アトスの真髄は防御だ。
攻めも強いが、相手の攻撃を受け、そして隙を見せたら必殺の一撃を加える。そう言う戦法だった。それが成り立っていたのは、相手の攻撃を受けきる事が出来る剣の腕があったからだ。
そのアトスの映像を見て、元々、攻めに意識が行き過ぎなオレにアーガスさんは徹底的に防御を教えてくれた。
オレも防御に専念すれば、長期戦になると判断したからだ。
それは間違っていない。
その時の防御の訓練があったから、オレの首は今、つながっている。
「ふんっ!」
「ちっ!」
左から首を狙いに来たマインゴーシュの突きを、首を捻る事で間一髪避ける。
そのまま地面を蹴って、アトスと距離を開ける。
開いた距離は僅かだが、息を整える。
ヴァリアントの補助が無いため、ミーティア・ムーヴとミーティア・アクションの併用は出来ない。先ほどから使っているのはアクションの方だ。
ムーヴで近寄っても、アクションに切り替える間が出来てしまうし、なにより、アクションで動作を加速してなければ、アトスの攻撃に反応しきれない。
距離をアトスが詰める。
今までとは違って、アトスは攻撃的だ。その要因は。
「君もあきらめが悪いな!」
アトスがそう言って右手のレイピアを突き出してくる。
このレイピアがあるせいで、アトスの攻撃手段が増えたのと。
「やかましい!!」
レイピアを右手のグラディウスで受け止めつつ、左手のグラディウスを上へ跳ね上げる。体に迫っていたマインゴーシュがグラディウスに弾かれる。
しかし、その間に右手のグラディウスがレイピアに押し込まれる。
体勢が後ろへ崩れるが、それを利用して、アトスの腹を右足で蹴る。
倒れながらの不格好な蹴りだったが、アトスを一瞬止める事には成功する。その間に体勢を立て直す。
「はぁはぁ」
息が切れる。
厄介なことにレイピアが加わった事によって手数が圧倒的に増えている。二倍ではなく二乗だ。そして、それによってアトスの戦術パターンも何倍にもなっている。ここまで同じ攻撃は一つもない。
後手後手で対処するのが精一杯で、反撃の糸口が掴めない。
「私の幻術を潰すために君は得意の加速を捨てた。それはお互いの長所を潰しあった結果になったが、それは互いの実力が顕著に出ると言う事だ」
「それで? また君は私には勝てないか? 聞き飽きたぞ……」
アトスが無造作とも言えるほどに剣を下ろしたまま喋るのを見つつ、そう言う。
ヴァリアントの触覚代わりに使っているシュヴァンツが全く反応が無い為、喋っているのはアトス本人だろうが、こいつの前では油断は出来ない。
「君は……何故戦う?」
「どういう問いかけだ? 自分から襲っておいて」
「君を襲いに来た訳じゃない。私は八神はやてを襲いに来た。君が八神はやてを守るのは何故だ?」
ふざけた質問だ。
誰かを守るのに理由を考えた事なんかない。自分がやらなければ駄目だったから、咄嗟に体が動いていたから、その時によって理由は違うが、守っている時に理由を考えた事なんてない。
強いて言うなら。
「オレが守りたいと思ったからだ」
「自分が追い詰められている時に何もしない人間をかね?」
なるほど。
はやてを揺さぶりに来たか。
ちらりとはやてを見れば、明らかに動揺している。
「本当に誇りを捨てたんだな……。はやてがどうして動かないか分かっているだろう?」
「勿論だ。私が取られている人質を見捨てられないからだろう?」
「分かっているのなら!」
「君は良いのかね? 私の人質を思ってくれるのは感謝している。だが、君は私の人質と天秤に掛けられているのだよ? 何度も命を掛けて守ったのに、君はそんなに軽く扱われているのだ」
アトスの視線が真っ直ぐオレを貫く。
こいつは今、揺さぶりに来てる訳じゃない。
本心からオレに聞いている。
「良いのかね? 私と戦っていたのが彼女の騎士たちなら、彼女は迷わず騎士たちを選んだ筈だ。だが、君は違う。君の成長は目を見張る程だ。それは彼女のためだろう? その努力を知りながら、それでも君を選ばないのだぞ?」
「簡潔に言え……。言葉の裏を読むほど頭は良くないんだ」
「……例え、ここを切り抜けても、今ここで君を選ばない彼女はいずれ、騎士と君を秤に掛けるだろう。良いのかい?」
「家族を選ぶことがそんなに悪い事か? 友人と家族なら、多くの人間が家族を選ぶだろう。何故、はやてが家族を選ぶ事がいけない事のように言われなくちゃいけない……?」
「そうやって彼女の為に怒り、彼女の為に努力してきた君は……彼女に何を貰った? 君は何を得られた?」
