機動六課・隊舎寮。
「計画通りっす! 流石は分隊長っす!」
「そんなに褒めるな」
俺に対して、マッシュがそうやって賞賛する。
まぁこれだけ計画通りに事が運べば、誰でも賞賛してしまうだろう。
「邪魔なカイトは医務室で、テスタロッサ執務官や高町教導官は新人について居て、八神二佐はカイトの付き添い。これで心おきなく本来の任務に戻れる」
アウルの言葉に俺とマッシュは大きく頷く。
本来の任務。つまり、高町教導官とテスタロッサ執務官の部屋を見る事。
俺としては本当にベッドが一つなのか気になるから、ベッドが一つだったらすぐに帰る。アウルとマッシュはその先にも踏み込みたいようだが、それは流石に犯罪だから止めるが。
「じゃあ行くぞ」
俺はアウルとマッシュを引き連れて、六課の寮へと入る。何か言われたら迷ってしまって、と言うつもりだ。
女性の寮で、誰かに見つかった瞬間、そう言って、すぐに立ち去れば問題ない。
寮母の人も居るらしいし、ここは慎重に、かつ迅速に行かなければ。
一階を見て回るが、高町教導官とテスタロッサ執務官の名前はない。
「上の階か」
そう言って二人を連れて、俺は階段を上がる。
やはり士官クラスの部屋は上の方の部屋だろう。
真ん中の階を抜かして、一番上の階にさっさと上がる。
「あれですかね?」
アウルが階段を上がって、すぐにそう言う。
視線の先には高町とテスタロッサと書かれた札がある。
見つけた。
「あそこだな。行くぞ」
まずもって簡単にはドアを開けられないだろうが、そこは知恵と技術でどうにかする。それで時間を大分持っていかれるだろうが、俺の目的であるベッドの数は分かる。
マッシュとアウルの目的はよくわからないが、まぁ時間切れと言えば諦めるだろう。
「いいか? 時間が勝負だ」
「何をしているんだ?」
俺の後ろから低い声がかけられる。
後ろを振り向けば、蒼い狼が居た。
ザフィーラがそこに居た。任務で一緒して以来だが、全く変わってないな。
「ザフィーラ? 久しぶりだな? そっちこそ何をしてるんだ?」
「久しいな。私か? 私は部屋に戻りに来ただけだ」
ザフィーラが視線で部屋を示す。
そこには高町とテスタロッサと言う字が書いてある。
俺はもちろん、マッシュとアウルもが一歩引いた。
八神二佐の守護獣と言う立場を利用して一体何を。
「勘違いしているようだから言っておくが、護衛任務だ」
「あー、なるほど。……うん? 誰を護衛するんだ?」
当然の疑問だ。この部屋の主は二人とも今は仕事をしている。ザフィーラの護衛が必要な人間がこの部屋に居るとは思えない。
「ああ、それはだな」
ザフィーラが何かを説明しようとした時、部屋のドアが開いた。
何故ドアが開く。まさか高町教導官やテスタロッサ執務官が知らぬ間に部屋に居たのか。いや、それとも寮母の人だろうか。それは拙いが、見方によってはザフィーラに助けられた形か。
俺は反射的に敬礼する。
ドアが開く。しかし、ドアが開いても敬礼対象が現れない。
おかしいと思いつつ、視線を下に向ければ、ぬいぐるみを持ったパジャマ姿の小さな女の子が居た。思わず固まってしまった。
「ザフィーぁ……ママはぁ~?」
寝ぼけているのか、ザフィーラのラの部分を言えてない。加えていれば、俺たちに気づいても居ない。
しかし、そんな少女はとんでもない事を言った。
ママと。
ママとは一体誰だ。
ここは高町教導官とテスタロッサ執務官の部屋で、そこから出てきた少女がママと言った。つまり。
『ぐずられても困る。声を出すな』
『この子は?』
「ザフィーァ……なのはママとフェイトママはぁ……?」
確かに見知らぬ男が三人も居れば泣きかねないが、しかし、そんな事に気を使ってはいられない。
今、この子は何と言った。
『……なのはママにフェイトママ……?』
アウルが顔面蒼白になりながら呟く。
ザフィーラは俺たちが混乱している間に小さな少女を手早く部屋の中に戻す。手馴れてる。喋らないのは怖がらせない為か。
見たところ少女はどんなに低くても四、五歳くらいと言ったところだ。実際はもう少し年齢は高いかもしれない。
その子がなのはママとフェイトママと言った。ここから来る答えは一つ。
「二人の子供っす……か?」
「両方ママなんだな……」
アウルが意味不明なツッコミを入れる。もっと色々ツッコミを入れなきゃいけない場所はある。しかし、確かにそうだ。どっちかがパパじゃなきゃ成立しないはずだが。
「すまん。それで? あの子の事だったな。二人の子供と言って差支えはない」
ザフィーラが部屋から出てきてそう言った。
それを聞いた瞬間、アウルがあまりのショックにフラフラと膝をつく。俺も足から力が抜けそうだ。
ミッドの技術はそこまで進んだか。いや、そうじゃない。技術うんむんより、二人がそういう関係だったと言う事だ。
ダブルママとは恐れ入った。今日一番のダメージだ。
