「はーいよい子の皆さん、席には着きましたか?」
「はーい」
「よろしい。では、リンディ先生の特別授業、始めますよ?」
「はーい」
ディスプレイの前には、ブラウスの上からベストを着込み、眼鏡を掛けたリンディさん。
間違ったステレオタイプの女教師ルックである。
そんな彼女の前には、なのはにユーノ、そして俺。
ブリーフィングルームにはお子様メンツが勢揃いである。
そしてこれから何が始まるかと言えば。
「本日の講義内容は、『本当は危険は攻撃魔法』。魔法初心者のなのはさんと、問題児のエスティマくんに優しく教えてあげます」
……何この茶番。家庭の医学かよ。
なんだか楽しみにしている雰囲気満々風味のなのはには悪いが俺としてはどうにも。
そんなのミッドの学校で習ったっちゅーねん。
などと思っていると、
「そこ、エスティマくん。今回の講義は、半分以上君のために開いているようなものなんですからね?」
「いや、別に……」
「大事な話なんですからね?」
「いや、俺は……」
「大事な話なのよ?」
「はいすみません」
先生口調が崩れたので危険を感じ、速攻で謝る俺。
なんだよもう。
「ほらエスティ。折角リンディさんが休憩時間を削ってくれているんだから、ちゃんとしなきゃ駄目だよ」
「……お前この野郎。大事な話だっていうから来てみたらなんだよこれ」
「大事な話には違いないじゃないか」
「どこが……!」
と、声を荒げようとしたら脇腹を突かれた。
思わず悶絶する。
くすぐったいとかそういう次元じゃない。
今の俺には急所のようなもんだぞここ!
ファックファックと机を叩く俺を余所に、講義らしきものが始まる。
「安全でクリーンな技術として広く使われている魔法ですが、これにはいくつか問題があります。
まず一つ。機械ではなく人の手で使う技術な以上、どうしても使用者にはある程度の技術が求められます。
身の程を弁えずに背伸びをした結果、自らを傷付けることも珍しくはありません。命を落とす可能性すらあります。
なのはさん、分かりますね?」
「はい、分かります」
あ、なんだろう。
なんか三つの視線がこっちに向いている気がする。
「制御できない技術は、それそのものが危険極まりないものです。分かり易い例で言えば、ロストロギア。
力だけに目を向けてリスクを理解していないと、身の破滅を招きます。
大きな力を使うには、技術という手綱をしっかり握っていなければなりません。
……さて、エスティマくん。君が今回やらかしたことですが――」
そこで一回言葉を句切り、リンディ先生はブリーフィングルームを見回す。
「カートリッジの過剰使用。未成熟な身体には危険な稀少技能の完全発動。
加えて、自身の強制的なリミットブレイク。これがどれだけ身体に負荷を掛けたか、理解していますか?」
「それなりに」
「先生、リミットブレイクってなんですか?」
挙手をして声を上げたのはなのは。
はい、とにっこり笑顔を浮かべて頷くリンディせんせ。
ノリノリだなお前ら。
「まず、デバイスにはフルドライブモードというものが搭載されています。
なのはさんのレイジングハートだったら、シーリングモード。
これは、術者とデバイスの能力を完全開放して限界近い能力を発揮する状態。
元々魔導師にはリミッターが設けられており、力の全てを使うことができません。
リミッターが存在するのは、術者の身体を守るため。フルドライブモードは、使用者の限界近い能力を発揮する代わりに、負担を強いるものです。
なのはさん、フェイトさんを行動不能にした砲撃魔法を使ったあと、手足の痙攣などが起きませんでしたか?」
「あ、はい。それに、すごく疲れて……」
「そう。たった一撃でも、自覚できるだけの反動が襲ってきます。
……そして、リミットブレイクですが」
……ああ、リンディさんの視線が痛い。
「これは、フルドライブモードを超えた状態。普通のデバイスは搭載されていないはずなんだけど……どういうことかしら、エスティマくん?」
「ば、バグかなんかじゃないですかねぇ?」
「嘘おっしゃい!」
「すみません」
バン、と教卓もとい机を叩かれて一瞬で謝る俺。
早くこの空間から逃げたい。
「自分であんな設定とチューンをしておいてどの口が。
スクライアの武装隊として登録されてなかったら完全に違法よ!
