僕のせいだ。
アースラへと戻ったユーノの脳裏は、その言葉で埋め尽くされていた。
エスティマが転移する直前、自分がやったことと言えばチェーンバインドを飛ばしたことのみ。
それ以外は、ただ彼の行動を見ていることしかできなかった。
……金髪の少女――フェイト=テスタロッサと血の繋がりがある、と聞き、どこかで気後れした。
言っていることが嘘か本当かなんて知らない。否――彼女とエスティマはあまりにも似ている。似すぎている。十中八九、本当なのかもしれない。
だからこそ、ユーノはあの場で硬直し、ただ見ていることしか出来なかった。
エスティマがフェイトをシールドで守っている時に手を貸せば、みすみすバインドに捕らわれるほど彼が消耗することもなかったかもしれない。
それより先に、彼の頼みである使い魔の捕縛を実行していれば、そもそもこんなことにはならなかった。
……だというのに、僕は。
妙な気後れ――自分でも形容出来ない、気持ちの悪いものが騒いで、たったそれだけの理由で、自分は。
こんな辺境世界まで自分に着いてきてくれた幼馴染みを、敵に奪われてしまった。
本当にどうしようもなく愚かで、度し難い。
自分を信頼して作戦――そんな単語で表現出来ないほど稚拙だったが――を請け負ってくれたというのに、その責任も果たせず、自分だけはアースラへと戻ってきている。
出来ることなら、今すぐにでも敵の拠点に乗り込んでエスティマを救い出したい。
だが、しかし、自分は非力な結界魔導師だ。乗り込むだけなら出来るだろうが、エスティマを助け出すことは不可能だろう。
そんな自分に腹が立つ。
手を握り締め、唇を噛み締め、それでいくら皮膚が破れようとも満足など出来ない。
自分の無力がこんなにも歯がゆいだなんて、初めてだ――!
「……ユーノくん」
名を呼ばれ、ユーノはいつの間にか俯いていた顔を上げる。
声を掛けてきた彼女――なのはは、固く握りしめられたユーノの手を包み、薄く微笑んだ。
「大丈夫だよ。エスティマくん、強いもん。私たちが助けに行くまで、絶対元気でいるってば」
「……そう、だね」
そんなわけがない、とユーノは喚き散らしたかった。
しかし、辛うじて残った理性で、それをぐっと堪える。
海上での戦闘中、エスティマはゼロシフトを使用した、と言っていた。
あれがどれだけ彼の身体に負担を強いるのか、彼女は知らない。だからこそ、そんな笑顔が浮かべられるのだ。
リンカーコアに負荷を強いて、常軌を逸した速度で魔法を連発する反則技。
しかし、それは確実にエスティマの身体を蝕む両刃の剣。背水の陣。
……少し考えれば、エスティマがゼロシフトを使用することは分かっただろう。
なのはやフェイトほど砲撃魔法が得意でない、速度という分野以外は平均を少し上回る程度の彼が、ジュエルシードの暴走を押さえる手段など、ユーノは片手で数える程度しか知らない。
だというのに、自分は遠回しで彼にそれを強要した。
戦うことしか出来ない、と冗談めかして言う彼は、ユーノを参謀役として、学校を卒業してからの一年間、信頼してくれていたというのに。
そんな罪の意識があるからこそ、ユーノはこの場で怒鳴り散らさずに済んだ。
そうだね、と小さく応えて、ユーノとなのははブリッジへと辿り着く。
ブリッジでは、戦闘の事後処理で緊迫した雰囲気が漂っていた。
どうやら敵方のおおまかな転移先を掴んだようで、武装局員を送り込むための詳細設定に忙しいようだ。
そして、その慌ただしい状況で、ユーノとなのはの前に立つ人影が二つ。
アースラの艦長であるリンディと、クロノだ。
クロノは顔にありありと怒りを浮かべ、腕組みをしながらこちらを見据えている。
そちらは良い。だが、もう一方――
リンディは、怒りを瞳に宿したまま、無表情に二人を見下ろしていた。
正直、直視したくない。
なのはも同じ感想を抱いているのか、デバイスフォームのレイジングハートを抱き締めて、後退った。
「……高町なのはさん。ユーノ=スクライアくん」
「は、はい」
「命令無視。独断専行。それがどんな結果を招いてしまったのか――分かっているわね」
「君たちは民間協力者として管理局に従う時、約束したはずだ。決してこちらの指示を蔑ろにしないと」
