新暦75年6月27日。
機動六課・訓練場。
左右のグラディウスでエリオの槍の先を捌く。
下から来る攻撃は思っていたよりもやりにくい。いつもはオレが下の立場だが、今回はそうではない。
平均身長より低いオレだが、流石に九歳の子供とは身長にかなりの差がある。それが思った以上にオレの感覚を狂わせる。
そしてもう一つ、オレを手こずらせる要素がある。
「はっ!!」
気合と共に突き出された槍を後ろに下がって避けようとするが、思った以上に伸びてきてグラディウスで受け止める羽目になる。体勢が崩れる。
エリオのリーチはオレより短いが、槍を伸ばした時はオレよりもリーチが長くなる。この間合いの極端な変化がオレにやりにくさを覚えさせていた。
こういう場合はミーティア・ムーヴかミーティア・アクションで距離を取るべきなのだが、その二つは禁止されているし。
「二人とも! もっと距離を詰めて!」
近場でプカプカと浮いている空のエースに距離を詰めた戦いに限定されている為、距離はとれない。
なのはの近くにはアクセルシューターが浮いている。一体、何に使う気なのか想像もしたくない。そんなもの出さなくてもルールは破らないって。
エリオが真っ直ぐ体重を乗せた突きを繰り出す。
それを左手のグラディウスで、オレの右側に流すと、そのまま少しだけ前に出る。
エリオの右側に入り込んだオレはがら空きの横腹に右のグラディウスを振る。
グラディウスとエリオの槍には、この訓練をやる前に厳重に出力リミッターをかけられているため、軽く叩かれた程度の出力しか出せない。どれだけ魔力を込めてもだ。
そのせいで繊細な魔力コントロールを求められ、オレの精神的負担は半端じゃない。しかもエリオと何度か模擬戦をした後の為、体力も空に近い。一方、エリオはなのはのギリギリな訓練を毎日課せられてるだけあって、まだ余裕そうな顔している。
そのため、この攻撃で決めなきゃいけない。
いけないのだが、エリオは咄嗟に前に飛び込むようにジャンプする。
どういう反応速度をしているのか。見事に背後に回られてしまった。
振り返っている暇はない。すでにエリオは攻撃動作に移っているだろう。
左手のグラディウスを逆手で後ろへ突き出す。かなり運任せの攻撃だ。当たればラッキーだし、当たっても何にも嬉しくないが、それ以上にエリオにまだ負ける訳にはいかない。
背中に軽い衝撃と左手に僅かな手応えが来る。
「そこまで! 引き分けだね。カイト君の攻撃はかなりマグレだけど」
「分かってるから言うなよ……。こっちは疲れてるんだよ」
「それはエリオも一緒だよ。ね? エリオ」
地面に情けなく座り込んだオレの傍に降りてきたなのはがエリオに問いかける。
それに対して、焦ったようにエリオは手をばたつかせて言葉を発する。
「い、いえ! 僕はカイトさんと訓練する時は軽いメニューにしてもらってますし……」
エリオ。それは全くフォローになってないぞ。僕はまだ疲れてませんって言ってるの変わらない。オレはこんなに疲れてるのに。
「エリオは疲れてないみたいだよ?」
「オレは疲れたの。それでだ。例の件はどうなってる?」
「話題を変えたね? まぁいいけど。大体、謎は解けたよ。この後、休憩したら説明するね」
「オーケー。それじゃさっさと戻るか」
そう言って立ち上がる。
この訓練はなのはが監督してるとは言え、自主訓練に近い。オレが疲れて上がる素振りを見せれば自然解散の流れになる。
「じゃあ訓練は終わりだね」
「はい! じゃあ、僕は寮に戻りますね」
「うん。しっかり体をほぐして、休むんだよ?」
「はい! カイトさん、なのはさん。ありがとうございました」
オレとなのはに頭を下げた後、エリオは笑顔で寮の方向へ走って行く。
元気なものだ。今すぐ寝たいくらいにオレは疲れているのに。
「素直だね。誰かさんと違って」
「純粋だな。誰かさんの本性を知らないから」
なのははエリオに向けた笑顔を顔に張り付かせたまま固まる。
