新暦75年7月15日。
クラナガン・地上本部前。
地上本部に多くの局員が入っていき、同時に多くの人が出て行く。
その中で、特定の人物を探すのは普通なら困難な筈だが、探し人が普通ではない為、思ったより早く見つかった。
周りの局員の反応を見ていれば分かる。明らかに驚いたような反応やそわそわした反応が見受けられれば、基本的にはビンゴだ。
「八神二佐」
声を掛けると、はやてが驚いたように大きな目を更に大きくする。
本部への迎えはシグナムさんがやる予定だったが、急な任務な為、代わりにオレが来た。
「シグナムが来れへんから、誰が来るんやろうって思うとったけど、カイト君が来るんは予想外や」
「一番近くに居たのが自分でしたので。車でお送りします」
親しげなはやての対応に思わずいつも通りに返してしまいそうになったが、上手く仕事モードで乗り切る。地上本部の入口ではやてと親しくしていたら、どんな噂が立つかわかりやしない。
はやてはオレの対応が不満だったのか、少しだけ面白くなさそうに目を細める。
駐車場まで案内しつつ、どうやって機嫌を治させるべきか考えていると、はやてに通信が入る。
『主はやて』
「どないしたん? シグナム」
『ガジェットが私とテスタロッサが向かった方向以外にも出現しました。フォワード陣が出撃しましたが、六課の戦力が分散してしまいました』
「それはしゃあない。ザフィーラもシャマルも居るし、そこらへんの調整は私がするから、任務に集中してや」
『……わかりました。道中はお気を付けてください』
「カイト君が居るから大丈夫やよ」
はやてはそう言うと、通信を切る。
話でも振ろうかと思った時、今度はオレへ通信が来る。部隊長からだ。
『リアナード君』
「はい。何かありましたか?」
『傀儡兵が確認されて、第二分隊はその援護へ向かった。第三分隊は有事に備えなければ行けなくなったから、そちらには戦力を避けない。言っている意味はわかるね?』
「……なるほど。了解しました。八神二佐と対策を立てます」
そう言って、部隊長からの通信を切ると、オレとはやては目を合わせる。
「なんや、あれやなぁ。懐かしい展開やなぁ」
「暢気な事で。確かにデジャヴだけど、出来れば思い出したくない類のモノだよ」
あまり緊張感の無いはやての様子に溜息を吐きつつ、状況を整理する。
完全再現とはいかないが、はやてと初めて会った時と状況は似ている。いや、なのはや分隊長たちが任務に拘束されている以上、状況は悪いかもしれない
「六課の戦力は文字通り分断されて、110部隊は増援を出せる状態じゃなくなった」
「つまり、私たちは盤上で孤立した駒やな」
「勘弁してくれ。取られたら最後の王様を守るのがオレだけなんて、プレッシャーでどうにかなりそうだよ」
「今より弱い頃にできたんや。今回もどうにかなるやろう。さてと、移動しよか」
はやてが駐車場へ向かおうとするのをオレは慌てて止める。
一体、何を言ってるんだ。
「ちょ、ちょっと待って! 移動する? ここに居るべきでしょ!? 幾らアトスたちでも本部までは侵入できない」
「本部の堅牢さは知っとるし、信頼もしてる。けど、本部の人たちを信頼しとらんよ。私は」
「そうは言うけど、地上本部の人間があからさまにはやてに何かをするとは思えない」
「何かする必要なんてあらへんよ。地上本部に居る以上、私は命令には逆らえへん。現場に向かえと言われて御終いや。それなら、カイト君と離れへんように移動した方が何倍も安全や」
そう言われてしまうと、止める事はできない。
本部に留まるのは危険ではあるけれど、ここから移動するのは、同じくらい危険だ。
オレへの信頼があるのは嬉しいが、正直、アトスたちが襲撃してきた際に守りきれる自信がない。
「そう言えばカイト君。アトスたちと戦う気ある?」
「来たら戦うよ……」
「勝てる気せえへんって感じやね」
「正直ね。せめて、六課の誰かをこっちに向かわせる事はできないの?」
「距離も離れとるし、任務中や。我が身可愛さに呼ぶ事は出来へん。それに、前よりはマシや」
「オレには前の方がマシに思えるけど……」
「前はアトスたちは正体不明の襲撃者やった。けど、今はちゃう。しっかり言葉が通じて、事情がある事が分かっとる。説得の可能性があるやん」
