なのはから魔力を奪い取ると、シグナムはレヴァンテインにカートリッジを補充した。
ガシャン、とカバーを下ろして納刀すると、次の獲物を目指すべく顔を上げる。
ふと、魔力反応が増大したことに気付いた。
先程までは大人しかったのに、一体何があったのか。
撤退の時間稼ぎをするための砲撃か何かかと当たりをつけ――
「あああ……!」
「――っ!?」
『Panzergeist』
反射的に鞘に収まったままのレヴァンテインを頭上に掲げ、次いで、酷く重い一撃がくる。
何事かと、足に力を込め、シグナムは目を見開く。
……この顔は。
「雷光一閃、プラズマザンバァァァアアアアッ!」
六連続のカートリッジロード。
血を吐くような叫び。
金色の雷光が周囲のアスファルトを打ち砕き、拡大し、集束する。
シグナムは咄嗟にカートリッジを炸裂させてパンツァーガイストの出力を上げるが、
「ブレイカアァァァァ――!」
トリガーワード。
雷撃はザンバーの刀身を延長するように、仇を押し潰すように、出力を増す。
シグナムの足場となっているアスファルトは重圧に耐えきれず砕け、雷に焼かれた大気が嫌な臭いを発する。
そして、遂に防御が限界を迎える。
殺意の滲む声と共に発動した砲撃は、纏った甲冑ごとシグナムを飲み込んだ。
リリカル in wonder
……何があった。
零距離で放たれた砲撃で、道路は原形を留めず粉砕されている。
炎はそこら中のビルに燃え移っており、夜だというのにビジネス街は異様な灯りを放っていた。
身に積もった瓦礫を落としながら、彼女は身体を起こす。
遠退きそうな意識を必死に繋ぎ止め、シグナムはレヴァンテインを支えにしてなんとか立ち上がった。
はやてに貰った騎士甲冑は無惨に焼け焦げ、レヴァンテインの鞘は攻撃を受け止めた部分から完全に砕けている。
一閃し、破片を飛ばす。
刀身は無事だが、戦力低下は否めない。鞘も自分にとっては重要な武器なのだから。
「ぐ……」
全身に刻まれた火傷。炎ではなく雷撃によるものだ。
きっと今の自分は酷い姿をしているだろう、と考え、彼女は苦笑した。
自分の姿を気にする者など、一人も残っていないというのに。
シグナムは騎士甲冑のポケットから夜天の書を取り出すと、おもむろに本を開く。
その内の一頁に手を触れると、
「烈火の将、シグナムが命じる。癒せ、夜天の書」
『Restaurierung』
傷付いていたシグナムの身体が急速に修復される。
レヴァンテインも喪失した鞘を修復され、傷付いた本体も元通りとなった。
……その代わりに使用した頁は五。
今回の戦闘で差し引きプラスだが、無駄をしてしまった。
夜天の書をポケットへと戻すと、シグナムはレヴァンテインを構えて周囲に視線を向ける。
炎の中に人の姿はない。
先程自分に奇襲をしかけてきた少女はどうなったのだろうか。
零距離での砲撃は、実行した者にも強烈な反動を叩き込む。
あれで倒れてくれるならば良いのだが――
ざり、と地を踏み締める音に、シグナムは視線を向けた。
炎の向こう。
赫炎のカーテンに、一つの影が浮かび上がる。
両手で握った大剣。腕と足を剥き出しにしたバリアジャケット。
炎に照らされて輝くツーテールの金髪。
どこかで見たような、と考え、そうか、と思い至る。
半月前、この手で殺めた一人の少年。彼に、少女は良く似ている。
いつだったか主に見せて貰ったエスティマの写真には、兄と妹が写っていた。
その妹の方。無表情と濁った瞳が少年と全く似ていない印象を抱かせるが、顔の造形は殆ど一緒だ。
「……そうか。そうだな」
復讐か。
あの目をした人間を、シグナムは長い騎士としての経験で知っていた。
略奪された側の目。数々の感情が混ざり合って、上手く表現できない激情。
それを証明するように、全身に火傷を負いながらも、少女はゆっくりとこちらに歩いてくる。
いや、あの速度が精一杯なのだろう。
取り回しの悪い武器を構えながらこちらへ向かってくる足取りは、おぼつかない。
それでも真っ直ぐにこちらを睨みつける眼光には、迷いや恐れを感じない。
妥協や挫折の一切を自分自身が許せない。
故に、彼女は傷を負いながらも再び姿を現したのだろう。
両手でレヴァンテインを握り締め、シグナムは膝を曲げる。
対して金髪の少女は、デバイスを振りかぶると、不意に視界から姿を消した。
転移?
