「兄さん……ちょっと、熱いね」
「ね、フェイト。言ったとおりだったろ? コイツ、けっこう逞しいんだよ」
後ろでにやにやと笑っているアルフ。
彼女の視線は、タオル越しに俺の敏感なところをさすっているフェイトへと向けられていた。
ほっそりとした、けれど、バルディッシュを振るい続けてきたせいでやや固い彼女の手。
それが上下する度に、思わず呻き声を上げてしまう。
「……うくっ」
「ご、ごめんなさい」
「いや、良いよ。続けて。気持ち良いから……」
「うん、兄さん」
やはり慣れていないのだろう。無自覚になのか、んしょ、とフェイトは声を上げる。
俯き加減に、ただ手を動かす。俯き加減となっているせいで、目元は良く見えない。
幼いとはいえ男の身体。それを目にして、照れているのかもしれない。
けれど、仄かに赤らんだ顔は真剣そのもの。
あどけなさの残る――否、年相応の幼さの中に混じった必死さは、なんとも微笑ましい。
……そんな彼女に、俺は何をさせているんだ。
罪悪感と共に申し訳なさが沸き上がってくるが、それを努めて表情に出さないように。
彼女から申し出てくれたのだ。変な顔をするわけにはいかない。
思わず、はぁ……、と、やけに艶めかしい吐息が漏れる。
「私にはこれぐらいしか、してあげられないから」
だから頑張ると、フェイトは手に力を込め、上下するスピードが上がる。
急に押し寄せてきた刺激に、我慢が限界近くへと達する。
以前ならば兎も角、今の身体は酷く敏感だ。
こんな刺激に、慣れているわけがない。
「くっ……フェイト、もう」
「え……もうなの?」
心持ち残念そうな表情で、しかし、達成感で誇らしげにする彼女。
そうして小さく頷くと、
「はい、アルフ。兄さんの身体、拭き終わったよ」
タオルをアルフに手渡して、フェイトは満面の笑みを浮かべた。
それを手に取り、アルフはお湯の張った洗面器にタオルを漬ける。
あー、さっぱりした。
いやー、一応シャワーは浴びれるんだけど、ギプスに固められている右腕とか額の傷とかは、お湯に濡らしちゃいけないんだよね。
だからタオルで汚れを落とすしかないんだけど、今日はどういうわけだかフェイトがそれを名乗り出てくれたのだ。
ありがたや。
……それだけですよ?
まだ怪我が完治してないから、敏感なんだよね。傷も熱を持ってるし。
スクライアといっても戦闘がメインの俺だから、それなりに身体を鍛えている。遺跡内だと飛行しないことも多いし。
だからなのか、筋肉質な俺の身体を見てアルフとフェイトは驚いていた。
いやまぁ、グラップラーレベルの筋肉じゃねーけどさ。
身体を拭いてもらうのは、前はユーノ、最近はアルフに頼みっぱなしだったけど、今日はフェイトがやってくれた。
やっぱ汚れてるところを綺麗にすると気分が良いなぁ。
…………それだけですよ?
リリカル in wonder
治癒魔法での治療を受けて、病室を後にする。
既に俺の服装は普段着――スクライアの部族服の上から、ジャケットを羽織ったもの――である。
色は黒。フェイトとお揃い、とのことでアルフにコーディネートされました。
……くそう。服ぐらい自由に着させてくれよ。
溜息一つ吐き、右腕を持ち上げる。
ようやくギプスが取れた。額の包帯はまだだが、これで運動しても問題ない。
傷の深い患部から治しているようで、比較的浅い頭の方は後回しにされた。
……綺麗な顔は念入りにね☆ とか言っていた女医さんの意向じゃないと信じたい。
まあ良い。これでようやく運動の許可も下りた。
見たらギプスで固まってた右腕も筋肉が減ってるし、頑張らないとなぁ。
前のレベルまで持って行かないと、思うままにLarkを振り回せないからね。
などと考えていると、
「兄さん!」
通路の奥から我が妹が登場。
小走りで近付いてくる彼女。金のツーテールが元気に跳ねています。
……あっれー? 原作でこんなに明るかったっけ?