「……はい」
目を逸らしたい心地となりながらも、ユーノはクロノとリンディを視界の中心に据える。
「処罰を――と言いたいところだけど、今はエスティマくんの救出とプレシア=テスタロッサの拠点を割り出すために忙しいわ。
二人とも、部屋に戻って休んでなさい。あなたたちへの対応は、追って伝えます」
「……あ、あの!」
「なんだ」
なのはの上げた声に、まだ何かあるのか、とクロノが聞き返す。
それに気圧されながらも、彼女は小さく頷くと、胸を張って声を出した。
「エスティマくんを、助けないと」
「心配はいらない。彼の身柄は、僕たち管理局が絶対に保護する」
絶対、と言い切る辺りは、こちらへの気遣いだろうか。
だが――
聞き逃せない一言に、ユーノは目を見開いた。
「……僕、たち?」
「ええ。これ以上民間人を危険な目に遭わせるわけにはいかないわ」
「……現場を混乱させるような者を、戦力として扱うわけにはいかない」
リンディに続いてクロノが言葉を続ける。
ユーノは、知らないうちに身体が震え始めたことに気付くも、その先を求めてしまう。
「……つ、つまり?」
「君たちはただの民間人だ。もう、協力は必要ない」
リリカル IN WORLD
『助けて――』
『誰か、助けて――』
『どうか、私たちを助けてください――』
『そこにいる貴方。どうか――』
ふと、目が覚める。
ここはどこだろうか。
誰かに呼ばれたような気がしたが、周囲に人影はない。
取り敢えず、周りを見回してみる。
いやに薄暗く、んでもって足元には円状にライトアップされた床がある。
なんか手首が痛いなー、と思って視線を上げてみれば、十字架貼り付けよろしく、俺の両腕はチェーンバインドに引っ張られ、空中に固定されていた。
なんぞ……って、ああ、そうか。
俺、アルフとフェイトに拉致されたのか。
バインドブレイク――と意識を這わせた瞬間、胸に鋭い痛みが走ったため中断。
そして、今になって体中が微かに痙攣している感覚に気付く。
……これはマズイ。この症状には覚えがあるぞ。
リンカーコアが枯渇した魔力を補充するため、絶賛全力稼働中。外に魔力を出そうとした瞬間、身体が拒否反応を起こすのだ。
……そりゃそうだ。よくよく考えてみれば、ゼロシフトにラピッドファイア。おまけに天元突破のワイドエリアプロテクションまで使ったのだから。
いくらカートリッジを使用したと言っても、限界以上の魔力を使用したことに代わりはない。
体中が悲鳴を上げている。
もし地面に下ろされても、歩けないんじゃないだろうかー。
むむ。取り敢えず状況把握だ。
魔力充填中のリンカーコアに少し無理を言って、念話を飛ばしてみる。
『Lark。どこにいる?』
『後ろです、ご主人様』
「あら、そうなんだ」
念話使う必要なかったじゃん。
「ええと、Lark。あれからどうなったのかな。転送されてから意識がなかったっぽいんだけど」
『はい。あの後、ご主人様はこちらに運び込まれました。
あれから既に二時間が経過しております。今のところ、管理局がここに辿り着いた様子はありません』
「そっか。……他には?」
『はい。……申し訳ないのですが』
む。なんだろう。クールビューティーなLarkが声を沈めたぞ。
『ジュエルシードを、明け渡してしまいました。
それと、カートリッジも全て奪われています』
「……ジュエルシードは当然として、カートリッジもかよ。
なんであんなもんまで盗んだんだ。
Lark、プレシアはなんかそれっぽいこと言ってた?」
『……面白い物を見つけた、と。そう言っていました』
「……嫌な予感しかしねー」
本当にな。
カートリッジ使って転移したばっかの局員を殲滅するとか。
カートリッジ使ってアースラを強襲するとか。
プレシアほどの魔導師ならば、炸裂機構なしでもカートリッジが使えるんじゃないだろうか。
……まあ、更に悪趣味な可能性がもう一つあるわけだが。
なんせこちとらにはLarkっていうサンプルがあったわけで。
やばいんじゃない? と、焦燥じみた考えが脳裏に浮かんでは消えてゆく。
何か手はないかなぁ、などと考えつつ、ふと手元を見て違和感を覚えた。
あれれ?
