アースラの訓練室。
空いた時間でフェイトと高速近接戦闘の練習をやっていると、緊張感が解けた際に、不意に彼女が口を開いた。
「ねぇ、兄さん」
「ん、何?」
「お願いがあるんだけど、良い?」
どこか申し訳なさそうに肩をすぼめながら、フェイトは俺の手元に視線を送ってくる。
なんぞ。
釣られて俺も視線を向けてみるが、そこにはLarkを握っている手があるだけなんだけど。
「大抵のことは聞いてあげよう。……で、なんなのさ。
ほらほら、遠慮せずに言ってみなさい」
「うん。ありがとう」
まだ了承もしていないのに礼を言うフェイトに思わず苦笑。
……やっぱり駄目、とか言いたい衝動を堪えるのが割と辛い。
「……Lark、どんな感じなのかな」
「使ってみたいの?」
応えは首肯。
ふーむ。
俺が俺用にカスタマイズしたデバイスなのだから、誰が使っても使いづらいと思うけど、どうなんだろう。
前にユーノが使ったときは、何この紙装甲バリアジャケット、マジヘボーい、みたいなことを言ってLarkの逆鱗に触れたしなぁ。
それっきりLarkは誰かに握られるのを酷く嫌がっているのですが。
「Lark、良いかな?」
『良いですよ』
お、Larkさん、気前が良いですね。
『フェイトさんならば、いつかの無礼者のようなことを言わないでしょう』
……根に持っていたんですね。
まあ良い。
ちょっと待って、とフェイトに断りを入れて、俺は『トイボックス』を起動。
Larkを接続して、使用者名義の二番欄に……あ、ユーノが登録されたままだ。消そう。
代わりにフェイトを記録して準備完了。
俺が使った起動データをバックアップにとって、癖の反映を可能な限り消す。
よし。
「はい、フェイト。術式発動までが普通よりも若干遅いと思うけど、完成してからの展開は早いよ」
「分かった」
なんだか妙に気合いの入った調子で、フェイトはLarkを受け取る。
と、
『バリアジャケット、セットアップ』
「わぁ!」
黒いスク水もといレオタード型のバリアジャケットが解除され、俺が使っている日本UCAT型の装甲服が展開される。
どこで知ったのか知らないけど、新庄型。あの肩が盛り上がっているヤツ。
下半身が大変なことになっているけれど、元々フェイトのバリアジャケットだって似たようなもんだし気にしてない様子。
っていうか、なんか頬を赤らめてぷるぷる震えてるんですけど妹君。
「兄さんと同じバリアジャケットだ……!」
『お気に召して貰えたようで光栄です、セカンドマスター』
「うん、ありがとうLark」
「……いや、感動するところなの? そこ」
などという俺の呟きは無視されて、フェイトはLarkを振り回し始める。
なんか気に入ったみたい。
……おや。
床に放り投げられたバルディッシュが寂しそうにコアをチカチカと光らせているのですが、気のせいでしょうか。
……ふむん。
「フェイト、バルディッシュ使ってみても良い?」
「うん。良いよね? バルディッシュ」
『……sir』
なんか酷く黄昏れた風に聞こえたんだけど。っていうか許可出してからバルディッシュに聞くのは地味に酷いよフェイト。
黒い紳士の性格を考えれば断るわけがないだろうに。
まぁ、それは置いといて。
許可が下りたのでバルディッシュをLarkと同じように設定変更。
……改修した時にも見たけど、やっぱ良いよなぁバルディッシュ。ワンオフを地でやってる。
流石、予算を考えずに建造されただけはあるぜ。
カートリッジ搭載されてスペック上がってるしね。
……あ、忘れるところだった。言語、日本語ベーシック、と。
「遊びに付き合わせて悪いね、バルディッシュ」
『いえ、エスティマ様。お気になさらず』
うお、声が渋い。執事って感じ。
取り敢えずセットア……。
待て待て。
待機状態のバルディッシュを握り締めつつ、ちょっと待てと自制する。
……俺がフェイトのバリアジャケットを着るのか?