否、違う、これは――
耳に地を蹴る音が届く。
勘と経験だけを頼りに、シグナムはレヴァンテインを一閃。
真後ろへ向けて横薙ぎに振るうと、重い感触が返ってきた。
「……兄と同じく、高速機動戦闘を仕掛けてくるか」
「……だまれ」
鍔迫り合いとなっていた拮抗は少女の側から破られた。
バックステップで離れ、次いで大上段からの一撃。
元は美しい声色だろうに、吐かれるのは激情と呪詛が混じったもの。
シグナムは半身を引くだけでそれを避け、跳躍。ビルを背後に置きながらカートリッジロード。
『Schlangeform』
変形する。
剣が蛇腹の切れ目を入れて、分離。
元の形状からでは有り得ない変化をして、分裂した刃がビルの合間、その空間を制圧する。
ギリギリとアスファルトが削り取られ、粉塵が巻き上がる。
崩壊したビルの残骸が崩落し、石の雨が降り注ぐ。
だが、
「その程度で……!」
気にせず、金髪の少女が跳躍した。
連結刃の軌道を読み、真っ直ぐこちらへと肉薄してくる。
移動時に押しのけられる粉塵の行く先で彼女の軌道を読むと、シグナムは隠すように持っていた鞘を取り出した。
そして、打撃を行う。
顔面狙いの殺意に溢れた一撃を、頭を傾げることで避け、カウンターの要領でシグナムは鞘を脇腹へと叩き付ける。
バリアジャケットを貫通して肋骨をへし折る感触。
……まるで紙だな、これは。
防御を捨てたか。そうまでして、と思い、当然か、とすぐに納得する。
躊躇せずに鞘を振り切ると、金髪の少女は鈍い声を上げながら弾き飛ばされた。
荒れ果てた道路をゴロゴロと転がり、ようやく止まると、今度は堰と共に吐血。
シグナムの放った一撃と、自らの生み出した速度。その二つが重なった打撃は、彼女から戦闘能力を奪い去る。
普段ならば間違いなく動けなくなる一撃。
それは彼女だけではなく、並の魔導師ならば誰でも立ち上がることを諦める怪我だ。
しかし、
「こんな程度で……!」
壊れたような音を立てて息をしながら、彼女は立ち上がる。
変わらず瞳に憎悪を燃やしながら、彼女は金色の大剣を持ち上げる。
その姿を目にして、シグナムは僅かにだが、唇を噛み締めた。
だが、逡巡は一瞬だ。
連結刃を剣に戻して、シグナムは重傷を負った少女に切っ先を向ける。
……今ここで、自分は脚を止めるわけにはいかない。
あの少女から兄を奪っていたとしても、自分にはやらなければいけないことがある。
だから、今できることは――
「引導を渡してやろう、エスティマ・スクライアの妹。名を、なんと――」
「うるさい、黙れ! 兄さんの名をその口で呼ぶな!」
カートリッジロード。二度の炸裂。
それで金色の大剣は一層輝きを増し、シグナムは警戒をする。
だが、持ち主である少女の足取りは弱々しく、腕にも力がこもっていないように思える。
しかし、それでも尚、彼女は諦めていない。
誰が見ても勝敗は明らかだというのに、少女は敗北から目を逸らしている。
ただ一点、シグナムを殺すことのみを見据えている。
きっと、手を止めるなど考えてもいない。
「お前さえいなくなれば、兄さんは……!」
血を吐きながら少女は大剣を肩に担ぐ。
持ち上げるだけの力も残っていないのか。
ガクガクと震える膝は、今にも折れてしまいそうだ。
「……レヴァンテイン」
『Bogenform』
……せめてトドメを刺してやるべきだろう。
自分にできることはそれぐらい。
彼女を修羅道に落とした原因を作り出したのが自分で、もう彼女に兄を返してやることができないのならば。
矢をつがえる。
足元に展開した古代ベルカ式の魔法陣から炎が噴き上がり、
「翔けよ、隼……」
照準を合わせ、弦を限界まで引き――
「撃ち抜け……雷神!」
『Jet Zamber』
刃が振るわれるよりも早く、矢を――
