強化ガラスの向こう――訓練室では、二つの白いバリアジャケットが踊っていた。
接近しては離れ、二つの間を光条が交差し――再び、乱舞を始める。
その光景を見ながら、ほう、とクロノ=ハラオウンは感心したように声を上げた。
「なかなかやるじゃないか、彼」
「ええ。エスティはスクライアの主力ですから」
視線の先で模擬戦を行っているエスティマとなのはを、どこか眩しそうに見ながら、彼は目を弓の形にする。
管理局の協力者としてジュエルシードの回収を始めてから、十日が経った。
アースラの戦力になのは、そして本来ならば有り得ないはずのエスティマが加わり、ジュエルシードの確保は進んでいる。
回収した数はこちらが上。向こうは全部で四つ。残る六つもほとんどが管理局の元に集まるだろう、とユーノは思っている。
……まあ、当たり前だよね。エスティとなのはが協力しているんだし。
なのははすごい、と、彼女とこなした戦闘を思い出す。
理論ばかりで、実技を疎かにしていた自分が少しアドバイスをしただけで、フェイトと互角に戦っている。
まさに、戦う度に強くなる、というヤツだ。
莫大な魔力の保有量も、変換効率も人並み外れている。それに加え、誘導弾や集束系魔法の扱いには天性のものがあるだろう。
もし正規の訓練を受けたらどうなるか――そう考え、怖いような、楽しみなような気分になる。
そして、そんな彼女と相対している彼。
エスティマもエスティマで、空戦魔導師として並外れた素質を持っていた。
「……ん? 誘導弾をばら撒いて――機雷のつもりか?」
「いえ、そんなものじゃありませんよ」
視線の先では、なのはの誘導弾から逃げ惑い、クロスファイアの光弾を生み出しているエスティマの姿があった。
こぼれ落ちるように、次々と生み出される魔力弾。
なのはは、気付いているだろうか。
あの魔力弾が、自分を囲んでいるということを。
機雷、と言ったクロノも気付いているのだろう。あの数の誘導弾を一斉に操るなんてことはAAクラスといえど難しい。
それに特化した者なら可能だろうが、エスティマは――と。
エスティマが動いた。
手元に残った三つの魔力弾を集束し、射撃をなのはへと撃ち込む。
彼女はそれをラウンドシールドで受け――
エスティマの口元が、嫌らしく歪んだ。
「ああ、始まりますね」
「……そういうことか」
なのはを取り囲んでいた魔力弾が、四つで一組となり集束する。
それがまず背後から。レイジングハートがそれを察知してプロテクションを展開するが、足りない。
真横から。右上。左下。時間差で再び真後ろ。それらが少しの間を置いて一斉に突き刺さり、なのはを覆っていた桜色の障壁が弾ける。
「……まあ、基本だな」
「基本ですね」
だが、その基本は、高等戦術の基本だ。
さて、クロノは気付いているだろうか。
今の攻撃――おそらく、なのはだったら、少し練習するだけで使えるようになるということを。
出撃の合間に行われる模擬戦は、全てエスティマがなのはを鍛えるために行っていることだ。
事実、彼はなのはに出来ることしか見せてない。お得意のフェイズシフトも、模擬戦の時は一度も使っていない。
……まあ、それだけは使うまい、という意地のようなものだとユーノは察しているが。
「……負けず嫌いだなぁ」
「何がだ?」
「いえ、独り言です」
苦笑し、視線をなのはたちに戻す。
着弾の煙が晴れたそこには、リングバインドに縛られたなのはの姿があった。
そして、その頭上では、
「あれはなのはの……」
「ディバインバスター、か」
サンライトイエローの光が溢れ、集まり、放たれる。
その下では驚きに目を見開いたなのはが、為す術もなく光に押し潰されようとしていた。
「……なんだ。集束系は苦手、と言っていたのに、結構いけるじゃないか」
「ああ、それですか」
呆れたように溜息を吐くクロノに、そういえば、とユーノは顔を上げる。
「エスティの『苦手』は、得意じゃない、ってだけの意味ですよ」