マジで?
い、いや、あれはLarkが気を利かせただけだから、大丈夫だろう。
「だ、大丈夫だよねバルディッシュ?」
『お任せ下さい』
……うわぁ、全然大丈夫に聞こえないよ。
『黒は良い色です。黒いというだけで、格好良さが三割り増しになります。
さあ、セットアップを。エスティマ様のバリアジャケットを黒に染め上げましょう』
え、何コレ。
なんでバルディッシュ、こんなに饒舌なの?
そこはかとなく不安。
「……せ、セットアップ」
『ドライブ・イグニッション』
瞬間、俺のバリアジャケットが展開される。
良かった。普段のやつと一緒だ。
……黒いけど。
しかし、ネクタイだけは白い。なんちゃって喪服か何かかコレは。
「……兄さん」
「なんだね?」
「なんで白くないの?」
どこか拗ねた様子で聞いてくるフェイト。
っていうか、手に握ったLarkがバチバチと帯電してるんですけど。
『黒一色とは趣味が悪い。ジャケットに走っている白いラインが完全に浮いてます。
趣味を疑いますね』
『そちらこそ。白を基調にして、幼さが増しています。
お二人の容姿を考えれば、黒の方が魅力が引き立つ』
うわぁ……デバイスが喧嘩始めてる。
初めて見たぞこんなの。
いがみ合う二機をなんとか宥め賺して俺とフェイトは交換したデバイスをそれぞれ振るう。
ふむ。パーツがLarkより少ないから心持ち軽いし重心も違うけど、基本は同じか。
やっぱり若干のスペック違いはあるけど、俺とフェイトも似たような傾向の魔導師だしなぁ。
他人のデバイスと言っても使うことは可能か。使いこなすのは無理そうだけど。
「ハーケンフォーム」
『畏まりました』
瞬間、バルディッシュが変形してサンライトイエローの鎌が生み出される。
おお、鎌がデカイ。
……っと、なんか違和感。必要以上に魔力を持って行かれている感じが。
ああ、そっか。フェイト用に最適化してあるから、魔力を電気変換しようとしているのか。
一応魔力変換の基礎はミッドの学校で習ったからなぁ。バルディッシュは専用の補助道具みたいなものだし、やってみますか。
集中し、魔力を電気に変換するプロセスを構築。
そうすると、魔力刃に稲光が走った。
『お上手です』
「ありがと。……よし、ちょっとやってみるか」
少しわくわくしてきた気分を落ち着けつつ、ハーケンフォームを解除して術式を構築。
いくぜ、イロモノ魔法!
「パルマフィオキーナ!」
『魔力、変換』
平手のまま左手を突き出すと、刹那の内に掌から電流が迸った。
射程はほぼゼロ。それでも威力は馬鹿高くて対象のバリアジャケットを貫通必須という、使い道を考えなければならないミッドの異端近接魔法である。
Larkだったら俺の技量が上がらないと不可能な技だけど、バルディッシュなら出来るんだなぁ。
……なんて俺が馬鹿やっていたら、フェイトもフェイトで似たようなことしていた。
「……Lark」
『カートリッジロード』
「フェイズシフト」
『流石にそれは不可能です』
「なんで!?」
いや、稀少技能なんだよあれ。
……あれ? まだ説明していなかったかなぁ。
リリカル in wonder
管理局の嘱託魔導師となってから三ヶ月目に突入。
その間にこなした任務は七回。大体、週一回のペースで依頼が来るか来ないか、といったところ。
そして、今日は今月初の仕事である。
現在俺とフェイトは次元航行艦へと乗り込み、目的の世界へと移動中。アルフはスクライアの仕事があるからお留守番だ。
乗っている船はアースラ。
これは別に偶然でもなんでもない。
嘱託と言ってもまだ子供。半ば駄々をこねて、俺は仕事に慣れるまでの最初の半年だけはアースラで仕事をさせてくれと頼み込んだ。