売り言葉に買い言葉だが、先にやってきたのはなのはだ。オレは何も悪くない。
「カイト君? もう一回くらい模擬戦できるよね?」
『マスター。それでは思う壺です』
「良く分かってるな? レイジングハート。そして、本性を見せたな?」
オレがニヤリと笑って言うと、なのはが頬を膨らませる。
手に杖に変形したレイジングハートがなければ可愛らしいと言えなくもないが、今はギャップが逆に怖い。
『止めとけ、相棒。また怪我するぜ? それにあんまりやると高町の嬢ちゃんが泣くぜ?』
「なのはは人生で一度も泣いた事のない超人だから大丈夫」
「泣いた事あるもん! 涙が一杯な色濃い人生送ってるもん!!」
両手を振り回しながら抗議してくるなのはに構わず、隊舎に向かって歩き出す。
きっちり後ろについてきて、何やらなのはが涙エピソードを語り始める。
涙の色濃い人生って、涙の質によっては問題なんじゃないだろうか。
なのはの語るエピソードを聞き流しつつ、オレはそんな事を考えた。
なのはの口からはやてやフェイトの名前が出てくる。
涙の質。悲しい、悔しい、怒り、そんな負の感情によって流れる涙が多ければ、人は不幸と言うだろう。
オレは随分と挫折や回り道な人生を送ってる気がするが、それはオレ自身の行動による所が大きい。
はやてのように自分じゃどうしようもない事で人生が変わった訳じゃない。
自分じゃどうしようもない事に涙した経験なんて、父が死んだ時だけだ。けれど、はやては違うだろう。いつだって自分のせいじゃない事、自分が生まれる前に起こった事の責任を問われている。
それは不幸だろう。そして、フェイトもなのはもそう言えるのかもしれない。フェイトは随分と重い過去を背負っているようだし、なのはも生まれつきあった強大な魔法の才能のせいで、魔法を使う以上、管理局に入る以外の選択肢は無かった筈だ。それはなのはの目的に合致していたかもしれないが、生まれる前から人のために魔法を使う事を宿命付けられていたとも言えなくもない。
「カイト君? どうしたの?」
「うん? ちょっと考え事」
「どんな事考えてたの? 聞かせて」
斜め後ろに居たなのはが隣に並んできて、笑顔でそうやって聞いてくる。
思わず溜息が出そうになる。なのははこうやって人の内側にスルリと入ってくる事がある。
油断していると話したくない事も話してしまう。まぁ今の考え事は別に隠したい事じゃないから問題ないが。
「はやてもフェイト、もちろんなのはも、自分じゃどうしようもない事を色々経験してるだろう? それに比べて、オレは自分で決められた筈なのに、その判断を間違えて、自分から辛い思いや悲しい思いをしてる。どうしようもない馬鹿だなって」
「そうやって周りと比べるのはカイト君の悪い癖だと思うんだけど」
「自覚はしてるよ。自分に自信がないからかな?」
溜息を吐いてそう言うと、なのはが首を横に振る。
「違うと思うよ。多分、周りを見すぎなんだよ。だから周りの事がよく分かるけど、分かってしまうから自分と比べちゃうの」
「オレが周りを見てる? 周りが見えてないって評判の男だぞ?」
「自分に余裕が無い時、どんな人も周りは見れなくなるよ。それどころか自分の事もわからなくなる。だから今までは余裕が無かっただけ。余裕がある時のカイト君はよく周りを見てるよ。ただ、その長所もすぐに余裕が無くなるって短所のせいで台無しだけど」
「褒めるか、貶すかのどっちかにしろよ」
「褒めてるよ。余裕があっても周りを見れない人は一杯いるしね。だから、カイト君は凄いんだよって言いたいの」
「じゃあ、余裕が無くなるのが短所ってのはいらないだろ」
顔を顰めながら、なのはから視線を逸らす。
そんなオレに対して、ごめんごめんと謝りつつ、なのはオレとは別方向に行こうとする。
「隊舎じゃないのか?」
「報告書の書類を部屋に取り行かなきゃなの。カイト君とエリオの訓練も報告書書かなきゃだから結構忙しいんだよ?」
