新暦75年8月6日。
まさか昨日の今日で連絡が取れるとは。
オレは通信モニターに映る緑の瞳を持つ青年の行動に、正直なところ、驚いていた。
無限書庫の司書長。考古学会の若き天才。
知名度で言えば、なのは達には及ばないが、実績や能力の高さで言えば、なのは達に匹敵する人間だ。
特に無限書庫を運用可能レベルまで押し上げたのは、有名な話で、その後の無限書庫の活躍を考えれば、もう少ししたら訓練校の教科書に載ってもおかしくはない。
魔導師ランクは総合Aだが、防御や補助に優れているらしく、なのはの魔法の師でもあるらしい。
そんな青年、ユーノ・スクライアは柔和な笑みをモニター越しに浮かべながら、オレに自己紹介を始める。
『はじめまして。無限書庫司書長のユーノ・スクライアです』
「お忙しいところ、時間を取っていただき、ありがとうございます。カイト・リアナード陸曹長です」
本局の中でも独立した部門である無限書庫の司書長は階級に当てはめるには些か特異な存在だが、間違いなく下士官よりは与えられる権限や責任は上だ。
上官に対する対応で間違いはないだろうが、腕が動かないため、敬礼が出来ない。せめて言葉使いだけはしっかりとしよう。
『そんなに畏まらないでください。僕としては、なのはたちの友人と話をしてるつもりなので……』
「そう言われても……」
『まぁそれは置いておきましょう。目が覚めたようで何よりです。なのはたちも心配していましたから』
オレはスクライア司書長の言葉に首を傾げる。
目が覚めた事はメッセージとして送った筈だが。
あの三人が三人ともメッセージを見落とすなんて、あるとは思えないが。
「スクライア司書長。なのは達にはメッセージを送ったと筈なんですが……」
『メッセージ? おかしいなぁ。連絡が一切取れないって言ってたのに……』
スクライア司書長は右手で頬を掻く。
それはつまり。
「オレのメッセージが届いてない……?」
どういう事だ。確かに送れた筈だけど。
三人にも、陸士110部隊にも送った。三人が連絡がつかないって言っているなら、恐らく陸士110部隊にも届いてない。
『理由は後で考えよう。とにかく、無事である事は僕の方から伝えておくよ。それで、個人的に話がしたいって話だけど』
そうだ。とりあえず、今はスクライア司書長に頼みごとをしなくちゃだ。
「はい。実はお願いしたい事があります」
『僕にお願いって事は調べ物だよね? 何を調べればいいの?』
「ヨーゼフ・カーターについて、それと、現役中に起きた闇の書の事件について、調べられるだけ、調べて頂けませんか?」
『ヨーゼフ・カーター? 確かに調べるには無限書庫が一番だろうけど、色々と依頼が立て込んでるから、すぐには無理だよ?』
「構いません。出来る時で良いので」
ここで急いでと言うわがままを言う訳にはいかない。
仕事の依頼ではない。個人的な依頼だ。受けてくれるだけありがたい。
『まぁ似たような依頼をはやてにもされてるから受けたんだけどね。はやてはもう少し広いけど』
「はやてが? どんなですか?」
『はやてたちが終わらせた闇の書の事件。その前に起きたそれぞれの闇の書の事件に関わった現役の局員のデータが欲しいみたいんだ』
「それは……名前だけって事ですか?」
『何人か詳細に調べて欲しい人間の名前はリストとして渡されてる。その中にはヨーゼフ・カーターの名前もあったよ。リストの多くはヨーゼフ・カーターやグレアム提督が活躍した前後の時代の人、つまり、現在の管理局の幹部達だよ。まぁ、そう言う訳で、二人の依頼は被ってるんだよ』
スクライア司書長は苦笑しながらそう言った。
しかし、はやても動いてたのか。
問題は、何ではやてが師匠たちが活躍した時代の闇の書の事件に興味を持ったかだ。
こればかりは本人に聞くしかないか。