……まぁ、慣れ不慣れ以前に俺には目的があってそんな頼み事をしたわけだが。
ちなみに、フェイトも一緒。彼女の要望で、大抵が俺とセット運用されたり。
モチベーションが違うんだそうだ。リンディさんもそんなことを言っていた。
そのお陰でAAAクラス二人を必要とする面倒事に引っ張り出されるわけですが。
……まだ子供だし、別に良いよね。半年経ったらフェイトと別々に仕事をする予定になっているし。
訓練室から出た俺たちはシャワーを浴びると、そのままブリーフィングルームへ。
どうやらもう一人の嘱託が合流に遅れているらしく、その時間を使ってお遊び、もといレクリエーションを行っていたのだ。
兄妹のスキンシップを取るのって大事。
……で、そのスキンシップなんだけど、俺が稀少技能持ちだと本気でフェイトは知らなかったらしく、ご機嫌斜め。
なんでもっと早く教えてくれなかったの、と睨まれた。
Larkを握り締めて、むー、と眉間に皺を寄せているフェイトに説明したら真っ赤な顔で怒られたのである。
いや、知ってると思ったんですよ。
「フェイト、機嫌直してよ」
「……怒ってない」
「いや、どう見ても……」
「怒ってません」
つーん、とそっぽを向くフェイト。
……困った。
ん、なんかエイミィさんに笑われてる。その隣にいるクロノはこれ見よがしに溜息吐きやがった。
どうしたもんかねぇ……。
などと思っていると、不意にドアが開く。
そちらに視線を向けると、
「お、久し振り」
「あ……フェイトちゃん、エスティマくん!」
姿を現したのはなのは。実に三ヶ月ぶりの再会だ。
もう一人の嘱託ってなのはだったのか。
AAAクラスがもう一人来るとは聞いていたが。
ふーむ。フェイトのビデオレターを見たりしていたから、あんまり久し振りって感じはしないなぁ。
しかしそんな俺とは違うのか、なのははフェイトに駆け寄ると、久し振りー、と手を握り合う。
微笑ましい光景である。
『ご主人様』
「なんだよ」
『混ざらないのですか?』
「男の俺があんなことをしてもねぇ」
『見た目は映えます』
「お前までそんなことを言うか!?」
『いえ、美少年、と褒めたのですが』
「中性的な、が付くだろうが!」
「……あー、君たち。そろそろ良いか?」
イライラが限界に達したのか、クロノが声を上げる。
俺を含めた三人が申し訳なさそうに上を見上げると、咳払いをして野郎は話を始める。
「今回の任務は、第六管理世界で行われる。
詳細は頭に入っているな? 僕たちが行うべきことは――」
そこからクロノの説明と確認が始まる。
第六管理世界。
皆さんご存じの通り、キャロの出身世界である。
今回俺たちが行うことは、その世界の害獣駆除。
いや、駆除といっても殺すわけではないのだが。
というか、殺せないと言うべきか。殺してはならないと言うべきか。
アルザス地方では最近、竜が過去に類を見ないほどの繁殖を始めているらしい。
と言っても結局は食物連鎖の一環なのだから放っておけば数はその内減る。生態系は変動するだろうけど。
ただ、それをよろしく思わない生物――まぁ、人間の都合で、俺たちはここにいる。
獲物が減った場合、竜が人を襲うことも珍しくないのだそうな。
しかし、流石にそれは拙い。管理局は第六管理世界の要請を受けて、武力介入を決断。
武力によって平和を維持するなど、存在から矛盾しているぞ管理局。……ごめん、一回言ってみたかっただけです。
俺たちが今回すべきことは、気性の荒い種の竜を捕獲して、他の世界へと一時的に移動させること。
環境保護団体が五月蠅いとか説明中にクロノが愚痴っていたが、嘱託の俺にそんなことは知ったことじゃないのである。
「――説明は以上だ。君たちは指示に従って、目標を無力化してくれ。転送はこちらでやる。