「それは悪い事してるな。無理して体壊すなよ?」
「それはこっちのセリフだよ? 通常業務をして、空いた時間で六課に移動してきて、エリオと訓練するのって、負担でしょ? はやてちゃんの頼みだからあっさり引き受けたらしいけど、駄目だよ。無理な時はしっかり言わなきゃ」
「大丈夫、大丈夫。私の体が頑丈なの知ってるでしょ? はい。誰の真似でしょうか?」
「……真面目に言ってるのに」
フェイトから聞いたなのはの決まり文句を言ってみると、なのはが唇を尖らせる。
しかし、なのはにだけは無理するな。や、無茶は駄目。と言われたくない。それはなのはも同じようだが。
「悪かった。しっかり休むよ。それで? 説明はどうする?」
「うーん、デバイスルームで説明したいから。そうだなぁ。一時間後にデバイスルームまで来て。私もキリが良い所で切り上げるから」
「疲れて寝てるかもしれないから、迎え来てくれ」
「忙しいって言ったよ?」
「誰かを使えばいいだろう?」
「個人的な用事には階級を使いたくないの」
「それでも一尉かよ」
「そうだよ。だから手間を掛けさせないように。陸曹長」
「使ってんじゃねぇか。まぁいいや。一時間後にデバイスルームな」
そう言って、オレはそのままなのはと別れて、六課の隊舎に向かった。
◆◆◆
機動六課・デバイスルーム。
なのはとの約束通りに一時間経ってから、デバイスルームへ行くと、眼鏡の女の子がオレを出迎えてくれた。
「お久しぶりです。リアナード陸曹長」
「……すまないけど、どこかで会った事あるかい?」
「お忘れですか? シャリオ・フィニーノです」
『相棒。テスタロッサの嬢ちゃんの副官だ』
ああ。思い出した。確か。
「ファランクスシフトを受けた後の後始末をしてくれた子か。あの時の事は忘れようとしてるから、すぐに出てこなかったよ」
「あれは大変でしたよー。フェイトさんは半泣きだし、陸士110部隊から問い合わせが来るしで、てんてこ舞いでした」
「だろうね。悲惨な出来事だった。今もトラウマの一つだよ」
深刻そうにオレが言った時にドアが開いてなのはが入ってくる。
オレの深刻そうな顔を見て、なのはは溜息を吐く。
「またどうでもいい話をしてるの?」
「どうでもよくないわ! トラウマの一つの話だ!!」
「フェイトさんのファランクスシフトを受けた時の話です」
それを聞いてなのはがガラリと態度を変える。
「フェイトちゃんと模擬戦した時? ファランクスシフトを出したんだ。あれって本当に速いからトラウマになるよね……」
「まさかなのはも受けたのか……?」
なのはがコクりと頷く。まさかなのはとこの手の事で意見が合うとは。かなり珍しい事だ。
そうなのだ。恐ろしく速い魔力弾が飛んでくるから怖いのだ。
「映像ありますよー」
「映像? 見せて」
「ならシャーリーって呼んでください」
「? 別にいいけど」
「カイト君!? 私やフェイトちゃんは中々名前で呼んでくれなかったのに!」
シャーリーが、やったー。と言いながら何やら機器を操作し始める。
オレの後ろでなのはが騒いでいるが、気にしない。一介の局員を名前で呼ぶのと、エースを名前で呼ぶのは訳が違う。どうもフェイトもなのはも自分が有名人と言う認識が足りないようだ。はやては多少マシだが、それだってまだまだ甘い。
三人を名前で呼んでいる男性一般局員が居たら、局内で瞬く間に噂が広がるだろう。だから今はバレる訳にはいかないし、呼ぶまでにかなり迷ったんだ。
「出ましたよー」
シャーリーの声で、オレは出現したモニターを見る。
幼いなのはとフェイトが戦っている。
一体、何歳だろうか。いや、それよりこんな頃から常識離れな戦いをしてたのか。
「ここですね」
シャーリーがそう言うと、なのはがバインドで固定されて、フェイトがオレの時より大分時間を掛けながら、ファランクスシフトを完成させて放つ。
「これでフェイトの勝ちか」
「いえ、まだです」
シャーリーの言葉を聞いて耳を疑い、そしてモニターに映ったなのはを見て、目を疑う。
