新暦75年6月4日。
クラナガン・陸士110部隊本部隊舎。
はやての誕生日は機動六課の隊舎で祝う事になった為、今回もオレは出席できない。
去年も出てないので、今年はと思っていたが、残念ながら、陸士110部隊の隊舎と機動六課の隊舎では距離が離れすぎてるため、出席はできない。
「はぁ……」
「溜息を吐くなっす! こっちが悲しくなるっす!!」
カフェテリアで久々に元第二分隊の四人で座っている時に溜息を吐いたら、マッシュ先輩がそう叫ぶ。
「この悲しみを分かってくれるんですか?」
「違うっす! この四人で唯一予定が無かった自分が悲しくなるんっす!!」
そうやって今にも泣きそうなマッシュ先輩に呆れつつ、オレはアウル先輩と分隊長を見る。
元々、今日は第三分隊の担当の日だった。しかし、第三分隊の隊員の二人が本局に資格試験を受けに向かった為、公平なクジ引きで第二分隊からオレと分隊長が穴埋めに選ばれてしまった。
分隊長は最近付き合い始めた彼女との初デートだったらしく、車を整備し、服を新調し、高級レストランと高級ホテルに予約まで入れていたのに、この様だ。目が死んだ魚のようになっている。レストランとホテルのキャンセル料を取られるだろうし、彼女の印象は最悪だし、哀れとしか言い様がない。
ガイとロイルもそれぞれ予定があったようで、泣いて頼む分隊長を見ても必死に首を横に振っていた。まぁ突然だったし、しょうがないとしか言えない。
アウル先輩はアウル先輩で、今回の分隊編成が狂った責任として、夜勤の日を増やされたせいで、とんでもなく落ち込んでいる。
夜勤を入れられた日は他の部隊の女の子と合コンの日だったらしく、前から楽しみにしていたので、これはこれで哀れだ。
「やかましいぞ。マッシュ。泣きたいのは責任だけ取らされた俺だ……」
「そうだ……。煽りを食らった俺だ……」
久々に四人揃ったのに全く会話が弾まない。オレも結構ダメージはデカイが、この二人ほどじゃない。それはおそらく本番の誕生日会は後日だからだろう。今日は普通に機動六課は通常稼働だ。それを考えれば、誕生日会もささやかなもので、後日、親しい者でまたやるだろう。
それを思えば、分隊長とアウル先輩はその日限りを潰された訳だからショックは半端じゃないだろう。
「マッシュ先輩」
「どうしたっすか?」
「面白い事いってください」
「この空気で!? ハードル高いっす!!」
確かにこの空気で何か言うのは厳しいか。ちょっとフザけた空気にしなければ。
そう言えば、なのはとテスタロッサ執務官が同じベッドで寝てるって話を結局、マッシュ先輩とアウル先輩にはしてなかったな。
「マッシュ先輩とアウル先輩には言ってなかったですよね? なのはとテスタロッサ執務官が同じベッドで寝てるって」
「なにぃ!?」
「マジっすか!?」
「それは……本当か……?」
何故か分隊長まで反応した。アウル先輩は驚きすぎて、固まっている。
まぁマッシュ先輩の反応は予想通りだけど、アウル先輩はもうちょっとノリの良い反応が来るかと思ったのに。
「何で分隊長が反応するんですか……。言いましたよね?」
「忙しすぎてすっかり忘れてた。これは真剣に論議しなくてはいけない問題だ」
「間違いありません……。これは重要な話し合いですね」
「そうっす! やっぱり第二分隊はこう言うノリじゃなきゃダメっす」
盛り上がる話題が問題な気がする。自分で振っといて何だけど。
とりあえず、始めるか。
「では、高町なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、両名が同じベッドで寝てる事について、論議してみたいと思います」
オレが開会宣言をすると、先輩たちが重々しく頷く。
とんでもなくどうでもいい事にどうして、この人たちは真剣になれるんだろう。多分、任務より、今の方が真剣だ。
「まずは……何が問題なのかから始めましょう」
「問題なんてない!」
「美人が二人で同じベッド……」
「最高っす!」
ああ、駄目な人たちだ。知ってたけど。
もう完全に自分の趣味に走ってる。そりゃあ、美人が一緒に寝てれば絵になるが、別に覗くわけでもあるまいし、給料良いんだからベッド、二つ使えよって突っ込む所じゃないんだろうか。
一つ溜息を吐いて、オレは意見をまとめる。