くれぐれも殺すんじゃないぞ? 戦闘は非殺傷設定で行うように」
『はい』
俺たちを含めた武装隊の返事が重なり、クロノは頷く。
……さて、お仕事の時間だ。
「ブッ潰れよォオオオオオッ……!」
竜の延髄にLarkを叩き付ける。魔力刃のダメージに物理ダメージが追加されただろうけど、許して欲しい。
そして、すぐさま回避行動。
一瞬前まで俺がいた空間は、紅蓮の炎で薙ぎ払われる。
危ない危ない、と胸を撫で下ろしつつ、全方位に視線を配った。
目標の竜種は武装隊と俺を威嚇しつつ、空を旋回している。
今、フェイトと俺、なのははバラバラに散って竜を狩っている。
AAA三人を一纏めで動かして戦力集中させるわけにもいかないだろうから当たり前と言えば当たり前なのだが。
しっかし、それぞれが武装隊と協力して行っているのだが、流石に手強い。
まずデカイ。そしてブレスが制圧兵器じみた範囲攻撃なので避けづらい。いや、紙装甲なんで必死で被弾を避けていますがね。
最後にタフ。急所に一撃ぶち当てないと、なかなかダウンしてくれない。
動きはそれほど早くないけど……まぁ、これは俺主観の感想だ。
並の魔導師ならば充分に驚異だろう。
『ごめんなさい、兄さん! 一匹そっちに逃げた!』
『了解』
フェイトの念話に応えつつ、武装隊の皆様に頷きを送る。
彼らは射撃魔法で旋回する竜を牽制しつつ、俺の道を空けてくれた。
さて、フェイトの逃がしたヤツは……。
「って、デカ」
『今日一番でしょうか』
「かもね。……クロスファイア!」
『目標補足』
「シュート!」
六つの誘導弾を放ち、次いで俺自身もアクセルフィンに魔力を送りつつ加速する。
誘導弾を目にした竜は板野サーカスばりの機動で上昇、インメルマンターンからバレルロールに繋いで華麗に避けやがる。
だが、それで振り切れるほど誘導弾は甘くない。
直角の軌道を描きながらサンライトイエローの弾丸は竜に追従し、苛立たしげに咆吼を上げ、竜は加速する。
……その進行方向へ回り込み、
「Lark、第二形態」
『プロテクト解除。いけます』
虚空から現れた真紅の回転式弾倉が二つ、Larkへと合致する。
その間、俺は誘導弾の操作に神経を集中。
そしてLarkの変形が終わると同時に、
「Lark!」
『カートリッジロード』
ガシャン、と一度の炸裂を行い、
『――Phase Shift』
稀少技能を、発動する。
空を蹂躙するかのように飛翔する竜も、その後ろについて回る誘導弾も、遅い。
緑の匂いを運ぶ風も、空を泳ぐ雲も、何もかもが。
その中で動けるのは、俺だけだ。
竜との距離を一気に埋める。バチバチと悲鳴を上げてバリアジャケットが剥げ落ち、サンライトイエローの破片が宙に溶ける。
向こうが接近に気付いた様子はなく、遅々として進まない飛翔を続けるばかり。
俺はLarkを振りかぶりつつ、竜の背中へと降り立つ。
そして穂先を延髄へと向けて、時間が来た。
全てが元の時間を取り戻すと同時、俺は術式を展開。
「ディバイン――!」
『バスター』
山吹色の砲撃は竜の後頭部を撃ち抜き、断末魔のような悲鳴を上げて、竜の身体からはだらりと力が抜けた。
そして駄目押しで後を追っていた誘導弾が全て命中。大きく痙攣して、竜の身体は傾く。
……このまま落とすのは大変拙い。打ち所が悪かったら竜でも死ぬんじゃないだろうか。
慣れないバインドを行い、巨体をなんとか空中に固定。
武装隊の人が転送してくれるまで拘束を維持して、ほっと一息。
それからも数匹、指定された竜を無力化して俺らの分担は終了。
通信ウィンドウを開き、アースラへと通信を送る。
「大体片付いたかな。どう? クロノ」
『ああ。他の地域を回っている部隊からも、任務終了と報告を受けている。