基本的に平均以上。
そのくせ負けず嫌いなのだ、彼は。
リリカル IN WORLD
ひゃっほう、勝った勝った。
『ご主人様。流石にその喜びようは、大人げないと思います』
なんだかセメントなLarkさん。
いやだって仕方ないじゃん。未来のエースオブエースをフルボッコにしてるんですよ自分。
……ちっちぇえなぁ。
なんか未来王の嘲笑が聞こえた気がした。
気にせず、俺のディバインバスターに撃墜されたなのはの元へと降りる。
彼女は咳き込みながらも立ち上がり、俺の顔を見るなり頬を膨らませてきた。
なんぞ。
「もー、エスティマくんずるいよ! ディバインバスターは私の魔法だって、いつも言ってるの!!」
「いやー、ごめんごめん。これ使うと気分が良くなるんだよ」
「それを私に使うー?! なんの嫌がらせなの?!」
「だからごめんって」
いや、威力が三分の一ちょっとしか出てないんだから、デッドコピーっすよ。
シールドの上からでも削るなんて芸当、俺にはカートリッジ使わないと無理っす。
まだ膨れているなのはを宥めすかして、今の戦闘の反省会。
「さて、なのは。今回の戦闘で悪かったと思うところを上げてみて」
「んと……エスティマくんが魔力弾をたくさん出したのに、それを放っておいたせいだと思うの」
「うむ。最低でも、警戒ぐらいはしておいた方が良かったね。ワイドエリアプロテクション、使えるでしょ?
持ってなかったら術式あげるけど」
「ううん、持ってるよ。ありがとう」
「ん。で、だ。あの場合は真上に逃げる方が良かったかな。空戦は上を取った方が有利だし。
一斉に襲われても、一方向からの攻撃だったらラウンドシールドで防げる。
君にとっちゃあ豆鉄砲みたいなもんだしね、アレ。
……まあとにかく、誘導弾の制御をしつつ、動きを止めない。基本的なことだから覚えておいてね」
「うん! 次こそは、エスティマくんに勝つんだから!!」
「その意気だ。俺もまだまだ未熟だし、一緒に頑張ろうか」
「あ……うん! 一緒にね!!」
そう言い、輝かんばかりの笑みを浮かべるなのは。
はっはっは。まだ負けませんよ。
……なんて。
基本的にこの実戦形式の訓練は、引き分けが多い。四回に一回ぐらいの割合で俺が勝っているが、最近はその勝率も怪しかったり。
なのはは気付いてないみたいだけど、この子、室内だからって砲撃を遠慮してるんだよね。
いやまあ、カモられないように俺が移動し続けてるってのもあるんだろうけど。
ネタを見破られたら危ないっつーの。ただでさえ俺は紙装甲なんだから。
しっかし、なのはもここ十日で成長したなぁ。
ユーノに座学を教えてもらい、術式の粗が減ったり。
無謀な接近戦を挑まなくなったとか。
相手が距離を詰めてきたら逃げるのを覚えたとか。
フラッシュムーブを緊急回避用の魔法として使い方を固定したりとか。
バインド→砲撃の悪魔コンボを覚えたりとか。
ああ、うん。そうなんだ。使われたことがあるんだ。運良く残っていたクロスファイアでなのはを強襲させたらバインド解けて助かったけど。
それにしてもスポンジが水を吸い込むように、ってのを目にすると自信が揺らぐぜ。
こうなったら早いとこなのはを強くして、面倒事を押し付けよう。
……まあ、負担にならない範囲で。
「さて、シャワー浴びたらご飯にしようか」
「えー。まだ頑張れるよ」
「駄目。休むのも修行の内ですよ。……それとも、接近戦から逃げる練習、始める?」
「休みます休みます!」
ガクブルし始めるなのは。
……変なトラウマでも植え付けちゃったか。
いや、変なことしてないですよ。ただ、逃げ惑うなのはを魔力刃でガリガリ削っただけで。
刷り込みって大事。
訓練室を出ると、ユーノとクロノに鉢合わせした。
お疲れ、と声を掛けられて、片手を上げて応える。
「どうだった、エスティ」
「あのお嬢さんは基本的に上出来ですよ。もし次にフェイトとやり合っても、勝てるんじゃないかな?
