クラナガン港湾地区。
倉庫と倉庫の間を駆け抜けながら、オレは大型の倉庫の上に向かってワイヤー・バインドを放った。
「ワイヤー・バインド!」
右手から蒼の細長いバインドが伸びる。
それは倉庫の屋根にある突起物に巻き付く。
このまま、屋根に登る。そう思った矢先、バインドがいきなり消失する。
左をみれば、ガジェット・ドローンがオレに向かって接近してきていた。
これで三度目だ。
AMFの効果は思った以上に広く、また、三体でオレを囲っているため、どうしてもオレはAMFの範囲から抜け出せないでいた。
AMF下での戦闘はオレには厳しい。
出来れば、一度離脱し、そこで魔法を構築したい所だが。
「それは流石に許してはくれないよなー」
『さっさと斬ればいいだろ? それしか出来ないポンコツ魔導師なんだから』
「やかましい! こんな魔力の結合を徹底的に邪魔されてる場所で戦闘なんかしたら、すぐにへばっちまう!」
『出し惜しみしてられる身分か? このままじゃジリ貧だぞ? せめて一体は破壊しないと、AMFの効果範囲からは抜け出せないと思うぜ?』
言われて、オレは三方向に居るガジェット・ドローンの位置を瞬時に把握する。
トライアングルの隊形で一体、一体がそれぞれ死角を補完し合っている為、AMFに隙がないのだ。
ヴァリアントの言う通り、一体を破壊しなければどうにもならない。
オレは舌打ちをする。
これも師匠の悪い癖を引き継いだ結果だ。状況に息詰まるとすぐに舌打ちが出てしまう。これから何が起きるかわからない以上、できれば魔力は温存しておきたい。
三体のガジェット・ドローンの内の一体がオレに向かって近づいてきた。これまでに分かった攻撃手段は熱線か太いケーブルによる殴打。
熱線もそこまで射程距離はない為、こいつらが攻撃する場合は、オレを取り囲んでいる隊列を崩す必要がある。
先ほどまではその隙を突いて、AMFの範囲から脱出を試みていたが。
「しょうがない!」
オレは腰のフォルダーから棒状のデバイスを取り出す。
オレの切り札にして、唯一の武器。
変則ストレージデバイス【カーテナ】。
このデバイスで使える魔法は一つだけ。
フォルダーから取り出した事がアクショントリガーとなり、棒の先端が二つに割れて鍔となる。
そして割れた中央部から蒼い魔力刃が出現する。長さは一メートルほど。
斬撃魔法ガラティーン。
通常の魔力刃は刃を構成するだけだが、ガラティーンは徹底的に魔力を圧縮して、刃の形状を構成する。
当然、魔力密度は普通の魔力刃より遥かに高く、例えAMF下だろうと、消失したりはしない。形状を保つ為に異常なスピードで魔力が持っていかれるが。
近接系の斬撃魔法は大なり小なり圧縮技術を用いるが、このガラティーンの魔力圧縮率は群を抜いている。
当然使用するには高度な圧縮技術が必要だが、オレはヴァリアントのサポートがあっても魔力のロスが多く、数分で魔力が尽きてしまう。
その為、ガラティーンを使う為の専用デバイス【カーテナ】を師匠に作ってもらい、オレは接近戦では破格の威力を誇る剣を手に入れた。
ガラティーンは込めた魔力を圧縮するため、理論上、魔力を込めれば込めるほど切れ味は増す。
カーテナとヴァリアントに圧縮を任せている為、オレがする事は魔力を送り込むだけ。つまり、あるだけ魔力を注ぎ込めば、おそらく強固で有名な高町なのはのシールドだって斬れる筈だ。
そんな剣にもデメリットはある。当然だ。メリットが大きければデメリットも大きいの世の常だ。
カーテナとヴァリアントに圧縮処理を任せている状態では、オレは移動魔法と最も得意なワイヤー・バインドしか使えない。言い換えれば射撃魔法全般が使えない。
つまり、ガラティーンを発動させたオレに出来る事はただ一つ。
「はぁ!!」
熱線を躱し、ケーブルの射程に入る。
ガジェット・ドローンは複数のケーブルを振り回すが、敵の懐に潜り込む事を最優先に訓練しているオレには大した驚異じゃない。
左右のステップでケーブルを誘導し、本体への道を作り出す。
身体能力を強化している魔法も効果は減衰しているが、まだ残っている為、全く強化がない時よりは幾分か早く動ける。
ガジェット・ドローンは見事に誘導に引っかかり、オレを追いすぎたがために、本体とオレとの間にケーブルが無くなった。
空中に浮いているガジェット・ドローンに対してオレは地面を蹴って下段から斬り上げる。
ケーブルが間に入ってくるが、オレは構わずガラティーンを振り上げる。
一瞬後。斜めにガジェットドローンが割れた。
オレは勢いそのまま二つに割れたガジェット・ドローンの横を通り過ぎる。
後ろでガジェット・ドローンが爆発し、爆風がオレを押すが、好都合とばかりにオレは勢いよく走り出す。
残りは二体。