ほぼ無傷。所々バリアジャケットの損害は酷いが、バリアジャケットの防御を上げるだけで耐えてしまっている。
魔力は持って行かれたようだが、それでもオレのようにブラックアウトダメージで気絶はしてない。
「ここからはなのはさんの番ですよー」
シャーリーが実況のように声に力を乗せる。
なのはも番も何も、フェイトはかなり疲弊してるようだし、なのはも魔力を持って行かれてる。これじゃあ泥試合以外の展開は。
『魔力集束だな。ここまで集めるには最初から使うつもりで魔力を加工でもしてなきゃ難しいだろう』
『その通りです。魔力を集束しやすいように加工する事で戦闘が長引けば長引くほど威力の高い砲撃になります』
「待て待て……」
どんどんレイジングハートの先に魔力は集まってくる。
しかし、これだけ発射時間が長ければ、フェイトには簡単によけられてしまうだろう。
「時間が掛かり過ぎだろう」
思った事を口にした瞬間、フェイトの両手と両足がバインドによって縛られる。
あのフェイトが簡単には抜けられないのだから、相当強固なバインドだろう。オレに何度か掛けたものより更に強力なものに違いない。
『備えは万全です』
左様か。随分とノリノリで喋るのは自慢のマスターの活躍映像だからだろうが、映像が進む事にオレがどんどん引いてることに気づけ。
暴発寸前まで高まった魔力をなのはが砲撃として放つ。
集束砲撃。しかもこんな大規模なものは見たことがない。何だ、あの太い砲撃は。
バインドで拘束されたフェイトはなすすべなく食らって墜ちる。
そこでシャーリーが映像を終わらせる。
「やっぱり凄いですねー」
「うん。フェイトちゃんのファランクスシフトは凄かったね」
「違ぇよ! 凄かったけど違ぇよ! 大体、耐え切ってんじゃねぇか!?」
オレがなのはの頭にチョップを入れる。何てズレた事を言う奴だ。今のは瞬間最大風速的な意味で言えば、フェイトを超えるズレた発言だ。
「痛い!? 何するの!? 魔力を最大規模でバリアジャケットに回してようやく耐えたんだよ!? 気を抜いてたらやられたんだよ!?」
「そんな事はどうでもいいわ! 何だ、あの集束砲撃は!? よっぽどあれの方がトラウマだ! なんてモノを見せてくれたんだ!? 見ただけで一生もののトラウマだ!!」
「なっ!? 私の一番の砲撃を見た感想がそれなの!? 一生懸命頑張って覚えたんだんよ!?」
「やかましいわ!! お前、謝ってこい! フェイトに!」
オレがドアを指差して真面目な顔でそう言うと、なのはが頬を膨らませて抗議する。
「あの後、謝ったもん!」
「足りない! 絶対に足りない! 今も夜に悪夢として蘇ってる筈だ! もう一度気持ちを込めて謝ってこい! 集束砲撃してごめんなさいって!」
「譲れない戦いだったの! 大体、フェイトちゃんのファランクスシフトを食らった私に対する心配はないの!?」
「だから耐え切ってんじゃねぇか!?」
「でも何発も食らったもん!」
「数の問題じゃねぇよ!? どういう理論だよ!? お前の一発の方が遥かにデカイんだよ!! 気づけ!」
二人で息を荒げながら意見をぶつけていると、シャーリーが笑顔で手を上げる。
「お二人共ー。本題に入ってもいいですかー?」
「本題? ああ。それよりもこいつをフェイトに謝りに行かせる方が大切な気がしてるんだが」
『落ち着け相棒。確実にそんな事はないから安心しろ』
「レイジングハート。私が間違ってるのかなぁ?」
『判断しかねます。ただ、あの時のスターライトブレイカーはナイスシュートでした』
「そうだよね! ありがとう! レイジングハート」
『どういたしまして』
ダメだ。この一人と一機はダメ過ぎる。
信頼関係が出来てるけど、思考が同じ過ぎる。似た者同士がくっつくと、二倍じゃなくて二乗だ。何となくだが、なのはの戦果が飛び抜けてる理由が分かった。
レイジングハートがなのはにブレーキを掛けないからだ。