「Lark。なんか指輪がなくなってるっぽいんだけど」
あの忌々しい猫姉妹にもらったやつ。
『はい。どうやら発信器か何かだと思われたらしく、プレシアが外していました』
「流石技術者。……ま、まあ、ある意味では発信器だったからねアレ」
予想の斜め上を行く朗報。
しかし、ここから脱出しなければそのグッドニュースも意味を成さないわけで。
本当、どうしよっかなー。
などと悩んでいると、不意に扉が開かれた。
逆光に目を細めつつシルエットを確認する。
ツインテと犬耳尻尾。言うまでもなくフェイトとアルフか。
二人はどこか申し訳なさそうな表情をしながら近付いてくると、俺の眼前で脚を止めた。
ちなみに俺、脚が微妙に届かない程度の高さで縛られてます。なんという窮屈。精神的に苦痛だぞこれ。
「……やあどうもお二人さん。素敵なお城に招待してくれて、ありがとう」
「……ごめんなさい」
「悪かったよ」
と、言いながら二人は目を伏せる。
どういうこっちゃねん。
なんとも不思議な感じだったので、アルフに念話を送ってみる。
『アルフさん。なんで俺はここに連れてこられたんでしょうか』
『あの鬼婆が会いたいって言ってたんだよ。
あたしはどうせこんなことになるんじゃないか、って思っていたんだけど、フェイトがさ……』
『だろうなぁ……』
たまには厳しく意見するもの忠犬の役目だと思うよ俺。
なんとも従順なアルフに溜息吐きたい気分になりつつも、我慢する。
なんとかコミュニケーションを取って、バインドを解除してもらわないと。
「……俺と君、兄妹なんだってな」
「うん。……その、本当にごめんなさい、エスティマさん。
母さんも、誤解が解けたら解放するって言ってるから、それまで我慢して」
「……誤解?」
「……母さんがエスティマさんを捨てたのには、何か理由があるらしいの。
それを分かって貰うまでは、って。……ごめんなさい」
……あの鬼婆。またフェイトのこと騙してるんかい。
六年前のファランクスシフトぶっ放された怒りが再燃しそうだ。
しかし、堪えろ。まだ堪えろ。
二人がいなくなったら、いくらでも喚ける。
「そっか……俺を捨てた理由って、なんなんだろうね」
「きっと、どうしょうもない理由があったんだと思う。
母さんは優しい人だから。……意味もなく、そんなことはしないから」
……耐えろ。耐えろ俺。
頬が引き攣るのが自分でも自覚出来たが、我慢だ。
『アルフさんアルフさん』
『……なんだい? なんとなく言いたいことは予想出来るけど』
『……フェイトって健気だねぇ』
『分厚いオブラート、どうもありがとう』
あ、鼻で笑われた。
くそう。
まあ良い。
「……あのさ、フェイト」
「何? エスティマさん」
「それそれ。兄妹だって分かったのなら、遠慮した呼び方なんてしなくても良いよ」
「……でも」
「さー、遠慮せずに言ってごらん。お兄ちゃん、と」
言われ、フェイトは微かに顔を赤らめた。
そして顔を俯けると、口をパクパクとする。
そして数秒の間を置き、
「お……お兄、ちゃん」
トリガーヴォイスが紡がれた。
……。
…………。
………………。
いや、これは魔法の一種ですよ?