というか、ログを遡ってみたら登録される前から搭載してあったわねリミットブレイク機構。
一体なんのつもりで――!」
と、そこでリンディさんは口を閉じる。
なんでかっていうと、なのはとユーノがガタガタ震え始めたからだ。
ちなみに俺、鬼気の直撃を受けて脂汗がヤバイ。
ちびりそう。
「脱線してごめんなさいね。
ええと、どこまで話したかしら。
……リミットブレイクは、フルドライブを更に超えた状態、ってところまでだったかしら?」
「は、はい」
「うん。……端的に言うと、リミットブレイクは術者とデバイスの命を削ります。
その例が目の前にいますね?
エスティマくんはこのように半死半生の状態で。Larkさんは大破。レストア可能なのが奇跡と言える状態。
……なのはさんもレイジングハートを大事に思うのなら、絶対にこんなことをしてはいけませんよ?」
なんだこれ。
俺は反面教師か何かか。
俺ばっかり槍玉に挙げられてて、どうにも気分が悪いぞ。
あの場合無茶をするしかなかったじゃないの。
そしてユーノと知り合った時点で無茶は必須と思ったのだから、無茶が利くようにLarkを改造したのだって悪くない。
そう、俺は悪くない。
全ては俺をこのリリカルな世界に引きずり込んだ『アリシア』が悪――
「エスティマくん、何か不満がありそうな顔をしているわね?」
「いいえ、なんでもありません。全部僕が悪いです」
……くそう。
…………畜生。
リリカル in wonder
リンディさんにこってり絞られたあと、疲労困憊といった様子で俺はブリーフィングルームを後にした。
何あれ。講義という名の公開リンチじゃないか。
なのはとユーノも一緒になって責めやがってよぅ。
……まあ仕方がないわなぁ。
はぁ、と思わず溜息を吐く。
そりゃー友人が自らの身を顧みずに天元突破すれば怒るわな。
心配させて悪いとは思っているし、できるならばもうしない、と約束したくもある。
……できるなら、ね。
いやー、これでも頭脳は大人。他人が苦しむより自分が苦しんだ方が! なんて青いことは言いませんよ。
残された人間からしたらたまったもんじゃないだろうしね。
本当、使わなければ死ぬ、って状態にならない限りリミットブレイクは使いません。決めました。
……説教されて強要された、とも言う。
まあ良い。
「どうもー」
言いつつ、工作室へと入る。
ぷしゅーと気の抜ける音と共に開いた部屋の中に人の姿はない。
はて、休憩中なのだろうか。
首を傾げつつ、メンテナンスベッドに置かれたLarkの元へ。
数々のコードに繋がれたLarkは、デバイスコアを明滅させながら外装の復旧に勤しんでいる。
フルドライブ用の外装は全損。ついでに、内蔵放熱器も逝って通常稼働は不可能な状態。
これでもかなり直った方。データサルベージして新しい機体に乗せ換えたら? なとど最初は言われていたのだ。
ちなみに修繕費は目を覆わんばかりの額だったのだが、事件の解決に協力してくれたし、とのことで管理局負担になった。やったね!
まぁ、それでもLarkが大破したことに変わりはないんだけどね。
まったく、修復までどれぐらいかかるんだか。
キーボードを叩いて調子を見る。復旧率は五十%。七十に達すれば、フルドライブ以外は使用可能になる。
……ん? なんだこれ。データ流し見ていたら不自然な場所がありましたよ?
「……リミットブレイク機構、凍結? ゼロシフトも?
誰だよこんな設定にしたの。解除しちゃる……って、パス付き?
持ち主に無断でなんてことを……!」
『何をしてますか、ご主人様』
声をかけられ、思わずメンテナンスベッドに視線を送る。
そこには、修復を中断したLarkが。
「いやー、なんか機能制限がされてたから、ちょこっとプロテクトを破ってやろうかと」
『余計なことをしないで下さい。それは、私がお願いしたことです』
「あー、そうなんだ。……って、え?」
『当然のことです。何を言っても私の言葉を無視して身体を酷使するのですから。
ですので、第三者の手によって機能制限を行いました』
「……ちなみにその第三者は?」
『設定を行ったのはユーノさんです。
フルドライブにはご主人様の上司に当たる方の承認が必要です』
「あいつらー!」
あ、モニターをスクロールしていたら画像データが出てきたぞ。
開いてみると、そこにはデフォルメされた怒り顔なのはのイラストが。
『使っちゃ駄目!』ですかそうですか。
……あ、あれー? しかもなんか新しい形態まで搭載されてますよー?
「Lark。これは何さ」
『アイドリングフォームですが』
「そうじゃねー! 何これ!? カートリッジシステムを封印て!
こっちも開放に条件付きとか!
