この戦いが終わったら――
戦闘が始まる前、自分の主人であるフェイトは夢物語を語っていた。
瞼を閉じなくとも思い出せる。本当に幸せそうに――今まで失っていた時間を取り戻したいと、彼女は言っていた。
そして、それは本気の願いだ。
この戦いを切り抜けることが出来たら、と、フェイトは限界を突破する勢いで魔法を使い続けている。
その必死さは、彼女と精神リンクを行っているアルフだからこそ、誰よりも理解できた。
……そんな主人に、顔向けなどできるわけがない。
自分はある意味――いや、真性の意味でフェイトを裏切っているのだろう。
プレシアが消えようとしていることを伝えず、フェイトには内緒でエスティマの計画に荷担している自分。
きっと使い魔としては失格だ。
主人の望みではなく、自分がより良いと思う未来を選ぶなど、彼女に生み出して貰った命として最低の行いだ。
けど、だからこそ――そこまで堕ちたからこそ、絶対に失敗は許されない。
今はエスティマを信じる。兄が妹を助ける――そんな盲目にも似た絶対の信頼だけを糧に、アルフは戦場を駆け抜ける。
あと少し。この戦いを抜ければ、フェイトには幸せが待っている。
だから――
「フェイトの邪魔を、すんなああああああ!」
バリアごと管理局の武装隊員を殴り飛ばして、バインドで拘束。簀巻きにして蹴り飛ばす。
ここは通さない。これ以上フェイトを悲しませない。
それだけを胸に、アルフは拳を振るう。
リリカル IN WORLD
『ハラオウン執務官!』
スティンガースナイプで傀儡兵を討ち滅ぼしていると、悲鳴にも似た声色で念話が飛んできた。
クロノは手を止めずにそれに応えると、被害状況の報告の後、どこか苦笑した様子で、
『自分たちが傀儡兵と使い魔を抑えます。
どうか、その隙に空の魔導師を』
『無茶だ! 君たちだって消耗し尽くしているだろう!?』
『まあ、そうなんですが……』
再び苦笑。
『傀儡兵五体ぐらいなら、三十秒はいけます』
『あの使い魔は、俺だと二十秒ですかねぇ』
『ダサいなお前ら。俺は両方を十秒だ』
『大差ないだろ。……俺は道を空けますよ、執務官』
『はいはーい。全員にブーストアップを掛けるので、プラス十秒です』
「……君たちは」
くく、と笑い声を堪え、クロノはブレイズキャノンで傀儡兵を三体、焼き飛ばす。
嗚呼、まったく――度し難い馬鹿共だ。
ちら、と視線を向けてみれば、皆一様に不敵な笑みを浮かべていた。
……人数は突入時と比べて半分になり、中には破損したデバイスを振り回している者までいるというのに。
それでも尚戦おうと言うのか、君たちは。
……良いだろう。
『分かった。頼めるか?
僕はあの子を叩く。なんとか保たせてくれ』
『了解!』
一斉に念話が届き、次いで、クロノの両脇から四つの光条が飛び出した。
A.C.Sドライバー。瓦礫を弾き飛ばし、四人の武装隊員が傀儡兵に突撃する。
攻勢のチャンスを逃さないため、突撃した武装隊員の射線上にいた傀儡兵はバインドされ、粉砕される。
それで体勢を崩した機械の兵士に、砲撃が突き刺さった。
それで傀儡兵の砲撃が止む。
総力を挙げた時間稼ぎ。
このチャンスを逃さないとばかりに、クロノは大きく跳躍する。
だが、クロノの行動を阻止すべく橙色のチェーンバインドが伸び、
「使い魔ー! 一目惚れしたー! 縛ってくれー!!」
割り込んだ局員が代わりに捕縛される。
……何か嫌な言葉を聞いた気がしたが気にせず、クロノは加速した。