「つまり、同じベッドで寝てる事については問題ないと?」
「仲がよくてよろしい!」
「想像するだけで素晴らしい……!」
「最高っす!!」
「はい。じゃあ次いきまーす」
もうどうにでもなれと思いつつ、話を進める。
親友同士だし、美人なので一緒のベッドで寝てて問題ない。と言う事なら。
「では、今後、両者に会った時の対応はどうすべきでしょうか」
「応援するべきだ!」
「そうっす! 是非とも関係を進めて欲しいっす!」
一瞬、マッシュ先輩に対して引いてしまったが、分隊長とがっちり握手をしてる所を見ると、この場じゃオレがちょっと違う人らしい。管理局の隊舎のはずなんだけどな。
アウル先輩が両肘をテーブルについて、組んだ両手を額に当てて、深刻に考え込んでいるので、一応、司会・進行役として話を振る。
「アウル先輩は二人に賛成ですか?」
「賛成したい……。しかし! あれだけの美人、それも二人が、男に見向きもしないなんて……男として悲しすぎる!!」
「……確かに……」
「かなりショックっす……!」
オレはあなた達の変わらなさ加減にショックです。
思わず言葉に出してしまいそうになるが、そうするとせっかく盛り上がったのに場が冷めてしまう為、オレは次の議題に進める。
「では、その問題はどうやったら解消できるでしょうか?」
この答えは予想できる。
どうせ彼氏をと言う話になり、自分がと言う話になるんだ。その時に無理です。や顔と相談してください。とツッコミを入れれば、オチがつく。
自分の進行に満足して、会話の流れを探っていたオレの耳にとんでもない言葉が飛び込んでくる。
「そのベッドに忍び込めばいい!」
アウル先輩の言葉に固まってしまう。
忍び込む。それはもう犯罪だ。そして、忍び込んだ後を全く考えてない。
「フェイトちゃんとなのはちゃんに挟まれて寝るっす!!」
まだ時間は十一時だ。眠さで頭がやられるには早い。つまり、地でこれを言ってる事になる。
逮捕するべきかな。クラナガン、ひいてはミッドのために。
「お前ら! それは間違いなく犯罪だぞ!」
流石は分隊長。そこらへんは心得てる。ちょっと感動してしまった。こうやって分隊長がブレーキをかけてくれるからオレたちは分隊としてやっていけてたんだ。
「ちょっと忍び込むだけにしとけ!」
訂正。この人もやっぱダメだ。
それも犯罪だし。本人たちが居ないなら良いと言う理論にはなりはしない。それが成り立ってしまったらクラナガンは犯罪者だらけになってしまう。
「そうですね。忍びこんで、ベッドを見て……そして」
「匂いだけで我慢っす!!」
「どれもこれも犯罪です!! そんな事したら、なのはだけじゃなくてテスタロッサ執務官もキレますよ!?」
とんでもない言葉の数々に思わず立ち上がってツッコミを入れてしまう。
ベッドの匂いって、一体、どういう思考回路をしてるのか。犯罪者を捕まえる管理局員が犯罪者予備軍とか全く笑えない。
そんな事をしたら、いくら知り合いでも完全終わる。おそらくオレも相当ヤバイ目に遭うだろう。
「それは……ヤバイな……」
「また砲撃か……。テスタロッサ執務官は電気だしな……。怪我じゃすまない可能性もある……」
「まぁ……あれっす。六課に行く事なんてないっすから、落ち着くっす」
マッシュ先輩に言われて、オレは椅子に座り直しながら確かにと思う。
このメンツで六課に行く事なんてまずない。流石に一人で何かする人たちじゃない。三人で集まると行動力が半端ないけど。
そう思って、オレは別の話題を探して、天井を見上げた。
そのせいで、三人が浮かべた笑顔に気付かなかった。
◆◆◆
新暦75年6月14日。
陸士110部隊本部隊舎・部隊長室。
「機動六課に行ってきなさい」
部隊長に呼び出されたオレはその言葉の意味が理解できずに、敬礼と復唱を忘れて、聞き返す。
「六課にですか……?」
「うん。八神二佐からの直々の要請だよ。前々から決まっていた模擬戦を今日、やりたいそうだ。お昼前にやりたいそうだから、今から向かってもらう事になるね」
「前々から決まっていた模擬戦……? 聞いていませんが?」
「聞いてない? おかしいな。フェルニア君にみんなに伝えておくように言ったのに」
それは人選ミスだ。同じルームメイトなのにオレに伝え忘れるなんて、あの人は本当にお気楽な人だ。
