『ご主人様』
誰かが俺を呼ぶ声で、意識が浮上した。
ふと視線を声の方に向けてみれば、そこには2Pカラーのレイジングハート。
……ああ、夢じゃなかったのね。
意識を失う前の事柄をすべて思い出し、俺は身を起こした。
バリアジャケットは解除されておらず、砕けた胸のアーマーも修復されている。
周りを見回してみれば、森。
とにかく森である。
光源は月明かりと、申し訳程度に輝いているLarkの灯りだけだ。
「……ここどこよ?」
『分かりません。転送魔法で飛ばされたことだけは間違いありませんが』
「マジか……ったく、子供をなんだと思ってるんだろうね、あの鬼婆は」
殺しはしない。けど目障りだから捨てる、ってところか。
くそ、本当、なんだってんだよ。
取り敢えず立ち上がる。
流石に手当をしないせいか、胸が酷く痛んだ。
さて、どうすんべ。
「Lark。お腹空いた」
『……申し訳ありませんが、私にはどうにも』
ですよねー。
こう、ぱぱーっとご飯だして欲しい気分だ。魔法で。
いや、この世界の魔法はそんなに便利じゃないっては知ってるけどさぁ。
「取り敢えず人いないかなぁ。子供が路頭に迷っていたら無条件でご飯ぐらいくれるでしょ普通」
『厚かましい子供ですね』
「五月蠅いですの。そんぐらい頼んだってバチ当たらないっつーの」
そうとも。このボディに入ってからロクなことがない。
しっかし、見た感じ人のいる気配は微塵もないんだよなぁ……。
生えている木々はどれもこれもが二十メートルアッパーの立派な針葉樹林。
見渡してみても、人工の灯りは一つもない。
あー、ったく。
「取り敢えずSOS発信だ」
『……はあ』
「何をいってるか分からない、って反応をしないで欲しいね」
いいつつ、Larkの石突きを地面に突き立てる。
そして埃を被った記憶を引っ張り出し――
「――フォトンランサー・ファランクスシフト、スタンバイ。プレシアのあれ、ラーニングしたっしょ?」
『ご主人様?』
「空に向けてぶっ放す。運が良ければ様子を見にくる人がいるでしょうよ。」
管理局とかな。
まあ、この世界が管理局の管理下に入ってなかったらそれも無意味なんだけどさー。
ま、無駄じゃない。しかもこれしか手がないしな。
なんせLarkは真っ新な状態。飛行魔法で空から周囲を確認したくとも、そのプログラムがないのだ。
まあそもそも飛行魔法は才能の有無に左右されるわけだが。
……飛行とかよりも先に必殺技とか、なんなんだろうね。
「撃てるかな、この魔法」
『いけません、ご主人様。ご主人様のリンカーコアは成長しきっていません。運が悪ければオーバーロードで――』
「そうはいってもさ。打つべき手を打たなきゃ餓死しちゃうよ。さすがにそれは嫌だぜ」
『分かりました』
しぶしぶ、といった感じでLarkは認めてくれる。
いやー、悪いね。
「んで、撃てそう?」
『……お任せ下さい。ぺイロードには余裕が――
というより、未だに私は真っ新なデバイスのようなもの。リソースを全て制御に回せば、あるいは』
「ん。んじゃ、頼むぜ!」
いいつつ、願う。
それをLarkが汲み取り、プレシアが編んだものと同じ魔法陣が展開。
急速に何かが胸の中――リンカーコアから魔力が流れ落ちてゆくのを感じながら、俺は口を開いた。
「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神よ、今導きのもと撃ちかかれ」
『補助コード確認。詠唱を続けてください』
「バルエル・ザルエル・ブラウゼル」
『術式安定。トリガーワードを』
「フォトンランサー・ファランクスシフト――」
そこまで紡ぎ、再び息を吸って、
「――打ち砕け、ファイア!」
サンライトイエローの魔力光が夜空に向かって撒き散らされた。
