「だーらっしゃー!」
と、掛け声と共にボールを蹴っ飛ばすと、エスティマの馬鹿ー! と悲鳴が上がった。
『……ご主人様。大人げないです』
「いやいやLark。僕はお子様ですよお子様」
『……そうですね』
俺がスクライア一族に引き取られてから、今日で一月が経った。
その間したとこといえば、どうもエスティマといいますよろしく、と挨拶回りをしただけである。
……まあ、もう一つした――っつーかやらされた、っつーかいつの間にか、っつーか。
「エスティマくん、おままごとしよー!」
「エスティマ、ボール拾ってきたぞー!」
……何故か年少組と仲良くなってしまった次第。
いや、調子に乗って遊んでたらいつの間にかこんなことになっていたんですよ。
嗚呼、今日も空が青い……。
『今日は曇りです、ご主人様』
考えを読むなよLark。
腕まくりをしつつ、ボール遊びに再び参加。
んでもってその後はおままごとかー。
子供って遊ぶのは仕事、ってのはどこも変わらないのねー。
リリカル IN WORLD
泥の付いた部族服を脱ぎ、新しいのを身に付ける。んで、Larkを首に付けて洗濯物を籠へと放り込む。
さて、着替え終了。
次は晩飯の手伝いかー。
と、飯場へと脚を運ぼうとした時、書庫――スクライア一族って、場所を移動するとき建物ごと転送するのよね――の窓に見慣れた姿を見つけた。
またあの野郎は引き籠もってるな。
溜息一つ吐き、書庫へと脚を向ける。
「おいユーノ。もう夕方なんだから電気ぐらい点けろよなー」
「……ん、エスティ?」
と、渾名で俺を呼ぶのはみんなご存じのユーノ・スクライア。
いずれは無限書庫の司書長となる人物である。
三歳のくせして文字の読み書きを覚えているこのお子様は、外で遊ばず日がな一日書庫へ籠もっていることが多い。
今日も目を離した隙に消えてたから、ずっとここにいたんだろう。
「飯の時間が近いから、手伝いに行こうぜー」
「ん、待って。もう少しでこれ読み終わるから」
いいつつ、ユーノは床に届かない脚をぶらぶらさせつつ本――内容は魔法理論――に視線を戻す。
本の虫め。
俺も本棚から一冊抜き出して、字面を追うことにする。
高度に体系化された魔法。プログラムで任意の現象を起こす技術。
なんとも興味深い、と、魔法理論系のものに触れる度に思う。
魔法と一口にいっても色々ある。
アニメを見ていて戦闘用のものばかりに目が行ったが、日常生活にも応用――というよりは先にそっちから生まれたのだろうが――される魔法もたくさんある。
シールドで洗濯槽を構築して洗濯機の代わりとか。赤外線を照射して電子レンジの代わりとか。
本当、色々あるよなぁ。
ああ、そうそう。
書庫に何度かくる内に、俺に無断でLarkは魔法プログラムをインストールしやがった。
おかげで容量に余裕がなくなり、ファランクスシフトは俺自身の技量が上がらないと撃てなくなりましたよ。
畜生。
『撃つ必要がないではありませんか』
だから思考を読むなっちゅーに。
「ん、終わった。……って、エスティ、まだいたの?」
「いちゃ悪いかよー」
「そんなことないけど……」
いいつつ、ユーノは俯き加減となってしまう。
ちょこんと椅子に座って申し訳なさそうにする様子は萌え――るわけないだろうが。
『私は可愛らしいと思いますが』
黙らっしゃい。
「ほら、行こうぜー」
「う、うん」
手を引き、俺たちは書庫を出る。
五十メートルほど歩けばそこには飯場が。
発掘現場に潜っていた皆さんも夕食の時間が近いからか、勢揃いだ。
あー、もう支度終わっちゃったかもなー。
「ちょ、ちょっと待ってよエスティ!」
「んー?」
「手、手を離してってば!」
いわれ、手を離す。
……なんか今の様子をお姉さんがたに笑われた気がしたが、気のせいだ。
「歩くの早いよ、エスティ」
「お前さんがひ弱なだけだっつーに」
「な、なんだよ! 弟なんだからもう少し兄を敬うべきだって、エスティは!」
「……いつ聞いてもおかしいと思うんだよなぁ、それ」
そうなのである。
いやぁ、年齢不詳な我様、背格好からだいたいユーノと同じぐらいだろう、ってことで三歳ということに。
で、年齢同じでも俺の方が後に来たんで、ユーノの弟、と。
……理不尽を感じる。
「どう考えてもユーノの方が弟だよなぁ」
「違うよ! 僕がお兄さんだよ!!」
「じゃあ小遣い寄越せよ兄貴」
「エスティが不良になったー!」
と、泣きべそをかきはじめユーノ。
ああもう、なんつー駄目兄貴。
「別に気にしなくて良いじゃんかそれぐらい」
「た、大切なことだよこれは! 長老様から、エスティのお兄さんとして――」
「面倒見てるのは俺の方な気が……」
『引き籠もりのユーノさんがどうやってご主人様の面倒を見るのでしょうか』
「Larkまで! っていうか引き籠もりって……!」
その場で地団駄を踏むユーノ。
いやぁ、大変ですねぇ兄貴も。
などとやっていると、
「あれ、ユーノじゃん」
ふと、聞き覚えがあるようなないような、といった声を耳にした。
