だ。
さて、どうやって誤魔化すかな。
正直に話すのはちょっと恥ずかしいし。
「話す機会が無かったし、はやては忙しそうだったから」
『取って付けたような理由やな?』
ジト目ではやてがオレを見つめてくる。
安易過ぎたか。
どうしようかな。
答えが出ないまま曖昧な笑みを浮かべて、色々と考えていると、予想外にはやてが引いた。
『まぁええわ。話したくないことは聞かへんよ』
「本当に? 珍しいね?」
『やっぱり言わなかった理由は話したくない事なんやな?』
しまった。カマを掛けられた。
見事に引っかかってしまった。
「いつか話すよ……」
『それを信じるとしよか。代わりに聞きたい事があんねん』
「なに?」
妥協したはやてが神妙な顔で聞いてくる。
他に聞かれて困る事は。
そう思って、考える。
うん。ちょっとしかないから大丈夫だろう。
『相談できる相手が居らんかったって言ってたやろ? 家族にも相談出来なかったって。なら、どうやって辛いのを乗り切ったん? カイト君。私と会った時は周りの指示に従ったり、戦闘の時も分隊での連携は出来てたやろ? どうやって、そこまで持ち直したん?』
そう言えば話してなかった。
いつか紹介しようと思ってたから、わざと話さなかった。結局、未だに紹介は出来てないけど。
「訓練校の同期に……やたら気が利く奴が居てさ。訓練校から色々お世話になってて、違う部隊に配属された後も同じクラナガンの部隊だから、気にかけてもらってた。叱ってくれたり、気分転換に遊びに連れ出してくれたり、部隊に遊びに来てくれたり、本当にお世話になった。そいつは一般市民の事を凄く考えてて、それに影響されて、オレも市民第一に行動するようになった。そうしたら、無茶で無謀で、やり方を変えない馬鹿だったけど……周りが受け入れてくれるようになった。色々と言われるのは変わらなかったけど……少しは打ち解けられた」
だから、久々に会った時にはお礼が言いたくて、オライオンに誘った。だけど、まだその約束は果たされてない。
何が起きているかはわからないけど、何かが起きてるのは確かだ。
今度はオレが助ける番だ。
屋上から見える、夜でも明るさを失わない地上本部を睨みながらオレはそう心の中で呟く。
『その人のおかげやったんやな。不思議やったんよ。ずっと。けど、そういう所もティアナに似てるんやな』
「オレとあの子が似てる?」
『ティアナもスバル、あの青い髪の子が親友でな。結局、今回は一緒に暴走してもうたけど、大分助かってた筈や』
「一緒に暴走してちゃ仕方ないだろ……。そのティアナって子、どうして、あんな風になったんだ?」
オレがそう聞くと、はやてが目を細めてオレを見てくる。
その目にはあまりいい感情が映っていない。
一番大きいのは軽蔑だろうか。
『私の部隊の子やで? 個人の情報を私がペラペラ喋ると思うたん? しかも女の子やで? デリカシーの欠片もない男やな?』
「わかった、わかったよ! もう聞かない! オレがデリカシーに欠けてました!」
連続で投げかけられる言葉に負けて謝罪する。ふと思っただけなのに。
凄く気まずい。まだはやてがオレに軽蔑のこもった目を向けてくる。
何だよ。自分はオレのプライバシーは無いかのように振舞うのに。
『失礼な事考えたやろ?』
「考えてない、考えてない! えっと、そのティアナ」
『いきなり名前で呼び捨てってどうなん?』
「苗字を知らないんだもん……」
そう呟いて肩を落とすと、はやては満足したように表情を笑顔に変える。相変わらずコロコロ変わる表情だ。
『そう言えばしっかり紹介しとらんかったな。えっとな、オレンジ色の髪の子、今回、色々あったけど、新人のまとめ役兼指揮官、ティアナ・ランスター。で、ティアナの親友で、荒いけど爆発力のあるスバル・ナカジマ。この二人がなのはちゃんの分隊の子でな……? どないしたん?』
「ランスター……? 親戚に局員が居なかった? 名前は」
『ティーダ・ランスター? お兄さんやよ……』
妹が居たのか。
オレの様子にはやてが首を傾げるが、今はそれどころじゃない。
ティーダ・ランスターは両親を事故で亡くしてる筈。事故で亡くしてから、一層、任務に力が入ったってプロフィールに書いてあったはずだ。
それのせいで天涯孤独だと思ってたけど、妹が居たなんて。
ティアナは唯一の肉親を、あんな形で亡くしたのか。
何となくティアナが暴走した理由にも察しがついた。お兄さんの死が関わっているのは間違いないだろう。
『何か知っとるん? ランスター一等空尉の事件には違和感があるんよ』
教えるべきか。はやてにだけじゃない。ティアナにも、お兄さんの死の後の事について。
オレが言うべきなのだろうか。部隊長の口ぶりからすれば、真相を知ってる人間は少ない。ここで真相を知っているオレと親族とが出会ったのは幸運と捉えるべきなのだろうか。
視界に地上本部の威容が目に入る。
違う。伝える資格を持っているのは、オレなんかじゃない。その場に居た訳じゃないオレが伝えるべき事じゃない。
事件の当事者があそこに居る。
「いや、又聞きだし、オレが話して良い事じゃない」
『結構、深刻な話みたいやね?』
「深刻だよ……。でも、ちょうどいいよ。本部には用事があったしね……」
『どういう意味なん?』
「明日は早いよって事。早く寝よう。夜ふかしは美容の天敵でしょ?」
『誤魔化したなぁ……。今度でええから話してな?』
オレが頷くとはやては笑顔を浮かべて、おやすみ。と言って通信を切る。
空間モニターが消えて、視界にしっかりと地上本部の全容が入ってくる。
『コファード一佐に会うつもりか? 余計じゃないか?』
「妹が居た事を知ってる筈だ。六課での事は外に伝わってないから、知らないだろう。今のティアナの状況を伝えた方がいいでしょう。別に真相を話せって言うつもりはないよ」
『なるほどな。しかし、嫌いな人だったんだろ?』
「今は微妙。話してみなきゃ分からないかな。噂はあてにならないってこの人で知ったしね」
そう言って、一つあくびをする。
地上本部には事情聴取で朝から呼ばれている。
早めに寝なければ。明日はやることが沢山ある。