ま、一対一ってのが前提だけど」
基本的にプレシアの虐待があるフェイトは、日が進む毎に体力が落ちる。
そりゃあ、徐々になのはが優勢になって行くでしょうよ。
そこに基礎とはいえ訓練を投下すれば――結果は見なくても分かるぜ。
「しかし、君も君で悪くない動きだったな。
……正式に、管理局のランク認定を受けてみないか?」
さりげなーくそんなことを言ってくるクロノ。
ママンから引っこ抜いてこいとでも言われているのかしらん?
「やとめく。スクライアで働くなら、今のままでも充分だしね」
「そうか」
大して落胆した様子もなく引き下がる様子は流石か。
「……しかし、君の身柄は、現在時空管理局が預かっている。
実力が未知数では、こちらとしても動かし辛いのだが」
……この野郎。諦めてなかったんかい。
「い、いやー、それにしたってランク認定試験を今すぐやるわけにも……」
「僕が見よう。暫定、という扱いになるが、構うまい」
あ、卑怯! 卑怯だぞそれ!!
下手に正式認定されたら、管理局に引っこ抜かれてしまう可能性がっ。
などと焦っていたら、クロノは溜息を吐いた。
「……まあ良い。それより、呼び出しだ。艦長室でリンディ提督が待っている。
何か話があるらしい」
「俺に?……分かった、すぐに向かう――ってことで、ユーノ、なのはと飯でも食べててくれ」
「あ、うん。分かった」
場所を移して艦長室。
以前と同じように正座させられ、向かいのリンディさんは呑気に抹茶もどきを飲んでいたり。
いやー、角砂糖はどうなんですかねー、と誰でも思いそうなことを考えてみる。
「あの、提督。お話とはなんでしょうか」
「そんなに固くならなくて良いわよー。あなたは、私の部下ってわけじゃないんだし」
「……はぁ」
なんだろう。この人が有能ってことを考えると、この呑気そうな雰囲気も猫の皮に見えてくるのですが。
はて。
「それにしてもエスティマくんになのはさん……すっごく優秀だわ。
ね、管理局に入る気はない? 収入は安定してるわよ」
「子供に対する誘い文句じゃないと思うのですが」
「ごめんなさいね。君はどうにもしっかりしているから」
苦笑された。
まあ、中身は二十歳アッパーだしな。
などと思っていたら、不意にリンディさんが表情を引き締めた。
本題か。
「やはりどうしても気になってしまうのだけど……君は、あのフェイトさんとは本当になんの関係もないのかしら?」
「前にも言ったとおり、彼女とはこの世界にきて初めて顔を合わせました。知りませんよ」
そう、前に言われたように、応える。
アースラに乗り込んでから真っ先に聞かれたことがこれだ。
瓜二つの容姿。似た魔力光。
全世界では自分とそっくりな人間が十人はいる――世界が増えたから数も増えたのだ――なんて言われているが、魔力光が近いのはどうにも怪しいだろう。
武装隊の皆さんからは、生き別れの姉妹なんじゃねーの、とか言われたり。
……無論クロスファイアぶっ放しましたが。
まあ、そう思ってしまうほど、俺とフェイトの類似点は多いわけで。
ああ、ちなみに、スクライアに拾われる前のことは何も覚えてない、と答えました。
三歳の頃の記憶なんて、曖昧にもなるだろうよ。
まあ、城みたいな場所にいた、と少しだけ真実を混ぜたけど。
「悪いとは思ったけれど、君の出生に関して少し調べさせてもらったわ」
「あれ、何か分かったんですか?」
「いえ……辺境世界でスクライアに拾われたこと以外は、何も。
けど、だからこそ聞きたいのよ。テスタロッサ、というファミリーネームに、覚えはない?」