彼を迎撃すべくフェイトからフォトンランサーが撃ち込まれるが、クロノはその悉くを回避。
杖を支点にするようにバレルロール。スティンガーレイを放って彼女が体勢を崩した瞬間、
『Flash Move』
一気に距離を詰める。
振りかぶった杖を叩き付ける。甲高い金属同士がぶつかる音が響き渡り、鍔迫り合いの最中にフェイトを蹴り飛ばす。
腹に一撃もらった彼女は錐揉みしながら吹き飛び、それを見ながらクロノはS2Uを構える。
二つの術式を同時に組み上げ、先に完成したスティンガーレイを発射。
それに対するフェイトの行動は、切り払い。瞬時にバルディッシュをサイズフォームに戻し、アイスブルーの魔力弾を弾く。
だが、あくまでそれは囮。本命は――
……これで終わりだ。
『Stinger Blade Execution Shift』
「……え!?」
フェイトを囲むように、百を超える本数で光の剣が展開される。
「……いくら君といえど、これはかわせまい?」
ニィ……と頬が吊り上がるのを自覚しながらも、クロノはS2Uを振り下ろす。
『――Execution』
安全装置が解除され、アイスブルーの処刑剣はフェイトに殺到する。
非殺傷設定だとしても、この一撃ならば、しばらくは立ち上がれないだろう――
空を割く音。
爆発。
一斉に突き刺さったスティンガーブレイドから逃れる術などない。
どんな移動速度を持っていようと、避けようがない――
撒き散らされた爆炎を見据えつつ、クロノはブレイズキャノンの術式を構成する。
もし、まだ戦えるのだとしたら、これがトドメだ。
そう思い――煙が晴れると同時に現れたフェイトの姿に、目を見開いた。
バリアジャケットは裂け、髪を結んでいたリボンは解け、纏っていたマントは襤褸と化している。
露出している腕や足には生まれたばかりの痣ができ、元の白い肌は見る影もない。
だが――
瞳。紅く染まった彼女の瞳には、まだ戦う意志が残っていた。
「バル……ディッシュ」
『……si――r』
「まだ行ける、よね?」
それに応えるよう、デバイスコアが明滅する。
良い子、とフェイトはバルディッシュを一撫でし、カートリッジを二度、炸裂。
たまらずクロノはブレイズキャノンを発射したが、金色のディフェンサーに阻まれ、砲撃はキャンセルされる。
「時間はかけられないっていうのに……!」
「ううん、かけてもらう。母さんの用事が終わるまで、ここは通さない――!」
「――ッ、押し通る!」
「させない!」
クロノはバインドを、フェイトは高度を上げて砲撃の準備を。
ここが戦場でなければ華麗とも思えるだろう軌跡を描き、フェイトはクロノのバインドを避け、デバイスをシーリングモードに。
クロノがフラッシュムーヴを発動して距離を詰めようとするが、
「打ち抜け、轟雷……!」
金色の雷が迸る。
今にも放たれようとしている砲撃魔法の射線に、クロノはバリアを展開しつつ割り込もうとし――
――真横から飛んできた桜色の魔力光が、雷を殴り飛ばした。
その場にいた誰もが、サンダースマッシャーを防いだ彼女へと視線を向ける。
桜色の魔力光を纏い、バスターモードのデバイスを構えた、白いバリアジャケット姿。
「……時空管理局嘱託(仮)。高町なのは」
『……(仮)?』
思わず全員が口に出す。
それでなのはは居心地を悪そうにするも、レイジングハートを強く握り締める。
「試験は後で受けます! だから、高町なのは、戦います!