お疲れ様』
「あいあい。なのはたちはどんな感じ?」
『君と同じく、終わったそうだ。
ただ、現地の協力者から妙な話を聞いてな』
「……なんか嫌な予感がするパターンだけど、どうぞ」
『ル・ルシエという部族の者達なんだが……』
「アルザスの竜召還師一族じゃないか」
『良く知ってるな』
どこか驚いた様子で、クロノは眉を持ち上げた。
まぁ、原作に関係した一族だしね。まだキャロは生まれてないだろうけど。
『なんでも、最も忌むべき存在はまだ捕まっていない、と言っていてな。
確認のために僕はこれからそちらに向かう。君たちは撤収しても――』
そこまでクロノが言葉を発した瞬間、不意に、耳を汚す甲高い声が響き渡った。
思わず耳を押さえて振り向き――ぽかん、と口を開けてしまう。
「はっはっは……なんだいありゃあ」
『説明を受けていない種類の竜ですね』
「うん、そうだね。……って違ぇー!」
咆吼を上げて森から飛び立った影。
全長は二十メートルちょっとか。いつぞやのタコよりもずっと小さいだろう。
しかし、しかしだ。
そんなものはなんの慰めにもならない。
黒の身体。鎧のように並んだ鱗。刺々しいシルエット。血のように赤い瞳。
そして、いやに禍々しい二本角。
なんかどっかで見たことのある外見なのですが……っ。
「Lark!」
『ソニックムーヴ』
咄嗟に高速移動を発動し、上昇する。
そして俺の判断は間違っちゃいなかった。
マップ兵器の如き勢いで、紅眼黒竜の口から炎が吐き出される。
火球は俺のいた空間を押し潰し、その下にあった森を焼き尽くす。
ズドン、と轟音が上がり、瞬時に火柱が上がった。
……わぁい。
笑いたくなるぐらいの威力。直撃受けたら骨も残らないんじゃねーの?
そりゃ、ヴォルテールの殲滅砲撃よりマシだろうけどさぁ……!
『何があった!?』
「報告を受けてない、なんか黒い竜が出てきたんだけど」
『くっ……分かった。
エスティマ、それに武装隊、すぐに撤退しろ!』
クロノの指示を受け、武装隊の皆様は戸惑ったご様子。
指示に困っている、と言うよりも、転送中に攻撃されるんじゃねーの? と、途方に暮れている感じだ。
「……しゃーあんめぇ」
『ご主人様?』
武装隊の皆様に念話。
俺が食い止めるからその隙に撤退を、と。
まぁ高い給料もらっているんだし、こんな時に動かなくて何がAAAランクだ。
クロスファイアを発動し、俺の指示に従って誘導弾は竜へと迫る。
しかし魔力弾は黒の装甲に阻まれて、光の残滓を残して消える。その消え方が、申し訳ない、とでも言っているようだ。
だが、意味はあった。
黒竜は目標を俺へと定めたのか、黒光りする翼を広げて身体を持ち上げる。
その隙に、
「ディバイン――!」
『バスター』
飛翔した直後の黒竜への魔力砲撃。
頭に直撃し、苛立たしげな咆吼が上がる。
うわぁ……もしかして効いてない?
まあ良い。だったらフェイズシフトで遠慮なし、音速超過の一撃を与えてやる。
「Lark!」
『――Phase Shift』
カートリッジが炸裂。
そして、稀少技能を発動。
距離は刹那の内に埋まり、俺は振りかぶったLarkを鼻先へと叩き付ける。
人間相手にこんなことをやったら一発で肉塊になるのだが、今は別。
手加減なんてしてらんない。
Larkをフルスイングすると加速が切れ、時間が元の流れに戻る。
吹き飛んだ鼻先の鎧は爆ぜ、血飛沫が上がった。
だが――
「――っ!」
仕返しとでも言わんばかりに顎が開かれ、間一髪でそれを避ける。
すぐ目の前でガッチリと噛み合わさる顎は精神衛生上よろしくない。
ソニックムーヴを発動して上空へと退避し、クロスファイアを発動。
削り取った傷口にお見舞いしてやろう!