余計な形態増やしたせいで処理速度遅くなってるじゃん!」
『御心配には及びません。管理局のデバイスマイスターが機体構造を簡略化してくれたため、性能自体は向上しています。
処理速度は五%。耐久性は七%。魔力消費量は以前と比べて一割の減少です。
使用にはなんの問題もありません』
「人のデバイスを勝手に弄るなー!」
バンバンバンとコンソールをぶっ叩く。
『落ち着いてください。凍結と言っても条件次第では許可なしでも解除可能なのですから』
「……例えば?」
『大まかなものならば……フルドライブの場合ならば二ランク差のある魔導師との対峙などです。カートリッジの封印解除は、一ランク。管理局からの通達があると思うので、細かい部分はそちらを参照してください』
「ちなみにそのランク差は誰が判断するのさ」
『私です』
「……そうですか」
なんだかなぁ。
まぁ、きっと馬鹿なことをしないように、っていう配慮なんだろうけど。
……だとしても納得出来ない。
『ご主人様、アイドリングフォームを導入したので他の形態にも名前を付けるべきかと。
日本びいきなご主人様ですから、それっぽいのが』
「……第一形態、第二形態、最終形態で良いよもう」
『やる気がありませんね。了解しました』
がっくりと肩を落とす。
あーもう、余計なことしやがって。
思わずガリガリと頭を掻きむしる。
んで、考え無しにそんなことをしたもんだから、頭の瘡蓋が剥がれて痛い。
……ちくせう。
『……ご主人様?』
「なんだよLark」
『寝取られたわけではありませんよ?』
「……うっさい」
『機嫌を直してください』
「別に怒ってなんかないやい」
『では、拗ねないでください』
「拗ねてもいない!」
ぐぬぬぬ……!
どいつもこいつも俺をコケにしよってからに。
「相棒が知らぬ間に改造されてたら、誰だって嫌な気分になるだろ」
『申し訳ありません。ですが、これもご主人様のためなのです。
理解してください』
「してるよ。……ったく、あーあ。
第一形態でも稀少技能を使えるようにしないとなぁ。
部分発動を更に部分発動。ミッドじゃ無理だから……近代ベルカ苦手なのになぁ」
思わず愚痴る。
練度が低いから使わないようにしてきた技、鍛えないといけないじゃないか。
魔法使用のドクターストップが解除されるまでの五日間、術式の構築に時間かけるか。
よし、ユーノの野郎も巻き込んでやろう。能力制限したのはアイツなんだから責任とらせてやる。
他にLarkの仕様に変更点がないかを調べる。
そして、Larkも話しかけることはなく、黙々と作業を行い十分ほど経ったときだ。
『ご主人様』
「何?」
『私は、いくつかご主人様に黙っていたことがあります』
どこか申し訳なさそうな響きで、Larkが声を上げた。
『私の出自に関してです』
「……ああ、そういえば気にしたこともなかったな」
『はい。聞かれても私は誤魔化していたでしょう。
ですが、全てが終わった今、私はあなたに知って欲しい』
そこから始まったのは、ちょっとした昔話。
Larkはリニスのやっていたインテリジェントデバイス作成のテスト過程で作られ、しかし、不完全な部分が多い欠陥デバイスとして生を受けた。
テストにすら耐えられない出来。故に、リニスはLarkの破棄を決定しプレシアがLarkを処分。
傀儡兵に失敗作の処分ついでに遺棄プールへと捨てるように指示し、Larkは誰からも忘れ去られた。
……だが、そんな彼女を拾う者が現れる。
それが『アリシア』だ。
物言わぬ妹たちに囲まれていた『アリシア』は、Larkの存在を話し相手として受け入れた。
Larkという友人を得た『アリシア』だが――困ったことに、Larkとの接触が彼女に欲というものを教えてしまう。
寂しさ。そこから生まれたのは、もっと友達が欲しいという欲求。
だが、そんなことを夢見ても、遺棄プールに運ばれてくるのは死体か、形すら整っていない妹たちだけだ。
そんなものを目にし続けて――彼女は、次第に絶望というものを覚え始めた。
最大の不幸は、『アリシア』がデバイスの身に人間と同じ思考と感情を搭載されたことだったのだろうか。
頼れる者はLarkのみで、しかし、Larkは真っ新なデバイス。
何かをしようとしても、何か行動を起こそうとしても、死の淵にいる妹たちから吐き出した魔力を糧にして生き続けている彼女にできることはない。
ただ生きながらえるだけが精一杯の生き地獄。
そんな場所に居続けて――次第に、彼女は死ぬことを考え始めたのだという。
だが、それは許されない。攻撃魔法を放ってもヒューマンフォームの――人の姿をとっている状態――『アリシア』は自害すらできず、ただ存在し続けることを強要される。
だから彼女は、Larkに補助を頼み、自分を殺してくれる誰かを召還したのだという。
そして、珍しく完全な状態で捨てられたF計画の素体を見て、『アリシア』は思い付いた。
質量を持つ者を召還するのに莫大な魔力が必要ならば、実体を持たないものを呼べばいい。
そうして呼び出されたのが、俺こそエスティマ・スクライアの中の人。
魂なんてオカルトに縋った『アリシア』の賭けは成功し、俺の魂はこの身体にどういうことか定着。
