クラナガンの高級ホテルに入った私は、用意された無駄に豪華な部屋に辟易しつつ、上着をハンガーに掛けて、ベッドに腰掛ける。
何となくため息が出た。今日は失敗ばかりやった。
めちゃめちゃ気を張って来てみたら、一緒に行動するのが同年代やったのがまず最初の失敗。
浮かれてもうた。
その同年代の男の子の反応や返す言葉が面白くて、色々喋り過ぎたのが二つ目の失敗。
気に入ってもうた。
最後の失敗はホテルの前での事。
深入りしてもうた。
最後のはホンマに失敗やった。好奇心と不安感から聞いたら、予想外に大きな秘密を聞かされてもうた。
「ヨーゼフ・カーター……」
私はヨーゼフ・カーターを調べるために情報端末を開き、しかし、その前に一件入っていた着信履歴を見る。
名前は高町なのは。
親友から連絡が来ていた事に首を傾げつつ、私はなのはちゃんに連絡を取る。
私の顔の前。宙空にモニターが出現して、応答待ちの状態になる。
数秒後、教導官の服に身を包んだサイドポニーの女の子。なのはちゃんが画面に映る。
「こんばんは。なのはちゃん。連絡くれたみたいやけど?」
『はやてちゃん。こんばんは。うん。無事ついたかどうかと、一人で大丈夫かなーって』
「なんや、なのはちゃん。いつから私の保護者になったんや? フェイトちゃんの過保護が移ったんと違う?」
ここには居ないもう一人の親友の名前を出すと、なのはちゃんは苦笑して首を横に振る。
『大丈夫ならいいんだよ。それで捜査は順調?』
「まぁぼちぼちや。でも、私の誕生日にはシグナムたちが合流するから、実際、それからやろうね」
『そっか。フェイトちゃんも何とか予定空けたいって言ってたし、四日の夜は誕生日会だよ! だから、気をつけてね』
最後の言葉の意味をしっかり理解して、私は頷く。
なのはちゃんはまだ心配そうな顔をしとるけど、私は話を変える。
「そういえば、なのはちゃんはヨーゼフ・カーターって人を知っとる?」
『ヨーゼフ・カーター二佐? 名前だけだけど知ってるよ。でもはやてちゃんの口から聞くとは思わなかったなぁ』
「その人、グレアムおじさんの友達やったらしいんやけど……」
『グレアムさんの? あ~なら納得かも』
一人で納得したなのはちゃんは、私の困惑した表情を見て、小さく頷いて説明する。
『その人、地上本部の人に凄く嫌われてるの。それこそ名前を言っただけで怒り出すくらいに。理由は地上の英雄だったのに、本局の作戦に加わって、そのまま管理局を辞めたかららしくて、当時のその人を知ってる人たちはみんな裏切り者って呼んでるんだ』
「本局の作戦……グレアムおじさんに協力したんやろうか?」
『うん。多分そうじゃないかな。でも、凄く優秀な人だよ。教導隊が採用している対近接戦の戦術には殆ど名前が載ってるし、裏切り者って言うのも、その人が偉大だったからって教導隊の古参の人は言ってたよ』
「なるほどなぁ。なのはちゃんが知っとったのはそう言う訳なんやなぁ」
『でも、いきなりどうして? 誰かに聞いたの?』
言われて私は言葉を発せずに頷くだけに留める。
何か言うとボロを出しかねない。
なにより目の前にいるなのはちゃんは隠し事には鋭い。
『そっか。あっ! 長話しすぎちゃった。また連絡して!』
「うん。ありがとうなぁ。おやすみなさいや」
『うん。おやすみ』
そう言ってモニターからなのはちゃんの顔が消える。
口には出さないが、私の誕生日に予定を空ける為に今日、明日で色々終わらせるつもりなんやろう。
私はそう思い、ベッドに横になる。
「ヨーゼフ・カーター……グレアムおじさんの親友……」
頭がごちゃごちゃする。
事件の事も、それ以外の事も。