「シャーリー、話を進めてくれ。オレはもう相手をし続ける自信がない」
「はーい。それじゃあ、まず調査していたものの説明から入りますね」
先ほどまでなのはとフェイトの戦闘が映っていたモニターにアトスが映し出される。
「騎士アトス。幻術、結界から短剣による接近戦もこなす推定Sランク相当のベルカ式を使用する犯罪者です。問題だったのはこのアトスが使用する超高度な幻術と忽然と姿を消す逃亡手段です」
なのはですら気付かなかった幻術や気づいたときには逃亡を許してた時の映像が流れる。
こうして映像で見ても何が起きてるのかわからない。
「まずは超高度な幻術の秘密です」
映像が停止して、オレが手傷を負わせたアトスがクローズアップされる。そして更にアトスの頭上に視点が移っていき、一枚の紙のようなモノを捉えて止まる。
「この紙はアトスが所持している魔道書の紙片で、これ一枚一枚が幻術効果があるようです。アトスは他人に化けてる時にはこれを体中に纏っていて、これのせいでなのはさんでも気付けなかったんです」
モニターは切り替わり、オレに刺された筈のアトスへと切り替わる。
「実体と見間違えるほどなのもこの紙片で、リアナード陸曹長が刺してるのは実際には紙片で出来たアトスです。厄介なのはアトスの意思で魔力へと変換出来るようで、確認できたのは先ほどのアトスの頭上に僅かに残ったモノです。おそらくリアナード陸曹長の攻撃を受けたせいで処理が遅れたんでしょう」
『よかったな。相棒。無駄じゃなかったみたいだぜ?』
「それも捕まえられればだけどな」
「これの対策は今も調べてますが、無限書庫の調査では、酷似しているロストロギアがあるようですから、おそらくは」
「ロストロギアか……。まぁ幻術の秘密は分かった。それで? 逃走手段はわかったのか?」
思考を切り替える。今は相手が何をしているのか理解する方が先だ。対策はまた後で考えれば良い。一度に幾つもの事は出来ない。
なら、出来る事から手を付けていかなければ、先に進めない。
「まだ断言はできませんが」
そう断ってから、シャーリーはモニターの映像を切り替える。
次の映像はホール状の通路のようなモノだった。いくつか補足が言葉で入っているが、それを読む前にシャーリーが説明する。
「古代ベルカの結界魔法・封鎖領域。それを改良して、結界による通路を作っているんだと思います。もちろん、先ほどの幻術でカモフラージュした上で。簡単に言えば、結界内に逃げ込んでいるんです。言うほど簡単な事じゃないですけどね」
「シャマルさんに聞いたか?」
ヴォルケンリッターの中でバックアップを担当するシャマルさんは結界や治療などの補助のエキスパートだ。この六課内でも最も優秀な結界を張れる魔導師だろう。
「理論的には可能らしいですが、シャマルさんでも出来ないそうです。これをやるには、少なくとも結界を徐々に消滅させながら、新たに生成する必要があるそうです」
「道を消しながら、自分の進行方向に道を作ってるって感じだよ。カイト君の後ろに回り込んだのもこれらしいし」
「分かりやすい説明ありがとう。それで? なのはは対策思いついたか?」
オレは試しになのはに聞いてみる。
何となくだが、答えが予想できる。
「逃げの一手を打つ前に砲撃くらいしか思いつかないかなぁ」
だろうな。なのはならそう言うと思った。自分の得意な距離で倒してしまう。それは間違ってないが、毎度毎度、アトスと対峙した時になのはが居る訳じゃない。
「オレがどうにかできる対策を考えてくれないか?」
「難しいよね。結局の所、幻術を破らないと勝てないだろうし」
なのはの言葉を聞いて、オレはモニターに映るアトスの魔道書を見る。
魔道書タイプのロストロギアでベルカ式の使い手。はやてと共通点がある男がはやてを狙うのだから、何とも言えない。
『どうする? 相棒』
「これから考える。とりあえず、アトスがとんでもない奴だって事だけはわかったよ」
そう言って、オレは溜息を吐いた。