「それ、フェイトの名前ですよね?」
「ええ。けど、そうじゃなくて」
「いや、それ以外だと聞いたことありませんけど」
嘘言ってないよ。プレシアの城にいたとき、テスタロッサなんて単語は耳にしてないよ。
目を逸らして口笛を吹きたい衝動に駆られながらも、必死に我慢する。
「……あのね、エスティマくん。もしかしたら、だけど――」
「はい」
「フェイトさんは、君の妹さんか、お姉さんかもしれないの。何かしら血の繋がりがあるはずなのよ。
現場にあった血痕を調べて、あなたのものとパターンが酷似しているの」
「……そうなんですか?」
そりゃそーだ。性別が違うだけのクローンなんだから。
なんてことは口に出さず、神妙な顔を作って、首を傾げる。
「ええ。……ねぇ、エスティマくん。君とフェイトさんに血の繋がりがある、と仮定した場合――
君はあの子を捕まえるようなことが、出来る?」
問われ、ふむ、と内心で頷く。
フェイトを捕まえる、か。
まあ、順当に行けばそうなるわけだが。
「……問題ありません。俺の家族はスクライアの皆です。
もしあの子を法の下で裁くとしても、自分で選んだことですよ、それは。
黙って見過ごすほど、俺は間抜けじゃない」
「……そう」
「ええ。だから――もし本当に兄妹なんだとしたら、罪を償って真っ当な人生を歩んで欲しい。
そうなったら管理局の下で働くことになるでしょうが、仕方ないでしょう。
とっととジュエルシードを回収して、事件を終わらせる。
……俺に出来ることなんてそんなもんです」
そこまで言い切り、一息。
ふとリンディさんの顔を見てみると、彼女はなんとも形容しがたい表情をしていた。
「……変な子ね、君は」
「うわぁ、地味に酷くないですかそれ」
「褒めてるわよ、これでも」
そうなのかなぁ。
なんだか納得いかない気分である。
その時だ。
スピーカーからけたたましい音が鳴り響く。
アラート。
タイミング的には、多分――
ブリッジへ移動してモニターを見ると、そこには案の定、海上でジュエルシードを叩き起こそうとしているフェイトとアルフの姿があった。
荒れ狂う海上で、ランダムに踊り狂う竜巻と稲妻を相手にバルディッシュを振るう彼女。
……もうそろそろだとは思っていたが、今とはね。
「あの、私急いで現場にっ!」
「その必要はないよ。放っておけばあの子は、自滅する。それを待つんだ」
「でも!」
クロノに食ってかかるなのは。
まぁ、クロノは職業軍人として正しいだろうし、なのはも一般人の倫理観から見れば正しいだろう。
リンディさんたちが言葉を交わしているのを傍目に、俺は腕を組みつつ天井を見上げる。
中立な俺としては黙秘を貫きたいわけだが――
『……エスティ』
『なんだよユーノ』
『なんとか、してあげられないかな』
まあ、こうなるんだろうなぁ。
ユーノの方に視線を向けると、アイツはばつが悪そうに――しかし、真摯な顔をしていた。
むむむ。
俺としてはプレシアの魔法が発射されるタイミングで割って入りたいのだが、さて。
そもそも助けるならばもっと前のタイミングでやれば良い、って話だが、そこら辺は俺の事情。
未来を知っているというアドバンテージを失わないためにも、なるべく終盤で決定的な手を打ちたかったのだ。
……そのためにはフェイトに耐えて貰うしかなく、お陰でアルフには恨まれただろうが。
思考を切り替え、小さく頷く。
『ユーノ、お前はどうしたい?』
『どうしたい、って……僕は、なのはの力に――』