色々ありすぎて考えなければならない事が一杯ある。
なにより。
「えらい事聞いてもうたなぁ」
本人が言っていた通り、随分な秘密。おそらくこの秘密さえあれば、容易に彼を排除出来る。しようとは思わんけども。
笑顔で話していたが、内心はどうだったのかは分からない。
夜天の書が関わってくると、すぐに周りが見えなくなってしまう。
仕方なく話したのか、それとも信用して話したのか。
どっちにしろ、話して欲しいと頼んだのは自分や。
私は盛大にため息を吐いて、右手で額を押さえる。
「明日どない顔して会えばいいんやろ……」
自分に迫る危機よりも、追っているレリックよりも、今の私にとってはその事の方が重要やった。
◆◆◆
新暦71年6月3日。
朝。ホテルの前に八神捜査官を迎えに来たオレの目に、息を荒げてホテルから飛び出してくる八神捜査官の姿が入ってくる。
オレは左手の時計を見る。
時刻は朝の八時。予定より一時間は早い。
オレは時間を伝え間違えたかを心配になりつつ、八神捜査官に挨拶する。
「おはようございます。八神捜査官。予定より早いですが?」
「はぁはぁ。おはようさん。私の方が早かったで……」
返ってきた答えにオレは固まる。
確かに遅れないでと言ったが、まさかオレより早くと言う意味で捉えるとは。
「いや、九時に遅れないでと言う意味で、何もオレより早く来なくても……」
「ええんよ……。はぁはぁ、早起きは三文の得や……」
調査を始める前から疲れきってる八神捜査官を見ていると、とても早起きが得とは思えない。
なにより。
「何故そんなに疲れてるんですか?」
「途中で歩いてるリアナード陸曹見えたから、階段を使ったんよ……」
「なるほど……」
申し訳ないが面白い返答は勿論、真面目な返答も思いつかない。
途中でオレの姿が見えたなら、せいぜい数分の差しかない。
何をそこまでする必要があったのか。
八神捜査官以外なら馬鹿と言ってしまいそうな行動だが、目の前に居るのはエリート中のエリートだ。おいそれと馬鹿などと言えない。
「リアナード陸曹はご飯食べたん?」
「軽くパンを食べた程度ですけど」
「私まだ何よ。朝食付き合ってくれへん?」
「分かりました。そうですね。ここから歩いて十分くらいのところに美味しい軽食屋がありますけど」
「決まりや! ほな行こか」
八神捜査官は笑顔でそう言うと、オレの腕をとって歩き始めた。
どうにも、今日の八神捜査官は機嫌が良いと言うか、テンションが高いと言うか。
まぁ悪い事ではないし、隣に居る分には楽しいし。
オレはそう思いつつ、ペースを上げて、八神捜査官の前に行き、軽食屋まで先導した。
朝食を済ませて、昨日と同じくロストロギアの行方を探すために情報収集に取り掛かっていたオレと八神捜査官に地上本部から緊急通信が入った。
内容は。
「クラナガン港湾地区で謎の円錐型機動兵器を確認……!?」
「ガジェット・ドローンや!」
八神捜査官が港湾地区方向へ走り出す。
オレはそれに追従しながら説明を聞く。
「知ってるんですか!?」
「一度戦った事があるねん! AMFを発生させる事ができる兵器や!!」
「アンチマギリンクフィールドを!? AAAランクの高位防御魔法じゃないですか!?」
「せや! やり方次第でどうとでもなるけど、並みの魔導師の手には余る!」
そう言って八神捜査官はオレを見る。
ついてくるなと言わんばかりの目だ。
かなりプライドが傷ついた。
オレはニヤリと笑って答える。
「ご心配なく。あなたのサポートに選ばれる魔導師が並みだと思いますか?」
正直、嘘だ。
並みも並みのBランクだ。