……あー、今気付いたけど、俺の魔力光ってフェイトのに近いな。
些細な違いは、性別の違いのせいだろうか。
魔力がごっそりともっていかれた感覚を最後に、貧血のような感覚で、俺は再び意識の手綱を手放した。
リリカル IN WORLD
ふと、目を覚ます。
これで気絶するのは二回目か。なんとも早いペースだぜ。
まあ、取り敢えずは――
「……知らない天井だ」
若干いうのが遅かったかもしれないが、まあお約束はお約束。
んで、身を起こしてみる。
視線を落とせば、未だに俺はバリアジャケットを着ていた。
ん、魔力が尽きたと思っていたけど、そうでもなかったのね。
いやー、バリアジャケット脱ぐと今の俺はフルヌード。
いや、本当に魔法様々ですよ。
『――Lark』
『起きられたのですね、ご主人様』
念話を送ってみれば、すぐに返答がきた。
部屋の中――小屋か何かなのだろう――を見渡せば、壁に立て掛けられたLarkがあった。
うん、どうやら悪い人に拾われたわけじゃないらしいね。
『Lark、俺が気絶してから何があった?』
『はい。ご主人様が気絶してから三十七分後、四人の成人男性が捜索に赴き、保護されました』
『ふむ。ちなみに、その人らがどんな感じか分かる?』
『……抽象的すぎです、ご主人様』
ですよねー。
『ええっと、何かしらの特徴がなかったかな、って。どこかの研究員っぽかったりとか、バリアジャケットを着ていたりとか』
『はい。特徴的なバリアジャケットを身につけていました。全員が共通したデザインをしていたことから、どこかの部族だと考えられます』
『――へぇ』
さて、と。
どこかの部族か。
運が良ければアニメに関係のあった部族。
運が悪ければまったく知らない蛮族。
ただまあ、今の状態を見れば分かるとおり、それなりに文化的な生活はしているようだ。
取り敢えず外に出てみよう――
そう思い立ち上がろうとした瞬間だ。
不意にドアが開かれ、差し込んだ逆光で目を細める。
「おお、起きたのかい」
どこか好々爺とした口調。
なんとか眩しさを堪えて彼を見て――
良かったのか悪かったのか、と俺は溜息を吐いた。
民族衣装じみたバリアジャケット。
それは――ユーノ・スクライアの着ていたものと、良く似ていた。
目を覚ましてから、俺は彼らに事情を説明した。
八割の真実と二割の嘘を交えて、だが。
筋書きはなんとも単純だ。
デバイスを持たせられ、捨てられた。
昨晩放った魔法は、誰かに見つけて欲しかったから。
それに若干の脚色を加えて話したら、辛かっただろう、とスクライアの長老様は慰めてくれたり。
……うわぁ、騙しているようですげぇ申し訳ないのですが。
んで、その後、リンカーコアが成長しきってない状態であんな大規模魔法を使うなと怒られたり。
やっぱり無茶だったのか、あれ。
まあ、こうしている今も胸の奥がじくじく痛むし、けっこうな負担が掛かったんだろうね。
んで、俺の扱いだが、どうやらスクライアの者として面倒を見てくれるらしい。
スクライアが捨て子を拾うのは珍しくないらしい。
申し訳ないと思うが、有り難い。
正確な年齢は分からないが、今の俺は小学生にも届かないガキだ。
誰かの庇護下でなければ生きていけない。
で、一通りの話が終わって、
「……君の名前は?」
「……えっと」
思わず口ごもってしまう。
前の身体の名前を口にしようと思ったが――違う。
あれは、あの身体と中身が揃って、始めて意味を成すのだ。
この身体は、違う。
決してあれと同じじゃない。
同じだなんて、思いたくない。
それ故に少しだけ考え――
「……エスティマ、です」
そう答えた。
そうして俺ことエスティマは、スクライア――エスティマ・スクライアとして、一族に迎え入れられたのである。