「分かりました。はやてが依頼したモノの結果が出たら、オレにも教えてください。スクライア司書長。もう一つ頼んでも構いませんか?」
『分かりました。出来るだけすぐに調べます。どうぞ』
スクライア司書長は笑顔で答える。
この人が管理局最大のデータベースを任されてる理由が分かった。
究極に人が良いんだ。この人は無限書庫の情報を悪用したり、売ったりとかは、まずもって考えたりしないだろう。
「はやてにすぐに会いたいと伝えてもらえませんか?」
とりあえず、今回はその人の良さに甘えて、伝言役になってもらうとしよう。
◆◆◆
新暦75年8月7日。
ミッドチルダ・北部・私立病院。
ユーノ君から連絡が来て、カイト君が目を覚ました事、私やなのはちゃん、フェイトちゃんにメッセージを送った事を聞いた。
すぐに履歴を見たけれど、カイト君からは何にも来てへん。
カイト君の勘違いやないなら、カイト君と私たちとの連絡が取れへんように工作された言う事や。
ユーノ君からの伝言で、カイト君が私と会いたいと思っとるのは分かったけど、六課の部隊長として、この時期に隊を離れるのは拙い。
そう思って、どうすればいいかをなのはちゃんとフェイトちゃんと相談して、部隊を二人に任せる事で、どうにかカイト君が入院してる病院に来たまではええけど。
「どないな顔して会えばええんやろう……」
正直な話、カイト君が私に怒りをぶつけてくるとは思ってない。そうやって考えてる自分に対して無性に腹が立つ。
怒っていないのは分かっとる。問題はそこやない。私が私を許せてへん言う事や。
思考が悪い方へと傾きそうになった時、私の視界の端に車椅子の女性が映る。
その女性は地面に落ちてしまった飲み物を取ろうと必死で地面に手を伸ばしていた。
その姿にかつての私を重ねる。
ああいう時に車椅子は本当に不便や。いや、ああいう時やなくても、今考えれば、車椅子での生活は不便や。
私は車椅子の女性の近くまで歩いていくと、しゃがみこんで、地面にある飲み物を拾う。
「どうぞ」
「あら? ご親切にどうも。助かったわ~。お礼をしなくちゃね」
飲み物を渡すと、女性は目を丸くした後、親しみのある笑顔を浮かべて、そう言った。
「いえ、気にせんといてください」
「そう言われても、何か……あら? もしかして管理局の方?」
私が着てる制服を見て、車椅子の女性は驚いたように目を丸くする。
ここはリハビリ関係で管理局の局員が利用する事が多いと言っても、制服姿の管理局員はやっぱり珍しいんやろう。
そう考えて、私は出来る限り柔和な感じを心がけて笑みを浮かべる。
「はい。友達のお見舞いに来たんです」
「優しいのね。お友達は局員の人?」
「あ、はい」
「なら病室は一番上ね。私も最上階に用があるのだけど。一緒に行ってもいいかしら?」
いきなり同行を申し出てきた車椅子の女性に私は面食らう。
随分と人懐っこいというか、遠慮のない人や。私はあんまり人の事を言えへんけど。
「かまいません。ちょっと、道がわからんくて困ってたところですから。私の方からお願いします」
「本当? 嬉しいわぁ」
女性はそう言うと、車椅子のスティックを操作して、向きを変えると、ついてきて。と言って進んでいってしまう。
随分とフットワークの軽い人やなぁ。
そう思いつつ、私は車椅子の女性の後を追う。
後ろから車椅子を押そうとしたら断られてもうた。
その代わり、横に並んで歩いて欲しい。言われたから、私は車椅子の女性の横に並ぶ。
「そう言えば自己紹介をしてなかったわね。私はエリザ。あなたは?」
「はやてといいます。八神はやてです」
「はやて? そう。いい名前ね。あなたに似合っているわ」
「似合ってる……ですか? 確かに気に入ってはいますけど。そう言われた事はないですね」
