機動六課・訓練場。
廃棄都市が再現された訓練場を真剣な顔で分隊長が見渡す。
「ほぼ本物と見ていいな。戦い方はどうする?」
「そうですね。向こうもこっちも大規模な砲撃魔導師が居ない以上、戦いやすさは変わらないと見て、いつも通り、積極的に行くのもありじゃないですか?」
「そうは言っても向こうはこれで訓練してるっすよ? 地の利は向こうにあると見るべきっす。それに加えて、カイトが多少知ってるとは言え、知らなすぎる相手っす。ここはどっしり構えて様子を見るべきっす」
アウル先輩とマッシュ先輩がそれぞれ自分の考えを言う。
どちらも間違ってはいない。新人の経験不足を違った形で突こうとしているだけだ。
アウル先輩は積極的に攻めて、後手後手に回らせて、焦らせるのが目的で、マッシュ先輩は持久戦での判断ミスや連携ミスなど、相手のミスを誘うのが目的だ。
どちらもこちらが上である事が前提で、実際、単純比較じゃこっちが上である事は間違いない。一ヶ月後はどうだか知らないけれど。
「カイトはまた別の意見らしいな?」
分隊長に話を振られて、頷く。
積極的に攻めての短期戦。守勢に回っての持久戦。どちらも一長一短だ。だが、どちらもオレたちがやれば優勢に回れる事は間違いない。
アウル先輩の案ならアウル先輩とオレを軸に、マッシュ先輩の案ならマッシュ先輩と分隊長を軸にして、いくらでも戦術の幅を広げる事が出来る。四人全員がそれぞれ判断でき、それぞれ、攻守の軸になれる。それがオレたちの強み。
だが。
「一人、厄介な新人が居ます。その子をどうにかしないと、短期戦なら上手く凌がれ、持久戦ならこちらが後手から抜け出せなくなる可能性があります」
「名前は?」
「ティアナ・ランスター。向こうの指揮官で、センターガードです。精密射撃での前衛援護から、幻術を使ったかく乱、奇襲。加えて、頭脳戦も得意で、現状把握、対策、戦術考案と色々引き出しを持っています」
「新人ねぇ……。どこから拾ってきたんだか。ウチの部隊長も真っ青だな」
分隊長が顔を顰めながらそう呟く。全く同意見だ。
アウル先輩とマッシュ先輩が頭を捻る。
どうするべきか考えているんだろうが、この場合、正しい選択と言うのはない。警戒くらいが唯一の手の気がするが。
「よし。じゃあ、その子を四人で速攻で倒すぞ」
「内容が求められるんじゃ……」
「要注意はさっさと潰す。カイトを軸にした電撃戦。最優先目標はティアナ・ランスター。これがプランAだ」
プランAってことはBもあるんだろう。
次善策を用意するって事は。
「読まれてると?」
アウル先輩が分隊長へ聞く。分隊長はニヤリと笑いながら頷く。
「高町教導官の教え子だぞ? 用心はしとくべきだ。それに新人の指令役なら、自分の重要性は教えられてるだろうし、分かってるだろう」
「確かに、指令役を潰されたら、他の奴が指令役って訳には行かないでしょうからね」
「そうっすね。向こうは陸士。元々、人に指示を出す階級じゃないっすし」
アウル先輩とマッシュ先輩がそれぞれ頷きながら、分隊長の意見に賛同する。当然だが、オレに異論はない。
問題は。
「プランBはどういう作戦ですか?」
「狙われるのが分かっていれば、おそらく幻術で俺たちを躱して、逆に俺たちの誰かを集中攻撃するだろう。まぁ防御が薄そうなカイトかマッシュだろうな。俺やアウルだと防がれる可能性が高すぎる。カイトは間違いなく情報が漏れてるから気を付けろ」
「分かりました。それでどうしますか?」
「力技で数秒間押さえ込め。その間に竜召喚の子をアウルが潰せ。アウルに攻撃が来たらカイトが行け。集中攻撃じゃない場合もカイトだ。一瞬で黙らせろ。これがプランB。成功すれば最大火力の竜を防げる。相手の決定打を一つ潰せれば、策じゃどうにもできない差が出来る。防がれた場合は、今度はプランCに移行。相性のミスマッチを起こして、各個撃破する。赤い髪の子は俺。竜召喚の子はアウルかカイトの向かった方だ。空いてる方がランスターで、マッシュはあの青い髪の子だ」
「それも読まれて、こっちがやり辛い相手が来たらどうするっすか?」