「何かが欲しくて守ってる訳じゃない!」
「答えが見つからないからそう言うだけだろう? 考えたまえ」
アトスが向けてくる視線が哀れみに変わる。
そんなにオレは道化に見えるのだろうか。
そんなにオレがはやてを守る事は変なのだろうか。
そうやって少しだけ思考が流れた所でハッとする。
馬鹿かオレは。
アトスの前で考えこと何て。
「答えは出たかい?」
アトスは先ほどと変わらぬ体勢でそう聞いてくる。
わざと攻撃してこなかったな。
いつでも攻撃できるから攻撃するまでもないと思ったのか。それとも、オレの答えが気になったのか。
しかし、よくよく考えれば、オレははやてに何かする事ばかり考えていて、自分が何かしてもらおうなんて考えた事は無かった。
「オレは……」
いつだって無茶をしてきた。
それははやては関係ない。はやてと出会う前からそうだった。
そうだ。馬鹿な特攻野郎で、英雄に憧れてただけだったオレが変わったのは、はやてと出会ったあの日からだ。
それだけで十分だ。そこから変わった全てははやてがくれたモノだ。
「オレははやてに多くのモノを貰ってる! 馬鹿なオレを見捨てないで居てくれる友人が出来た! 気遣ってくれる友人が出来た! 目標となる人たちに出会えた! なにより、はやては傍にいてくれた! 連れて行かせたりしない! もう当たり前なんだ! 傍で笑っているのが!!」
「それが答えか……。あの日から君が出した」
「そうだ! あの日、お前に負けた後に誓った! 必ず守ると! 守れるだけ強くなると!!」
左右の腕を広げる。
実力で及ばない相手には策を使うのが定石だが、アトスに策は通じない。
それなら。
得意な事で勝つだけだ。
「ミーティア・ムーヴ! ギア・サード!!」
アトスへ細かいフェイントを入れながら加速する。
直線の加速なら読まれる可能性もあるが、いくらアトスでもフェイントを入れたギア・サードは掴みきれない。なのはですら掴みきれずで、フェイトすら追いつくので精一杯な魔法だ。
得意な間合い、得意な戦法ならエースだって苦戦する程度には、オレは成長してる。
少しは自分を信じてみるか。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
「なに!?」
アトスがオレの行動に驚く。
当然か。
オレは今、超加速中なのにも関わらず、アトスに左手のグラディウスを突き出した。
ミーティア・アクションは加速動作から自分の体を守るために強化魔法を追加で体に掛けている。だが、ムーヴはそもそもアクションとの併用での攻撃しか想定していないのと、消費魔力が多すぎる為もあって。
体の強化は行っていない。
当然、体を加速から守るためにバリアジャケットはかなり強化されているが、加速中に攻撃を加える事を想定していない。
師匠に教えて貰ったミーティアの時ですら、攻撃の際は減速していた。それも今はしていない。
威力は間違いなくこちらの方が上だ。
「くっ!」
「ちっ!」
アトスは咄嗟にマインゴーシュで受け止める。
オレは小さく舌打ちする。
左手の感覚が一瞬で殆どなくなって、今は熱さしか感じない。
ギリギリ、グラディウスを握っているが、後一回と言った所だろう。
アトスが瞬時に距離を取って、幻術を使う。
しかし、ヴァリアントがシュヴァンツを操作して、アトス本人を探し出して、攻撃する。
先ほどとは違う。アトスの防御をオレは貫ける。この攻撃さえ通す事が出来れば、オレは勝てる。
それを分かっているからアトスは幻術を使ったのだろうが、それは既に封じている。
「切り札は最後まで取っておくって言うのはお前の言葉だったか?」
「言うようになったな!」
ギア・サードは切っていない。魔力の消費は半端じゃないが、いちいち切り替えていたらチャンスを逃す。
今、目の前に居るアトスをどうにかしなければ、後はない。
今のオレに後を考える余裕なんてありはしない。
アトスへ向かって加速する。
アトスは避けようと動こうとするが、遅い。オレがフェイントを入れてくると思って、身構えていたから反応が遅れたのだ。
左手のグラディウスですれ違い様にアトスの胴を薙ぐ。
アトスのマインゴーシュに受け止められる。後、少し。
左手からグラディウスがこぼれ落ちる。左手を確認してる暇はない。左腕全体が熱を持っているから、左手は更に酷いだろう。
腕くらいならくれてやるつもりじゃなきゃ、アトスには勝てない。
加速に急制動を掛けて、すぐにアトスの背中に向かって加速する。
意識が飛びそうだ。全く自分に遠慮しないミーティアの加速とはこれほどだったのか。初めて知った。