クロノくん、フェイトちゃんは任せて!」
『……母さん!』
おそらくこれを許したであろう上司に、クロノは念話を飛ばす。
思わず素の方で呼んでしまうが、返ってきたのは咎める声ではなく、嘆息だった。
『……嘱託にまでなって戦いたいと、あの子は言ったのよ。
まあ、後のことを考えれば悪いことじゃないんじゃない?』
心底呆れている。珍しいと、思いつつも、クロノは眼下に視線を投げる。
……戦線の維持は限界か。
「……なのは。任せて良いんだな」
「大丈夫!」
それだけ聞いて、クロノは一気に降下した。
倒せなくとも、抑えてくれるだけで楽にはなる。
背後で砲撃を撃ち合う轟音が聞こえるが、下に被害が及ぶことはない。
……今の内に。
S2Uを強く握り締め、クロノは死闘を繰り広げている武装隊の救援に向かった。
「……誰だよお前」
『うん。私は人格形成特化型デバイス、『アリシア』。
母さんに作られた、アリシアの模造品。
それが私だよ』
いきなり現れた人型のデバイスに、Larkを構えつつ対峙する。
ユニゾンデバイス? いや、そんなものがこんな墓場にあるわけがない。
だとしたら、あれはなんだ。
あれを操っている術者はどこだ。
クロスファイアの術式を構築しながら、俺は眼前の少女を見据える。
しかしそんな俺と違い、アリシアと似た外見のデバイス――否、アリシアなのか――は、うっすらと笑みを浮かべた。
「どうなってやがる。術者はどこだ」
『いないよ。思考リミッターを外された私は、人と同じように考え、行動することが可能なの。
……アリシアを模倣させるために生まれ、そのせいで母さんに捨てられたデバイス。
F計画よりも早い段階で潰えた、夢の名残』
……成る程ね。
プレシアはF計画を始める前は、デバイスにアリシアの真似事をさせようとしたわけか。
……まあ、あの鬼婆がそんな代用品で満足するはずないわな。
フェイトでさえあそこまで憎んでいるのだから。
『待ってたの、あなたを』
「へぇ……悪いけど、こんな場所に待ち人を残した覚えはないんだがね」
『だよね。私とあなたが顔を合わすのは、これが初めてだから。
けど――私は、誰よりも早く、あなたと同じ時間を共有していたんだよ?』
どういうことだ。
……とっとと回れ右して探索を続行した方が良いと分かっていても、デバイスの言っていることが気になって足が動かない。
舌打ち一つ。
ったく、こんなのにかまっている暇はないというのに。
「話が見えない。俺に分かるように説明しろ。
こっちには時間がないんだ。何故俺をここに呼びだした」
『それは――私たちを弔って貰うために』
私たち。弔う。
その二つの単語で、ピンと来た。
……来たには来たが、何故だ?
そんなことを頼まれるような立場じゃないぞ、俺は。
「分からないな。俺が弔うって? ここにいる――F計画のなれの果てを」
『うん。その為に、私たちはあなたをここへと――この世界へと、呼び出したから』
「ああそう。――クロスファイア・集束」
『シュート』
問答無用とばかりに、射撃を撃ち込む。
設定がドアを壊した時のままだったので、クロスファイアは遺棄プールの壁を粉砕した。
……あのデバイスを、擦り抜けて。
実体がないのか?
まあ、なんにしたって関係がない。
狂言を吐くような輩は、プレシアだけで充分だ。
「Lark、道草をくっちまった。急ぐぞ」
『……はい、ご主人様』
『待って! お願い、私たちを助けて!!』
踵を返して通路の先を見据える。切実な訴えちっくなのが届くが、かまってられるか。
「知るか! こっちは今忙しいんだ! お前の話なんか聞いてやるかよ!」
『……それは、怖いから?』
ピタリ、と足を止める。
振り返れば、アリシアと酷似しているデバイスは、相変わらずの無表情。
それが苛立ちを助長して、俺はLarkを握る手に力を込めた。
「……何故そう思う?」
『さっき私に魔法を撃ち込んだのは何故?
それは、呼び出された、という単語に反応したからでしょう?』
「……続けろよ」
『あなたが考えているとおり――エスティマという個体を生み出した切っ掛けを、私は担っている。
ううん、私があなたをその身体へと入れ、この世界の住人としたの』
「ああ――そうだったのか」
思わずLarkにカートリッジロードを命じ、カチン、という空回りの音で我に返る。
――かまうか。
『ご主人様。魔力の無駄遣いは控えてください。
目的の達成が困難になります』
「分かってるよ、そんなことは……!」
ディバインバスターの術式を構築し始めた俺を、Larkが諫める。
だがそれでも、苛立ちが消えるわけがない。
……あのデバイスはなんて言った?
この世界に俺を呼び、この身体に入れたと――そう言ったのか?
ぐるぐると頭の中を思考が駆け巡る。
嫌な予感しかせず、冗談めかした口調で、俺はそれを口に出した。
「はは――俺をこの世界に呼んだのはお前だって?
もしかしてその目的は――ここにいるF計画の失敗作を、弔って欲しいから、なんてことじゃないよな?
それだけじゃないよな? もっと他に、理由があるんだよな?」
『いいえ。私たちは、それ以外の何も望んでいません』
弔って欲しい。たったそれだけの理由で、俺をここに呼び出しただと?