『そういうことじゃない。俺に問題を丸投げするなっつーの。
ほら、プランを言ってみろ。それに乗ってやるから』
『……ありがとう!』
満面の笑みを浮かべ、ユーノは転送ポートとなのはを交互に見る。
そして小さく頷き、
『なのはを転送ポートで、エスティを僕が地上に転送する。
二人が封印体勢に入るまでの時間稼ぎを頼めるかな?』
『オッケー。で、なのはと到着のタイムラグはどうするつもりだよ』
『エスティの速度なら間に合うでしょ?』
……信頼されているのか、コキ使われているのか。
やれやれ、と首を振りつつ、俺は首元に下がっているLarkを握り締めた。
『Lark』
『はい、ご主人様』
『ユーノが俺を地上に転送する。到着と同時にセットアップ。
次いでフルドライブでジュエルシードを鎮圧する』
『お言葉ですが、ご主人様。フルドライブモードは――』
『分かってるって。開放は五秒。リミット過ぎたらモードリリースを頼むぜ』
『……了解しました。全力を尽くします』
『ああ』
Larkの了承を得て、ユーノへと準備完了の念話を飛ばす。
それと同時になのはが駆け出し――
「ごめんなさい! 高町なのは、指示を無視して勝手な行動をとります!」
「あ、こら! 君たち!!」
クロノの怒号を無視し、ユーノがミッド式の魔法陣を展開する。
転送ポートの助けを借りてなのはは一瞬で。
そして、次に俺の足元に魔法陣が現れるが――
「止めるんだ!」
呆然としていたブリッジクルーは、クロノの一喝で動き出す。
それを横目に、俺は念話を飛ばしたり。
『エイミィさんエイミィさん。この戦い、跳躍砲撃が飛んでくるかもしれないので、監視を厳重にお願いします。
あと、アースラも防御しておいた方が良いかも』
「オッケー任せて!……って、あれ?」
元気にサムズアップするも、彼女は首を傾げる。
そりゃそうだろうよ。まあ、注意しておいても、それが果たされる確率は酷く低いわけですが。
根拠もないアドバイスに神経回すほど組織人はお人好しじゃないだろうよ。
そうしている間にも武装隊員がセットアップを完了させ、距離を詰め――
なのはに続き、俺の身体はアースラから海の上へと飛ばされた。
――閃光に次いで現れたのは、雲の切れ目から見える一面の青だ。
眼下には桜色の魔力光が尾を引いて降りていく光景。
さて、俺も急ぐとするかね。
「Lark、装甲服と武器を」
『スタンバイレディ』
詠唱を短縮し、そのお陰で通常よりも多めの魔力を消費し、バリアジャケットが展開される。
そして頭を下に向け、アクセルフィンを展開。全力で蒼穹からのダイブを敢行し――
『クリムゾンギア、ドライブイグニッション』
降下の途中で、Larkはフルドライブモードへの変形を開始する。
上下のカートリッジが二回炸裂。計四発のチャージを行い、Larkが変形を開始する。
頂点にある矛が消失し、バルディッシュのシーリングモードと同じように斧の部分が百八十度スライドする。
そしてピックの部分が上に向けて倒れ、斧のスリットに填り込みロックされた。
柄の部分はスライドし、カバーが跳ね上がってサブの放熱器が起動。キィィィ……という甲高い音と共に、排熱を開始。
バルディッシュだったらそこから金色の羽が展開されるが、Larkは違う。
例えるならば――不可視の二枚翼か。排出される熱によって大気が歪み、陽炎によってそのようにも取れるだろう。
最後にどこぞから出てきた砲身と矛が一体化したパーツが展開した斧の部分に合致し、銃槍――ガン・ランスとでも言うべき形態が完成。