指で敵を指し示し、サンライトイエローの誘導弾が踊る。
眼球、鼻先、口腔狙いで誘導弾は迫り、だが、視界を埋め尽くさんばかりの黒炎で一斉に薙ぎ払われる。
舌打ち一つ。
ソニックムーヴを発動して真横に避け、しかし、それでもバリアジャケットが少し焼き切れた。
ああもう、なんつー威力と熱だ。やっこさんの動きが遅いのが唯一の救いだぞ。
「って、ヤバ……!?」
移動して目に付いたのは、こちらに向けて炎弾を吐き出そうとしている黒竜。
少し距離があるから、炎は広域に振りまかれる。
下手したら火傷じゃ済まないかも。
などと考えていると、
「ディバイン――!」
『Buster』
「プラズマスマッシャー!」
二条の魔力光が黒竜の横っ面を殴り飛ばし、集束されていた炎は霧散した。
……あっぶねぇ。
『ありがとう、二人とも。助かった』
『ううん。遅れてごめんね、エスティマくん』
『兄さん、怪我はない!?』
やけに慌てた様子のフェイトに思わず苦笑。
……よし。
俺一人だったらフルドライブでも使わなきゃ駄目だったろう。
だが、この二人がきたなら大丈夫。
これで勝てる。余裕だ。
魔法少女二人組がどんだけ強いか、原作見ていた俺は良く知っているのだから。
視線を逸らせば、黒竜は身体を震わせながら身を起こしていた。
ふむ、魔力攻撃は有効か。俺じゃあ大した威力も出ないが、あの二つの砲撃は別物。まさに次元違いってヤツだ。
しかし、アレでも決定打には至らない。
ならば更なる火力で、とも思うが、フルドライブは拙い。
この歳で使えばどれだけ負担がかかるのかなんて、俺自身が身に染みて分かっている。
フェイトは自制が効くから良いとして、なのはに使わせるわけにもいかないだろう。
この状況で魔力攻撃での最大威力を叩き出す方法――
……よし。敵は巨体。足止めはフェイトに任せる。この条件なら、可能か。
『フェイト。牽制してあの竜を止めてくれ。
それと、なのは』
『何?』
『レイジングハートをバスターモードのままで、こっちに来て』
『うん、分かった!』
フェイトは指示通りに上空を飛翔しながらプラズマスマッシャーを放って黒竜の足止めをしている。
それを視界の隅に収めつつ、俺はなのはと合流。
どこか不思議そうななのはに笑いかけると、小さく頷いた。
「これから俺の指示通りに動いて。クロスシフトで竜を叩く」
「クロスシフト? ええと、コンビネーションアタックのことだよね」
嘱託の勉強をやっていた時に知ったのか、確かめるように言ったなのははどこか誇らしげ。
「その通り。俺は突っ込むから、なのはは弾幕張って。その後、後ろに回り込んで射撃。
次は真上で待機。良いね?」
「……そんなことしなくても、エスティマくんとフェイトちゃんが脚を止めてくれたら、スターライトブレイカーで」
「駄目。仲間を頼らずに戦うなんて、嘱託としては二流ですよ」
と言うと、納得していない様子だが頷いてくれた。
よしよし。
これが背負い込み癖改善の第一歩になってくれたら良いんだが――
「なのは、仕掛けるぞ」
「うん!」
まぁ、今は目先の障害をなんとかしないとね。
見れば、フェイトの動きが鈍り始めている。
流石に高速移動しつつの砲撃戦は辛いか。
「クロスファイア!」
『All right』
なのはの指示に従い、レイジングハートが桜色の誘導弾を生み出す。
その数、実に二十と少し。反則だ。
「弾幕行きます、シュート!」
トリガーワードが紡がれ、三つで一つの割合で誘導弾が集束。七本の砲撃が一斉に発射される。
俺はそれに紛れて一気に距離を詰める。
っていうか怖い……! やっぱりこれ怖い! 弾幕濃いよ何やってんの!