不思議とはやてにそう言われると何だかできそうに感じる。もちろん、状況は厳しい。ここでアトスたちが襲撃してくれば、ほぼ向こうの勝ちは決まってしまう。
けれど。
それを何とか出来れば、逆にこちらのチャンスだ。向こうが決めに掛かってきたのは間違いないだろう。それを防げれば、一筋の光が差す。
「やるだけやろっか?」
「せやせや。やる前から諦めるのはカイト君らしくないで」
そう言って、はやては駐車場で歩き出す。気持ちが前を向いた以上、後は行動するだけだ。少しでも早めに動けば、向こうの対応もずさんになる。
行動の早さが今は最重要だ。
「六課に向かうけど、それで大丈夫?」
「せやね。ザフィーラとシャマルが六課に居るし、襲撃があれば二人ならすぐ駆けつけてくるはずや」
「できるだけ六課の近くへって事か」
「せや。まぁ簡単には行かせてくれへんと思うけど」
はやての言葉にオレは頷く。少なくとも、はやての守りが薄いのは事実だ。ここを狙わない事はないだろう。
任務で動けない六課メンバーと第二分隊。管轄を守るために動けない第三分隊。
部隊長の事だから、第一分隊も集めてるだろうが、それも時間が掛かる。増援はしばらく来ないと割り切るべきか。
「どういう道で行く?」
「市街地は避けなアカンし、人の通りが激しい所もアカン。そうなると」
「廃棄都市区画を通る事になるよ?」
「襲ってください言うような道やな。でも、しゃーない。一般人を巻き込む訳にはいかんし、廃棄都市ならこっちも周りを気にする必要もあらへん」
「頼もしいけど、あんまり張り切りすぎて、前に出てこないでね?」
「それはカイト君次第やね」
「善処するよ」
そう言って、オレは車を発進させた。
◆◆◆
ミッドチルダ・廃棄都市区画。
廃棄都市区画の近場になっても襲撃は無い。
これはこちらが警戒し過ぎただけだろうか。
「油断したらあかん。まぁ気になる事はあるけど」
「傀儡兵の事?」
「せや。アトスたちは前回、ガジェットと連動しとった。少なくともガジェットの動きをある程度分かっていた筈やから、今更、ガジェットの動きに乗じるのは不思議やない。けど、傀儡兵は予想外や」
「傀儡兵がアトスたち絡みだとすると、今回は意図された事だけど、そうじゃないなら、また別の要素が入ってくる。そう言う事?」
オレの言葉にはやてが首を縦に振る。
傀儡兵とガジェット。そしてアトスたち。一体、どんな繋がりがあるのか。
『相棒。お出ましだぜ』
「本人たちに聞くとするか」
ヴァリアントの言葉を聞いて、車を停める。
はやてが無造作に車から降りるので、オレも慌てて車から降りる。
もう少し警戒して欲しい。こっちの心臓が持たない。
オレとはやてから十メートルほど離れた所。
上空から騎士甲冑を纏ったアトスが降りてくる。アラミスとポルトスが居ないのは隠れているからか、それとも前の時のように他の足止めに向かっているからか。
「こっちは楽しいドライブだったんだが?」
「それは済まない事をしたね。帰りは一人で楽しんでくれたまえ」
こっちの軽口にアトスがそう返す。
簡単な挑発だが、こっちの神経を上手く逆なでしてくる。
今にも飛びかかりそうな程、殺気だったオレをはやてが諌める。
「落ち着きや。話は私がするから下がってて」
「話をしても、アトスはブレないよ?」
「話がしたいんよ。アトス。こうして話をするのは初めてやね」
はやてが少しだけ前に出て、アトスに声を掛ける。
オレはいつでも反応できるように緊張を保つ。最悪、幻術で近寄ってくる可能性もあるから、距離があっても油断はできない。
「五年前は話す暇も与えずに攻撃したからな。確かに言葉を交わすのは初めてと言う事になるか」
「カイト君から色々聞いとるよ。そっちにも事情があるみたいやな?」
「君が捕まってくれれば解決するんだが?」
アトスが会話を切りに来た。
話をしながらの時間稼ぎをさせる気はないらしい。
はやてが断れば話は終了だ。
集中力を最大限に高める。アトスの動きを一つも逃さない程に集中したオレの耳に信じられない言葉が飛び込んでくる。
「事情次第じゃかまへんよ」
「なに……?」
「はやて!?」
「自分の意思じゃない戦いは辛いやろ? 話によっては協力する」
自分の意思じゃない戦い。
昔、はやてより前の主の下で、ヴォルケンリッターはそういう戦いを何度もしてきたらしい。それに重ねたか。