「そ、そうか……。俺たちは道に迷っただけだから気にしないでくれ……。自分たちで帰るから……」
「大丈夫か? 三人とも顔が青いぞ? まぁここを離れられんから、自力で戻ってくれるなら助かるが」
「そういうことで、俺たちは戻る……。じゃあな。ザフィーラも大変だな……」
そう言って、俺とマッシュとアウルはフラフラとおぼつかない足取りで寮の階段を降り始めた。
◆◆◆
機動六課・医務室。
目が覚めたらはやての顔が視界に飛び込んできた。
いつもと違い、すぐに状況を把握できたのは、大した時間を気絶していないからか、それともダメージが少ないからか。
「おはようさん。新人に気絶させられた気分はどないや? カイト君」
はやてが勝ち誇った笑みを浮かべながらそう聞いてくる。
半眼でにらみつつ、はやてに対して言う。
「それが自分の部隊の人間が気絶させてしまった人間に言う言葉?」
「気絶させられる方が悪いねん」
すぐさま笑顔でそう返された。それを言われると何も言えない。
「……ヴァリアントは?」
「デバイスルームや。助けを求めても無駄やで?」
ここで何を言っても言い訳だ。そして口じゃはやてには勝てない。
そう判断して、小さく溜息を吐いてから体を起こす。
「落ち込んでもうた? それともへこんでもうた?」
「両方意味は変わらないだろ……。正直、驚いてる」
「どっちに? 味方に相手に?」
「もちろん味方だよ」
間違いなく負ける相手じゃなかった。手加減しても負ける筈はない。
負けたのはあの人たちがわざと負けたからだ。
「新人のみんなは喜んどったよ。まぐれでも勝てたって。それだけ上手く負けたんやし、最初から狙ってたんやろうな」
「言ってくれればいいのに……。妙にやる気出してて、地上のメンツとか言うからかなり本気でやったのに」
「カイト君は演技下手やからやし、上手く負けるには実力が足りひんやろ? 圧倒的に勝つのより、ある程度実力の離れてる相手に違和感なく勝たせるほうが難しいんやで?」
はやてにそう言われて、もう一度溜息を吐く。
実際、はやての言葉は正しい。それは理解してる。
しかし、納得いかない。何故負ける必要があったのか。
「なんでわざと負けたんだろう?」
「せやねぇ。私たちとしては嬉しい限りやけど、そっちにはあんまりメリットはないから、私も不思議や」
「本部からうるさく言われるだろうし、減給も……」
自分で言って気が付く。
そうだ。減給があったんだ。
すっかり忘れてた。この前の命令違反でも減給食らってるのにその上、更に減給だ。
「うーん、やっぱり六課に恩を売りに来たんやろうか? これで評判は改善されるやろうし、評価も上がる。まぐれ勝ちに見せた事で自分達の評価ダウンは最低限やし」
「そんな理由で……」
「そんな理由って言っても、私としてはランディ部隊長からのお願いを断り辛くなってしもうたんよ? そうやって周りの部隊に恩を売るのが陸士110部隊やろ?」
それはそうだが、そういう時は部隊長の指示がある。
今回は部隊長が勝てと言ってきた模擬戦だ。それはつまり部隊長からの指示じゃなくて、先輩たちの独断と言う事だ。
「オレを巻き添えにされても困る……。まぁそう思うなら、一人で四人倒すべきだったんだけど」
「それはちょっと厳しいよ。リミッターがあったら私も厳しいもん」
声の方を見たら執務官の黒い制服姿のテスタロッサ執務官が居た。横には陸士の制服のエリオが居る。
「フェイトちゃん? どないしたん? まだミーティング中やろ?」
「うん、今はそれぞれ隊長、副隊長が個別に注意点を教えてて、私はエリオを教えてたんだけど」
「僕がリアナード陸曹長とお話したいと無理を言ったんです」
テスタロッサ執務官がこちらに視線を向けて、意味深に目に力を入れる。
変な事を言うな、教えるなと言う所か。過保護モードに移行したな。
「お話をして頂いても問題ありませんか?」
「オレは大丈夫だ。なんなら今から訓練場に行って、色々やるか?」
「駄目や」
「ダメだよ」
ベッドから立ち上がろうとして二人に止められる。
「カイト。エリオは模擬戦を終えたばかりだし、過度な訓練は体に悪いんだから、そんな事言ったらダメだよ」
「私はカイト君は安静中やからって言おう思ったんやで? カイト君を心配したんよ? 本当やで」
「気にしなくていいよ……。もう慣れた」
そう言いつつ、心の中で溜息を吐く。
そろそろこの人も、過度な訓練ならぬ過度な愛情が色々問題だって事に気づかないかな。
まぁ九歳の子供に対する愛情と言えば、そこまで過度とは言えないけれど。ただ、エリオは大人過ぎる。本人の精神レベルにあった対応をしてあげないと、困惑するだけだろう。
「えっと、リアナード陸曹長。僕の改善点を教えて貰えませんか?」
「対人戦の経験が足りない。テスタロッサ執務官やシグナムさんにもっと相手をして貰え。以上」