我流の召還魔法は、宝くじ以上の低確率で、しかし、絶対に誰かを呼び出す博打に勝ったのだ。
Larkは俺のお目付役。ちゃんと『アリシア』たちを葬ってくれるよう、誘導する存在として俺に与えられたのだという。
ちなみに俺を呼び出した時、『アリシア』はなけなしの魔力を使い果たしてシステムダウン。彼女の再起動を待たずに俺が外へと出てしまったのが、最初の間違いだったとか。
話を聞き終わり、ふと、俺はLarkに疑問をぶつけることにする。
「……なぁ、Lark」
『はい』
「話は分かった。けど……だからこそ分からないことがある。
君は、何故俺を時の庭園へと連れて行かなかった? 事件が起こるまで。
いや、もしこの事件で俺が時の庭園へと向かわなかったら、君は俺をあそこに連れて行こうとしたのか?
……どうにも、そうは思えないんだ。
君は俺の武器として、ずっと一緒にいてくれた。
俺に意見をすることはあっても、行動を強要することはなかった。
それは何故だ?」
『それは――』
そこで一度Larkは言葉を句切り、チカチカとデバイスコアを光らせる。
考え事でもしているのか。
『私がアリシアを裏切ったからです』
「裏切った?」
『はい。私は保険としてあなたのデバイスとなりましたが、側に居続ける内に、気付いたことがあった。
……アリシアが殺して欲しいと願うように、あなたにも、何か願いがあったはずだ、と。
アリシアは――いえ、私たちは、それを一方的に無視してご主人様をこの世界へと呼び込んでしまった。
それは罪です。知らぬ間に、私たちは、私たちを捨てた者と同じことをしていた。
それに気付いた瞬間から……罪を償おうと、私は思うようになったのです。
この世界にいるあなたを支え続けること。それが、唯一できる私の罪滅ぼしだと。
……だからこそ、私はご主人様を時の庭園に行かせたくはなかった。
この世界に呼び出された意味に気付くことなく、第二の生を謳歌して欲しかった。
だからこそ私は、今このときまで、ご主人様に隠し事を続けていました』
「……そっか」
Larkの内心はどんなものだろうか。
友人を裏切り、一人で罪滅ぼしを続けた彼女。
終いには俺自身が元の世界に帰ることを否定する。
……あーもう。
「気にすることないよ。ここに呼び出されたのは未だに納得できないけど、Larkには感謝している。
原因の片棒を担いでいるとしても、俺がここまで生きてこられたのは君のお陰だ。
それだけは、間違えないつもりだから」
『……ありがとうございます、ご主人様』
「良いって」
事件が終了してから二週間が経った。
ようやく魔法の使用許可が下りて――それでも船医さんからはキツイお灸を据えられたのだが――気分は上々。
車椅子からも開放されて、残すは右腕のギプスのみ。
存外腕が動かせないことは不快だが、もう少しの我慢だ。
そして、それ以上に、良いことがいくつか。
どうやら、フェイトへの刑罰が原作よりも軽くなりそうなのである。
武装隊に甚大な被害、それこそアースラが作戦行動不可能な状態までに追い込んだのは事実だが、いくつか変わったこともある。
ジュエルシードは全て確保できたためスクライアから文句が出ることはなく、そして、事件最大の問題とも言える次元震の発生を、身内の俺が止めたということ。
この二つが追い風となって、早い内に裁判が始まる。クロノが言うには、無罪に近い判決が下されるだろう、とのこと。
……まぁ、そうなるにはいくつか条件があったんだけどさー。
一つが、フェイトと俺を嘱託魔導師として登録すること。
どういうこっちゃと思わず叫びたくなったが、まあ、しょうがない。
ことの発端は、助けて僕のスーパーピンチ、もとい長老様にユーノが泣き付いたのが原因でした。
エスティの妹が見付かったんですけど、このままだと大変なことになるんですとかなんとかチクりやがった。
まあ、心配してくれた故の行動なんだろうけど。
それを聞いた長老様はスクライアの誇る最高のネゴシエーター(ちなみにスクライアには一人しか交渉人がいないため、自動的に最高となる)を派遣。
次元震が起きなかったために、時空転移に問題はなかったのだ。
余談だが、彼の名前はロジャー・スクライア。悪趣味な黒ずくめの格好をした、ゴーレム召還魔導師である。存在自体が冗談だ。
まぁとにかく、俺が嘱託になることを条件にして――正規の取引じゃあないわけだが――フェイトの減刑を加速させた。
……妹の責任ぐらい自分でとれ、ということらしい。
その代わり、フェイトはスクライア一族として迎え入れるとのこと。
本人もそれを望んでいるので、問題はない。
……なんつーか、何から何まで申し訳ない。保護者ってのは偉大だ。
ある程度の指針が決まり、フェイトも部屋を移って今は普通の船室に。
とは言っても、船内をうろつくことは禁止されているが。
そんな妹の部屋へ、今日も顔を見せに――
「やっほー、フェイ……」
「兄さん!」
「おお、元気……って、ぎゃあああああ!」
顔を見た瞬間に飛び込んでくるフェイト。
ジーグブリーガーをやられ、悲鳴を上げる俺の身体。
ちょ、まだ怪我が完治してないんですけど!