――瞬間、ずぶり、と少女の胸から腕が突き出た。
少女は驚愕に目を見開き、信じられないものを見るようにして唇をわななかせる。
「あ……あぁ……!」
デバイスから金色の光が消え失せ、カラン、と軽い音と共に地面に落ちる。
腕が抜き出したのは金色の光体。リンカーコア。
こんなことが出来るのは、
『……なんのつもりだ、シャマル』
念話を送るも、返事はない。
シグナムは騎士甲冑のポケットを探るが、そこに夜天の書は存在しなかった。
少女のリンカーコアが徐々にだが小さくなってゆく。
魔力の蒐集。力の源を奪われ、しかしそれでも、少女の瞳から力が失われることはなかった。
最後の抵抗と言わんばかりに、彼女はシグナムに呪い殺すような視線を送ってくる。
……それからシグナムは目を逸らすと、レヴァンテインを納刀した。
魔力の蒐集が終わり、力なく倒れ込む少女を一瞥すると、踵を返す。
「待て……! 待てぇ……!」
怨嗟の声が耳に届くが、シグナムは足を止めなかった。
パチパチと火が爆ぜる音。咆吼。
まるでそれから逃げるように、シグナムは飛行魔法を発動する。
海鳴の外れにある廃屋。
今の住み処であるそこにシグナムが帰ってくると、既に先客がいた。
赤いドレス型の騎士甲冑を身につけた、鉄槌の騎士ヴィータ。
彼女はグラーフアイゼンを起動させた状態で、帰ってきたシグナムを睨んでいる。
……シグナムが局員との戦闘中に念話を送ってきたのは彼女だった。
理由は後で話すから手出しをするな、とその場限りの誤魔化しをするつもりだったが、彼女を振り切ることは出来なかったようだ。
しかし、気にした風もなくシグナムはボロボロのソファーに座り込むと、疲れを滲ませた口調で言葉を放った。
「どうした、ヴィータ」
「それはこっちの台詞だ! シグナム、自分が何をやってんのか分かってるのか!?
はやてとの約束を破って、なんのつもりだよ!」
「……さて、な。お前に言うことなど何もないが」
「うるせぇ! アタシが納得できる理由を吐け! もし、しょうもない理由だったら殺すかんな!」
「理由などあってないようなものだ、ヴィータ。それでも聞くか?」
「あったり前だ! アタシたちは、はやての騎士なんだぞ!?
それなのにテメーがやってることはなんだよ! はやての命令が聞けないってのか!?」
「その通りだ」
な、とヴィータが息を呑む。
それを目にして、満足そうな笑みを作り上げると、シグナムは先を続ける。
「私たちはなんのための存在だ、ヴィータ。家族ごっこをするためではあるまい?
もう我慢も限界だ。日常に埋もれたままでは、剣の腕が鈍る」
「……そんな理由か? それだけで、テメーははやてを悲しませるのか?
違うって言えよ、シグナム。
はやて、お前がいなくなってから寂しがってんだぞ? それなのに、お前は――」
「お前は精々家族ごっこを楽しんでいれば良い。
私などいなくとも、可能だろう?」
所詮ままごとだ、とシグナムは続け、
「――っ、アイゼン!」
『Jawohl』
その言葉に、ヴィータのボルテージが振り切れた。
「テートリヒ、シュラーク!」
咄嗟にシグナムはパンツァーガイストを発動。魔力を頭部に集中する。
紙一重で間に合ったが、それでもヴィータの一撃を防ぐには足りない。
こめかみ狙いの鉄槌を受け、けたたましい音と共に、年季の入った壁へと叩き付けられた。
鈍い音と共に木製の壁を粉砕。隣の部屋まで殴り飛ばされ、ようやく停止する。
殴られた箇所を手で押さえながら、シグナムは身を起こす。
視線を上げれば、そこにはヴィータが立っていた。
「……こんなもんかよ」
彼女は舌打ちして、目に涙を浮かべ、アイゼンをきつく握り締める。
「はやてを裏切ってまで戦って、あの程度も避けられないのかよ!