その可能性は十分に有り得る。基礎をしっかりこなして、最近の出動じゃ上手く相手を出し抜いたらしいティアナだ。こちらの経験に基づいた策も持ち前の頭脳でどうにかしかねない。
相手はなのはが付きっきりで教えているセンターガードだ。警戒しておくに越した事はない。
「そうなったら頭脳戦、策の掛け合いは終わりだ。連携させないように周りから距離を離させて、力で倒せ」
「了解っす!」
「分かりました! 新人に目にもの見してやりましょう!」
「了解です」
分隊長の言葉にオレを含めた三人が三人なりの返答を返す。
しかし、どうにも嫌な予感が拭えない。
新人たちの成長を知っているからと言うのもあるが、一番はなのはの教え子たちと言う所だ。
個人の能力、分隊での連携までは予想がつく。短い間だったのを考えれば、この二つに絞って練習してるはずだ。オレが指導役だったらそうする。しかし、機動六課の指導役は高町なのはだ。そして、なのはだけじゃなくテスタロッサ執務官やヴォルケンリッターも教導に参加しており、挙げ句の果てにははやてまでもが訓練の様子を第三者視点から見てアドバイスをしているらしい。
それらを考えれば。
「ちょっと拙いか……?」
先輩たちに聞こえないようにオレはそう呟いた。
◆◆◆
『じゃあ双方準備はいいかな?』
なのはが空間モニターを開いて、そう聞いてくる。こちらに返す人間はいないが。既に意識は戦闘モードだ。いつ掛け声が掛かっても走り出せるように準備している。
『うん。じゃあ、陸士110部隊対機動六課フォワード陣の模擬戦を始めたいと思います。レディー』
体に緊張が走る。模擬戦とは言え、こっちも向こうも本気だ。力もほぼ全力近くまで出すだろう。
気は抜けない。
『ゴー!!』
声と同時にオレたちは走り出す。
先頭はオレで、先輩たち三人はサーチャーを飛ばして、索敵に入ってる。
「居たぞ! 南方向! 向こうも近づいてる!」
「了解! ヴァリアント!」
『接敵までは一分って所だ』
「どう攻めます?」
オレのすぐ後ろにいるアウル先輩が、サーチャーの情報を見ている分隊長に聞く。
待ち伏せと言うのは厳しい。向こうにもこちらの位置がバレてる。
「カイトは先行してこの先のビルの上から強襲。マッシュとオレは射撃と砲撃で向こうをバラかす。アウルは正面から狙え!」
「了解!」
先行を命じられたオレは一足先に進む。
向こうより早く、そして悟られずにポイントに向かわなければいけない。
「少し遠回りするぞ」
『ミーティア・アクション』
この辺じゃ一番高い高層ビルに対して、回り込むような道を選択する。
『残り三十秒』
思った以上に時間がない。向こうも何かを狙ってたか。
高層ビルよち低いビルの屋上に上がると、それよりも大きいビルへと飛び移り、ある程度の高さまで来たら、高層ビルの壁に接近して、そのまま壁を駆け上がる。
あと少しと言う所で壁から足が離れる。
『残り十秒。もう向こう側にいるぞ!』
「ちっ! シュヴァンツ!!」
右手のシュヴァンツを起動させて、屋上の貯水庫に巻きつける。
そのままシュヴァンツを巻き上げ、屋上に無事着地すると同時にビルの反対側に向かって駆け出す。
『残り五秒』
反対側から飛び降りる。
自然落下じゃ間に合わない。
「ミーティア・ムーヴ!」
『ギア・ファースト』
ここまで来れば大きな魔力反応で探知されても問題ない。
ビルの壁を蹴る。
下では分隊長とマッシュ先輩の砲撃と射撃で、新人たちがバラけて、ティアナの周りにはキャロがいるが、エリオとスバルは居ない。竜の攻撃には時間が掛かるキャロはこの場合、脅威じゃない。
アウル先輩がティアナに突撃していく。アウル先輩の突進に気づいたティアナが身構える。
「身構える?」
おかしい。ティアナは射撃型の魔導師だ。アウル先輩の突進に対して身構える暇があれば、魔力弾を撃つ筈だ。
キャロがこちらに気づいて、こちらも身構えた。
有り得ない。どうするつもりだ。
『相棒! ちょっと拙いぞ!』
『止まれ! カイト!! 幻術だ!』
ヴァリアントの警告と分隊長の静止のすぐ後、キャロの足元に魔法陣が浮かび上がり、こちらに向かってデバイスを構えた。
構えたのは槍だ。同時にキャロがエリオに変わる。いや、戻る。
「はぁぁぁぁ!!!!」