ええ、そりゃあもう。はっはっは。
いやー、一見薄暗いこの城も、良く見れば悪い物じゃないんじゃないかなぁ。
静謐漂い、ゆったりとした時間が流れる庭園。
そこら中を歩き回る甲冑ロボも、アンティークだと思えばね。
ああー、天国って割と近い場所にあったんだなぁ。
「ど、どうしたのお兄ちゃん」
「ああうん。なんでもないよ我が妹。はっはっはっ」
『随分とご機嫌ですね。お兄ちゃんご主人様』
……すみません調子に乗ってました。
Larkに精神的な冷水を浴びせかけられ、ようやく素面に戻る。
あ、我に返ったら気付いたけど、アルフがジト目でこっち見てる。うわぁ、居心地悪いなぁ。
「うん、フェイト。お兄ちゃんは危険だ。兄さん、にしておきなさい」
「え? あ、うん。おに……兄さん」
首を傾げつつも、そんなことを言うフェイト。
純真無垢な子って大事。
……なんてことしてる場合じゃないっつーの。
「ところで、プレ……母さんは今何をしているのかな?」
「あの女は研究室に籠もってるよ。何やら大事なことらしくて、私たちも早々に追い出されたんだ」
……まずいな。
そう。大変マズイ。
俺が持っていたジュエルシードは合計七つ。十日間で二つと、その前に二つ。そしてさっきの戦闘で三つだ。
そして考えてみれば、今プレシアの手元にあるジュエルシードの数は最大で十四個。少なくとも十一。
原作よりも多い。それならば、プレシアがアルハザードを目指そうとしてもおかしくないぞ。
『アルフ。君はさっきの戦闘で、いくつのジュエルシードを手に入れた?』
『ん?……ええと、二つだ』
マジかい。何やってんだよクロノ。
まあ、クロノからしてみれば、ジュエルシードごと捕まった俺の方が駄目駄目だろうが。
今度こそ溜息を吐いてしまう。それを見たフェイトは目を伏せ、アルフは咎めるような視線を送ってきた。
悪いかよ。
「……ねえ二人とも。悪いんだけどさ、食べ物あるかな。
どうにもお腹が空いてね」
「そうかい。……ねぇフェイト。悪いんだけど、取りに行ってやってくれないかい?
私は、ちょいとばかりコイツと話があるんだ」
「分かった。兄さんと仲良くね、アルフ」
「ああ。分かっているよフェイト」
にっこりと微笑みを浮かべ、フェイトは部屋から出て行く。
完全に彼女の姿が見えなくなると、アルフと俺は同時に溜息を吐いた。
俺は心労から。アルフもきっと似たようなもんだろう。
「……んで、アルフさん。さっきからやけに優しいね」
「言うじゃないかいエスティマ。
ま、アタシとしちゃあ一発ぶん殴りたいところだからね。それぐらい察したかい?」
「そりゃー顔合わせる毎に怒鳴られてたからなぁ。そんぐらいは。
で、どういう心境の変化なのさ」
俺の言葉に、アルフは唇を尖らせつつ腕を組んだ。
胸が持ち上がって乳乳乳と漢字一文字が浮かんだりしたが、無視だ。俺は慎ましやかな美乳を揉みしだき隊の隊員である。
「……本当に殴ってやりたいのは変わってないんだよ。
けど、あの時アンタはフェイトを守ってくれた。
だから、少しは信用してやろうと思っているのさ」
「……まあ、兄貴だからね」
「……そういう理屈抜きの愛情が、あの子には必要なんだよ。
だから、あのことだけは本当に感謝している。
ありがとうね、エスティマ」
真剣な声色でそう言うと、アルフは頭を下げた。
いや、正直なところ条件反射で動いたようなもんだから、感謝される必要はないんだけどなぁ。
……まあ良い。ここからが本題だ。
「なぁ、アルフ。かなり重要な内緒話があるんだが、聞いてくれるか?」
「なんだい?」
「あのな――」
「お待たせ、兄さん!」
不意に扉が開かれ、バリアジャケットから私服へと着替えたフェイトが姿を現した。
手にもったトレイには、湯気の立ったシチューと三切れのフランスパン。
あ、匂いからして美味そう。
ここ十日間はアースラの大量生産品だったからなぁ。手の込んだ料理は八神家以来な気がするよ。
『アルフ、時間がない。念話で』
『分かったよ』
「へぇ、私服に着替えたんだ。似合ってるね」
「……ありがとう、兄さん。これ、アルフが選んでくれたの」