……二度とアタシたちの前に出てくんな。
はやてに免じて、今だけは殺さねー。
けど、次にその顔を見せたら、何があろうと叩き潰してやる!」
踵を返す。
シグナムは切った唇を舐めながら後ろ姿を見送り、ヴィータの姿が見えなくなると、ようやく立ち上がった。
……なんて不様。
これで烈火の将と呼ばれていたなどと、誰も信じまい。
「なぁ、シャマル」
「あら、気付いていたの?」
暗闇から、緑の騎士甲冑をまとった女が姿を現す。
彼女は苦笑しつつ手を腰に回すと、夜天の書を取り出した。
そしてもう一度。
今度はカートリッジの収められた箱だ。
眉根を寄せるシグナムにかまわず、その二つをシャマルは押し付ける。
「……余計なことを」
「そうね。けど、私だけはあなたを無視することができないから」
共犯者だもの、と、どこか悪戯っぽく、再び彼女は苦笑した。
「すごいわね。もう二百頁近く。どんな無茶をしたのかしら」
「別に。ただ戦って魔力を蒐集しただけだ」
「限界まで、ね」
魔力の蒐集。対象の力を奪うそれは、度を過ぎて行えば死の可能性すらも与える。
もしはやてのためを思っているならば、全てを奪うなどやってはならないだろう。
だが、これは自分の勝手だ。
戦いたくて戦っている。戦い続けるために夜天の書を使っている。
そうあるべきなのだ、自分は。
なのに――
「シャマル。何故、あの時邪魔をした。お前の手を借りずとも、エスティマの妹を討つことは出来た」
「ええ。多分、殺しちゃってたわね」
言外に責めている口調。
シグナムはそれで言葉を失い、黙り込んでしまう。
そんな様子にシャマルは微笑み、
「高ランク魔導師を魔力蒐集する前に殺してしまうなんて、言語道断。
それに、殺すならその後でいくらでも出来たじゃない。
殺さなかったのは私じゃなくて、あなたよ、シグナム。
烈火の将らしくないわ」
「……今の私はただの凶刃だ。まともな思考など、求めるな」
「それもそっか」
「何を笑っているシャマル。今後、一切手を出すなよ。
戦うのは私一人で充分だ。
お前まで管理局に追われる身になったら、主が――」
「無理よ、シグナム」
どこか諦めたように、シャマルは断言する。
「だって、私はあなたの共犯者じゃない。目の届く範囲であんなに騒がれたら、大人しくしていられないわよ」
「……そうだな」
次は違う世界を中心に狩りを行うか。
言葉に出さず、シグナムはそう決める。
……彼女は気付いていなかったが、八神家を離れてもこの街にいるのは、管理局の魔導師が格好の的になるからではなかった。
彼女の弱さ。
未だ、未練が断ち切れていないのだ。
宙に浮かせたクロノとなのはを引っ張りながら炎を掻き分け、ユーノはフェイトの元へと辿り着く。
誰もが予想できなかった、突然の行動。
撤退準備を始めている中で飛び出したフェイトを追うことが出来たのは、ユーノだけだった。
フェイトの覚えている最大級の砲撃から気絶したなのはとクロノを守ったのも彼。
殺傷設定での一撃。もし誰も二人を守らなかったら、余波で怪我では済まない状態となっていただろう。
ユーノは倒れ伏したフェイトの近くに膝を下ろすと、治癒魔法を発動する。
それで全身にできた火傷は癒されるが、骨折まではどうしようもない。
申し訳ないな、と思いつつ、ユーノは同時に別のことを考える。
やはり動いている敵は二人と考えるべきだ。
それとも、ヴォルケンリッター四人全員がこの戦場にいたのかもしれない。
戦うのは一人だけで、残りは奇襲要員?
もしそうだったら、あまりにも馬鹿げている。
否、管理局を警戒しているから、全戦力を投入していないのか?
分からない。
まぁ、取り敢えず――
「騎士の方はフェイトに任せて……」
自分は主人を討つ。
誰かは知らないが、ソイツは罪を償うべきだ。
フェイトが出撃するならば、可能な限り付き添おう。
だが、それ以外の時間は、主人の探索に注ぐべき。
自分は弱い。だから、出来ることと言えば同じように奥に引っ込んで姿を現さない奴を焙り出すぐらい。
……必ず見つけ出して、社会的に抹殺してやる。
奥歯を噛み締めつつ、ユーノは首に下げた黄色の宝玉に視線を落とす。
「Lark。エスティを殺したのは、あの剣士とフェイトから魔力を奪った奴で間違いないんだね?」
『はい』
「分かった。……ねぇ、君は本当にヴォルケンリッターの主人に心当たりはないの?
エスティが狙われたのには、なんの理由もないの?」
『知りません』
「……そう」
いやに機械的だ。まるで、なのはの手に渡る前のレイジングハートのよう。
デバイスに表情はないため分からないが、Larkもエスティマの死に気を病んでいるのか。
……また一つ、ユーノは鬱屈としたものを飲み下す。
その苛立ちをぶつけるように治癒魔法へと魔力を注ぎ込み、ユーノは神経を尖らせてフェイトの治療を続けた。