そちらの方を見てみれば、俺たちよりも二歳ほど年上のガキが。
そしてそいつらを見ると、ユーノは俺の背中に隠れたり。
……おい兄貴。
「なんだ、書庫から出てきたのかよ」
「まー夕ご飯の時間ですからー」
「……お前には聞いてないだろ、エスティマ」
割り込むと、なんとも不機嫌そうな顔をするガキ大将。
まったく、鬱陶しいのに引っ掛かったもんだ。
「食器並べだけでも手伝いたいんで、行かせてもらいますよー。行くぜ、ユーノ」
「う、うん……」
「待てよ!」
と、ガキ大将がユーノの手を掴もうとしてきたので――
「Lark」
『プロテクション』
障壁にぶつかったガキ大将は、忌々しそうに顔を歪ませる。
感情を躊躇せずに出すのは、子供の長所であり短所だよね。
「なんだよエスティマ!」
「別に」
「デバイスなんて……拾われっ子のくせに!」
その叫びに、いつの間にか服の裾を掴んでいたユーノがびくりと震えた。
……ああもう、鬱陶しいなぁ。
魔法使っただけでも長老に怒られるっつーのに。
「Lark、セットア――」
と、その時だ。
Larkを握り締めた手を、ユーノが押さえた。
思わず顔を見てみれば、震えながらもデバイス起動を止めさせるべく視線を向けてくるユーノが。
……分かりましたよー。
舌打ち一つし、プロテクションを解除。
んで、脱兎の如く走り去る。
「ま、待てよ!」
待ちませーん。
そこら辺にある荷物を障害物にして逃げる逃げる。
そうしている内にガキ大将の姿は見えなくなり、ようやく俺たちは脚を止めた。
……拾われっ子、ね。
ミニマムな次元の話なのだが、ガキの間にも派閥ってもんがある。
両親のいる子供と、いない子供、だ。
まあ、派閥っていってもいがみ合っているわけじゃない。
ただ、仲良くなるのはそういった共通点のある子供同士、ってだけだ。
しかし、ユーノの場合――俺も含まれているかもしれないけど気にしない――は少しだけ違う。
この歳から読み書きが出来たりなど、ユーノは、そう、同年代の子供よりも優秀だったりする。
そして、両親のいないユーノはそのことをみんなに褒められたりして――ちょっと風当たりが強かったりするのだ。
主に両親を持っている子供から。
きっと、なんで自分よりユーノが、といったところだろう。
まあ、俺もデバイス持っているのを僻まれたりしますがー。
「まったく、たったこれだけで息をあげるなよなー」
「……うん、ごめん」
肩を上下しているユーノに冗談めかしていってみるも、反応は暗め。
ううむ。
どうしたもんかねぇ……。
などと思っていると、ユーノは俯きながらも顔を上げた。
「……ごめんね。エスティ」
「謝ってばかりいるなって」
「うん。けど……」
そういって再び泣きべそをかきはじめるユーノ。
ああもう、コイツって結構泣き虫なのな。
アニメじゃこんなんじゃなかっただろうに。
ハンカチを取り出して、嫌がるユーノの涙を拭き取る。
そしておでこにデコピン。
「い、痛いよ!」
「あんな馬鹿共のいってることなんか気にするなって」
「違うよ! 僕を庇ってエスティが……」
おやおや。そんなことを気にしていましたか、このお子様は。
「いや、あのプロテクションはLarkが勝手にやったことだし」
『いえ、念話で指示がありました』
「おま?! 空気読めよ!」
『だからといって私のせいにしないでください』
「っていうか俺が指示したのはバインドだっただろうに! また俺に内緒で魔法をインストールしただろお前!!」
『はい。ユーノさんが手伝ってくれました』
「お前かぁああああ!」
「うわあ、ごめん!」
ぜーはーと息を吐く。
ったく、なんだよもう。
「まあいい……ほれ、行くぞ。早くしないと飯が冷める」
「あ、うん」
手を差しのばすと、それを取るユーノ。
小さく頷き、二人揃って飯場へと――今度こそ向かう。
「……ねぇ、エスティ」
「んー?」
「ありがとう」
「ユーノ、エスティ。お前たち、ミッドチルダの魔法学校へ行くつもりはないか?」
ある日、そんなことを長老様にいわれた。
俺たちはその場で返答することができずに、答えを保留に。
どうやらスクライアでは、素質のある者をミッドの学校へ行かせる風習があるらしい。
まー当たり前だわなぁ。
ロストロギアの発掘を生業としているスクライア。その中には、自然と荒事も含まれる。
怪我をして発掘現場から運ばれてくる大人を見たことがあるのも一度や二度ではない。
それに機械技術が向こう――俺が住んでいた世界――よりも進んでいないため自然と探索などはエリアサーチといった魔法に頼ることになってしまう。
魔法の素質がない者もいるため強制ではないが、ある者には必須か。
……スクライアとして養って貰っているのだから、俺は行くつもり。
もしあの森でスクライアに拾われなかったならば、絶対に餓死していた。
そうでなければ、見たこともない生物に喰われていたりとかな。
恩には報いるべき。それに、これからもここで生活して行くならば必要だろうよ。
それに魔法とか興味あるしね!