残るは右手。左手の感じから言って、後二回だろう。
右手のグラディウスをためらわずに突く。このスピードでの突きを躊躇った所で意味はない。
アトスは後ろを見ずに、体を左にズラす。
魔力刃がアトスの腹部を僅かに切り裂く。
後一回。
「終わりだぁぁぁぁぁ!!」
体勢が崩れたアトスへ半ば体当たりするようにオレは突きを放った。
正しく特攻だ。脳裏に、ランスター一等空尉の話を聞いた時に部隊長が言った言葉が蘇る。
僕に無能と言わせないでくれ。
これでアトスを倒せなければ、オレは殺されて、部隊長はそう言うのだろうか。
まぁ部隊長になら、そう言われても別にいいかと思える。
アトスの心臓目掛けていた突きを腹部に向ける。
部隊長を思い出したら、ついでに思い出したオレは管理局員だ。犯人は殺さない。
それを見て、アトスの目が大きく見開かれる。
「舐めるなぁぁぁぁぁ!!」
アトスの頭上にある朧月の書が瞬時にページをめくり出す。
何をしようと間に合わない。
グラディウスが深々とアトスの腹部を貫く。
アトスの口から血が吹き出るが、アトスは血に構わず叫ぶ。
「ポラール……」
「!? カイト君! 逃げて!!」
「なに……?」
「ナハト!!」
朧月の書が白く発光する。それが魔力だと気づいた時には遅かった。
オレは白い光りに包まれて、そして体中に痛みを感じながら意識を失った。
◆◆◆
気づいた時には魔法が発動した後やった。
あれは五年前。私がブラックアウトダメージで墜とされた時の魔法や。
カイト君が勢いよくビルの壁にぶつかり、力なくズルズルと滑り落ちて、倒れる。
そんな様子を私は呆然と見ていた。
「……人の成長とは……侮りがたいな……」
アトスの声を聞いて、アトスを見れば、腹部からとんでもない量の血が出とる。
とてもこれから私を相手に出来る傷やない。
「アトス……」
「君のそれは優しさじゃない……。選べないだけだ……。だから、大切なモノを失う……」
アトスがフラフラと私に近寄ってくる。早く魔法でアトスを拘束して、カイト君を助けなアカンのに、体が動かへん。
アトスの言葉が頭から離れへん。
私は結局見ていただけ。戦える力があったのに、見ていた。
それは、カイト君を見捨てたのと同じで、カイト君とアトスの人質を秤に掛けて、アトスの人質を選んだと言う事。
「私は……」
「……君が悪い訳じゃない……。済まない。一緒に来てもらう……」
アトスの頭上で朧月の書が光る。
私は連れて行かれる。カイト君はどうなるんやろう。
せめて、手当てだけでも。
「アトス……カイト君を手当てさせてや……」
「悪いが……私にそんな余裕はない……。アラミスもポルトスも機動六課の足止めに回っている……。こちらもギリギリなのだよ……。それに、君はリアナード君を見捨ててる。今更、手当てをしても……事実は消えない」
アトスの言葉が私の心に突き刺さる。
せや、もう、カイト君に何かしても。
カイト君の傍には居られへん。
オーバーSランクを持ちながら戦わないなんて、それ以前に管理局の魔導師として有り得へん。
アトスが撤退すれば、すぐにシャマルが来る筈やし、私が何かする必要はあらへんか。
そう思って、顔を上げたら、いつの間にかアラミスとポルトスが来ていた。
「アトス兄さん! 傷が!」
「気にするな……。追っ手はないな?」
「しっかり撒いた。問題ない」
「そうか。ようやく、終わる」
アトスはそう言って、掠れた声で詠唱を始める。
それが終われば、私は私を憎む人の前に連れて行かれる。
どないしようか。死ぬ訳にはいかへん。あの子たちも消えてまう。
けど、どうしたらいいんやろうか。
カイト君を見捨てて、私は連れていかれようとしとる。アトスの人質は助かる筈やけど、私は間違いなく死ぬ。
これが選んだ道。
頬に涙が伝う。
これが選べなかった結果。
得られるモノは少なく、失うモノはとても大きい。
「どうして……私は……いつも……こんな事に……」
「それは君が夜天の王だからだよ」
アラミスが私の呟きに答える。
夜天の王やから、毎回、選択せなアカンのやろうか。
大切なモノを守る為に何度も辛い選択をしなきゃアカンのやろうか。
「……違う……」
小さく聞こえた声に振り向く。
カイト君が血だらけで立っていた。
「カイト君!!」
立ち上がって駆け寄ろうとしたら、ポルトスに腕を掴まれる。
「離してや!!」
「動くな。動けば、奴を殺さなきゃダメになる」
ポルトスがアラミスを見る。
アラミスは細剣のデバイスをカイト君に向けとった。