まあ良い。
「フェイト。ここは医療区画なんだから、大声出しちゃ駄目だってば」
「……ごめんなさい」
しゅん。
心底申し訳なさそうに表情を曇らす。
そんな様子に苦笑して、ここ一月で半ば癖となった頭撫でを発動。
ぐりぐりと撫でてやると、彼女は気持ちよさげに目を細めた。
「アルフは?」
「部屋で詰めオセロやってる。はまってるみたい」
「……またか」
脳裏に雑誌片手にオセロ板を睨んでいるアルフの姿が浮かんでくる。
凝り性なんだろうか。最初は暇潰しのつもりだったようだが、最近はガチっぽいぞ。
「ね、兄さん。これから何をするの?」
「訓練室に行って身体を動かすつもり。体力作りと筋トレをやり直さないとなぁ」
「熱心なんだね」
「いや、だってなぁ。怪我が完治したら試験受けろってクロノが五月蠅いし」
そうなのだ。
あの野郎、本気で弱体化した俺をどう見ているのか知らないが、いやに熱心なのである。
ううむ。いや、今のままでも速度ならフェイトより上だけど、それだけだぞ?
あとはイロモノ魔法を覚えているぐらい。
「フェイトはこれから何をするの?」
「兄さんが訓練するなら、私もする」
いや、どうなんですかそれ。
もうちょっと自由意志を――
「……駄目?」
「はっはっは。そんなことあるわけないだろう? さあ、行こうかフェイト」
「うん!」
上目遣いで問うのは卑怯。
で、歩き出したら、今度はジャケットの裾を引っ張られる感触。
なんぞ、と見てみたら、少し恥ずかしげに彼女は俯いている。
……ああもう。
「ほら」
手を差し出すと、途端にフェイトは表情を輝かせた。
そして、手を繋ぎながら訓練室を目指す兄妹。
……向かっている途中、なんでか局員の皆様から微笑みを向けられた。
和む、とか視線が語っていた気がする。
何故だ。
「……フェイトって体力ないんだね」
「じ、自分でもこんなにないとは思わなかった……」
息も絶え絶えといった様子のフェイト。
俺と同じペースでランニングマシーンを走っていたら、ギャグマンガよろしく後ろに滑っていきましたよ彼女。
俺に合わせる必要なんてないだろうに。
しかし、ふむ。
「魔力値は俺より高いのにすぐヘバるのって、体力ないからじゃない?」
「……そうかも」
魔法の行使には集中力がいる。
で、長時間集中を維持するのは、やっぱり体力が必要なわけで。
……本当、最低限の体力がないと戦えないとか、ファンタジーの魔法使いにあるまじき姿だろうよ。
しかもフェイトと俺は、あと紙一重でアームドデバイスなバルディッシュとLarkをぶん回す。
体力なかったらキツイっすよ。
まぁ、俺の場合は長時間の作戦行動が要求されるから平均以上に鍛えているってこともあるけどさ。
「……大丈夫?」
「だ、大丈夫。まだ兄さんに着いていける」
なんだか一杯一杯なフェイトさん。
けどそれでも食らい付いてくる辺り流石というかなんというか。
既に精神が肉体を凌駕しておる、と地でやっているキャラなだけはある。
まぁ良い。
「じゃあ次は魔法の練習をやろうか。――Lark、セットアップ」
「バルディッシュ」
声をかけた瞬間、二つのデバイスコアが武器へと姿を変える。
漆黒のバトルアックス。真紅のハルバード。
お互いそれを一閃すると、俺はLarkを肩に掛ける。
バルディッシュのコアの真下には、黒い回転式弾倉。バルディッシュ・アサルトとなっている。
今日は、ようやく安定したお互いのデバイスの調子を見るのだ。
……と、言いたいところなんだけど。
「Lark、第二形態」
『条件を満たしていません。不可能です』
「……稼働テストだぞ?」
『それならば既に行われておりますが』