けど、始めちゃったんだしなんとかしないと。
「……読み通りだ!」
砲撃で脚を止めた黒竜に、振りかぶった鎌の魔力刃を袈裟に斬りつける。
そして、斧の魔力刃で切り上げ、
『アックスブレイク』
「なのは、行ったぞ!」
炸裂した魔力により、黒竜はその身体を浮かばせる。
苦悶の咆吼が上がるが、それに躊躇する人間は一人もいない。
『Flash Move』
「もう、人使い荒すぎなの! ディバイン――!」
『Buster』
真後ろからの容赦なし砲撃。ここら辺で黒竜が泡を吹いた。
まぁでも、途中で止めるわけにもいかない。
「まだだ!」
『ラピッドファイア』
サンライトイエローがLarkの穂先に集束する。
そして放たれる技は砲撃。
連射速度、射程だけが売りの魔法だが、動きを止めるのならば充分だ。
一瞬の内に十発のマズルフラッシュ。
放たれた砲撃は全て黒竜へと吸い込まれ、こちらに吹き飛んできた巨体を押しとどめる。
それを確認して、俺はソニックムーヴを発動。
黒竜の頭。その下顎の下へと潜り込み、Larkの穂先を首筋に当てる。
「なのは、ここへ撃ち込め!」
「だから、そんなに早く動けないんだってばー!」
『Flash Move』
文句を言いつつも所定位置に動いているのは流石か。
彼女はレイジングハートを真下に向け、ミッド式の魔法陣を展開。
加速用のリングが展開し――
「ディバイィィン、バスター!」
『Full Power』
「ちょ……!?」
ディバインバスターの威力を減衰させないために俺が下から押さえ付けているわけだが、なんだこれ!
重い! 思いの外重い! ギャグ言ってる場合じゃない、ブッ潰される!
「Lark!」
『カートリッジロード』
ガシャン、ガシャン、ガシャン、と炸裂音が三回。
過剰とも言える魔力が供給され、アクセルフィンに魔力を送って姿勢制御。
そして術式を構築し、
「ディバイン――!」
『バスター』
なのは並……と言っても、今のフルパワーには遠く及ばないが、それでも前進しつつの砲撃でノックバックを中和する。
そのまま押し込み、限界を超えて叩き込まれた魔力の奔流が膨れあがり、破裂した。
爆発、轟音。
辛うじてそれから離脱。
余波に巻き込まれないよう、這々の体で上空へと離脱した。
『これがご主人様たちの』
『It is a joker』
……ノリノリですねお二人とも。
視線を落とせば、あんだけ頑強だった黒竜も泡吹いてダウンしている。
そりゃそうだ。
あんなもん喰らって無事でいれるヤツを見てみたい。
……まぁ、とにかく。
これにてお仕事終了、かな?
「……兄さん」
「ん? どうしたのフェイト」
「ランページゴースト、私と練習したのに……」
「え……?」
「なんで、なのはとやってるの?」
ちゃき、とバルディッシュを構えるフェイト。
え、ちょっと待って。
俺としては純粋な魔力砲撃が強い方を選んだだけなんだけど……。
『ご主人様』
『なんだよLark』
『選択ミスでしたね』
もう手遅れなの!?
それっきりLarkからの念話が切れた。見捨てられたのか俺は。
どうしろっちゅーねん。
「兄さんの……」
震えた声でバルディッシュを振りかぶり、
「兄さんの馬鹿ー!」
「ぎゃああああ!」
電気の散った一撃をもらいました。
結局フェイトの機嫌を直すのに散財したり時間かけたり。
……畜生。
「……って、ことがあってさ」
「兄も大変だな」
フェイトの機嫌が直ってなのはと遊びに行った後、俺はクロノと食事タイム。
任務中にあった出来事を世間話程度に流していたり。
報告は別にきちんとやったので問題ないです。
「しかし、良くもまぁ、クロスシフトなんて出来たな」
「まぁ、対象は巨体だったから、ぶっちゃけると魔法を撃ち込むだけだったし。
タイミングは速度に優れる俺が合わせれば良かったから」
「役回りまで兄貴然としているな」
「……しょうがないだろう」
思わず溜息。
そんな俺にクロノは苦笑する。
「……それでどうだ、フェイトの様子は。
スクライアには馴染んでいるか?」
「まぁまぁ、かな。友達も出来たみたいだし。……フェイトよりもアルフの方が馴染んでいるんだけどね、実際」
言いつつ、口の端を吊り上げる。
「気にしてくれてありがとう。なのはの言っていた通り、優しいねぇ」
「な、何を言っているんだ君は!