戦いながら思った事をかなり簡潔にして伝える。頭の良い子だし、一から十まで教えるよりは、一、二を教えて、自分で考えさせる方がいいだろう。
しかし、オレの言葉を聞いて、エリオは困った表情をする。
「その……お二人はお忙しいので……」
オレはテスタロッサ執務官を見る。とても申し訳なさそうな顔でエリオを見ている。自分の分隊員を相手に出来ないのは問題だが、執務官であるなら仕方ないのか。捜査主任だし。
「じゃあ、誰か居るか?」
「高機動戦を得意としてる人は中々居らへんよ。なのはちゃんもそこらへん悩んでるみたいやし、カイト君。どうや? たまにこっち来てくれへん?」
はやての思わぬ提案にしばし考える。
どうしても六課の位置がネックになる。オフシフトの時にはこれない。完全休暇の時しか無理だ。
「休暇の日ならいいけど、中々休暇が取れないから頻繁には無理だ。はやての方から部隊長に聞いてみてくれる? オレじゃ決められない」
「って事は、カイト君自身は良い訳やな?」
「まぁ、似たタイプとの訓練はオレも本局に行かなきゃ無いし、好都合と言えば好都合だよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
エリオが思いっきり頭を下げる。
その様子を複雑そうな顔でテスタロッサ執務官が見つめる。
『どうかしましたか? テスタロッサ執務官』
『カイト……。エリオを取らないでね……?』
『取るもなにも、時たま訓練を一緒にするだけですよ』
『でも、私が時間を作れないからカイトに頼る事になったんだよ? それって負けたって事だよね……?』
マルチタスクを使用し、念話で話しているのに、何故かテスタロッサ執務官の顔が半泣きに変わる。どれだけ動揺してるんだ。
『フェイトちゃん。ここはポジティブに考えるんや』
『はやて? どう考えればいいの?』
『フェイトちゃんお得意の子供との触れ合いでカイト君が勝った言う事は、明日からカイト君はフェイトちゃんの事を名前で読んでくれるで! これでしっかり友達や!』
そんな単純な考え方をテスタロッサ執務官がするわけないだろう。
何より、テスタロッサ執務官は名前で読んでもらう事に何らかの思い入れがあるようだが、だからと言って、オレが名前を呼ぶ事はそこまでの効果はない。
『そうだね! これでカイトから名前を読んでもらえるよ!!』
いいのかよ。相変わらずよくわからない人だ。それは天然な人に共通してはいるけれど。
はやてがドヤ顔をオレに向けてくるが、これならずっと落ち込んでくれてた方がマシだ。
「カイト、カイト」
オレの名前を呼ぶテスタロッサ執務官を見て、エリオが不思議そうに首を傾げる。
そりゃあいきなり目を輝かせて、オレの名前を呼べば不思議だろう。さて、どうするべきか。
『カイト……? 起きてるか?』
『起きてますよ。アウル先輩』
アウル先輩から突如として念話が飛んできた。かなり疲れてるようだが、何かあったのだろうか。
『俺たちはもう帰る……。お前はゆっくり帰ってこい……』
『了解です。どうしたんですか? 疲れてるみたいですけど?』
『現実の悲惨さに打ちのめされて、人生に疲れた……』
『一体、何があったんですか?』
『色々な……。執務官と教導官に頑張ってくださいと伝えてくれ……』
そう言って、アウル先輩は一方的に念話を切った。
結局、何があったか分からなかった。
「はやて。分隊長たちにオレが寝てる間に何かあった?」
「さぁ? 知らへんよ? ザフィーラが、三人が道に迷ってるって言ってたけど」
「それだけ? 何か執務官と教導官に頑張ってくださいって伝えろって言ってたけど」
「フェイトちゃんとなのはちゃんの事やな? 頑張ってください? 何を応援するんやろうか? 仕事は前からやし、最近の事やろうか?」
「あっ! もしかしてヴィヴィオの事かも!」
テスタロッサ執務官が両手を合わせてそう言う。
良い傾向だ。この調子で、さっきまでの流れは忘れてくれ。
「あー! そうかもしれへんな!」
「ヴィヴィオって誰だ?」
「なのはさんとフェイトさんが保護してる女の子ですよ」
「書類上は私となのははその子のママみたいなものなんだ。フェイトママって呼んでくれるんだよ」
嬉しそうにテスタロッサ執務官が笑う。
なるほど。二人のママか。現実の悲惨さってのはそれの事か。頑張ってくださいも違う意味で頑張れって事だろう。
まぁそれならそう勘違いさせとくか。オレとしてはその方が助かるし。
「そうか。なのはもフェイトも大変だな」
「えらく素直やな? 今日まで張ってた意地はどこ行ったん?」
「最大の障害が排除されたから問題ない」
軽く笑いながら、そう言うと、エリオも含めて、三人が首を傾げる。
そりゃあわからんだろうな。こっちの話だし。
そんな様子にまた、オレは笑った。