新暦75年8月14日。
はやてが来てから一週間が経った。
その日の夜にはシグナムさんが迎えに来て、何事もなく帰っていたはやてを見送り、オレの腕の治療が始まった。
緊張していたオレに伝えられた治療法は至って簡単なモノだった。
治療用の器具をずっと付ける事。
その治療用の器具は二つで一対の篭手で、今もオレの両腕に付いている。
その篭手の効果は装着者の魔力を吸い取り、装着部分を回復させると言うもので、師匠が発掘した危険度の低いロストロギアだった。
師匠の話では、おそらく旧暦の時代に作られた鎧の一部分で、篭手と同様の効果のある鎧で全身を固めて、負傷兵でも戦えるようにしていた。と言う事らしい。
オレの腕の状態は随分と悪いらしく、それに応じて、吸い取られる魔力の量も半端ではない。
毎日毎日、限界ギリギリまで魔力を吸い取られる為、篭手を付ける前以上にベッドから動けない日々が続いていた。
ただ、一週間付け続けた事で、指が微かに動く程度には回復しており、この病院の担当医も心底驚いていた。
オレの腕は内部で相当グチャグチャになっていたらしく、通常の治療魔法では気休めにもならないと言われていたから、オレ自身も驚きだ。
まぁ師匠がこの状態になった時は更に酷かったらしく、師匠の膨大な魔力を限界ギリギリまで使ってすら、かなりの月日を必要としたらしい。
それに比べれば、オレはまだまだ軽傷で、このまま行けば一ヶ月くらいで完全に回復できるスピードで、傷は癒え始めている。
とはいえ、未だに動ける状態ではない為、今日まではただベッドで寝ていただけだった。
しかし、限られた時間は有効活用しなければいけない為、今日からは師匠と座学をする事になっていた。
「まず最初に、どうしてお前の腕がそうなったかについて説明してやろう」
ベッドの左側に置いてある椅子に深く腰を掛け、腕組をしながら師匠はそう切り出した。
それはずっと気になっていた事だ。
間違いないのはムーヴの最中に減速と強化魔法を使わずに攻撃した事が原因である事。
それだけは間違いないと断言できる。できるが、それだけが理由だとは思えない。
今までも、減速が間に合わなかったり、強化が不十分だった時はあった。更に、何度かアクションとムーヴのスピード差を埋める為に、アクションを使わずにムーヴによる突撃攻撃を練習した事もある。
その時は負担が大きい為、使えないとは思ったが、それでも腕がしびれる程度で、反動は十分、バリアジャケットで吸収できた。
けれど、今回は違う。
バリアジャケットでは反動を吸収しきれず、両腕はボロボロになった。
本気で全力の実戦の最中に底力を発揮したとしても、練習の時とでは威力や反動が違いすぎた。
それくらい、あの時のミーティアは速かった。本気のアトスが追いつけないほどに。
「まぁ自分でもある程度わかってるかもしれないが……カイト。お前はミーティアのリミッターを外しちまったんだ」
「ミーティアのリミッター……」
「そうだ。元々、ミーティアは旧暦の時代に使われていた特攻用の魔法だ。使用者の体なんて考えられてない。それにリミッターやら減速機能やらを付けて、実用可能レベルまでしたのが、俺やお前のミーティアだ。そのミーティアも、加速魔法に耐性のある奴じゃなければ使えないがな。まぁそれは置いておいてだ。お前はその実用可能レベルのミーティアの、言うならば安全装置を切っちまったんだ。おかげでもっとも負荷の掛かった腕はその有様だ」
師匠は顎でオレの腕を示しながらそう言った。
実用可能レベルのミーティアの安全装置を切った。つまり限界を超えた。
あの時、オレが使ったミーティアは。
「特攻用のミーティア……」
「違う」
オレの呟きを師匠は否定する。
オレが意外そうな顔をすると、師匠はため息を吐いて説明し始める。
「お前は特攻用のミーティア。つまり、旧暦の時代に使われた魔法を甘く見すぎだ。一度、使えば数分で体が耐え切れずに死に至るのが本来のミーティアだ。お前は足先が少しだけ境界線を超えたに過ぎない」
「オレが使ったのは序の口だったと言う事ですか……?」
「その通りだ。ミーティア本来の威力と速度が出ていれば、相手は死んでいるし、お前も死んでいる」
師匠はそう言った後に深く息を吐く。
師匠の話を総括すれば、限界を超えて、オレは随分と物騒で危険な魔法を使ったらしい。
相手がアトスだったのは運がよかったと言えるのだろうか。いや、それ以前にアトスでもなければ、オレがあそこまで限界を超える事はなかったか。
ある意味、必然と言える。
「お前が強敵と出会うまではまだまだ時間が掛かると思っていた」
「……アトスと出会ったのは五年も前です」
「あれは偶発的なモノで、高ランクの騎士や魔導師と本格的に戦うのはもっと先で、それまではランディにお前を預けていても大丈夫だと思っていた。完全に予想とは真逆になったがな」