とは言え、強制的に戦わされたヴォルケンリッターと、何かしらを握られて、それのために自分の意思で戦うアトスたちは違う。
どれだけ苦渋の決断であっても、自意識があり、犯罪行為だと分かった上で行動する人間を、この次元世界の法律は容認しない。
「時空管理局の人間は基本的に信用していないのだよ」
「私は例外として扱ってくれへんかなぁ。今なら分かる。昔、私の騎士となって、私のために戦ったヴォルケンリッターのみんなと、あなたは同じ目をしてる」
「だからどうした? 何が言いたい?」
「人質を取られとるんとちゃう? 大事な人を。それこそ、騎士の誇りを捨てるくらい大事な人を……」
その瞬間、アトスが動いた。
はやてに接近するアトスを食い止める為に、オレは一瞬ではやてとアトスの間に入り込む。
バリアジャケットを纏ったオレは左右の腰にあるグラディウスを引き抜いて、アトスのマインゴーシュによる突きを受け止める。
「お前にも感情があるんだな……?」
「捨てたつもりで居たのだがね……。誇りと共に!」
既にグラディウスはモード3で展開している。それをアトスは力任せに押してくる。
冷静沈着なイメージのアトスがここまで変わるなんて、一体、はやての言葉にどれほど力があったのか。
「図星なんやね? 協力する! だから!」
「君を連れて行けばそれで終わるのだよ! 昔のように家族で暮らせるのだ!」
アトスの目の色が変わる。
表情が一つも変化しない時は不気味だったが、今はただ恐ろしい。明確な殺気を放っている。
邪魔をするなら、今度はオレに容赦する事はないだろう。
「ちっ! ミーティア・ムーヴ!」
『ギア・サード』
このままでは押し負けると判断して、はやてを抱えてアトスから距離を取る。
アトスが追撃の体勢を見せる。
「カイト君! 話をさせて!」
「もう無理だ! あいつの目を見ただろう!?」
「あの人は誰かの為に戦っとる! あの目はシグナムたちと一緒や!」
アトスが勢いよく駆け寄ってくる。
はやてを抱えている為、最高速度は出せてないが、それにしたって速すぎる。こいつは一体、どれほど力を隠しているのか。
「どきたまえ。君は気に入っているが……私に後は無いのだよ!」
「なるほどな。黒幕に次はないって言われたか……!」
「譲りたまえ」
アトスがマインゴーシュを首に向かって突き出してくる。
フザケたことを言ってくるもんだ。
左のグラディウスでマインゴーシュを受け止める。
右手に抱えていたはやてを突き飛ばすと、そのままア右手のグラディウスを展開させる。
「誰が譲るか! お前だけが何かを抱えてる訳じゃないんだ!!」
右手のグラディウスによる斬撃をアトスは一歩下がって避ける。
アトスと視線が交差する。
「そうだったな。君も……譲れないのだったな」
「ああ。はやては渡さない……」
「どちらも譲れないなら、戦うしかないが……私は手加減する気はない。邪魔をするなら殺す」
圧倒的な殺気が向けられる。
目だけで人が殺せるのではないかと思える程、アトスの目には意思が宿っている。
足が震える。
なのはやフェイトとは違う。こいつは強いが、力を使う方向が違う。
それでも。
「手加減なんて必要無い。お前に勝って、はやてを狙っている黒幕を捕まえる。その過程で人質も助ける」
「君には無理だ」
「それはお前が決める事じゃない。……騎士アトス。騒乱罪、傷害罪他、複数の容疑で逮捕する」
「君は騎士だと思っていたが、そうではないのだな。君は時空管理局の局員か」
何を当たり前の事を。
今も昔もオレは管理局員だ。それだけはブレた事はない。
左右の腕を広げる。
「シュヴァンツ」
両手首から白の鎖が出現する。
鎖を垂らしながら、オレはヴァリアントに念話を繋げる。
『ヴァリアント。頼んだぞ』
『あいよ。シュヴァンツの操作は任せろ』
そのままはやてにも念話を繋げる。
『はやて』
『アカン。戦ったらアカンよ……』
『オレは君をここで渡す気はない』
『それもアカン……。一人で戦ったらカイト君は……』
『どっちかだぜ。八神の嬢ちゃん。相棒かアトスか。どちらも譲る気はないし、何もしなけれりゃ十中八九、相棒が負ける』
アトスから視線を逸らせない為、はやての顔は見れないが、随分と苦しんでるだろう。