「似合ってるのは当然さ。なんてったって、このアタシがコーディネートしたんだからね!」
などと他愛ない会話をしつつ、念話。
『ジュエルシードがある程度揃った今、プレシアの目的ははっきりしている。
二人を追い出すようにしたのがいい証拠だ』
『……前から気になっていたんだけど、あの鬼婆、何を始めるつもりなんだい?』
などと酷く真面目な会話をする一方。
「はい、兄さん。……あーんして」
「ちょ、いきなり難易度高すぎだろうそれは!」
「……駄目なの?」
「だからって泣きそうな顔をするなー!」
ひくひくとアルフが青筋を浮かべているが無視。
『ううむ、そうだなぁ。アルフたちに関係あることだけ上げるなら……。
プレシアは、フェイトを残して次元を渡ろうとしている』
『念話しながら……器用だねアンタ。って、ちょっと待ちな!?
つまりあの鬼婆、フェイトを捨てるつもりなのかい!?』
「うっわ、熱い!
ぎゃー、やめてそんな奥までスプーンをアガーッ!」
「ご、ごめんなさい!」
「あーもう、貸しなよフェイト。アタシがやるから」
……喉の奥がひりひりします。
涙を呑んで念話を続行。
『端的に言ってそうなる。アルフとしては、それはどうよ?』
『有り難い半分、迷惑半分、ってところだね。
アタシは良いんだけど、フェイトがねぇ……。
というか良く知ってるねアンタ』
『ま、まあ、それを知ったから捨てられたもんでね』
はい、真っ赤な嘘です。
ちなみに、
「ちょ、アルフやめて! シチュー流し込むのは止めて!
俺の口腔が真っ赤な誓いになる!」
「なんだい、全部食べないともったいないじゃないか」
「アルフ……兄さん、苦しんでるよ?」
「コイツは喜んでるだけだって、フェイト」
「どこをどう見たらそうなる! って、ギャー!!」
『熱いぞアルフ』
『知ったことかい。
で、アンタは何か考えがあるのかい?
フェイトを悲しませないような、何かが。
だからアタシに事情を説明してるんだろう?』
『あるには、ある。んで、それには君の協力が必要不可欠だからね。
今のところ、フェイトは母親の仕事を――それが非合法でもかまわないと思いつつ、手伝っている。
そういうつもりでいる。
そして多分だが、これからフェイトは、プレシアが次元を渡るまでの時間稼ぎに使われるだろう。
その際、近くにいてやって欲しい。通信も、念話すらも届かないジャミング結界を張りつつ、ね』
フェイトの出生秘話。それを決戦前に話すなんて、有り得ない。
あのプレシアが決戦前にフェイトの士気を下げるようなことはしないだろう。
道具は道具としてきっちり使う。
原作とは違い、あの子にはまだ利用価値があるんだ。
きっとボロ雑巾になるまで使うつもりだろうよ。
……俺のカートリッジを持って行ったのが良い例だ、くそったれ。
『……分かった。勿論、フェイトの知らないうちに鬼婆が消えたことへのフォローはするつもりなんだろうね?』
『当然。あれは危険な旅だった。プレシアは君を傷付けたくなかった。だから残したんだ。
俺を連れ戻したのは、フェイトを一人っきりにしないためだったんだ。
……理由はそこら辺で充分じゃないかな? 必要だったらもう一言二言付け加えるけど』
『……アンタが兄貴で良かったのか、少し疑問に思えてきたよ』
『世の中知らない方が幸せってことも多いんですよ』
『まあ、そうかもしれないけどさ。
……なぁ、最後に一つ聞いて良いかい?』
『何さ』
『……信じて、良いんだね』
言われ、どうだろうか、と自問する。
……はやての時に一度失敗した俺だ。今回も失敗する、という可能性だって、充分にある。
だが――どうだ。成功失敗云々以前に、俺はフェイトを救うつもりはあるのか。
……愚問だ。
あの時、再確認した。考える余裕もない状況で浮かんできた言葉は、きっと俺の真実だ。
だから――
『当たり前だって。可愛い妹のためだ。
フェイトには、もっと世界が優しいんだってことを教えてやりたい』
『分かった。アンタを信じるよ』
そこで念話を切って、同時に食事を食べ尽くす。
……地味に辛い作業でしたよ?