『スピーアアングリフ』
自然落下に加えて、ミーティアによる一直線の加速中のオレに向かって、エリオを直線加速の突撃技を仕掛けてきた。
「しまった!?」
両腰のフォルダーからグラディウスを引き抜くと、体の前で交差する。このタイミングじゃよけられない。
ティアナの姿がいつの間にかスバルへと変わっている。
やられた。完璧に罠に嵌められた。こちらが仕掛ければ後手に回ると思っていたが、あらかじめ先手を打ってくるなんて。
エリオのデバイスの先端とグラディウスの魔力刃が衝突する。
オレは勢いが付いているが、目標だった場所とは微妙に違うポイントからエリオが攻めてきた為、全く勢いが生かせない。
体が押される。
このままじゃ不利と判断して、自分からビルに突っ込んで、無理矢理エリオの突進技から離れる。
体にちょっとした痛みが走るが、気にしてられない。向こうも空戦は出来ないが、オレのミーティアより応用が利く移動手段を持っている筈だ。なにせテスタロッサ執務官と同タイプだ。教えない訳が無い。
『ソニックムーヴ』
オレが無理矢理ビルに突っ込んだ時に空いた穴を通って、ビルの内部にエリオが入ってくる。
「一つ聞いていいか?」
「なんでしょうか?」
槍型のデバイスを油断なく構え、オレと対峙しているエリオに問いかける。
「ここまで上手く嵌められると、少しばかり第三者の存在を疑いたくなる。誰にオレたちの特徴を聞いた?」
「リアナード陸曹長と対峙したら、必ず聞かれるからと、伝言を受け取ってます。負けたくないんやもんっとのことです」
なるほど。そういうことか。
なりふり構わず勝ちに来たか。
流石は部隊長。やはり機動六課の名は大事か。こっちには正々堂々戦おうなんてフザけたこと言っておいて、これとは、後で覚えてろ。
「よくわかった。分隊長の作戦傾向やこっちの作戦の幅まで読まれてるなら、後はパターン化して対応するだけだからな。それぞれに苦手な相手をぶつけて、勝つのが作戦か」
「だいたい、そんな感じです」
オレにはエリオ、アウル先輩にはスバル。
オレは速さ勝負になるが、こういう時は小回りの利く方が有利だ。
アウル先輩はガチガチの殴り合いだろうが、一点突破が通用しない以上、確実に消耗戦だろう。
マッシュ先輩にはキャロと竜だろう。一撃一撃が軽いマッシュ先輩にとって、竜を相手にするのは最も避けたい事態だっただろうに。
分隊長も対人戦以外は苦手だから、キャロをぶつける可能性もあるが、ティアナと分隊長がやりあえば、お互い頭脳戦で奇策が通じず、硬直する筈。
向こうの軸はエリオとキャロ。オレかマッシュ先輩がやられるのを他の二人が待つパターンだろう。
「舐められたもんだな……」
「全力でいきます!」
エリオはそういうと、槍を中段に構える。
先輩たちは心配ないだろう。全力でやるかは別だが、割と本気の筈だ。
多少、相性が悪かろうが、あの人たちなら問題ない。
『ブリッツアクション』
エリオの動作が加速されて、一気にオレとの距離をつめてくる。
速い。直線的な動きだが、スピードだけならテスタロッサ執務官並みだ。オレと戦った時のテスタロッサ執務官のだが。あれはまるで全力じゃ無かっただろうし、結構前の話だ。今は更にレベルアップしてるだろう。
「はっ!」
気合と共に突き出された槍を二本のグラディウスを交差させて受け止める。
そして、動きの止まったエリオに対して、蹴りを見舞う。
「くっ!」
直撃じゃないが掠った。
反応も速いな。正直、スピードに振り回されてると思っていたが、そうでもないらしい。天性の素質かはたまた訓練でのレベルアップか。
「ヴァリアント。割と全力で行くぞ」
『まぁ先にやってきたのは八神の嬢ちゃんだ。自業自得と言った所か。口さえ出さなきゃ良い勝負だったろうに』
「ミーティア・ムーヴ」
『ギア・セカンド』
「グラディウス・モード2」
消費魔力が一気に増大する。
最近じゃギア・セカンドとモード2を併用することが増えている。
魔力運用に慣れたせいか、この併用状態でも十分な時間戦えるようになったのも一つの理由だが、確実に敵が強くなっているからというのが一番の理由だ。
