オレと八神捜査官から十メートル先ほどに黒い鎧を着た二十くらいの若い男が着地する。
髪も目も黒い。ほぼ全身真っ黒だが、腰に差してある剣は銀色だ。おそらくアームドデバイスだろう。着ているのも騎士甲冑と見るべきか。
これだけ材料が揃うと、オレと八神捜査官の前に居るのがどんな魔導師なのかは見当がつく。目的は分からないが、目の前の男はベルカ式魔法を使う騎士だ。
八神捜査官は先が十字の剣になっている杖を男に向けて問う。
「聖王教会の騎士やないな?」
当たり前だ。聖王教会の騎士だったら犯罪者よりもタチが悪い。地上本部の一部の高官は聖王教会を嫌っているのだから。
仮に聖王教会の騎士だとして、事前連絡も無しに事件現場に入ってきたならば、即刻逮捕でもおかしくはない。聖王教会に幾ら力があろうと、要請も連絡も無しに管理局の管轄下に入れば関係ない。
とは言え。それは無意味な考えだろう。
詠唱は既に完了し、後は放つだけと言う状態の八神捜査官の杖を向けられているにも関わらず、男は笑って答える。
「違う。ベルカの王など崇める気にならん。当然、貴様もな」
男はそう言うと、腰に差してある剣を抜く。
銀の鞘から出てきたのは、負けず劣らず輝く銀色の刃だった。剣の形状は両刃の長剣。鍔の部分にリボルバー式のカートリッジシステムが見える。
男は無造作にその剣を八神捜査官に向けて言う。
「捕まって貰うぞ?」
「お断りや。投降する気がないなら、実力行使をさせてもらうで?」
「出来るか? 騎士の居ない王など大した事はない!」
男が地面を蹴る。
消えたと思うようなスピードだが、次の瞬間、男が居た場所に先ほどの血色の短剣が突き刺さる。
魔法がよけられたと見るや、八神捜査官が一気に上昇する。男もそれを追って上昇する。
二人は一気に空戦に突入した。
『リアナード陸曹。こいつは私が引き受ける。ガジェット・ドローンを頼むで!』
八神捜査官から念話が届く。この状況じゃ仕方ない。
出来れば臨時指揮官の八神捜査官をガジェットに向かわせたいが、生憎、空戦適正の無いオレにとって、空は範囲外だ。ここに居たって見上げている事しか出来ない。
市街地方向に向かっているガジェット・ドローンを足止めするため、オレは走り出す。
『分かりました……。お気を付けて。マズイと思ったら離脱してくださいね!』
『それはこっちのセリフやけども。心配してくれてありがとうな。……カイト君も気をつけるんやで!』
『分かってますよ! はやてさん!』
念話をそこで切る。
出来ることなら、これからの指示や指揮の引き継ぎを誰にするかなどをして欲しい所だが、高ランクの騎士を相手にするのだ。そこまで頼り切る訳にはいかない。
オレは全力で走りつつ、ヴァリアントに指示を出す。
「ヴァリアント。現場の局員に現状を通達。その後、この場で一番階級の高い人間に繋いでくれ」
『はいよ。現場の局員への通達は問題ないが、一番階級の高いってのは問題だ』
「なにぃ?」
『八神一尉のサポートに回ってた三尉が負傷したらしい。この場で一番階級が高いのは陸曹の相棒だ』
「マジか!?」
オレはそう言いつつ、そう遠くない所で起きた爆発に目をやる。
おそらくガジェット・ドローンだろう。一体、どれほどの数が居るのか見当もつかない。
奴らを相手に一人で立ち向かわなければいけないのに、現場の最上位がオレとは。
「悪夢だ……」
『そうとも言えないぜ? かなり頼りないが、援軍だ』
ヴァリアントはそう言うと、オレの目の前にモニターを展開させる。
すぐに見慣れた顔が映った。
「部隊長……」
『隊舎に戻る途中だったのだけど……』