これでLarkの変形が終了する。
「行くぞ]
『リミットを五秒に設定』
Larkの返事と共に、バチバチとバリアジャケットが悲鳴を上げ、発光し、
『――Zero Shift』
稀少技能が、完全開放される。
視界の全てが遅い。
雲の流れも、潮の流れも、耳に届く雷鳴さえも。
そんな中で動けるのは俺と――
『四秒』
――Larkだけだ。
Zero shiftとPhase Shiftの最大の違いはこれだ。
俺の知覚速度や移動速度を底上げするこの技能。しかし、単体で使うには問題がいくつかある。
その一つが、フェイズシフト中の魔法の行使。フェイズシフトは加速という絶大な力を与えてくれるが、それは、俺のみに与えるだけだ。
その対象にLarkは入っておらず、そのお陰で加速中の俺に出来ることと言えば魔力刃の維持程度。
単純な話、大半のタスクをバリアジャケットの維持と戦闘機動の制御に回しているため、余裕がないのだ。
『三秒』
しかし、その加速対象にLarkを入れればどうなるか。
その答えは簡単だ。
『二秒』
「疾く、彼方を貫け」
下降を行いながら魔法の行使。
そう、加速中にも魔法が使える、というチートが始まる。
構築するのは砲撃魔法。
威力は俺が使うディバインバスターよりも弱く、ゼロシフトなしならば速度だってそれほどじゃない。
ただ射程と連射速度だけが売りの、弱小魔砲。
だが――
『一秒』
「ラピッドファイア」
バレルが展開し、サンライトイエローの光が満ちる。
この加速された状態で魔法を発射した場合、どうなるか。
それは、客観視点からならば、初速は軽く音速を突破する魔弾と化す。
そして狂気的な速度を得た砲撃が、弱いわけがない。
Larkが火を噴き、不可視の翼が大きく羽ばたく。
術の名に恥じないよう、一瞬の内に瞬くマズルフラッシュ。計十発の光条が吐き出され――
『リミット。フルドライブモード、解除します』
視界が通常の速度を取り戻すと同時、サンライトイエローの流星群は竜巻を撃ち貫き、吹き飛ばした。
『うわぁ! 一体なんなの!?』
「……俺からのプレゼント。ほら、早く封印体勢に入りな」
『あ、うん。ありがとう、エスティマくん!』
元気良く返事をするなのはに苦笑しつつ、思わず胸元を押さえる。
万力にでも締め付けられるように、きりきりと痛む。
重い息を吐くも、気が紛れるわけがない。
気を張り詰めていなければバリアジャケットだって解除されそうだ。
……んー、まあ、これがゼロシフトの反動。
いくら加速というレアスキルを持って生まれた身体だとしても、急速な――それこそ通常では有り得ない速度で――リンカーコアからの魔力の喪失は、流石に堪える。
未成熟な身体には些かキツイぜ。
稀少技能を使うことになれたら平気なのかもしれないが、今の俺は戦闘要員としてはまだ一年も経っていない新米。
こんな風に身体を虐めることに、慣れているわけがないわけで。
リンカーコアが正常に動き始めるまで、飛行とバリアジャケットの装備以外の魔法は使えないようなもの。
それ以外を行おうとすれば、酷い精度に涙が出てくる羽目になるのである。
「……こんな技能使っていたら、なのはよりも早く駄目になりそうだ」
『冗談でもそんなことを言わないでください、ご主人様』
「悪い悪い。……さあて、と」
視線を下に戻せば、そこには俺が撃ち漏らした竜巻を縛っているユーノとアルフの姿があった。
そして、そこに撃ち込まれる二つの砲撃魔法。