そんな――
そんなことだけで――
「ふ――ざけんなああああああ!
そんなことで、俺をこの世界に放り込んだって言うのかよ、お前は!
――六年だぞ。その間、俺がどれだけ苦労をしたのか分かっているのか?
自分勝手な願い事一つで、俺の人生を台無しにしたってのかよ!
知らない世界の生活に慣れて、知らない文字を覚えて、話の合う奴なんてユーノしかいないような状況で――。
どれだけ元の世界に戻りたいと願い――最近になってようやく此方側も良いかと思っていたのに、今更出てきてそんなことを言うのか!」
『……そうなる、かな』
「そうなります? 自分がどれだけのことを言ってるのか分かってるのか?!」
『抑えてくださいご主人様。あんな輩にはかまわず――』
「黙ってろ!」
叫び、ディバインバスターを放つ。
激情に駆られるまま吐き出された砲撃は、アリシアを飲み込んで、先程のクロスファイアよりも派手に対面の壁を粉砕した。
爆風で遺棄プールの腐臭をもろに吸い込み、激しく咳き込む。
たまらずその場に片膝を付き、奥歯を噛み締めた。
……こんなところに来るんじゃなかった。
やるべき事や、たった今耳にしたこと。
いつの間にか忘れていた――否、忘れるようにしてきた元の世界へと戻りたいという気持ちが、ぐちゃぐちゃになってまともな思考ができない。
一体、どうすれば――
『……帰りたい?』
……そんな声が聞こえ、俺は顔を上げる。
そこには、全身にノイズを走らせながら俺を見下ろしているアリシアの姿があった。
『辛いことを全て投げ出して、帰りたい?』
思わず息を呑む。
……そんなことが、出来るのか?
『私たちを弔ってくれるのならば、元の世界に、元の時間に戻るその方法を教えてあげる。
私が手助けをして、あなたを平穏な生活に戻すよ』
『――ッ、ご主人様! あなたは、フェイト=テスタロッサを――八神はやてを救うのではないですか? ご主人様!』
Larkの叫びが聞こえるが、耳を素通りしてしまう。
尚もLarkが叫びを上げているが、そのどれもが届かない。
嗚呼、酷く甘美な誘惑だ、それは。
この消耗しまくった身体を捨てて、魔力も底を着きそうな状況を捨てて、元の平穏な生活に戻る。
ぶっ倒れた方が楽だというのにそれを選べない状況を捨て去ることができる。
それが叶うのならなんだってしたい。
それは、この六年間、ふとした拍子に何度も浮かんできた欲求だった。
……そんな、ずっと追い求め、手がかりすら掴めなかった手段があるというのか。
切実な願いが、叶うというのか。
……叶う。
…………叶って。
「………………叶って、たまるか」
『……え?』
『……ご主人様』
そうだ。
そんなことをしてたまるか。
……自分の幸せを考えるならば、俺は元の世界に帰るべきだろう。
平凡な大学生に戻って、適当に就職して、綺麗な嫁さんもらって一生を終わらせる。
魔法なんて出鱈目な代物が出回っている世界に迷い込んでしまったからこそ、そんな願いが酷く綺麗で儚いものだと分かっている。
――だが。
俺がそれを選んだとき、どれだけの人が悲しむだろうか。
既に運命の歯車は俺が壊してしまった。
このままじゃPT事件は大量のジュエルシードを喪失し、フェイトは原作よりも重い罪を被り終結。
はやては折角出来た文通友達を失い、下手をしたら闇の書事件にフェイトが関与できず、大惨事となって終わる可能性すらある。
それを阻止するには、俺がこの世界に居続けなければならない。
幸せを手にするには、あまりにも重すぎる条件だ。
果たして、彼女たちを見捨てて、俺は幸せに浸ることが出来るのだろうか。
――否だ。
後味が悪い。それは大変よろしくない。
たったそれだけの理念で動き続けてきた俺からしたら、幸せになるだなんて不可能だ。
「……全部遅すぎたんだよ。
なんでこんなタイミングで出てきたんだ、お前」
『……ごめんなさい』
……良いさ。
あまりにも早い決断だが――
どうやら、俺は、存外この世界が好きらしい。