「巻き込まれたんですね……。まぁ居ないよりマシです。オレは敵を抑えます。局員への指示をお願いします」
『君はストレートだね。僕の出来る範囲で頑張るよ。……後、五分もすれば第二分隊が来る。持ちこたえてくれ』
「了解!」
オレはそう言うと、意識をガジェット・ドローンに向ける。
市街地に向かっているガジェット・ドローンを止めるなら、行先に回り込むのが定石だが、オレの能力では複数のガジェット・ドローンを同時に止める事は出来ない。
ならば。
「並走して叩く! ヴァリアント!」
『はいよ。あの玩具の位置だ。市街地に向かっては居るが、広がっちゃいない。ある程度、数を減らしたら遅滞戦も可能だ』
「必ず、五分は稼ぐ!」
オレはそう言うと、倉庫と倉庫の間を駆け抜け、ヴァリアントが割り出した位置情報を頼りに、一番近くのガジェット・ドローンへ向かった。
◆◆◆
倉庫と倉庫の間。勢いよく飛び出してきたガジェット・ドローンをひと振りで斬り捨てる。
AMF下に入る前に対応出来れば、それほど苦労する相手じゃない。魔力の消費が激しくて、長期戦は不可能だが。
既に四体のガジェット・ドローンを破壊しているが、目の前に映し出されたマップの赤い点はまだ十はある。赤い点は当然ながらガジェット・ドローンだ。
ヴァリアントが索敵して位置を測定している為、優位に戦えている。その代わり、カーテナは基本的にフォルダーに収め、斬りかかる時だけ取り出すと言う戦法を取っている為、不意打ちが来れば対応しきれない。
そんな個人的問題もさることながら、戦い始めてまだ二分ほどしか経っていない。もうすぐ港湾地区を出てしまう。
十体を相手になど出来ない。出来ないが、やるしかない。
「ヴァリアント! 時間を稼ぐ!」
『はいよ。回り込んで前に出れば、敵さんも相棒に構わずにはいられないだろうさ』
目の前のマップにルートが表示される。
オレはそのルートを辿る。数十メートル先にガジェット・ドローンの姿が見えたが、無視する。
もう一体一体に構ってはいられない。
とにかく全速力で走る。とにかく市街地へと向かうガジェット・ドローンの行く手を阻まねばならない。
AMF下ではない為、強化魔法で強化した身体能力をフルに使い、オレは港湾地区の最外部。小さな倉庫の密集地帯へたどり着く。
ガジェット・ドローンよりはギリギリ早く着いた。
見れば、十体のガジェット・ドローンが一定のスピードでこちらに向かってくる。確実に殲滅しなければならないならば、カーテナを手に突っ込むが、今回は時間稼ぎだ。
オレはその場を動かず、ガジェット・ドローンが来るまで待つ。大した時間じゃないが、オレ自身、休む時間が欲しかった。
オレの姿を認めた一番前のガジェット・ドローンが僅かにスピードを上げ、射程に入った瞬間、熱線を放つ。
オレはその熱線を避け、しかし、すぐに離脱はしない。
十体のガジェット・ドローンを確実に引き付けるならば、方法は一つしかない。
この身を囮にして、この場にガジェット・ドローンを釘付ける。
隙が見えても、敢えて突かず、オレは避けに徹する。
カーテナを抜いていないため、ヴァリアントのサポートはフルに受けられる。その為、防御魔法も使えるのだが、ここはAMF下だ。発動できても役に立たない貧弱な防壁では意味がない。
ケーブルが四方から襲いかかってくる。しかし、この攻撃に関してはあまり問題じゃない。集中さえ切らさなければ避け切れる。
問題は。
「ちっ!」
ケーブルを避けきって、囲みから脱出したオレに向かって複数の熱線が襲いかかってくる。
タイミング的に避けるのは不可能。
オレはカーテナを引き抜き、熱線を受け止め、弾く。
只でさえ消費してた魔力が減っていく。そして、それを防ぎきる頃には囲まれている。