その魔力の渦巻く中心部へと、文句を上げる身体を押して進む。
額に浮かぶ汗を手の甲で拭い、なんとか到着。
うあー、キツイぜ。使うんじゃなかったなぁ、ゼロシフト。
なのはがフェイトと対面しているのを尻目に、俺は宙に浮かんでいるジュエルシードへ。
最後の六つ。その内三つは俺が砲撃で吹っ飛ばしたため、なのはの元にはなかった。
これを確保し、この場でフェイトを捕まえれば事件は収拾するだろう。
クロノがいれば、弱体化しているプレシアならなんとか出来るだろうしね。
後はプレシアがフェイトの正体を暴露する場所に居合わせなければそれで良い。
まー、知らないことが幸せってこともあるだろうよ。
などと考えつつLarkをジュエルシードに寄せると、
「待ちな」
背後からハスキーボイスが届き、振り向いた。
そこにいたのはアルフ。彼女はこの間とは違う、怪訝な――それでも怒りは含まれているが――表情を向けてくる。
むう。まずいな。
『ユーノ、ユーノ』
『何?』
『この目の前にいる人をなんとかしてくれない? ゼロシフト使ったから、攻撃されたら抵抗できない』
『なんで使ってるのさ! また君は向こう見ずなことをして!』
『ああもう、ごめんごめん。お説教は後で聞くから、なんとかしてー』
『……仕方がないなぁ』
言いつつ、ユーノは音を立てずにアルフの背後へと降りてきた。
アルフが何かしようものなら、バインドで拘束するつもりか。
なんとかなるかも、と溜息を吐き、俺はアルフと目を合わせる。
「ええっと……なんでしょうか」
「鬼婆からアンタのことを聞いたよ。……一体、なんのつもりだい」
げー、マジかよ。てっきり忘れていると思っていたのに。
まあ良い。ここはしらばっくれよう。下手に口を滑らせたらマズイかもしれない。アルフがどこまで俺のことを知っているのか分からないのだし。
「なんのつもり? 俺は、スクライアの者です。そして、ジュエルシードはスクライアの所有物。
……強奪されたロストロギアを回収して、何か問題でも?」
「そういうことじゃない! アンタ――フェイトの兄貴なんだろ?!
それなのに、どうしてあの子に敵対するのさ!
鬼婆はあんななんだ……せめて、アンタぐらいはあの子に優しくしてあげたって、良いじゃないか!」
「兄貴って……エスティ?」
ぎゃー! しらばっくれたのが裏目に出たー!!
ユーノから向けられる視線が痛い。んでもっていつの間にか現れてたクロノからの視線が怖い!
……くそう。こうなれば白を切り通してやる。
驚いた、といった表情をなんとか作ってみる。
「……俺とあの子が、兄妹?」
「そうだよ! あの鬼婆は忘れていたとか……いや、あんなのはどうでも良い!」
いや、あんなのは酷くないですかね。
まあ仕方ないんだけど。
一人ヒートアップするアルフに申し訳ないと思いつつも、どうやって言い逃れようかと頭を回す。
「とにかく、アンタ、フェイトに謝りな。
それで、近くにいてやってよ。……頼むから」
……むぅ。
『ご主人様。いい加減、その下手な演技は止めた方がよろしいかと』
『何を言ってるんですかLarkさん』
『これ以上は、流石に人としてどうかと』
ですよねー。
けど、もう少し待って欲しい。プレシアの魔法をなんとか防ぎ切ったら、償いってわけじゃないが、フェイトのことはなんとかする。
だから、それまでは――
『うわ、本当に来た! 次元干渉――みんな、魔力攻撃来ます。防御態勢に入って!』
不意に、悲鳴じみたエイミィの通信が入る。
ああくそ、こんなタイミングで!