「俺が自分の手でやらなきゃ意味ないだろうに!」
『ご自愛を。怪我が完治するまで控えてください』
「ぐぬぬ……!」
チカチカとデバイスコアを光らせるLarkが恨めしい。
などとやっていると、ガシャン、と炸裂音が響いた。
視線を向けてみれば、そこにはカートリッジロードを行ったフェイトの姿が。
「うん、バルディッシュは大丈夫みたい」
「ああ、良かった。……あと三回ロードして、フルドライブをやってみて」
「分かった、兄さん」
続けて、三連続。
充分な魔力が供給され、バルディッシュが姿を変える。
斧が稼働し、二つに分かれ、その間から金色の刃。それを覆うように、大剣が形成される。
「よし。出来たね、ザンバーフォーム」
「うん」
満面の笑みを一変させ、不意にフェイトは表情を引き締める。
一閃、二閃、三閃。
流石にフェイトとサイズが不釣り合いなせいか、取り回しが悪いようだ。
けど、それも空に浮かべば若干改善されるだろう。
体重移動なんかは地上でやるのと別物だし。
しっかし、小さな女の子が超重武器を振り回すのは良いものですなぁ。
なんてことを考えていたら、
「雷光一閃、プラズマザンバー――」
「ちょっと待てえええええええ!」
「……え?」
きょとん、とするフェイト。
「屋内でそんな危険な代物を使っちゃいけません!」
「……でも、威力が分からないと使えないし」
「充分に分かってるから! 非殺傷じゃないと人が消し飛ぶぞそれ!」
と、必死に言葉を重ねるも、本人は分かっていないご様子。
不満げな様子を隠しもせず、頬を膨らませる。
「バルディッシュのテストなのに……」
「最大出力の測定は今しなくてよろしい。通常稼働に支障はないかどうかだけで、ね」
「でも……」
「駄目なものは駄目」
「……はい」
肩を落として、フェイトはバルディッシュをデバイスフォームに戻す。
しょんぼりとした様子のフェイトを励まして、なんとかチェック続行。
しかし、どこか暗い様子が消えない様子なので、思わず溜息を吐いてしまう。
……どんな理由でも、暗い顔は似合わないなぁ。
「フェイト」
「兄さん?」
「クロスシフト、組んでみない? コンビネーションアタックのことなんだけどさ」
「え……うん、組みたい」
お、乗ってきた。
コンビネーション、と聞いた途端、フェイトは即答した。
興味津々なのか、尻尾があれば引き千切れんばかりの食い付きよう。
ふむ、よろしい。
ならば――
「T・B・Sか、ランページゴースト。もしくは、アルフを交えたフォーメーションRとか――」
アインス、ツヴァイ、ドライ、やら。
これが俺たちのジョーカーだ、やら。
掛け声を上げつつ訓練を重ねる我ら。
そんなことをしていたら、訓練室に顔を出したクロノに変な顔をされた。
直撃したら誰でもノックアウトなハメ技を楽しそうな顔で試すな、と。
いや、ユーノとじゃあ試せなかったから楽しいんですよ。
「……で、二人して魔力切れなのかい」
「面目ない」
「ごめん、アルフ」
「いや、仲が良いのに越したことはないけどさぁ」
次はアタシも誘ってくれ、などとぼやきながら世話をしてくれるアルフ。
俺は俺でダルいぐらいだけど、フェイトは足腰立たないぐらいに疲れ果ててます。
……いや、フェイトの手元が狂って何度か被弾したりしたけど。
アルト役はヤバイ。味方の砲撃で死にそうになるとかなんだ。
Lark突き刺し→かち上げからプラズマスマッシャーぶち当てへのタイミングが難しすぎる。
いや、そもそも射線が交差するようなコンビネーションすんなって話だけど。
まぁ、大人しくツインバードしてます。
……ん?