この先にどれだけ面倒事が待っているかも知っているというのに、舞台に立ち続けたいらしい。
我ながら難儀な性格だが――
「ま、仕方ない。俺は元の世界に帰らないよ。
捨てるには、あまりに重すぎるものを背負っちまった。
……ついでだ。お前らも葬ってやる」
言いつつ、俺はLarkを構える。
武器としてではなく――魔状として、横一文字に。
「言っておくが魔力はないぞ。そこら辺どうするんだ。
どうにもならないならこのまま帰る」
『貸し与えます』
言い、アリシアは俺に向けて手を翳した。
『ディバイドエナジー』
瞬間、物言わぬ骸となっていたF計画の子供たちから、金色に近い様々な魔力光が集まり始める。
それらがLarkのデバイスコアへ集まり、カートリッジシステムに搭載されている仮想魔力槽へ、魔力が満ちた。
ゲージを確認すれば、チャージはマックス。
……いける、かな。
記憶の片隅に眠っていた、ミッドの学生時代に覚えた魔法。
あれなら、ここにいる骸を全て葬ることは可能だろう。
遺棄プールの広さは大体二十五メートルほど。
ギリギリだが、なんとかなる。
「――これより儀式魔法を開始する」
『クリムゾンギア、ドライブイグニッション』
鈍い音を上げて、Larkが変形を開始する。
デバイスフォームからフルドライブへ。変形で消費した魔力は、続けられているディバイドエナジーですぐに補填される。
ガンランスの形態をとったLarkを握る手に力を込め、目を細める。
――やるか。
「アルタス・クルタス・エイギアス。迷い子よ、虚空に潰えよ。テトラクテュス・グラマトン」
『包囲陣、形成』
遺棄プールの底と、その天井にサンライトイエローの魔法陣が展開する。
形成された魔法陣は、そのまま右回転と左回転を開始。
その合間をサンライトイエローの光が行き来し、薄暗い閉鎖区画に光が満ちた。
――これから行おうとしているのは、戦闘じゃまず使えない魔法。
術式発動まで時間はかかるし、射程も短い。そのせいで広域攻撃魔法ではなく、儀式魔法のカテゴリーに放り込まれた成功した失敗作。
その癖範囲はこれが精一杯で、必要とされる魔力量は馬鹿みたいに多い――まあ、それは借りているから問題はないが。
汎用性を求めるミッドチルダ式で異端の烙印を押され、悪い例の儀式魔法として学生への見本となっている代物。
……なんでそんなものを覚えたかと言われれば、技名に惹かれただけだが。
そりゃもう、趣味全開で。
「バルエル・ザルエル・ブラウゼル。回れ、無限の試験管」
『内圧正常。魔力、集束』
完成しようとしている儀式魔法を目にして、『アリシア』はスタンバイフォームへと戻り、遺棄プールの中へ。
……逝くなら一緒に、ってか。
不意に、Larkへとデータが転送されてくる。
どうやらそれは、俺を『召還』した方法と、『送還』する方法。
……使い道なんて、一つもないというのに。
『ありがとう』
「こっちの勝手だ。……俺に恨まれて消え去れ」
そう、彼女の感謝を切って捨て、
「――――放て、無限光」
『――――アイン・ソフ・オウル』
トリガーワード。
そしてLarkの自動詠唱を最後に、上下の魔法陣から光が放たれる。
設定は物理――いや、殺傷設定だ。
これで、跡形もなく消え去るだろう。
重い音を伴い、光が物言わぬ骸を押し潰す。
上下から放たれる、右回転と左回転の光。それらが工作機械のように、オーバーキルを繰り返す。
骨の砕ける音。肉の潰れる水音。独特の、タンパク質が焦げる臭い。
――これが彼らの断末魔なのだろうか。
轟音と共に消滅した彼らを流し見て、溜息一つ。
俺は、踵を返した。
いつまでもこんな場所にいるわけにはいかない。
……そう、俺には、やるべきことが残っているのだから。
Larkをデバイスフォームへと戻し、振り切るように駆け出した。
……胸が軋む。無駄撃ちしたせいで、魔力も心許ない。
だが、それがどうした。
向こう側へと戻る協力者を失った今、もう退路はないんだ。
ただ前だけを見据え、俺は足を動かす。