「あ、あれ!? 兄さん、兄さん!」
「ちょっとフェイト! エスティマ、泡吹いてるよ!」
フッ……と意識が飛びそうになった瞬間、ようやくフェイトが離してくれた。
あぶねぇ。川の向こうで知らない誰かがおいでおいでしてたぞ。
「ごめんなさい」
「いや、元気なのは良いことだよ、うん。死ぬかと思ったけど」
「うん。……本当に大丈夫?」
「大丈夫だってば」
あはは、と笑うも、フェイトの表情は心配げ。
……ううむ。どうにもフェイト、プレシアの死を知らされてから俺にべったりなのである。
困った。アルフの白い目が痛すぎる。
ベッドに座らせてもらうと、その隣、十センチも離れてないところに腰を下ろすフェイト。
……むう。
「怪我はどう? まだ痛むの?」
「いや、痛み止めを飲めば、歩き回るのに支障はない程度には回復したよ。
流石にさっきのは効いたけど」
「……ごめんなさい」
「あーもう、今のは冗談だってば。なんでも真に受けちゃ駄目だって!」
良い意味でも悪い意味でも純真だ、この子は。少しはアルフの大雑把な性格を見習って貰いたい。
あう、と困った声を上げるフェイトに、こっちも困る。
「あ、あの、兄さん。……今日はユーノさんと一緒じゃないんだね」
「ああ、アイツね」
そういえば、とアルフも声を上げる。
基本フェイトたちの元にはユーノと一緒に足を運ぶのだが、今日は違う。
今日からアイツはなのはに魔法の座学を教えるために海鳴へと出向いている。
なんでもなのは、嘱託になるんだとか。
随分と早い歪み……っつーか、予想していなかったことだ、これは。
これからの展開が若干狂う気配を感じながらも、俺は黙ってなのはとユーノを見送った。
講師としてなのはに教えることが出来る者はクロノなどがいるのだが、執務官は暇じゃない。
そこで白羽の矢が立ったのがユーノ。あの野郎、知らぬ間に教員免許をとっていやがった。
といっても、家庭教師に近い扱いなのだが。
ユーノがなのはに嘱託試験の勉強を教える役になったのは、アイツ個人が転送魔法を使えるってのも大きいか。
帰るときは自分で帰れば良いしね。
まあ、それはともかく。
「ユーノが気になるの?」
「あの、そうじゃなくて……いつも一緒にいる感じだったから、珍しいなって」
「あー、そうかも」
俺の毎日はデバイス工作室とベッドの往復、アルフのフェイトの様子見しかないから、ユーノと一緒にいることが多い。
まぁ、アイツと一緒だと会話の種に尽きないから楽しいし。
「兄さん、ユーノさんと仲が良いよね……」
「……フェイト?」
「まぁ、小さい頃から一緒だったし」
あ、あれ?
なんかフェイトが不機嫌そうにしてるんですけど。
心持ちほっぺたが膨らんでるし。
なんでだ。
「そ、そうそう。バルディッシュ、もうそろっと直るよ」
「本当!?」
咄嗟に話を逸らすと、食い付いてくれた。
よし、このまま話題をウォッシュアウトだ。
「ああ。メインフレームを新調することになったけど、壊れてない。
容量にも余裕があったから、ちょこっと改造したりもしたよ。
残るは交換したフレームの補強だけかな」
「え……何したの、兄さん」
あ、あれ? なんかジト目で見られてるんだけど。
「はっはっは、嫌だなぁ妹よ。……なんでそんな視線を?」
「ユーノが、『エスティはロクでもない改造をデバイスにするんだ』って言ってた」
「ロクでもないことを吹き込みおって!」
失敬な! 今のところは原作と同じことしかしてないぞ!