ええ、本当に。
「……ごちそうさま」
「お粗末様。なんだい、顔色が良くなったじゃないか」
「いやいやアルフ。腹が空いてはなんとやら、だよ」
「それもそうだね!」
あっはっは、と笑う俺とアルフ。
その様子に、フェイトはただ首を傾げるばかりだ。
「……二人とも、仲が良かったんだ」
「ああ! アタシとコイツはソウルメイトさ!」
「……イエーイ、ロックンロール」
腕が自由だったら肩でも組みそうな勢いですねアルフさん。
なんだこれは。フェイトファンクラブ二号会員おめでとうとかそんな感じの祝福か。
なんてことをやっていると――
不意に、ビクリ、とフェイトが身を竦ませた。
どうしたんだい、とアルフが声を掛け、無理矢理な笑みを浮かべながら、彼女は顔を上げる。
「ごめんなさい。母さんが呼んでるから……行くね」
……成る程。これ以上の危険は侵さず、十三個での転移を決定したわけか。
「そっか。頑張ってね」
「あ……うん、兄さん」
フェイトを見送りつつ、笑みを浮かべる。
そして、アルフへと念話を。
『頼んだ』
『任せな』
アルフは去り際、バインドを一撫でして行った。
それで紫の鎖には罅が入り、それは徐々に広がってゆく。
……頼む前にやってくれるとは、本当に信じてくれているんだな。
あるいは、俺を放置しておいたらフェイトが泣く、とかね。
……そうだ。
「フェイト!」
「何?」
「……バルディッシュ、今手元にあるか?」
最後に一つだけ。これだけ聞いて、行動を起こそう。
俺の質問にフェイトは、嬉しそうに――まるで花が咲くように、笑みを浮かべた。
「ううん。今、母さんがバルディッシュを調整してくれてるの」
それは、母が自分を少しでもかまってくれたからなのか。
……そんな些細なことで、この子は。
思わず手を握り締め、しかし、それを知られないよう笑みを浮かべる。
「そっか……良かったね」
「うん。……じゃあ、また後でね、兄さん」
それを最後に、二人は部屋を後にした。
そして、たっぷり三十秒ほど経った頃、我慢が限界を迎える。
「――あんの野郎おおおおおおおおおお!」
八つ当たりのようにバインドへ魔力を叩き込み、引き千切る。
それでようやく地面に足が着き、次いで地鳴りが轟く。
部屋の入り口へと視線を向ければ、そこには砲撃型傀儡兵が。
おそらく、バインドの解除をトリガーに現れる仕組みにでもなっていたのだろう。
俺はLarkを拾い上げつつ、回転式弾倉に視線を送る。無論、Larkの言っていたように空だ。
バリアジャケットのポケットに、予備のカートリッジはない。ご丁寧にもクイックローダーまで奪っていやがる。
――奪われたカートリッジ。
――道具としてのフェイト。
――バルディッシュと同型のデバイス。
――専門分野ではないのだろうが、プレシアは技術者。
――そして、これが最後の戦い。故に、何が壊れようと関係がない。フェイトも、バルディッシュも。
これだけの条件が揃えば、プレシアがフェイトに何を持たせるかなんて決まっている。
「Lark。なんか久し振りに、頭に来ていますよ?」
『同感ですご主人様。ご主人様をこんなところに幽閉した事実、許せません』
そんな応えをLarkらしいと思いつつ、斧に魔力刃を形成。
カートリッジはない。疲労も抜けきっていない。胸は今も軋みを上げている。