アーガスさんから送られてくる訓練メニューをこなしつつも、あまり自分が強くなった自覚はない。
今日は少し試させてもらおう。
「行くぞ? エリオ。スピード勝負だ!!」
「望む所です!!」
オレの蹴りで再び開いていた距離が一瞬で縮まる。
グラディウスの魔力刃でエリオの槍を受け止める。
エリオの攻撃は鋭い。そして苛烈だ。一度攻められると、中々反撃の糸口が見当たらないほどに。
ミーティア・ムーヴとアクションを同時併用して、ビルの中という閉鎖空間でエリオと相手の死角に回り込むための移動を繰り返す。
エリオの攻撃は二本のグラディウスで完璧に捌ききる。攻撃は時たま行うが、今は防御に集中する。
エリオには悪いが、エリオ程度の攻撃を裁けないようじゃ、アトスたちには手も足も出ない。
何度か見えた隙をわざと見逃す。求めているのは確実な一撃で、無駄な攻めをする気はない。
一撃で倒す。
エリオの攻撃も移動も素直で癖がない。それは基本に忠実で、それだからこそあのスピードを御しきれるのだろうが、それ故に読みやすい。
加えて、緩急がなく、全てトップスピードの為、慣れてしまえば、そのスピードへの脅威が無くなる。
「自分と同レベルで動ける相手との経験が足りないぞ。シグナムさんかテスタロッサ執務官にもっと相手をしてもらえ」
「お二人とも忙しいんです!」
「なら、代わりに教えてやる」
近づく僅かな時間で会話しつつ、オレはエリオの弱点を教えるために、敢えて、足を止める。
エリオもそれに合わせて動きを止める。
エリオがカートリッジをロードして、爆発的に魔力を上げる。全力の一撃だろう。
その全力が仇だ。
「はぁぁぁぁぁ!!!!」
瞬間移動のような速さでエリオが突撃してくる。エリオの頭では、こちらも全力で何かすると思っているだろうが。
全力ばかりが全てじゃない。
「一撃一撃全力なのは構わないが、躱された時の事も考えろ」
『ギア・サード』
ギア・サードを使って一瞬でエリオの突撃を躱して、後ろに回り込む。
『ギア・ファースト』
後ろに回り込んだ以上、ギア・サードは不要。セカンドも距離を考えれば不要。状況的にはファーストで事足りる。
エリオが咄嗟に振り向く。
「シュヴァンツ!!」
とはいえ、振り向くだろう事は予想範囲内。エリオの射程距離にわざわざ入るような事はしない。
右手のシュヴァンツでエリオを縛り上げる。これに関してはエリオの魔力を警戒して、二重回路を使用して、シュヴァンツの強度を上げる。
「こちらハンター2。敵を捕獲」
『遅いぞ。こっちはもう終わった』
分隊長に念話で連絡すると、そう返って来た。
幾らなんでも早すぎる。一体、何があったのか。
『竜の砲撃でやられて、確保されたから、後頼むっす』
『悪いな。カイト』
マッシュ先輩とアウル先輩からも念話が来る。
今、この人たちは何と言った。
砲撃にやられて確保されたと言わなかったか。
『相棒。完全に囲まれた』
「ちっ!」
舌打ちと同時にエリオを新たに生成したバインドで固定して、オレはビルの外を目指す。
外を見れば、スバルの魔法で作られた通路を使って、ティアナがこちらを補足しながら追いかけてきている。
幾つもの射撃魔法がビルの壁や窓を突き破って、オレを襲う。
直撃コースの魔力弾をグラディウスで弾き、窓を突き破ってビルの外に飛び出る。
待っていたのは砲撃を準備していたキャロの竜だった。
『万事休すだな』
「言ってる場合か!?」
「フリード! ブラストレイ!!」
落下中のオレに竜が砲撃を照準する。
ヤバイ。下か上に。
そう思ってみて、周りが全て、スバルの通路で塞がれた事に気づく。下からはスバルが、上からはティアナがそれぞれの魔法で狙っている。
「クロスファイア」
「ディバイーン」
これは終わったな。あの先輩たちを破るなんて、この子らは一体、どんな手を使ったのだろうか。
「シュート!!」
「バスター!!」
竜の砲撃、ティアナの魔力弾、そしてスバルのバスター。三方向からの魔法に顔を引きつらせつつ、どれが一番痛くないかなぁと考えてる間に、オレは全てを食らった。
『そこまで! 模擬戦終了。機動六課フォワードチームの勝利!』
妙に生き生きしてるなのはの声を聞きながら、オレは意識を失った。