……あ、いや、最後のはついでですよついで。
決して本心じゃないっすよ。
砲撃やってみたいとか、考えてないよ。
「……エスティ」
ふと、ユーノに呼ばれて隣に座っている自称兄貴に顔を向ける。
ユーノはどこか真剣な表情で、視線を向けてきた。
「君はミッドに行くの?」
「そのつもり。魔法には興味があるしさー」
「そっか……」
再び口を紡ぐユーノ。
さて、どうしたのだろうか。
「ユーノはどうすんのー?」
「僕は……どうしよう」
……あれ?
ユーノさん、ミッドの学校に行って飛び級で卒業するんじゃないんですか?
などと疑問符を浮かべる我。
「……このままスクライアとして生きていていいのかなって、最近考えるんだ。
みんなと仲良くできないし、そのせいで長老様には心配掛けてるし。
……本当の両親にも捨てられた僕は、誰かに迷惑をかけることしかできないんじゃないかって」
ユーノは俯くと、膝に顔を埋めてしまった。
……あー。
なんて慰めていいのやら、だ。
俺は溜息一つ吐き、首に下げたLarkを握り締めた。
「あのな、ユーノ。子供なんか迷惑掛けてなんぼだよ。
駄目な子ほど可愛いっていうだろ?」
と、いってはみるも、反応はない。
ううむ。
「……しょうがないじゃん。今の俺たちは迷惑をかけた上で生きるしかない。
俺だってそうだよ。勝手に生み出されて、勝手に捨てられて」
終いには殺されそうになったしな。
あ、なんかいいたいのか、Larkがピコピコ光ってる。
黙ってなさい。
「ならさ。少しでも力を付けて、迷惑掛けた分だけ恩返しをすれば良いじゃん。
それでおあいこ。ガキのくせに難しいこと考えるんじゃないっつーの」
そういい、ユーノの髪の毛をガシガシと撫で回す。
「わ、ちょっと、エスティ?!」
「手の掛かる兄貴め。んで、どうする?
ミッドに行くか?」
「……エスティは行くんだよね」
「行きますよー」
「うん。……じゃあ、僕も行く」
「よっしゃ!」
と、今度は背中を叩いたり。
「痛いよもう!」
「はっはっは。ようやく元気になったな駄目兄貴。
ほら、長老様のところに行くぞ」
「あ――うん」
まだどこかスッキリしない様子のユーノを、無理矢理立ち上がらせる。
しっかし、何が納得できないんだろうねぇ。
んで、旅立ちの朝なわけですが。
荷物を持った俺とユーノ。それに長老様は、転送魔法のサークルに立っている。
それを見送るのはスクライアフルメンバー。
なんつーか、壮観だね。
頑張ってねー、などと声を掛けられ、それに応えてゆく。
そうしている内に時間が迫ってきたのか、長老様は俺とユーノの肩に手を置いた。
「それじゃあ行こうか、ユーノ、エスティマ」
「はい」
「……はい」
どこかしょっんぼりした調子のユーノ。
ううむ。あの夜からこんな調子が続いてるぜ。
一体なんなんでござんしょ。
などと思っていると――
「ユーノ! エスティ!」
ボーイッシュな女の子――ガキ大将が飛び出してきた。
何故か顔を真っ赤にして、きつく手を握り締めている。
なんだろう。
彼女は転送魔法のサークル近くまでくると、脚を止めた。
何かいおうとしているのか、口を開けては、力なく閉じる。
それの繰り返し。
そうしている内にサークルの放つ輝きが強くなり――
「お……お土産忘れるなよ!」
最後にそんな叫びを聞き、俺たちはミッドへと飛んだ。
……ははーん。
『純情だねぇ』
『お土産が、ですか?』
『いや、違うから』
的外れなカウンターをしてきたLarkにげっそりしつつ、ユーノに視線を向ける。
奴は首を傾げていた。さっきのことを思い出しているのだろうか。
ちなみに長老様は微笑ましい、といった様子で頬を緩めている。
「どうしたユーノ」
「いや……最後の、なんだったんだろう、って」
「……ふーん。流石に分からないか」
「……? エスティは分かるの?」
「ま、ね」
「そっか……でも、結局最後まで仲直りできなかったな」
「……は?」
「うん。それが心残りで……」
ユーノは表情に陰りを浮かべると、視線を下へと落とした。
ああもう、コイツめ。
「そもそも最初から仲なんて悪くないだろ、お前たち」
「……え?」
「お土産買ってこいってことは――帰ってこいってこと。
んで、いつもお前にちょっかい出してたのは、不器用なだけだって。
ねぇ、長老様」
「さぁて、どうだろう」
ニヤニヤと笑う俺と長老様。
それに挟まれ、ユーノはハテナマークを頭上に浮かべていた。