まぁランクは「規定の課題行動を達成する能力」の証明であって、直接的強さには繋がらないし、ランク昇格試験は基本的に汎用性に優れた魔法を持っている奴に有利だ。
オレみたいに特化型の魔導師には不利な制度と言えなくもない。
「危なくなったら逃げるって約束してや」
「低ランクの魔導師は最初に逃げる事を教わります。ご心配なく。敵わない相手とは戦いませんから」
「……わかった。私は先に行くから、後から合流してや!」
八神捜査官はそう言うと、瞬時にセットアップをして港湾地区の方向へ飛んでいってしまう。僅かな時間で、飛行魔法使用許可を取ったらしい。手際の良い事だ。
八神捜査官は飛行魔法で黒い羽を飛び散らせながら、どんどん遠くへ行く。
空戦適正を持った友人の飛行を何度も見ているが、これほどの加速は見た事がない。
「おいおい。陸尉だろ?」
オレはそう言いながら、港湾地区方向へ走り出す。
障害物の無い空ならまだしも、市街地で加速魔法を使っても危険なだけなので、人通りが少ない場所へ行くまでは自力で走っていくしかない。
「ヴァリアント」
『はいよ。最短ルートだ。しかし、いいのかい? 部隊長からは逃げるように言われてんだろ?』
「まぁな。ここで別れれば、例え八神捜査官に何があっても、オレの責任にはならない。んでもってオレが危険に晒される事もない」
『理性的な判断をオススメするぜ?』
「嫌だね。ここでついてかないで何かあったら一生後悔する! 弱い事は逃げる理由になりはしない!」
オレはそう言うと、目の前に表示された最短ルートに沿って街中を走り抜ける。
途中、何度か人にぶつかりそうになったが、構ってられない。
既に八神捜査官は現場に居る筈だからだ。
十分ほどで、人の数が減り始める。港湾地区に近づき始めたからだ。
港湾地区は倉庫が多数ある為、市街地に比べれば人の数は少なくなる。あくまで市街地と比べてだが。
「ヴァリアント! セットアップ!」
『オーライ』
オレの服装が青いジャケットに同色のズボン。そして黒いコートに切り替わる。
同時に、オレは身体能力を強化して、走るスピードを上げる。
屋根を飛び移って行きたいが、ここには管理局の倉庫以外に企業が所有する倉庫や個人所有の倉庫もあり、権利や保証の問題もある為、それはできない。
オレは上空を見る。
未だに航空武装隊の魔導師の姿は見えない。
管理局はその巨大さ故に、出動手続きや関係各所への通達が複雑で、初動は非常に遅い。
フリーで動ける特別捜査官である八神捜査官がクラナガンに居た事は不幸中の幸いと言えなくもないが、それすら見越した行動だとするなら。
「かなりヤバイか?」
呟いたオレの前方、倉庫の影で何かが光った。
とっさに横に転がり、それが地面を焼いた時に、熱線だと気づく。
訂正。ヤバイのはオレの命だ。
気づけば、円錐型の機動兵器、見る限りでは三体に囲まれていた。
おそらく八神捜査官がガジェット・ドローンと言った兵器で間違いないだろう。
問題なのはさっきの熱線。魔力の反応がなかった所を見れば、魔力は用いてないのだろう。
咄嗟に回避できるのだから、注意していれば問題ない攻撃だが、地面を抉った威力を見る限り、楽観は出来ない。
「そんでもってAMFか。……逃げたほうが良かったかなぁ」
『だから言っただろ? 理性的な判断をオススメするぜって』
胸元のヴァリアントがそうやってオレを茶化す。
そうやって軽口を言える程度には余裕がある。虚勢を張っていると言えなくもないが。
「男は意地を張ってなんぼって師匠も言ってた!」
『それは悪い教えだ。命が幾つあっても足りないぜ? 相棒』
ヴァリアントの言葉が終わると同時に、三方向から熱線が飛んできた。