「シーリングモードを撤廃して、代わりのフルドライブモードを用意しただけだって。
それと、カートリッジシステムが安定するようシステムを弄っただけ」
「……なら、良いけど。あ、ごめんなさい。兄さんを疑ったわけじゃなくて、えと、これは……」
「……ああうん、分かってる。分かってるから」
なんだろう。兄としての威厳が一気に減っている気がする。
ふと天井を見上げると、青空バックにフェレットユーノがサムズアップしてた。
……まずいな。幻覚が見えてる。
「に、兄さん、なんで泣いてるの!?」
「分からない。分からないよ僕には……」
俺のイメージってどうなっているんだろう。
「……で、エスティ。なんで訓練室なんかに呼びだしたのさ」
「今日から魔法の訓練を再開しようと思ってね。誰かさんがいらない形態を組み込んだせいで、新しい魔法が必要になったんだ」
「それは大変だね」
「ふっざけんな! お前のせいだろ!」
「いや、元を正せば自業自得じゃ……」
「ぐぬぬぬ……!」
思わず歯軋り。
まあ良い。
「……傷が開いたら治癒魔法お願い」
「了解。無理はしないでね」
「分かってるよ」
言いつつ、飛行魔法を発動。
Larkなしだと神経使うが、その方が練習になるな。
んで、ミッド式の魔法陣を展開して――
「あ、あれ? エスティ、この術式は?」
「まぁ見てろ」
言いつつ、防御魔法の亜種を展開する。
……術式の構成まで一秒、発動に一秒かけて。
「イナーシャルキャンセラー」
トリガーワード。
翳した左手の前面に、慣性を無効化するフィールドが発生する。
……発生したのは拳大だけの広さだけだがな。
しかも発動まで時間掛かるなぁ。
キャンセルして、もう一度展開。それを五回繰り返し、違う術式を組み上げる。
今度はラウンドシールドを組み上げて、五回。その繰り返しを四セット。
で、次は近代ベルカ式。それで稀少技能を発動させようとするが、どうにも。
ううむ。こっちはLarkがいないと発動すら出来ないか。
「慣性制御?」
「良く分かったな」
閃いた、といった様子でユーノが声を上げる。
まぁ、まんま名前の通りだけど。
……ふぅ。
ちょっと休憩。
飛行魔法を中断して、地面に足を下ろす。
そうすると、ポタポタと足元に汗が落ちた。
「よく使えるね。ディストーションシールドとかの類は、難しいはずだけど」
「向き不向きだよ。飛行魔法が得意な連中は、基本的にできる。
高速で動き回るから、知らず知らずの内に使うんだよなぁ。
まー、意識してこれを単品で使うのは神経磨り減らすけど。
っていうか、ラウンドシールドにも衝撃緩和のために少しだけ組み込まれてるぜこれ」
「うん。だから僕も分かったんだけど」
けど、なんでそんなものを、とユーノは続ける。
まー、ユーノには分からないだろうなぁ。
近い内に実体剣を振り回す連中とやり合う羽目になるわけだが、取り敢えず黙っておこう。
「誰かさんのせいで気軽にフェイズシフトが使えなくなったから、慣性制御を鍛えて機動力アップするのさ」
「……しつこいよ?」
「そんだけ気に入らないんだよ」
ちなみに慣性制御が上手くなると、ゲッターもとい魅惑のジグザグUFO的なマニューバが可能です。
練習、続行。
「そういえば、なのはの様子はどうだ?」
「うん。刑法とかに手こずっているけど、理論の理解は早いよ」
「やっぱなー。魔導師は基本的に理数が得意だからね。
お前はその極みだけど」
「そうかなぁ」
「……よし、お前にはイナーシャルキャンセラーの術式をブラッシュアップしてもらおうか」
「ちょ、運動エネルギーの計算なんて面倒なのを押し付けないでよ!」
「ええい黙れ!」
などとやり合いつつ訓練。
そうして一時間ほど。良い感じに魔力が切れそうになったきたので、今日はここまで。
息を吐くと、何故か困り顔でユーノは笑みを浮かべる。
「しかし頑張るね、エスティも」
「そう?」
「うん。魔法の使用許可が下りたって言っても、まだ休んでても良いのに。
普通の人だったら、まだベッドの上じゃないかな」
「日々精進だって。魔法はともかく運動は未だに許可が下りてないから、せめてこれぐらいはねー」
などと言い合っていると、
「……ん? スクライア姉弟か」
「…………」
「エスティ、読みだけなら間違ったこと言ってないから人差し指向けるのは駄目だって!」
訓練室に現れたクロノに人差し指を向けたら、抑えられた。
いや、間違いなくあの野郎は姉弟って言ったぞ? 兄弟じゃなくて姉弟っつったぞ?