「感覚的にと言うか、纏ってる雰囲気というか……まぁ似合ってるのよ。もしかしたら響き的なものかもしれないし、名前に込められた意味かもしれないけれど。とりあえず、私は似合ってるって思ったわ。本当に誰にも言われなかった?」
「ありがとうございます。そうですねー。言われた記憶はないですね。いい名前とは言われますけど」
「あら。駄目な子ね」
エリザさんは何か小さな声で呟く。
私が、何か言いましたか?と聞くと、なんでもないわ。独り言よ。と笑顔で返して、エレベーターの前で止まり、最上階である五階のボタンを押す。
何やったんやろうか。
「はやてさんはお友達と言ったけど、お見舞いに来るくらい仲が良いの? それとも様子見かしら?」
満面の笑みで聞いてくるエリザさんに圧されて、私は正直に喋ってしまう。
「仲の良い友達です。多分、世界で五番目に」
「五番? 微妙ね。一番じゃないの?」
「そうですね。同率一位が四人も居るので。でも、男の子っていう括りなら、断トツで一番仲良いですね」
「あらあら。男の子のお見舞いだったの? 大変でしょう。男の子って面倒だから」
笑いながらいうエリザさんに私は釣られて笑いそうになって、止める。
すぐに笑みを顔に貼り付けるが、エリザさんにはバレてしまったようで、エリザさんは優しい声色で尋ねてくる。
「どうしたの? 笑顔がぎこちないわよ?」
「えっと……入院したのは私のせいなんです。私が失敗したから、彼は入院してしもうたんです」
「そう。でも、友人なんでしょ? 持ちつ持たれつが普通じゃないかしら?」
降りてきたエレベーターに乗り込みながら、エリザさんはそう言う。
そうかもしれへん。普通なら。
けど、私とカイト君は普通の関係やない。私はカイト君に頼ってるけど、カイト君は私を頼ってはいない。
「持ちつ持たれつやないんです。私が一方的に頼ってるだけなんです……。私は何も返せてない……」
「頼る事は悪い事じゃないと思うけど? 今まで一度もその子に頼られた事はないの? 一度も協力した事はないの? 全てその子がしてくれたの?」
「それは……極端すぎやしまへんか……?」
私がそう返すと、大きめのエレベーターの中でエリザさんはニヤリと笑って断言する。
「男は頼られたがりなのよ。彼氏、友人、親、兄妹。どんな関係でもね。いつもは問題だけど、大事な時にはばんばん頼ってしまいなさい。それで折れるようならあなたには相応しくないわ」
エリザさんはそれだけ言うと、エレベーターのドアが開き切るのを待ってからスティックを操作する。
「それじゃあ、私は悪女になってまいます……。それにそんな事してたら友人が居なくなってまいます……」
「いいじゃない。大事な時に頼れない友人なんて捨ててしまいなさい。大事な時に友人を助けたいって思って、行動してくれるだけで、話を聞いてくれるだけで、頼った側は楽になるわ。そんな事すら出来ないなら、思えないなら、そいつは友人なんかじゃないわ。友人の条件は、こちらの事を考えてくれている事よ。勿論、こっちも向こうの事を考えてあげなきゃ行けないけれど。これは私の友人論よ」
エリザさんはそう言って、左を指差す。
エリザさんの友人論について考えていた私は不思議そうに左を見る。
「病室の場所。知らないで来たでしょ? ここを真っ直ぐ行ったところの突き当たりの病室よ」
「えっ……?」
「あの子は無茶な事ばかりして迷惑や心配ばかり掛けるけど、それは必死だからなの。周りに認めて欲しくて、頼られたくて、期待に応えたくて、無茶をするの。許してあげてとは言わないけれど……はやてさんは認めてあげて、あの子の必死さを」
エリザさんは私の目を真っ直ぐ見て真剣な顔で言うと、すぐにニコリと満面の笑みを浮かべて、こう言った。
「馬鹿な息子だけどよろしくね。八神はやてさん」