しかし。しかし、だ。
「だからって、引く理由にはならないよなぁ……」
『勿論です、ご主人様』
俺の元にLarkを残したその慢心。獅子身中の虫であるアルフを残していたその傲慢、打ち砕いてやる。
Larkを横倒しに構え、両肩にアクセルフィンを形成。
雄叫び一つ。
地面を蹴り付け、飛翔した。
『助けて――』
『誰か、助けて――』
『どうか、私たちを助けてください――』
『そこにいる貴方。どうか――』
アースラでの待機を命じられたユーノとなのはが出来ることは、ブリッジで戦況を見守ることぐらいだった。
これでも無理を言って許して貰ったのだ。また飛び出すかもしれない二人は、部屋で待機しているように厳命されていた。
しかし、それを覆せたのは――幼さ故の熱意か。
モニターに映し出される映像を、二人は食い入るように見詰めている。
先遣隊はプレシアに全滅させられた。
残りのクロノを含んだ武装隊は、真正面から城の内部へと突入しようとしていた。
だが、それを遮る勢力がある。
それは傀儡兵。一体がAランク魔導師に匹敵すると言われている、機械の兵士。
そして――
「フェイトちゃん! アルフさん!」
現れたその姿に、なのはは悲鳴にも似た声を上げる。
傀儡兵の群れに混じって、その二人の姿があった。
フェイトは上空に。シーリングモードのバルディッシュを構え、眼下の武装隊を睨み付けている。
そして彼女の使い魔、アルフの足元には――
「――っ!? ジャミング結界! それも、こんなに強力だなんて!」
艦橋上部にいるエイミィが苛立たしげに叫びを上げ、けたたましい音と共にキーボードを打つ。
しばらくの間砂嵐にも似たノイズがモニターに走ったが、間を置いてそれは止む。
それでも映像の画質は一気に落ち、クロノたちの姿はどこかぼやけて見えた。
「……もしかして、あれは」
隣から上がった声に、なのは彼の顔を覗き込む。
緊迫感を孕んだ声から、とても普段の彼からは想像できない様子だった。
どうしたの、と問うと、ユーノは、いや、と首を振りながらも応える。
「画像が荒いから見間違いかもしれないけど――」
「けど?」
「カートリッジシステム。……CVK792-R。
エスティのLarkに使われているパーツ。あれが、見えた気がしたんだ」
「え、でも、それって……」
「うん。術者にもデバイスにも負担が掛かる機構だよ。
……だから、エスティはあの子に捕まった」
「……うん」
エスティマと模擬戦をしていたなのはは、カートリッジシステムの強さ、そして恐ろしさを良く知っていた。
模擬戦中にエスティマがカートリッジを使った場合、しばらくの間、彼の手は震えていた。
訓練が終わった後も、それが続いているのを見ている。
なのはがジュースを手渡した時に取り落としたのだって一度や二度じゃない。目に見えるだけでも、それだけの負荷があるのだ。
それなのに――
「……フェイトちゃん、なんでそんなのを」
「そんなの、僕にだって分からないよ」
それで会話が途切れ、アースラの中には駆動音とくぐもった通信だけが響く。
そして――
傀儡兵が地上を蹂躙し、アルフがクロノを押さえる中、上空にいるフェイトはカートリッジを二度、炸裂。
画面を焼き尽くさんばかりの雷光が、地面に突き刺さった。