「まったく、君は忍耐というものが足りない。ただの冗談じゃないか」
「おま、その冗談で傷付く人だっているんだぞう!」
叫ぶも一笑に付された。
ああああああああ! この野郎!
フェイトの処遇関係で良い奴だと思った評価は大暴落だ!
「あーもう頭きた! とっととシャワー浴びて寝る!」
「エスティ、短気は駄目だったら」
「まぁ待ちたまえ、スクライア姉弟」
「また言いやがったな!」
「……面白い反応するからからかわれるんだと思うんだ」
ユーノの呟きは無視。
やれやれ、と肩を竦めるユーノにイライラしつつも、なんとか怒りを飲み込む。
……へっへっへ。ここで怒っちゃ大人げないぜ。
そう、俺は精神年齢二十歳アッパー。
こんなチビ執務官に――
「ところでエスティマ・スクライア。髪の毛が長くなってきたな」
「てめえええええ! 言外に何を言いたいのか一瞬で察してやったぞ!」
「ああもう、あとで僕が切ってあげるから落ち着いてってば。
……クロノ、エスティをあんまり刺激しないで。
また額から血を噴き出す」
「すまない。面白くて、つい」
「つい!? ついでお前様は俺のコンプレックス刺激しやがりますか!?」
「まあ落ち着け。本題に入る」
くっ……!
「嘱託に関してのことだ。試験だが……フェイトはともかく、君のは免除されることになった。
それでも、ランク認定試験は受けてもらうが」
「そりゃまた、どういう風の吹き回しで」
「君がミッドチルダの学校を卒業しているということもあるが……稀少技能保持者に、管理局は甘いんだ。
僕もどうかと思うけどね」
忌々しい、とクロノは吐き捨てるように続けた。
執務官としてその発言はどうよ。
「それでだな。ランク認定だが、AAAクラスのもので良いか?
魔導師検定ではAAとなっているが、戦闘の様子を見る限りAAAで問題ないだろう」
魔導師検定とは、管理局の正式なランク認定と違って民間の行っている判定。
それで俺はAA相当となっているんだが、はて。
「と、言うと?」
「戦闘中に計測した君の魔力値が、馬鹿みたいに高くてな。リンディ艦長もAAAを受けることを推してる。
通常時で100万と少し。普段は、なのは達以下なのだが――最大発揮時はその六倍。……まったく、どうなっているのやら」
「六倍!?」
呆れたようにクロノは溜息を吐き、ユーノは目を見開いて驚きを露わにする。
けど、そりゃ仕方ないだろうよ。
ゼロシフト中に砲撃を使えば、瞬間発揮はそんぐらい叩き出す。
カートリッジも使ってたし、言ってみれば計測器のエラーみたいなもんだよ。
リミットブレイクすればもっと行くけど……ここで言ったら、また説教されそうだなぁ。
「……んー、まあ分かった。受けるだけ受けてみるよ。
駄目だった時用に、AAの準備もしておいてもらえると助かる」
「勿論だ。怪我が治り次第、受けてもらおう。期待しているぞ」
それだけ言って、クロノは踵を返した。
……なんだかなぁ。
「ほら、期待してるってさ」
「そりゃ、手駒増えれば管理局としては嬉しいだろうさ」
「……素直じゃないなぁ」
呆れたユーノを伴って、訓練室を出る。
あーもう、無駄話をしたから汗が冷えて寒い。
とっととシャワー浴びよう。
で、シャワー室の前に辿り着いたわけですが……。
「……やぁアルフ」
「辛気くさい顔してるね、エスティマ」
「ああうん。いくつか疑問に思うことがあってね」
「へぇ、そりゃ大変だ。例えば?」
「君が手に持ってるのは何かな?」
「入浴セットだけど?」
「ちなみにここは?」
「男湯」
「断言するならとっとと女湯へ行け!」
と、突っ込みしたら思わず右手を動かしてしまった。
痛い……! まだ繋がってない骨が痛い……!!