時間稼ぎは成功しているが、このままだと時間と引き換えに命を落としかねない。
そんな考えが頭に過ぎった時、オレの動きが鈍る。集中を切ってしまった。
しまった。と思った時には遅かった。太いケーブルがオレを横へ弾き飛ばす。
三、四メートルの距離を吹き飛ばされる。
バリアジャケットでも吸収しきれない衝撃がオレを襲う。ケーブルを食らった腹部と叩きつけられた痛みで一瞬、思考が痛みに支配される。
ダメージはそこまで深くはなかったが、行動が遅れたのは致命的だった。
完全にオレを囲んだガジェット・ドローンから熱線が放たれる。
十の熱線だ。避けるのも受け止めるのも弾くのも不可能だった。
せめてダメージを抑えようと、両手で顔を庇う。しかし、いつまで経っても熱線は来ない。
見れば半透明の防壁がオレを覆っていた。
「プロテクション!?」
オレの知る限り、AMF下で尚確かな防御力を誇る全方位のプロテクションを張れるのは。
「無茶してんなぁ」
「分隊長!」
倒れていた状態から立ち上がり、オレは後ろを見る。
黒いロングジャケットに同色のズボンと言うバリアジャケットを装備した陸士110部隊第二分隊の分隊長がそこに居た。
その後ろから二人の人物が現れる。
「いやぁ。しかしだな。部隊長から現場に居るから助けに来てくれ。なんて通信が入った時は心配したぜ。部隊長が他の部隊の足引っ張ってないか」
「そうそう。それだけが心配だったんすよね」
「何で、オレの心配はしてくれないんですか!」
分隊長の後ろから現れたのは茶色の制服を着たアウル先輩とマッシュ先輩。
心配の対象にオレが入ってない事に思わず突っ込む。
「お前の心配? ここ二日、女とイチャついてた奴の心配なんてするかっ!」
アウル先輩が普段から目つきの悪い目を更に悪い方向へ変化させ、右手の人差し指でオレを指差す。下手な犯罪者より犯罪者っぽい怒り顔だが、理由が下らなすぎる。
そんなアウル先輩の横でマッシュ先輩も大きく頷いている。
そんな二人の様子に呆れたようにため息を吐き、分隊長が言葉を発する。
「僻むな。お前たち二人は日頃の行いが悪いから外されたんだ」
「今の発言にドン引きっす……」
「本人に自覚無しだな」
分隊長の仲裁の言葉に対して、それぞれ反応を見せる二人だが、周囲を取り巻くガジェット・ドローンへの警戒は緩めない。当然、分隊長も警戒を怠ってはいない。
わいわい騒いでいても、この第二班は部隊長が直接スカウトしてきた四人で組まれているのだ。そこらへんは抜け目ない。オレは結構抜けてるが。
マッシュ先輩とアウル先輩は魔導師ランクは陸戦B。分隊長は陸戦A。分隊の戦力としては標準の域を出ない。
けれど、三人とも技術と経験はずば抜けてるし、直接的な戦闘能力で言えば、この三人は本局の魔導師にだって引けは取らない筈だ。
頼もしげに三人を見ていたオレに、分隊長が一言声を掛ける。
「行けるか?」
込められた意味は分かっている。
体は痛むし、疲労は溜まってる。何よりかなり魔力を失っているが、それでもまだ戦える。
「大丈夫です!」
「そうか。なら、アウル! マッシュ! 準備しろ!」
「了解!!」
「はいっす!」
分隊長の言葉に応えた後、マッシュ先輩とアウル先輩がセットアップする。
マッシュ先輩は灰色のジャケットと同色のカーゴパンツに、アウル先輩は赤いジャケットに黒いカーゴパンツに、服装を変える。
「110部隊第二分隊はこれより……機動兵器の殲滅に当たる! 航空隊や避難を待つ必要はない! 俺たちで終わらせるぞ!」
分隊長が言うと同時に、まずアウル先輩が非常に楽しそうな顔でガジェット・ドローンに突っ込んでいった。