「はやての傍にいましたから……」
あまりこう言う事は言いたくはないが、実際問題、はやてを狙う人間が強敵だからこそ、オレはこうして強敵と戦う機会が増えている。
そこらへんも踏まえて、守ると決めたし、傍に居るとも言った。それに嘘はないが、オレが強敵と戦っている理由の説明に関して言えば、はやての傍に居るからとしか言えない。
「こうも早くにお前がはやての傍に居続けるとは思わなかった。地上と言うはやてにとって、敵が多い場所で、はやてが狙われた時だけ動く。そんな程度の関係を想定してたんだが」
「すみません……」
「責めてる訳じゃない。結果的にお前が近くに居る事で、はやては守られているし、多くの事で救われた筈だ。余計な心労も増えただろうが」
師匠は最後の言葉の後、小さく呆れまじりのため息を吐く。
上げて落とされるとはこの事だ。
最後の言葉でオレの良い気分は台無しだ。
「迷惑を掛けた自覚はあります。ですから、それを事あるごとに突くのは止めてください……」
「他人に掛けた迷惑に気付けるようになっただけ、成長している証拠だ。こうやって、そこを突くのは、お前が分かっているからだ」
「成長と言うんでしょうか……。ようやく人並みレベルになっただけの気もしますが……」
「始まりが底辺だから十分成長と言えるだろうよ。さて、話が逸れたが、お前が今の状態になった理由は分かったな?」
椅子に座り直した師匠が、両膝に両肘をつけて、前かがみの状態になりながら聞いてくる。
勿論、自分の状態についてはある程度の予想をしていた為、話を聞いても混乱する事なく受け入れられている。
はい。と言って頷くと、師匠は椅子から立ち上がる。
「どちらへ?」
「ゲストが来ていてな。呼んでくる」
「ゲストですか……?」
オレの言葉に、そうだ。と返して、師匠はそのまま大股で病室から出ていってしまう。
相変わらず突飛な人だ。と思いつつ、ゲストとは誰だろうかと、少しを考えを巡らす。
はやては無いだろう。今は無闇に動くのはよくないと、師匠が前回、注意をしていた。なのはやフェイトと言う線も、機動六課が回らなくなる為、ないだろう。
そうなってくると、後はグレアム提督繋がりでクロノさんか、大穴のアーガスさんか。まぁ有り得ないだろうけど、友人ってことでグレアム提督やホールトン顧問官って言うビッグネームも一応、候補にはあがる。
陸士110部隊のランディ部隊長や先輩たちと言う可能性も無きにしもあらずと言うところだが、師匠がゲストと言うくらいだから、ある程度、階級が上か実績のある人間だろう。勿論、師匠基準の階級やら実績だ。提督やらエースくらいでないと、師匠はゲストとは言わないだろう。
色々と考えたが、結局思いつかない。まぁいい。お楽しみと言う事にしよう。
そう切り替えたオレは、一人では何も出来ない為、窓から見える景色を楽しむ事にした。
◆◆◆
しばらくして、師匠が戻って来た。
母さんを連れて。
「ゲストって母さんですか……?」
自分でもわかるくらい冷めた目を向けて、オレはそう言った。
「そうよ!」
「違う」
母さんが満面の笑みを浮かべながらテンション高めの声で答えるが、瞬時に車椅子を押していた師匠が否定する。
だよな。
流石に予想の斜め下にもほどがある。
クラナガンに居る時ならいざ知らず、今は毎日会っている。
「あら? 私、ゲストじゃないの?」
「自分から来る人間をゲストとは言わん。それに、ゲストはインパクトがなければならんしな」
師匠はそう言って、紐のついた正十二面体の赤い宝石を手の平に乗せて、オレに見せる。
オレはそれを見て、はっとなる。
その輝きは多少、形が変わっても間違える筈がない。
「ヴァリアント!?」
『よぉ相棒。ちょっくら衣装直しをしてきたぜ』
「衣装直しって……随分とカクカクになったな……」
『バージョンアップしたついでにイカしたデザインにしてくれって教導隊の技術班に言ってみたらこうなったぜ。流石教導隊。正十二面体とは、やることが違うぜ』
「教導隊の技術班? ってことは教導隊本部で修理を受けてたのか?」
ヴァリアントを受け取った後に、オレがそう驚いたような声を上げると、師匠が呆れたように言う。
「当たり前だろう。本局で俺の言う事を聞くのはアーガスくらいだ」
「いえ、もうちょっと居る気がしますけど……。それにしても本局にヴァリアントを送ったと聞いた時から気になっては居たんですけど……」
ずっと気になっていた事がある。
本局のデバイス関連の設備や技術班は確かに管理局ではトップクラスだろう。更にその中でも教導隊の技術班なら尚更だ。
しかし、わざわざ本局にヴァリアントを送るのは相当手間だった筈だ。距離もあるし、セキュリティも厳重だ。現にヴァリアント本体には致命的な破損がなかったにも関わらず、時間がかなり掛かっている。