私が駆け寄れば、本当に魔法を撃つんやろう。
「……何が違うのかな……?」
「……夜天の王だから選択しなきゃ駄目なんじゃない……。いつだって理不尽な選択を突きつけてくる奴が居るからはやては選ばなきゃいけないんだ……」
「それは夜天の王だからだ……」
「違う……。それが原因じゃない……。その称号は……はやてとヴォルケンリッターを家族として繋ぐモノだ……。決して、それのせいじゃない……」
カイト君はフラフラと覚束無い足取りでこちらに向かって歩いてくる。
手はだらんと力が入らずに垂れていて、体のあちこちから血が出ている。
グラディウスも持っておらんし、胸の中央にあるヴァリアントも微かに点滅しているだけで、反応もあるのか怪しい。
とても戦える状態じゃない。ひと目でわかる。
「来たらアカン!」
「行くよ……。約束したんだ……。シグナムさんたちと……また一緒にはやてのご飯を食べようって……はやてが居なきゃ……駄目なんだ……」
「アラミスやれ! 奴の目は死んでない!!」
「アカン! 止めて!」
アラミスの細剣の先に魔力が集まる。
アラミスは苦々しげに呟く。
「そこまでこだわるなよ……。たかが女一人だろ!?」
「……自分の命より大切な女だ……。絶対に渡さない……」
「そうか! なら死になよ! 君の命を掛けた所で救えやしない!!」
アラミスがカイト君に向かってデバイスを突き出す。
デバイスの先から放たれた魔力弾がカイト君に向かう。
カイト君は全く動くことが出来ずにその魔力弾を食らってしまう。
「い、いやぁぁぁぁ!!」
「アラミス……本気でやったのか……?」
「勿論だよ。アトス兄さん」
「そうか……。その割には爆発が小さいな……」
アトスがそう言うと、アラミスは信じられないように未だに煙が立ち込めている場所を見る。
「あの状態から防ぐなんて……有り得ない……」
「彼じゃない……」
煙が晴れるとカイト君は無事やった。
カイト君を支えるように肩に手を置いて、治療を行っているシャマルとその前に立っているザフィーラが居った。
「馬鹿な!? しっかり撒いた筈!」
「我らは夜天の主の下に集いし騎士」
空から勢いよくシグナムが降りてくる。
一本道の片方を塞ぐ形で仁王立ちする。
「主ある限り我らの魂尽きることなし」
「この身に命在る限り我らは御身の下に在り」
アトスがシグナムとは反対方向を向く。
「我らが主、夜天の王、八神はやての名の下に」
ヴィータが目を釣り上げながらゆっくりと歩いてくる。
アトスが腹部を押さえながら笑う。
「なるほど……。アラミスとポルトスではなく、主の魔力を辿ってきたか……」
「敢えて結界を張らなかったのは失敗だったな」
「はやてちゃんの居場所を見つけるのは、私たちにとっては何よりも簡単な事よ」
シャマルはそう言うとカイト君をそっと地面に寝かす。
カイト君は意識を失ってるようで、先ほどから動かない。
「ポルトス……。その手を切り落とされなかったら、主はやてから手を離せ……!」
シグナムが静かな声でそう言う。間違いなく怒っとる。
ポルトスが微かに体を震わす。
「お前ら二人もだ。はやてから離れろ!」
ヴィータの言葉が引き金に、みんながそれぞれ戦闘体勢に入る。
完全に戦う気や。
「アトス……もう終わりや……」
「そのようだ……」
「アトス兄さん!?」
「兄貴!?」
「私がこの状態では逃げられまい……。それなら次善策だ……。八神はやて……。情報を渡す。その代わり」
「人質を救出すること……やね?」
アトスが疲れた顔で頷く。
アトスも随分な重傷や。すぐに処置をせんと。
そう思った私はシグナムの方へ歩き出す。
ポルトスは既に私から手を離しとるから、拘束するもんはありはせえへん。
アトスたちに背を向けた瞬間、シグナムが猛然と私に向かって走ってきた。
「主はやて!!」
「シグナム?」
近づくとすぐに抱えられる。
シグナムはそのまま空に上がる。
シグナムの鬼気迫る顔を見て、はっとして私はアトスたちを確認する。
「なっ……!?」
アトスたち三人は血を流しながら倒れ取った。
それをしたであろう一体の傀儡兵はゆっくり私とシグナムを見た後、いきなり姿を消した。
「消えた!?」
「ステルスかアトスと同系統の移動法でしょう。おそらく口封じ……」
「そんな……! シャマル! 応急処置や! すぐに六課と110部隊に連絡して!」
こないな所で終わったらアカン。このままじゃ、私はカイト君を見捨てて、アトスの人質も救えない、ただの駄目な人間になってまう。
そんなんは嫌や。