僕が彼女を保護したんだから、気にするのは当たり前だろう!」
「そうだね。当たり前だね」
「ぐ……まぁ、僕としても君たち姉妹の仲が良いのならば、それに越したことはないさ」
「今姉妹って言いやがったな!」
「気のせいだ」
この野郎……!
まあ良い。落ち着け。
今日はこんなことを話に来たわけじゃない。
一つのことを確かめにきたのだ、俺は。
「そういえばさ、クロノ」
「なんだ」
「スクライアで仕事をしている最中、ユニゾンデバイスって存在を知ったんだけど。
それって、今も残っているの?」
聞いた瞬間、クロノの表情が目に見えて曇った。
だが、すぐにクロノは冷静を顔に貼り付ける。
それは執務官の仮面。そうまでして触れて貰いたくない話題か、やはり。
申し訳ない気分になりながらも、俺は話を続けようとする。
「結局見つけたユニゾンデバイスはロストしちゃったんだけどね。
もし稼働状態のがあるのなら、一度見てみたいと思ってさ」
「……いや、ない。真っ当に稼働しているのは、一つも存在しない」
「真っ当に?」
「ああ。少し調べれば分かると思うが、闇の書、というユニゾンデバイスがあるんだ。
宿主に取り付き、融合事故を起こして多大な被害を周囲に撒き散らすロストロギア」
「そうなんだ。それは今、管理局が保管しているの?」
「いや……発見次第に確保するように言われているんだが、未だに、な。
融合事故が起きた場合、アルカンシェルで吹き飛ばすしか対処法がない」
「ちょっと待って。吹き飛ばしたなら、もう存在しないんじゃないの?
その、闇の書ってのは」
「闇の書の厄介なところは、それなんだ。
転生機能によって、宿主が消滅すると同時に次へと移る。
無限再生機能のせいで単純に破壊することも不可能」
「だからアルカンシェルで吹き飛ばす、か」
「そうだ」
「面倒なロストロギアだね、本当」
「ああ。しかし、知らなかったのは意外だな。
闇の書の事件は見付かる度に大事件となるんだぞ?」
「……へぇ」
よし。一番聞きたいことを言ってくれた。
「報道とか、されるんだ」
「アルカンシェルまで使うのだから、隠すことは無理だ。
長い間未解決となっている事件でもあるし……。
それに、遺族からも闇の書が見付かる度に連絡を寄越せと言われていてな」
ふむ。
マスコミにも闇の書の存在が割れているのならば話は早い。
……自分でもどうかと思うが、それを使わない手はない。
そこで話を打ち切り、会話を別のにシフトする。
そしてその中で、クロノの父親、クライドの命日が近いと聞き出した。
一応データで知ってはいたんだが、確認のためだ。
遺族が死んだその日を命日にするかどうかなんて、分からないしね。
……さて、命日ってことは、墓参りぐらいするだろう。
クロノはしなかったとしても、他の人はどうだ?
リンディさん、グレアム。
そして双子猫。
海鳴からアースラが遠退いてくれて、かつ、監視がいなくなれば最高。
だが、そんな贅沢は言ってられないだろう。
どれか一つの要素だけで良いんだ。
それだけで、ずっと俺は動きやすくなる。
食事を終えてクロノと別れると、俺は手紙を送った。
二通。
双子猫経由の一通と、なのは当ての物。
なのは当ての方は、封筒の中にはやて当ての手紙とポストに投函して欲しいというメモが入っている。
さて、どう動くか。