アトスがここで失敗すれば、人質は用無しになる可能性が高い。しかし、ここではやてが連れて行かれれば、はやてをもう一度取り戻す事は厳しい。連鎖的に六課は部隊長不在になり、はやてが命を失えば、ヴォルケンリッターの面々も命を失う。
普通なら考えるまでもない。アトスは赤の他人で、命を狙ってきた敵だ。
それでも、切り捨てられない。
『なぁカイト君……? 選ばなアカンの……? どっちも解決する方法ないん?』
『アトスはもう後がないって言ってたし、そうじゃなくても、向こうからすれば、これ以上のチャンスはもう無いだろうから……ここでのアトスの失敗はアトスたち三人と人質の終わりだと、思う』
『私が捕まる! それなら!』
『それは出来ない。残された六課は? ヴォルケンリッターは? はやてに関わっている人たちは? どちらかなんて選択は絞りたくないけど、選べてる内に選ばないと、選べなくなる』
アトスもオレとはやてが念話で会話しているのを知っているのか、攻撃をしてこない。
せめて話し合いの時間はくれるらしい。まぁこいつとしては、はやてが参戦しようが、しまいが、オレを殺して無理矢理はやてを連れて行く気だろうから、この会話はせめてもの情けと言った所か。
アトス一人に対して二対一でも危うい。それなのに向こうはアラミスとポルトスが居る。戦力的には向こうが上。
こっちにはオーバーSランク魔導師がいるって言うのに、戦力的に負けるとは。
最悪だ。
前と何も変わっていない。オレは無力だ。
オレがもっと強ければ、はやてに違う選択を与えられたのに。
「そろそろいいかね?」
「まだ答えは出てない」
「それなら時間切れだ」
アトスが無造作に右手の魔道書を頭上に掲げる。
無限書庫の本にあったロストロギアと酷似している魔道書。
アトスの幻術・結界の能力はあの魔道書に依存しているらしい。あの魔道書さえどうにか出来れば。
「朧月の書。セットアップ」
アトスがそう言うと、魔道書がアトスの頭上でページを開き始め、一度最後のページまで行き、真ん中あたりでもう一度開く。
「古代ベルカのロストロギアでね。我が家に伝わる家宝だよ」
そう言うアトスの右手には、甘美な装飾がなされたレイピアがあった。
左手にはもちろんマインゴーシュもある。
「私は元々二刀流でね」
「オレと同じか……」
「君を気に入っていた理由の一つだ」
アトスが無造作に一歩前に出てくる。
しかし、気づいたときにはアトスは目の前に居た。
右手のレイピアが下から振り上げられる。
咄嗟に後ろに下がったオレのバリアジャケットを容易に切り裂く所を見れば、あのレイピアも相当な威力を持っている。
「朧月の書はセットアップしない時は一々発動させなければいけないが、この状態なら」
朧月の書が紙片を散らして、アトスの姿を覆う。
紙片に遮られている間にアトスは十人に分身していた。
「いつでも幻術を使える」
「なるほど……。話す必要があるか? 前は教訓にしろと言っていたが、今回は殺す気だろ?」
「それもそうか」
後ろから聞こえてきた声に思わず振り返りそうになるが、敢えて反応しない。
幻術への対応はヴァリアントに一任してる。
シュヴァンツがヴァリアントの操作で動き出して、オレの後ろにアトスではなく、十人の真ん中に居るアトスへ向かう。
「なに!?」
シュヴァンツを受け止めたアトスはそう叫ぶ。
必勝の幻術が見抜かれたのだから当たり前か。
とは言え、オレも簡単に見抜いている訳じゃない。と言うよりは、オレは見抜いてない。
ヴァリアントに完全に解析を任せているだけだ。その分、全く補助は期待できないが、オレとヴァリアントだからこそできるアトスの幻術破りだ。
通常の魔導師は大なり小なりデバイスのサポートを受けているが、オレは魔法の発動から戦闘までを、一応はヴァリアント無しでもできる。これはなのはだって出来ない事だ。まぁなのはの場合は魔法の発動媒体としてのレイジングハートが無いと、戦力が落ちると言うだけで、レイジングハートがなくてもオレより強いだろうが。
その為、オレは今、ヴァリアントのサポートを切って、ヴァリアントの全性能を幻術解析に回している。
地力じゃアトスが上であるのは間違いない。ヴァリアントのサポートがなければ押されるだろうが、幻術をどうにかしなければ簡単に押し切られてしまう。
「あの少年がここまでになったか……」
「強いお前に負けたからな……!!」
そう言って、オレは幻術ではないアトスに向かって加速した。