なんだか寝息っぽいのが聞こえたと思えば、フェイトがソファーで横になりつつ目を閉じていた。
流石に疲れたか。
「しっかし、フェイトもアルフ誘えば良かったのに。
一日中オセロやってたの? お前」
「まぁねぇ。いや、面白いんだよ? これ」
と言いつつオセロ雑誌をひらひらとするアルフ。
っつーかオセロ雑誌ってなんだ。
「まぁ、フェイトも甘えたい盛りだからね。
なんだかんだ言っても、まだ九歳だし」
「……いや、俺も九歳だけど?」
「アンタは兄貴だろ? しっかりしなよ、お兄ちゃん」
……むぅ。
思わず言葉に詰まると、にやにや笑いを開始するアルフ。
なんだかこんな風に笑われているのが最近多い気がする。
「……フェイトが起きてたらこんなこと言えないけど、安心したよ。
ようやく年相応に笑ってくれるようになった」
「……そっか。なぁアルフ、時の庭園にいた時、どんな生活をしてたんだ?」
「鬼婆が魔法の練習しろって五月蠅くって、そればっかりさ。
海鳴に行ったのだって、久々の外出だったんだ」
まったく、と苛立たしげに彼女は鼻を鳴らす。
しかし、そこまで酷かったのか。
いや、予想はしていたけど、本当に遊びとかそういうものが一切混じってないのね。
「……まぁ、だったら今の状況も悪くないのかな。
上手いこと兄貴やってるかどうか知らないけどさ」
俺の出来ることと言ったら、精々が遊んでやるぐらい。
面倒を見るって言ったって、フェイトは女の子なんだからどうしてもアルフに頼りっきりになる部分も多いし。
……どうなんだろうね、実際。
俺がいたからプレシア死亡のダメージを軽減できたのだろうけど、それ以外だったらやっぱり、なのはを近くにいさせてやった方が良かったのかも。
「……難しいこと考えてる顔してるね、アンタ」
「分かる?」
「ああ。……ま、フェイトの前でそんな顔をしないのは良いけどさ。
で、何考えてたんだい?」
「うーん。俺、ちゃんと兄貴してるかなって。
面倒見るのはユーノで慣れてるけど、流石に同じ感覚でやって良いのか分からなくてさ。
ほら、何か不満があってもフェイトは口に出さないだろうから。
……だから、余計にこれで良いのかなって」
「なんだ、そんなことかい」
む……人が真面目に悩んでいるというのに。
俺の悩みを一蹴しておきながら、アルフは呑気な笑みを浮かべてフェイトに膝枕。
「ちょっとこっちに来な」
誘われるままにアルフの隣に腰を下ろすと、彼女は小さく頷いた。
そして視線をフェイトに向け、
「寝顔。前はいつも張り詰めている感じだったけど、アンタが来てから穏やかになったんだ。
……これだけの成果じゃ不満かい? エスティマ」
ま、フェイトはどんな顔してても可愛いけどさ、とアルフは冗談めかす。
……気を遣われた、かな。
思わず苦笑し、ソファーの背もたれに体重をかける。
そうすると、
「ほら、アンタも」
無理矢理頭を掴まれて膝枕をされた。
握力強いよアルフ。
……まぁ、良いか。
すやすやと横で上がるフェイトの寝息を聞きながら、そんなことを思った。
「少しずつ慣れていけば良いよ。フェイトだって甘え方を知らないから、今のが精一杯なのさ。
魔法しか接点がないのは、少し悲しいけどね」
「……まぁ、これから長い付き合いだし、繋がりなんていくらでも作っていける。
そう考えれば、良いのかな」
「まったく、アンタはガキの癖に難しいことを考えるねぇ」
一緒にいるだけで良いんだよ、とアルフは微笑む。
あー、存外膝枕って良いもんなんだなぁ。
そんなことを考えている内に、意識が沈んでいった。