はやてが呼んだのは新人の模擬戦の相手をさせる為だろう。たまには違う相手と戦わないと、自分の成長や欠点がわからない時もある。
「了解しました。六課へ向かいます。メンバーは?」
「第二、第三分隊の隊長、副隊長。つまり、元第二分隊で行ってもらうよ。立場上、負ける訳にはいかないからね」
「連携を考えたらベストメンバーですね。新人に負ける事はないと思いますけど、もし負けた場合は?」
「全員減給だよ。三人にも伝えておいてね。三人とも別々で六課に向かうから、君は一人で向かってね。それと、コファードから連絡があったよ」
敬礼しつつ、これは負けられないと気合を入れた後に、部隊長がそう呟く。拙い。部隊長から話を聞いた事は言ってしまっている。
「怒られたよ……。口が軽いって……」
「申し訳ありません……」
「まぁ、君の話で彼なりに思う所もあったようだよ。ところで、僕は六課のゴタゴタを聞いていないんだけど?」
「八神二佐からは何もなかったんですか?」
驚いた。はやての事だ。こういう時の対処法としててっきり部隊長には相談がてら、詳細を説明してるかと思ってた。
「ないね。まぁ部隊内のゴタゴタだし、協力してても僕は地上本部に近い人間だしね。そういう所で判断したのかもね」
「なるほど。後日、報告書を出します」
「いや、口で説明してくれるだけでいいよ。報告書だと形に残ってしまうからね。さて、僕も仕事に取り掛かる。君も六課でお仕事に行ってきなさい」
部隊長の言葉に頷いた後、敬礼して、オレは部隊長室を立ち去った。
部隊の車を飛ばして、予定よりかなり早めに六課の駐車場に着く。
お昼まではまだ時間があるため、もう少しのんびり来てもよかったのだが、やはり何かと早めに来た方がお得だ。六課のあの訓練場を使えるかもしれないし、やる気のないだろう先輩たちを遅刻と言って煽る事もできるかもしれない。こっちには減給が掛かっているんだ。負けられない。
そう思ってた時期があった。
「遅刻だぞ」
「遅刻だ。馬鹿野郎」
「遅刻っす!」
やたら張り切ってる三人が汗だくでオレにそう言った。普段ですらこんなに汗かくまで訓練しない人たちなのに、今日はどういう風の吹き回しだろうか。
「どうしたんですか……? 一体……」
「どうしたもこうしたもあるか。模擬戦の為の準備だよ」
「いや、それにしたって、どうしてそんな気合入ってるんですか?」
オレがそう言うとアウル先輩が呆れたように溜息を吐く。なんだか馬鹿にされた気分だ。
「分かってねぇな。俺たちはこれでもクラナガンを任されてる部隊の分隊長、副隊長だぜ? それが本局所属の部隊とは言え、新人に負けてみろ」
「メンツ丸つぶれの責任を取らされて減給は間違いないっす」
「よくお分かりで……。負けたら減給と部隊長が言ってました」
なるほど。この人たちからすれば、予想できてた展開と言う訳か。減給は確かに嫌だ。しかし、この人たちが本気になったなら負ける事はないだろう。
「カイト。気を引き締めろ。俺たちは首都を守ってきた自信がある。それは守らなきゃいけない自信だ。例え高町教導官が鍛え上げた新人たちであっても、負けはもちろん許されない。そして内容も問われる。俺たちが模擬戦する事は多くの地上部隊の関係者が知っている。これは単なる模擬戦じゃない。陸と海との戦いだ」
「そんな大げさな……。確かに負けられないってのはそうでしょうけど……」
「甘いっす! 陸士110部隊は名前の知られた部隊っす。その分隊が負けただけでも拙いのに、今回は……最強メンバーで望んでるっす」
「負けられねぇんだよ。新人にはな」
「それに記録更新も掛かってるしな」
記録更新と言われて、オレは首を傾げる。一体、なんの記録だろうか。
オレの様子に三人が同時に溜息を吐く。
「アトスたちを逃して以降、俺たち第二分隊が揃って負けた事はない」
「犯人も全員確保してるっす!」
「だから今回も勝って記録更新だ! いいな!?」
「は、はい!」
分隊長に気合を入れられる形になったオレは、背筋を伸ばして敬礼した。本当にどうしたんだろうか。メンツとか誇りとかにこだわる人たちじゃない筈なんだけど。
三人のやる気が何故か不安だ。
とは言え、負けられないのは事実だし、言ってる事は間違ってない。
オレは快晴の青空を見上げながら、自分に気合を入れた。