そう言う点を踏まえれば。
「地上本部のレイ・ホールトン顧問官に修理を依頼すればよかったんじゃないでしょうか? ご友人だと聞きましたけど」
「……レイか。まぁ今は地上本部全体がキナ臭いし、あいつにデバイスの事で頼むのはちょっとなぁ……」
珍しく師匠が歯切れの悪い言い方をする。
もしかしたら、ホールトン顧問官と何かあったのだろうか。
グレアム提督が頻繁に話に出てくるのに、ホールトン顧問官は全く話に上らなかった。
オレを解放してくれたり、師匠の弟子である事を知っていたから、それなりに親しい仲のはずだけれど。
もしも、両者の間に何かあるなら、闇の書の事件の事だろう。
師匠はそれで管理局を辞め、ホールトン顧問官はグレアム提督が何をするつもりか分かっていながら、デュランダルの製作に力を貸し、デバイス製作の第一線から退いた。
「何かあったんですか……?」
「……俺やグレアム、そしてレイはそれぞれ立場や役目も異なっていたが、妙にウマが合った。だが、グレアムや俺は管理局から身を引いた。グレアムが事を起こした時に、レイにも身を引く事を勧めたが、あいつはやる事があるといって、地上本部の顧問官を辞めなかった。それもあってだなぁ。俺ははやてを狙っているのはレイなんじゃないかと……疑っている」
『おいおい。それは突飛な話だぜ? 元相棒。レイははやての嬢ちゃんが無罪になるように色々手を尽くしたり、相棒を助けたりしてるんだぜ?』
ヴォリアントがオレの手のひらの上でそうホールトン顧問官を弁護する。
確かに、はやてを狙っているにしては協力的過ぎるし、あの人ならはやてを護衛無しで呼び出す事も可能な筈だ。
「オレもあの人がはやてに何かする人とは思えませんでしたけど……」
「……レイははやてに恨みなんて持っていない。おそらく何かしらの感情を抱えている対象はヴォルケンリッターにだ」
『元相棒よ。深く考えすぎじゃないか? 確かにレイはヴォルケンリッターと因縁があるが、そう言う奴は沢山居る。それにレイは恨みやら怒りやらを抱える人間ではないぜ?』
ヴァリアントはあくまでホールトン顧問官側らしい。
どうにも話について行けないが、とりあえず、師匠が何でホールトン顧問官を頼らなかったのかは分かった。
探しても見つからない黒幕があの人だとしたらゾッとするが、地上本部の顧問官の地位に居る人が犯罪に手を染めるとは思えない。
「グレアムもそうだった。年月は人を変える。だから老いた人間はいつまでも力を持ち続けちゃいかん。もしもレイが黒幕じゃないにしろ、管理局地上本部の上層部が一枚噛んでるのは間違いない。結局の所は地上本部は頼れん」
『まぁ考えを巡らすのは元相棒の自由だが、すぐに行動には移さんでくれよ? 相棒に迷惑が掛かるからな』
「それくらい分かっている。人を馬鹿みたいに言うな」
ようやく話が一区切りついた所で、今まで黙って動かずにいた母さんがおもむろに病室に置いてある棚の近くに移動し始める。
「話がひと段落したなら、果物剥いてもいいかしら?」
「そう言えばどうして母さんのお見舞い品の果物がオレの部屋にあるの?」
「私が人気者だからよ」
あまり答えになってない答えが返って来た為、オレはそれ以上、その理由を聞くのを諦める。
「カイト」
「はい?」
師匠が母さんに聞こえない程度の声で話しかけてくる。
オレもその意味を察して、声のボリュームを下げる。
「どうしてお前の通信が届かなかったかが分かったぞ。俺はその手の細かい事が苦手だから、さっきまでヴァリアントに解析を頼んでたんだが」
『聞いて驚け。この部屋限定で特殊な結界が張ってある。感知はしづらいし、外から来た通信も中から送った通信も、どこか別の場所に送られるようになってる』
「通信の行き先が変えられてるって事か?」
『その通り』
「結界があるのは気づいていたが、壊せば感づかれるだろうと思ってな。放っておいたが、思ったより厄介だな。しばらくはこの結界を張った人間を辿るのもやらなきゃいかんだろうな」
ヴァリアントが来て、これから色々始まると思ったが、まさかいきなり自分のストーカー探しをする事になるとは。
誰だか知らんが、人のやる気に水を差してくれる奴だ。
「オレを見張る事に意味はない気がするけどなぁ」
『相棒じゃなくて、元相棒の動向を探ろうとしてるんじゃないか? 元相棒を見張るより、動けない相棒の通信を傍受した方が楽だしな』
「確かに一理あるな。まぁそうだとしても、俺やカイトの動きを知りたい奴らなんざ、かなりの数が居るがな」
師匠はそう言うが、そのかなりの数の大部分は師匠の動きが知りたい人たちで、オレの動きを知りたい人たちなんてのは、居るのかどうかも怪しいと言う事に気付いて欲しい。
そう思いつつ、オレは小さくため息を吐いた。