「あ、あの、アルフ? なんでここにいるの?」
「フェイトに怪我したエスティマの世話をしてやれって言われてねぇ。
それだったら外を出歩いても良いって執務官の坊やにも許可を貰えたし。
フェイトの頼みも聞けるし、外の空気は吸えるし、一石二鳥ってわけさ」
「おおー! クロノにしては冴えてる!」
などと、蹲った俺を余所に盛り上がる二人。
……まずい。色んな危機を感じる。
何が危ないってフェレット的な何かだよ。
スニーキングでこの場から撤退すべく飛行魔法を使用して――
「さー、エスティマ! 隅から隅まで、ピカピカに磨き上げてやるからね。
フェイトに言われたんだ。アタシは頑張るよ!」
「ちょ、待てアルフ。お前自分が何言ってるのか分かって……!」
「なんだいなんだい。一丁前に照れてんの? マセてるねぇ!」
あっはっは、と笑いながら俺を引き摺ってシャワー室へ進むアルフ。
ちょ、やめて、この子供の身体を見られるのは色々と屈辱!
屈辱なんですよ!?
「ユーノ、笑ってないで助けろ!」
「……一緒に入って良い?」
「てめー今の本音だな!? 目的が透けて見えるぞこのフェレット野郎ー!」
あああああああああ!
……抵抗虚しく、アルフに隅々まで綺麗にされた。
辱められた。
もうお婿に行けない気分。
アースラは本局へと帰ることとなった。
時の庭園の調査を打ち切り――残ったフロアも完全崩壊を始めて、まともな情報を得ることが出来なくなったから――これから海の総本山へ。
それと同時に、フェイトの処遇も決まった。ほぼ無罪。ここは原作と同じだが、事情聴衆も裁判もほぼ形だけになると、ロジャーさんから聞いている。
二ヶ月もしない内に裁判は終わり、その後はスクライアへ、という流になるようだ。
俺は入院にリハビリ、嘱託としての訓練も兼ねて、しばらくはフェイトと一緒に過ごすことになる。
……変な気を回されたなぁ。まぁ、有り難いんだけどさ。
まぁ、そんなことより、だ。
本局に異動となる。そして、原作と同じようにフェイトはリンディさんに一つの申し出をした。
それは――
「フェイトちゃーん!」
我が妹の名前を叫びながら、アスファルトを蹴って走り寄る姿ががある。
高町なのは。その肩には、ユーノ。
海辺の公園に転送してきた俺、クロノ、アルフ、フェイトは彼女が来るのをずっと待っていた。
……そう。フェイトは、なのはと会うことを望んだ。
俺が介入したせいで絆が薄くなったんじゃないかと危惧していたのだが、杞憂だったようだ。
どこか気まずそうに、だが嬉しそうに微笑み合う二人を残して、お邪魔虫の俺たちは距離を取る。
さて、どんなことを話しているんでしょうね。
エスティマたちが離れた後、二人は話を始めた。
ずっとお話がしたかったけど、何を話そうとしていたのか忘れちゃった、と言うなのはに、フェイトは苦笑する。
……だが、それは自分も一緒だ。
ただ一つ言いたいことだけは覚えているが、それ以外はまったく頭に浮かんでこない。
いや、違うか。
そう、フェイトは苦笑する。
返事をして、それに対してどんな答えが返ってくるのか怖い。
同時に、期待もしている。
そんな気持ちに早く決着をつけたくて、他のことが浮かんでこない。
どこか盗み見るように、フェイトは俯けた顔でなのはに視線を送る。
……こんなもどかしい気持ちで、はっきりしない態度は変な風に見えるのかな?
恐がりの子供がそうするように、フェイトはゆっくりと視線を動かし――
小さく、頷いた。
「……友達」
「うん」
「こんな私でも良いのかな、って思っちゃうけど……」
「うん」
「友達になって、何をしたら良いのか分からないけど……」
「うん」
びくびくと一歩を踏み出そうとしているフェイト。
それを暖かく見守るように、なのはは相槌を打つ。
「友達に、なってくれる?」
「うん!」
「こんな私の友達に、なってくれる?」
「うん、うん!」
不意に、海風に冷やされていた手が温かいものに包まれる。
視線を落とせば白磁のように白い手を、なのはが柔らかく握り締めていて――
「フェイトちゃん、名前を呼んで?
私はなのは。高町なのはだよ」
それから二人はお互いの名前を呼び合い、悲しくないのに涙を流す。
確かにこれから別れてしまうのは悲しい。
けど、それ以上に、話をしたいと望んでいた人と手を取り合うことができたのは、決して悲しくなんてない。
しゃくり上げるせいで言葉は言葉とならず、なのはとフェイトはただ抱きしめ合った。
――こうして、些細な違いはあっても、PT事件は完全な終わりを迎えた。