「Lark!」
『ジュエルシード、格納』
すぐ近くにあったジュエルシード、三つ全てを格納して、顔を上げる。
その瞬間なのはから、『駄目だよエスティマくん、三人できっちり三等分ー!』と怒声が聞こえてきたが無視。
空は相変わらずの曇天。しかし、雲の切れ目からは紫の雷が垣間見える。
ようやく痛みと痺れが引いた身体に鞭打って、ラウンドシールドを展開。
これで――
「って、馬鹿……!」
『カートリッジロード』
アースラ組は全員が防御態勢に入っている。アルフも何かが起こると察したのか、ミッド式の魔法陣を展開している。それは良い。
だが、フェイトは――彼女は、呆然と天を見上げるだけで、指一つ動かそうとしていない。
『――Phase Shift』
考えるよりも先に身体が動いてしまった。
開始された加速と、ぶり返してきた胸の痛みに顔を歪めつつ、俺はフェイトの元へと突撃する。
そして彼女の目の前で静止すると同時、稀少技能をキャンセル。
ワイドエリアプロテクションを起動。更にカートリッジを四連発。
急激に失われた魔力を無理矢理に補填した結果、視界がブラックアウトし――
「……こなくそぉ!」
ただ障壁を維持することに、全神経を傾けた。
雷鳴とプロテクションがひび割れる音。歯を噛み締め、更にリロード二発。
『……!……!!』
――ああ、Larkが何かを言っている。
しかし、今にも焼け付きそうな頭では、彼女の声を知覚することだって出来やしない。
……もう駄目かも、と意識が遠のく。
だがそれでも、こんなところで諦めてやるものか。
……そうとも。
結局、はやてを救ってやることは出来なかった。手遅れってわけじゃない。だが、最善を尽くしたかと問われれば否と答えるしかない。
後手というよりは、自分の浅はかさのせいでチャンスを駄目にした。
元より自分の頭が良いなんて思っちゃいないが、それでも何か出来たはずだったのだ。
それなのに、俺は――
左手を伸ばす。
Larkを握り締めようとして滑り、しかし、諦めずに掴み取る。
奥歯を噛み締めて、磨り消えそうな神経で魔力を制御。
……はやてを救うことが出来なかったのならば、せめて。
せめて、フェイトぐらいは――この子だけは、少しでも辛い思いをしないで欲しい。
だから――だから、この一撃だけは、絶対に防いでみせる。
……絶対にだ!
『了解です、ご主人様』
酷くクリアに、Larkの声が脳裏に響いた。
力が湧く。俺一人でこの魔法に抵抗出来なかったとしても、Larkとならば――
『私はご主人様の剣であり盾』
『武器とは、振るう主人を支える者』
『あなたが望むのならば、私は助力を惜しみません』
『勝ちましょうご主人様』
念話で、そんな言葉が一気に届く。
そうだ。負けない。これ以上、手の届く場所で、一人でいる子を放ってなどおけるか。
手が届かないなど、一度だけで充分だ!
感覚の鈍い腕でLarkを一閃し、それでプレシアの雷撃を弾き飛ばす。
それで終わりだ。
追撃が振ってくる様子はなく、荒い息を吐きながら、俺はLarkへと視線を落とした。
「ありがとな」
『いえ。当然のことをしたまでです』
当たり前のように言うLarkに苦笑し、俺は力のこもっていた肩を下げる。
まだ視界がぼやけているが、これでなんとか騒動は――
「ああああああ!」
「アルフ……!」
背後から息を呑みつつ放たれた声――フェイトの悲鳴につられ、頭を動かす。
そこには、クロノを弾き飛ばしているアルフの姿があり、
「……っ、バインド!?」
瞬時に、俺の身体は橙色のリングで締め付けられた。
フープバインド。まずい。バインドを解除する余力なんて、今の俺にはないぞ。
などと思っている内にアルフが接近。そして俺の襟首をフェイトが掴み――
「ちょ、何やってんのフェイト!?」
「ごめん。でも、一緒に来て欲しいから」
「げぇー!? 離せ離せ! 俺はそっちに行くつもりなんて微塵も……アーッ!」
「エスティ!」
今度は翠のチェーンバインドが足に絡みつく。
マジ身体が千切れそうなんですけど!
などと思っていたら、フェイトがバルディッシュでそれを切断。
抵抗虚しく、俺はアルフとフェイトに拉致された。
……結局俺の企みはご破算ですか。
くそが。