魔力の消費を抑える為、オレはカーテナをフォルダーに戻し、二体の位置を確かめる。
左右から挟み込むように迫ってきている。
トライアングルが崩壊した以上、二体で攻めるのが良しと判断したのだろう。
悪くない判断だ。ぶっちゃければ二対一で勝てる気はしない。
魔法の性質もそうだが、オレ自身、マルチタスクは得意じゃないし、気を散らしながら戦えるほど器用じゃない。
どうにか一対一に持ち込めないかとオレが考えていると。
「は?」
空から無数の赤黒い、血の色のような短剣が降ってきた。
比喩じゃない。本当に短剣が降ってきた。尋常じゃないスピードで。局所的に。
具体的に言うならガジェット・ドローンの真上に。
オレの目の前で、オレが自分の最高魔法を使ってようやく倒したガジェット・ドローンが短剣に貫かれ、一瞬で爆散した。
爆風がオレの頬を撫でる。
それと同時に心に虚しさが広がる。
呆然としているオレの上から、独特のイントネーションを持つ人物が声を掛けてくる。
「リアナード陸曹! 大丈夫やったか!?」
「ええ。大丈夫です」
「そない泣きそうな顔で大丈夫言われても……」
オレの斜め上で停止して、宙に浮きながら、八神捜査官は戸惑ったように苦笑いを浮かべる。
オレは心の中で号泣している影響か、顔が今にも泣き出しそうな顔になっていた。
正直ダメージはでかい。
ここに来るまでは童話に出てくるベルカの騎士の気分だった。
実際、夜天の王を助けにきたのだ。間違ってはいない。
ただ、自分が騎士としては腕に非常に難があることと、守るべき王が異常に強いと言う事を同時に見せつけられたので、気分は崩壊したし、余波で涙腺も決壊しそうだ。
そんなオレの様子がおかしい事は分かっても、理由までは分からない八神捜査官は困惑した表情を浮かべ続けていたが、一つの通信で真剣な表情に戻る。
『八神一尉! 機動兵器が市街地に向かってます! 市民の避難まで時間を稼いで頂けませんか!』
「了解! すぐに向かいます」
オレ達以外に駆けつけてきた局員だろう。部隊規模で即時行動できる部隊は、今のクラナガンにはない。
真っ先に駆けつけなければならない航空部隊も到着していない。
初動の遅れは致命的だ。
「どこの部隊も遅すぎる! せめて到着までの時間は稼がないと!」
「せやね。早う行かな。ここに駆けつけた局員の数じゃ避難誘導にも時間が掛かるしな」
その言葉にオレは少し疑問を抱く。
まるで、駆けつけて来た局員の数や動きを把握しているような言い方だ。
まさか。
「八神捜査官? もしかしなくても、現場の局員に指示を出しました?」
「当たり前やろ? 私がこの現場で一番階級上やし。これでも指揮官希望なんよ? この前まで研修で、また来月には他の部隊で研修や」
「どこまでマルチなんすか……」
個人として優秀なのは分かっていたが、他人を率いる事にも優れているとは思わなかった。
フリーであちこちを助っ人として駆け回る特別捜査官が指揮官とは。求められるモノが違いすぎるし、必要なスキルも才能も全く逆方向だ。
万能。そんな言葉がオレの頭に過ぎる。
この人に苦手なものってあるんだろうか。あったら見てみたい。
そんな訳の分からん事を考えてたオレは、ヴァリアントの言葉で一気に戦闘モードに戻る。
『相棒! 魔導師がこっちに近づいてくるぞ! しかも魔力量が半端じゃない!』
「!?」
言われて気づいたオレと、おそらく言われる前に気づいた八神捜査官とで、決定的な差が出た。
オレが警戒体勢に入った時。
八神捜査官は魔法の詠唱に入っていた。
経験の差がもろに出た。どれだけ他愛ない話をしてても、八神捜査官は気を抜かず、サーチャーを飛ばしていたのだろう。
魔力の総量が少ないオレにとって、サーチャーは魔力を捨てる事に繋がる為、サーチャーを飛ばしておくと言う手段は取れなかったが、警戒の仕方は幾らでもある。
後悔と反省が思考を巡るが、今はそれどころじゃない。
管理局の魔導師ならばすぐにわかる。義務として現場に近づいた時点で通信を行い、現場介入の許可を求めるからだ。
それが無いと言う事は、管理局の魔道士では無いと言う事。
そしてこのタイミングで仕掛けてくるのは、間違いなく犯罪者だろう。
問題は狙いだ。
最悪のパターンは八神捜査官を狙いに来た。と言うのだが、これはかなり可能性が高い。
現場の混乱や港湾地区の倉庫が狙いと言うのもありえるが、わざわざオーバーSランク魔導師が居る所に向かってくるとは思えない。
現場を混乱させるのに八神捜査官を狙うのは最善だが、まずもって勝てる自信が無ければ来ないだろう。
八神捜査官自体が狙いなら尚更だ。
結局、状況から読み取れるのは。
「敵が強いって事だけか……」
オレは右腰のフォルダーに入れてあるカーテナに手をかけながら、そう呟いた。